ジャイプル・メトロ

昔々のデリーは、とてもクルマが少なかった。スズキのマルティが独り勝ちしていた頃のことだ。他の自家用車といえば通常はアンバサダー、パドミニーくらいと、非常に車種も少ない時代で、今やもう大昔ということになる。二輪の類も古いヴェスパのモデルをバジャージがインド現地生産したスクーター、あとはバイクといえば排気量125cc程度の小さなものくらいしか見かけなかった。

乗用車にしても、バイクやスクーターにしても、購入できる層が限られていたため、道路は閑散としており、「渋滞」という言葉さえも知られていなかった。同じ頃、まだ首都圏の高速道路網が無く、BTSや地下鉄もなかったバンコク市内は各所でひどい渋滞で、どこに行くのも一苦労。それに比べてインドの大都市の道路は何て空いているのだ!と思ったものだ。市バスでもオートでもビュンビュン飛ばしてすぐに目的地に着くことができた。

やはり転機は90年代前半以降であった。経済成長が軌道に乗り、デリー首都圏の人口が急増、人々の可処分所得も急上昇していく中、政府の外資の積極的な導入姿勢と外資による新興市場インドへの期待感から、様々な四輪・二輪メーカーがインドに続々進出していき、それとともに道路を急速に様々なクルマたちが埋め尽くしていった。

そんな中、デリー・メトロ建設の槌音が聞こえてくるようになったときには大きな期待感を抱いた。このネットワークが完成した暁には、昔みたいにスムースにあちこちに出かけることができる、いやバスのルートを知らなくても、簡単にどこにでも行くことができるようになるのだろうと。

そして現在、デリー・メトロのネットワークが広がり、市内の長距離移動が格段に楽になった。とりあえず目的地の最寄駅まで乗車して、後はオートでも利用すれば非常に短い時間で到着することができる。便利なものである。

昨年10月からはラージャスターン州都のジャイプルでも建設が始まっている。市内各地で工事が進行中だ。

Jaipur Metro

完成時のネットワークはこのような具合になる。

他にもムンバイー、バンガロール、チェンナイ、ハイデラーバード等でメトロ建設が進められており、同様にアーメダーバード、ラクナウー、コーチン、ルディヤナー、チャンディーガル等でもメトロ建設着工の計画がある。多少の紆余曲折があっても、これからも引き続いて右肩上がりの経済成長が見込まれるインドはまさに日の出の勢いといった具合だ。

一昔、二昔前を振り返れば、現在との大きな違いを実感でき、今後も更にベターな明日を思い描くことができるインドが、とても眩しく見える。

格安タブレットPC その名もアーカーシュ(大空・天空)

だいぶ前から開発が進められていることが伝えられていたインド製格安タブレットPC『アーカーシュ』がついに姿を現した。

価格は1,750Rs、およそ35米ドルと、これまでのタブレットPCよりもはるかに安い。インドの人材開発省主導のプロジェクトで、IITとイギリスのDataWindによる共同開発だ。

目的は、インドの津々浦々の学生・生徒たちへのデジタルデバイスの普及による教育効果とデジタルディバイドの解消。もちろんハード面のみならず、今後はより安価なネット接続環境、無料Wifiアクセスポイントの普及が求められることになる。

OSには何を搭載しているのか不明であるし、実機に触れてみていないので、使い勝手がどんな具合であるのかわからない。

下記リンク先記事にもあるように、タッチスクリーンの性能や処理速度など、他のタブレットに大きく劣るであろうことは容易に想像できるものの、やはりこの価格で実現できるところに意義があるのだろう。インドのみならず、他の途上国からも今後引き合いがあるのではなかろうか。

India launches Aakash tablet computer priced at $35 (BBC NEWS South Asia)

だが、こうしたモノを安価に製造することに長けており、起業家精神に富む中国からも、そう遠からずこうした格安のタブレットPCが出てくるのではないかとも想像している。その潜在力は、すでにiPhone, iPad等のコピー製品の流通からも証明されている。

もちろん、このアーカーシュの開発は、商業ベースによるものではなく、これを政府がまとめて買い取ることにより、教育の場に普及させるという使命を帯びたものである。やがて、世間でタブレットPCの類の利用が広まり、政府によるこうした補助なしで、学生・生徒たちの誰もが難なく安価なタブレットを購入できる環境が出来上がったとすれば、それはそれで喜ばしいことであろう。

このアーカーシュ、私もぜひ試し一台入手してみたいと思っている。

キングフィッシャー・レッド ローコスト路線廃止へ

Kingfisher Airlines

ちょっとビックリする反面、やはりそうかという思いもする。

Kingfisher Red to shut operations: Mallya (DAILY NEWS & ANALYSIS)

After Kingfisher Red’s exit, no-frill carriers to expand operations (DAILY NEWS & ANALYSIS)

キングフィッシャー・エアラインといえば、2005年に運行を開始した、まだ新しい航空会社ではあるが、もはやインドを代表する航空会社のひとつとして、内外に広く知られている。

ご存知『キングフィッシャー』ブランドのビールを製造するユナイテッド・ブルワリーズ・グループが親会社の企業だが、今ではそれとは逆に『あのビールも造っている航空会社だね』などとアベコベなことを言う人もいるくらいだ。

垢抜けたイメージとともに急激に路線を拡大していったが、2007年にインドにおける格安航空会社の先駆けであったエア・デカンを買収したことに負う部分も大きかった。旧エア・デカンは、キングフィッシャー・レッドとしてその後もインドの格安路線市場で、その他後発の格安航空会社や既存航空会社の格安料金と競い合い、同国の航空チケットの低価格化に果たした役割は相当なものである。

個人的には、料金が安いもののウェブサイトでインド国外で発行したクレジットカードでは予約できなかったエア・デカンがキングフィッシャーに買収されてからは問題なく使用できるようになったのがありがたかった。

ここ数年来の燃油代やパイロットの人件費の高騰により、どの格安路線も経営は決して楽ではないが、キングフィッシャー・エアライン自身も、華やかなイメージとは裏腹に様々な筋から経営難が伝えられていた。

国内路線の伸長とともに、国際線にも積極的な進出を行なっており、他社と一線を画したカジュアルながらもスタイリッシュなブランドイメージとスタイルが良くてセクシーな制服を着た美人揃いの客室乗務員たちで人気を集めている同社は、利幅が薄くブランドの印象維持が容易ではない格安路線の切り捨てに舵を切ることになった。

総体的には格安航空会社が従来型のキャリアに移行したように見えるが、実のところこれまでなかったちょうど両者の中間といった具合の新しいタイプのエアライン、つまりお役所的ではなく使い勝手の良い航空会社として今後も更に発展していくことと思う。

この10年ほどで、インドの空の交通機関のありかた、ネットワーク、料金は大きく変化している。もちろんインドに限らず、中国、アセアン、ガルフその他のアジアの多くの地域で同様だ。

だが便利になった、と感心ばかりしてもいられない気がする。人手不足で給与が高騰しているパイロットはともかく、その他の職種で航空業界に務める人たちの労働条件は、この間にどのように変化していったのかということも気になる。

新規参入した会社が多数あり、業界全体の事業規模が飛躍的に拡大した結果、雇用者数が急増したことは容易に想像できるのだが、旧来からの航空会社に勤務の大多数の人たちにとっては、年々条件が厳しくなる苦難の10年だったのかもしれない。

便利になるということは、往々にしてそのサービスを生業にしている人たちにとっては、当然の帰結として従前よりも重いノルマ等が課せられるわけで、同じ一続きの世の中で暮らしている以上、顧客たる私たちにとっても対岸の火事ではない。回り回って我が身にも降りかかってくることなのだ。

キングフィッシャー・エアラインスの『レッド』部門切り捨てにより、これまで同社の路線拡大に大きく貢献してきた、切り詰めたコストの中でいろいろ使い回しされながらも頑張ってきた人たちが、今後どのような処遇を受けるのかということにも思いが及ぶ。

現場で汗をかいて働く人たちはもちろんのこと、ホワイトカラーの間でも、エア・デカンの買収により、キングフィッシャー・レッドに移行した人たちには、厳しい処遇が待ち構えているのではないかと思うと、同じ生活者として非常に気の毒である。

J-one ジーワン 創刊号

J-one 創刊号

ご存知Namaste Bollywoodを発行しているスタジオ・サードアイから、新しい刊行物が産声を上げた。Jeevan (जीवन)、つまり『生命あるもの』『生命』『生涯』『寿命』『生活』といった意味を持つ言葉をテーマに、『ポスト3.11の生き方を探るニュー・ライフスタイル・マガジン』がスタートした。

創刊号で取り上げられている様々なJeevan (जीवन)は、インドやその周辺国に限らず、東南アジア、アフリカそして日本の福島と多岐に渡る。

巻頭には東日本大震災でいち早く救援活動に乗り出したパーキスターンやインドの有志の人々のことが取り上げられている。またインドのラダックで生活支援を展開するNPO、バーングラーデーシュ産の革製品フェアトレードに取り組む日本の女子大生たち、世界各地で難民支援に取り組む人たち等の活動が取り上げられている。

J-one Talkと題して、発行人のすぎたカズト氏と村山和之氏の対談『生命ある物をありがたくいただく生き方』からいろいろ考えさせられることが多い。ここにいろいろ書き出してしまうわけにはいかないので、ぜひ本誌を手にしてじっくり読んでいただきたい。

福島や原発関係では、福島の様々な業種で日々頑張っている人たちの声が伝えられ、大手メディアが伝えない原発問題の盲点について多くの鋭い指摘がなされている。そのひとつに、私たちが『規制値以下なので安全』と信じ込まされている食品その他の放射能の数値がある。

そもそもこれらは暫定的に大幅に底上げされている(つまり原発事故以前ならば当然基準値外のものが大量に出回っている!)ことを、私自身うっかり忘れかけていた。これについて『カロリー表示があるように食品に線量表示を義務付ければ・・・』という下りに大きく頷いてしまう。

日々、新聞では各地で測定された線量が掲載されているが、当然同じ地域でも地形や風向き等によって、かなり差が生じることは聞いているものの、目に見えないものであるだけに、実際に測定することなく自覚できるようなものではない。同誌の取材により、原発周囲の避難区域からかなり離れたエリアでも、報道されている数値以上に、相当高い線量が検出されることが明らかにされており、大手メディアから一律に流される情報を鵜呑みにしてしまうことの危うさに背筋が寒くなる思いがする。

だが怖いとボヤイてみたところでどうにもならない。私たちひとりひとりが、自分自身のJeevan (जीवन)を見つめなおして、何か小さなことでも、今できることから始めてみるようにしたいものだ。

さて、このJ-one誌の入手方法についてはこちらをご参照願いたい。

 

インドにとってネパールは『第二のパーキスターン』となるのか?

しばらく前から、北京に事務局を置く中国政府筋と関係の深い基金によるネパールのルンビニーにおける大規模な開発計画が各メディアによって取り上げられている。

Nepal to build £1.9 billion ‘Buddhist Mecca’ (The Telegraph)

China plans to help Nepal develop Buddha’s birthplace at Lumbini (Reuters)

The Lumbini project: China’s $3bn for Buddhism (ALJAZEERA)

このことについては、最近では朝日や読売といった日本のメディアによっても書かれており、記事を目にされた方は多いだろう。ちなみにその基金とは、亚太交流与合作基金会である。

調達予定の資金額は何と30億ドルで、ネパールという国自体の年間の歳入の合計額に比肩するほどのものであるという。上記リンク先のロイターの記事によれば、計画には寺院の建築、道路や空港の建設、コンヴェンション・センター、仏教大学の設置等が含まれるとのことで、これが実行に移されることになれば、今は静かなルンビニーの町の様子が、近い将来には一変していることだろう。

人類共通の遺産、とりわけアジアにおいて広く信仰されている仏教の聖地が整備されること、観光産業への依存度が高いネパールにおいて、観光資源が開発されること自体は大いに結構なことではあるものの、小国の年間歳入に匹敵するほどの資金を提供しようというプランの背後には、スポンサーである中国の国家的な戦略があることは無視できない。

ちょうど昨年の今ごろ、ネパールは『中国の時代』を迎えるのか?』と題して、中国によるネパールへの積極的な進出について取り上げてみた。また一昨年には『ネパールにも鉄道の時代がやってくるのか?』として、中国の占領地チベット(中国は西蔵自治区を自称)からの鉄道の延伸計画等について触れてみたが、今度はインド国境から数キロという場所であることに加えて、ネパールでマデースィーと呼ばれる人たち、ネパール南部でインドの隣接する地域同様に、マイティリー、ボージプリー等を母語とする人々が暮らす地域に打って出た。

インドにとっては国境すぐ向こうに『同族の人々』から成る『親中国の一大拠点』7が出来上がってしまうことを意味する。対外的には、特にインドにとっては大いに憂慮されるものであるが、ネパール政府にとっても、この計画は一方的に利を得るものとはならない可能性もある。

同国で不利な状況下に置かれているマデースィーの人々の地域である。自治権拡大等を求めての活動が盛んで、中央政府に対する反感の強いマデースィーの人々のエリア。そこに外国による国家の歳入に比肩するほどの投資がなされるというのは尋常なことではない。

現在までは、インドと中国を両天秤にかけて、うまく利益を引き出しているように見えるネパールだが、将来的には対インド関係においても、また内政面においても、同国が『パーキスターン化』するのではないか?と危惧するのは私だけではないだろう。決して好意的なものばかりではない様々な思いを抱きつつも、ときには関係が冷却したこともあるとはいえ、伝統的には特別な互恵関係にあった『身内』のインドとの対立と緊張、自国内でのさらに新たな摩擦と軋轢といった事柄が生じる可能性を秘めており、それらが現実のものとなる時期もそう遠い将来ではないような気がする。

中国によるネパールへの数々の援助のオファーは純粋な善隣外交の意志からなされているものではなく、まさに自らの国益のためになされているということに対して大いに警戒するべきなのだが、目下、同国議会の第一党にあるのは、インドと一定の距離を置くいっぽう、中国寄りの姿勢を見せるネパール共産党毛沢東主義派である。

以前、あるジャーナリストの方に話をうかがった際、手を替え品を替えといった具合に矢継ぎ早に繰り出す援助プロジェクト等のオファーにより、中国側に引き寄せられつつあるネパールのことについて、こんな風に表現されていたのを思い出す。

『ネパールは、南側のインドという比較的ゆるやかな斜面と北側の中国という急峻な崖の間に位置する国。南側に転がれば怪我は軽いけど、北側の崖に転落したらどうなることか。けれども当人たちはそれがまだよくわかっていないようだ。』

ネパールの空には、ネパール・インド双方に不幸を呼び込む暗雲が、北の方角からじわじわと押し寄せているように感じている。これが杞憂であればよいのだが・・・。