鈍行列車でカルナーへ

ムルシダーバードからベルハムプル方面に戻り、橋を渡った対岸から少し進んだところにあるカグラーガート・ロード(Khagraghat Road)駅に到着。果たして列車に間に合うかどうか、ギリギリのタイミンクであったが、運行が大幅に遅れているとのことで、2時間近く待つこととなった。

ここから各駅停車に乗車して、カトワー・ジャンクション(Katwa Junction)駅で乗り換えると、アンビカー・カルナー(Ambika Kalna)駅に行けるらしい。

やはりインドの汽車旅の醍醐味は鈍行列車。日に何本かしか停車しないローカル駅。駅前といっても畑しかない景色を見ながらのんびり過ごすのが良い。

車中の人々の入れ替わりも盛んで(長距離移動するならば急行を使うので)、気分も変わって良い。顔ぶれが変わるため、さきほどと同じ質問に再び答えなくてはならないが。

ゆっくりと列車が動き始める。さほど速度を上げることなく、ノロノロと進んで行く。ほどなく次の駅に停車すると、また人々は降りていく。これが夜行の鈍行列車であれば大変疲れる割にはぜんぜん進んでいなくて散々だったりするのだが。

ガンガーティクリーという鈍行専用駅。近年のインドでは駅の整備が進んだため、こういうところでもホームに屋根があったり、蛍光灯が付いていたりするころが増えた。ホームもちゃんとコンクリートで仕上げてある。

鈍行列車用駅も施設が良くなったとはいえ、従前からの「ホルト」の駅は変らない。「ホルト」とは、ちょうど郵政民営化前の特定郵便局みたいなものと言えばよいだろうか。国鉄職員が配置されない簡易駅。働く人は国鉄マン(公務員)ではない民間人である。

正式な駅ではない「ホルト」

カトワーからはハウラーを中心とする郊外電車のネッワークを利用。カトワーとバンデルを結ぶこの列車はパンタグラフから給電する全車両駆動の通勤電車スタイル。この車両の背後に接続しているのは郊外からカルカッタ都市圏に移動する行商人や物資運搬の人たち専用のコーチ。

ハウラーまで行く列車なのでやはり車内は都会的なレイアウト

そうこうしているうちに日が暮れてきた。鉄道は乗ること自体がエンターテイメントである。

昔であれば、TRAINS AT A GLANCE(という時刻表)に掲載されていない各駅停車で乗り換えをともなう移動をする際、ルートや時間がわからなくて困ったりしたこともあったが、今の時代は全国各地で走行するすべての列車のタイミングや実際の運行状況(遅れなど)が検索できるサイトhttps://etrain.info/inがあるため、とても楽になった。

目的地に到着するのが遅くなりそうであれば、スマホで旅行予約サイトから宿を確保しておくこともできるし、フロントに電話して到着時間を伝えておくこともできる。便利になった分、気持ちにも余裕が生まれて、ゆったりと旅行を楽しむことができるのだ。

内容は新型コロナ感染症が流行する前のものです。

コールカーター駅

ハウラー駅、スィアルダー駅に並ぶ第3の鉄道ターミナル、コールカーター駅(旧チトプル駅)は、もともと貨物用の鉄道施設だったが、今世紀に入ってから旅客ターミナルとして整備されたため駅全体が新しく、ムードはまったくない。

ベルガチア(Belgachia)地区南側にあり市内中心部に近いのに周囲は広大な空き地となっており、よくもまあこんなスペースが残っていたものだと感心する。やはり鉄道施設周囲にはかなりゆとりを持って用地を確保してあることが多い。

出発まで1時間近くあるが、本日利用の列車が入線してきた。AC車両は1両のみ。予約取ってあるので、涼んで行ける。

バスはただの移動手段だが、鉄道は乗ること自体が体感するエンターテイメントでもある。英国では鉄道趣味は紳士的な趣味という認識が行き渡っているように聞く(聞き違いかもしれないし、英国の鉄道オタクが勝手に紳士を名乗っているのかもしれない)が、日本ではかなり異なる理解がされているように思う。

内容は新型コロナ感染症が流行する前のものです。

コールカーターのトラム2

BBDバーグの市電デポーは廃止となり、地下鉄関係工事が進行中。

沿線の混雑ぶりとコロニアル建築の量から最も眺めが面白いはずのBDDバーグの市電デポーが廃止となり、ここを起点としていた路線はすべて廃線となったのは残念だが、それでもまだトラムのルートが今もいくつか残っているのはコールカーターの良いところ。

エスプラネードのデポーから出発

エスプラネードのデポーからシャーム・バーザール行きに乗車してみた。レーニン・サラニーとニルマル・チャンドラー・ストリートの交差点まではガリヤーハート行きと同じルートだが、ここから先はガリヤーハート行きはここを右折し、シャーム・バーザール行きは左折となる。例の鉄棒持ったCTC(カルカッタ路面電車公社)制服の職員がレールをムギュッと押してポイント切り替えをするのがこの地点だ。

左折すると、市電は終点まで直進していく。途中、道の両側に書籍の露店がひしめき合うカレッジ・ストリートでプレジデンシー・カレッジを横目に見て、さらにまっすぐ進んでいくと、やがてシャーム・バーザールの市電デポーへと至る。この路線も左右にコロニアルな建物や古くからある住宅、由緒ありそうな教会などが建ち並び、なかなか情緒ある市電ライドを楽しむことができる。

財布に優しい運賃。起点から終点まで乗っても7Rs。

大通り脇の商店街奥への引き込み線のようになっているのがシャーム・バーザールのデポー。
デポーの奥には古いがスマートな形状のトラムがあった。
夜になると、また異なる趣のあるシャーム・パーザールのデポー付近。

 

夜の車窓風景もまた趣がある。

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またカレッジ・ストリートとM.G. Roadの交差点で下車すると、M.G. Road上を走るハウラーデポー行きの市内電車をつかまえることができる。市内電車で移動できる先は、バスに較べると限られるのだが、独自の味わいがあるのは、やはりトラムといえども鉄の起動上を走る電車であるがゆえのことだろうか。

カレッジ・ストリートとMGロードの交差点で下車。
ハウラー・デポー行きのトラムに乗車。たまたま新型車両であったため、これまた異なる雰囲気の乗り心地。

ダブルデッカーでムンバイへ

ダマンからヴァーピー駅までの道のりは、オートリクシャーで30分程度。

列車は10分ほどの遅れで到着した12932 BOMBAY CENTAL DOUBLE DECKER。ホレボレするような構えのイン鉄ダブルデッカー車両。牽引するのはフツーの機関車なので、編成の正面から撮るといまひとつ絵にならないが。
始発駅はアーメダーバード、終着駅はムンバイ・セントラル。ダブルデッカーなのだが、私が与えられているのは1階座席なので、ちょっとさえない。
通常の列車よりも景色が低くなるし、通過駅などでよくわかるのだが、顔の位置がほぼプラットフォームの高さになってしまうのだ。

ともあれ、ムンバイ・セントラル駅までの約2時間半をゆったりとした気分で過ごすことができた。

ムンバイの郊外電車の姿が見えてきた。終着駅はそう遠くない。

ナウサリー

スーラトの駅売店でサモーサーとチャーイで軽食。ここから急行でひと駅先にあるのがナウサリー。時間にしてわずか15分で到着してしまう。列車はプラットフォームにゆっくりと進入してきた。

発車してほどなくナウサリーに到着。この駅構内にも出店している全国規模で鉄道駅に展開する書店A.H.Wheeler & Co.は、19世紀後半の創立。南インドであればHiggin Bothamsが優勢なのかもしれないが。これもまた植民地時代から続く書店で、南インドではよく駅にも出店している。ただしそちらは駅書店専門というわけではなく、ちゃんとした書店のチェーンなのだ。

A.H.Wheeler & Co.

ナウサリー駅構内の壁に描かれた鉄道愛を感じさせる絵があった。ガーンディーが率いた「塩の行進」で、人々がダーンディー・ビーチに向かう姿を取り上げたものもあった。

「塩の行進」が題材の絵

駅舎から出ると、すぐにジャムーンを売る露店が目についた。みずみずしく、多少の苦みのある芳醇な果実が爽やかで大変美味だ。他のフルーツよりも繊細で、買ったらすぐに食べないとシワシワに干からびてしまったり、薄い皮が破れてグジャグジャになってしまったりする。

ジャムーン

駅前の安いダーバー(簡易食堂)を見かけたが、開店したばかりなので店内も食器もピカピカで気持ちが良いので入ってみる。料理もけっこう美味しかった。賑わっている鉄道駅正面付近という立地の場合、年季入ってくると「標準化現象」のため、汚くて不味くなるのが定石。価格以上に清潔にしたり、美味しくしたりする手間は、店側にとってはとても効率の悪い、割に合わないことなので、周囲の同ランクの店合わせるようになってくるわけだ。宿も同じことで、この「標準化現象」は、決してインドに限ったことではない。

開店したばかりのShiv Restaurant
シンプルなターリーだが大変旨かった。今のうちだけだろう。

ここもまたスーラトと同様にパールスィーゆかりの街のひとつ。ジャームシェード・バーグは、彼らの結婚式でよく利用される施設だ。

街中を散歩していると、パールスィーの偉人、ダーダーバーイー・ナオロジーの像があった。彼はこの街の生まれなのだ。

ナオロジーの像
パールスィーゆかりの建物は多い。
こちらはパールスィーとは関係ないが、建物の一部に昔ながらの美しい意匠が残る。