映画「ブータン 山の教室」

コロナ禍ですっかり映画館から足が遠のいていおり、今年度初めてのシネマホール。「ブータン 山の教室」のあらすじはリンク先のとおりだが、結論から言って、ひさびさに映画館で観る上映作品として選択したのは正解であった。

秀逸なストーリーもさることながら、インドのスィッキム州からすぐ近くにあるブータン王国のティンプーの風景、そこに暮らす若者が教師として赴任する、最寄りの町から徒歩1週間のところにある寒村とその地域の風景。どちらもインドの山岳地域のチベット文化圏を思わせる風情と眺めも興味深かった。緑あふれる美しい山の景色、清冽な水の流れる渓谷、神々しい雪山の眺めをずっと目にしていたくなる。

GNH(国民総幸福量)とかなんとかいう、いかにも白々しいブータンの官製プロパガンダとは違う角度から描かれた幸せのひとつの形。日本のそれとたいして変わらない都市生活。スマホでいつでもどこでも仲間たちや外国の情報に触れる都市育ちの若者と、電気すらなく村内以外との接触が片田舎の同世代の人たちとの意識の乖離を描きつつ、不便と不満から村人たちに失礼を働きながらも、何もないところに赴任してきてくれる若い教員を尊重して温かく接してくれる村人たちとの信頼関係を築くことができて、任期を終えて後ろ髪引かれながら村を後にする主人公。

学級委員役のいかにも利発そうな女の子はブータンの有名な子役かと思いきや、そうではなく普通の村の子ということに衝撃のようなものを感じる。生徒たちの前で先生が英語でしばらく話をするシーンもあり、そこはやっばりのインドアクセントであるところが、いかにもブータンらしい。1970年代以降、近代化を目指したブータンの教育仲介言語は英語だが、導入時に「英語人材」を欠いていたブータンに対して、大勢の教員を送り込んでバックアップしたのは、面倒見の良い「兄貴 インド」であったからだ。

The Endの後のクレジットには、制作陣に香港のメディアグループがあることになるほどと感じるとともに、技術系のスタッフのところにインド人の名前がいくつも並び、おそらくブータン映画産業に携わるインドの業界人は少なくないのだろうとも想像する。

そういえばブータンで最初にテレビ放送が始まったときもインドによる丸抱えの援助であった。画面にインド人はひとりも出てこないのだが、ブータンとインドの絆が見え隠れするところもまた興味深い作品である。

ブータン 山の教室」(公式サイト)

東京五輪で金メダルなるか?ミドル級女子選手、プージャー・ラーニー

プージャー・ラーニー選手

インドの女子ボクシングといえば、これまで各種大会で華々しい成績を挙げてきたフライ級のレジェンド、メアリー・コム選手のおそらく花道となるであろう東京五輪。メアリーの活躍が期待されるところで、ぜひ良い色のメダルを持ち帰って欲しいところだ。同じくメダルが期待されているミドル級のプージャー・ラーニー選手。こちらはインド女子選手ながら重量級というのも頼もしい。

こちらの動画は本日までUAEで開催されていたアジアボクシング連盟のチャンピオンシップの決勝戦の様子。プージャーはウズベキスタン選手に判定勝ちして優勝。女子の分野でもウズベキスタン、カザフスタンというボクシング大国の選手たちが大勢上位入賞している中、そうした強豪を倒して見事優勝してみせるとは大したもの。相手のリードパンチをかいくぐり、距離を詰めてインファイトで勝負するのが彼女のスタイルらしい。良いコンディションを維持して、ぜひとも東京五輪に臨んでもらいたいものだ。

2021 ASBC Finals (W75kg) MAVLUDA MOVLONOVA (UZB) vs POOJA RANI (IND) (YOUTUBE)

この選手についても、先述のメアリー・コム選手と同様、ボクシングという競技を始めたとき、そしてキャリアを続けていくには、いろいろな曲折があったそうだ。ハリヤーナー州のビワーニー地区出身。デリー首都圏に近いエリアではあるとはいえ、保守的な地方の田舎の村の出。「ビワーニー」といえば、国際大会で活躍するボクサーを輩出してきた土地柄だが、それでも女子がこれを目指すとなると、また別の話であることは想像に難くない。

こんなときに五輪?と思うし、そもそも東京への招致活動の段階から「日本でやらなくたって・・・」と思っていたし、それは今でも変わらないのだが、すでに開幕まで本日6月5日時点で、あと48日。実際に始まったらしっかり楽しむつもりでいる。

コロナ禍で報じられるインド

INDIA TODAY 6月9日号

India Today 6月9日号電子版が配信された。

この前の号の特集は、「自助の共和国」と題して、コロナ禍で大変なことになっている人々に対して、サポートの手を差し伸べる人々を取り上げていた。コロナに罹患した人たちのために自宅で食事のパックを作って提供している人から、グルドワラーで「酸素のランガル」として、酸素ボンベで重症患者に提供するスィクのボランティアの人たち、ヘルプラインを開設し、電話でコロナ関係相談に乗り出した有志の医師たち、はてまた数千人のスタッフを擁するNGOで、コロナの状況に鑑みて、一時的にコロナ患者救済の活動を始めた団体等々、それぞれの出来る範囲で、大変な中でも世間のために働きかける人々の姿に感銘を受けた。

さて、今回はそのまったく反対で、「恐怖のとき」と題して、コロナにより不足している治療薬、酸素ボンベ、酸素濃縮装置その他を投機的に買い占めてボロ儲けする人たち、コロナでの失業、先行き不安からくる精神疾患が多発していること、河岸に流れ着くコロナ死が疑われる多数の遺体等々、たいへん暗い側面が伝えられている。

日本など、外国のメディアに取り上げられるインドは、平時でも偏りがあり、コロナ禍においてもそれ以上であったりするが、もちろんインドへの関心がその程度なので仕方ないことではある。しかしながら、大変好ましい話も、それとは反対にあまりに悲痛な話題も、あまり伝えられないのは残念でもある。これもまた、コロナで大変な目に遭っているのは、インドだけではなく、世界中なので、やはりこれも仕方のないことではあるが。

INDIA TODAY 6月2日号

ラージーヴ・ガーンディー没後30年

THE WEEK 2021年5月30日号

インドのニュース雑誌「THE WEEK」5/30号は、没後30年ラージーヴ・ガーンディー元首相の特集。

1984年に首相だった母親インディラー・ガーンディーが暗殺されたことを受けて、息子のラージーヴが担ぎ出されて、40歳で首相職(1989年まで)に就く。1980年にインディラーの後継者となると目されていた弟のサンジャイが自家用機で墜落死することがなければ、政治野心とは無縁で、国営インディアン・エアラインス(後に同じく国営エア・インディアと経営統合)のパイロットとしての生活を愛していたラージーヴは、定年まで航空会社勤務を続け、息子のラーフルも娘のプリヤンカーも民間人として生きることになっていたことだろう。

国のトップとしては異例の若さ、政治家としての色がまったくついていないフレッシュさと清新なイメージが大衆には支持されたようで、比較的好評なスタートを切ったものの、当時は力のあった左寄り勢力に押されて1989年の総選挙ではナショナル・フロント(という政治連合)を率いるジャナタ・ダルを中心とする左派勢力に惜敗。しかし寄り合い所帯のナショナル・フロント政権は不安定な政権運営の後に1991年に瓦解という短命に。

そんな中で政権復帰を目指す国民会議派総裁として全国遊説中、タミルナードゥ州での政治集会の場に潜り込んでいたスリランカのテロ組織LTTEの女性自爆テロ実行犯による標的となり死亡。享年46歳。「ガーンディー王朝」と揶揄された一家の嫡男。世界有数の大国インドを率いる立場にあり、今後さらに大化けしていく可能性を秘めた人物であったが、政治家としての評価が定まらないうちにこの世を去った。

ラージーヴは若い頃に英国留学していた時期に、後に妻となるソーニアーと知り合う。結婚に際して、ソーニアーはラージーヴに対して「政治には一切関与しないこと」を条件としていたことはよく知られているが、結果として夫のラージーヴは首相となり、そして暗殺により逝去。跡を継ぐことを固辞していたソーニアーだが、中央レベルでは国民会議派の弱体化とBJPに代表されるサフラン右翼勢力の台頭、地方でも会議派の退潮著しく、州与党の座を明け渡すケースも相次ぐという党の危機の最中、会議派幹部たちに拝み倒されて政界進出を決めたのは1998年。いきなり国民会議派総裁に就任している。

このときに外国出身のソーニアーが「ガーンディー家に嫁いだ」がゆえ、会議派トップに収まることを潔しとしない重鎮たちを含む反対派の多くが党を去っており、執行部の求心力と党勢も低下した厳しい環境の中での船出となった。そんな中、当時はお飾り、シンボルに過ぎないと目されつつも次第に実権を掌握し、2004年の総選挙で中央政府与党の座に復帰し、これが2期続くのだが、マンモーハン・スィンを首相に立てたうえで、これを操り人形の如く操作する「影の首相」として、インド政治を牽引する存在にまでなった。

「イギリス遊学」していたイタリアの小金持ちの家の軽薄な女の子(というインドでの認識であった)が、インド政界の御曹司と知り合って結婚。当時のインドとしても露出が多過ぎる彼女の装いが注目され、「インディラーの息子のお嫁さんは今日もミニスカート姿」というような写真がしばしばインドメディア上で話題になっていたようだ。なかなかの美貌の持ち主でもあったことからも世間の耳目を集めやすかったのかもしれない。

会議派入りの後は、それまでの洋装を改め、メディアを通じて流れるソーニアーの姿はいつもサーリー姿で、ぎこちないヒンディー語でのスピーチが「つたない」との評はありながらも、立ち振る舞いにも義母インディラーの面影を感じさせるようになっていった。

そんな彼女が結婚後に予定していたのは、インディラーの後継者の妻ではなく、パイロットの奥さんとしての安定・安心の生活だったのだが、あれよあれよという間に、本来ならば夫の弟が継ぐはずであった「家業 国民会議派総裁」を任されて狼狽するも、ひとたび腹を括ると義母インディラーを彷彿させる「インドの女帝」へとのし上がっていくストーリーは、大変な驚きに値するものであり、まさに「事実は小説より・・・」であった。没後30年経つラージーヴ自身も、天界から自身の妻の活躍ぶりには感謝し続けているに違いない。

そのソーニアーもすでに74歳。一度は会議派総裁の座を愚息ラーフルに譲るも、2019年の総選挙の大敗を受けてラーフルが総裁職を放り出すことにより復帰せざるを得ず現在に至っていることについては、ラージーヴも遠くから胸を痛めているのではないか、とも思う。

ブラック・ファンガス

このところインドのテレビニュースを含めた各種メディアで新型コロナ感染の患者が回復期に「ブラック・ファンガス」に冒されるという事例が多く報じられている。「真菌感染症」のことだが、致死率は50%で、眼球や顎の骨を切除しなくてはならなくなったりする場合もあったりするというから恐ろしい。

「ブラック・ファンガス」といえば、私たちは食材のキクラゲを思い浮かべてしまうが、同じ「菌類」でも、それとこの病気の原因となるものとはまったく異なる。新型コロナの症状が重くなった患者には、炎症を抑えるためにステロイド系の薬が投与されるが、この副作用として免疫力が低下すると、生活環境に普遍的に存在する真菌類がと取り付いて起きる真菌感染症「ムコール症」。新型コロナに感染さえしなければ、こうした薬を投与されることはなかったため、この病気に関連して起きたものだと言える。

インドの国営放送「ドゥールダルシャン」のニュース番組では、この「ブラック・ファンガス」について、『患部が黒くなる場合が多いので「ブラックファンガス」と呼ばれるが、必ずしも黒くなるとは限らない。気が付くのが遅れないよう注意する必要がある。』と報じていた。

州によっては、この「ブラック・ファンガス」について、エピデミックを宣言しているところもあるが、コロナそのものと異なり、「ブラックファンガス」自体は人から人へ感染する類のものではない。身の回りのどこにでもある真菌類が原因のとても稀な症状で、前述のようにステロイドの大量投与で免疫力が極端に低下するという特殊環境で起きるものであるからだ。

インド、新型ウイルス患者の間で真菌感染症が急増(BBC NEWS)