バナーラス訪問の目的のひとつは、「カーシー・ヴィシュワナート・コリドール」を訪れること。かつてゴチャゴチャした迷路のような路地にあった通称「ゴールデン・テンプル」ことカーシー・ヴィシュワナート寺院のために周辺地域の建物をことごとく壊して更地にしたうえで、大きなゲートと壁に囲まれた聖域を「ゴールデン・テンプル」を中心に構成し、ガンガーのガートからこの寺の本殿まで直進できるようにするという壮大なものだ。
これは選挙区をお膝元のグジャラートから、地縁のないバナーラスに移したナレーンドラ・モーディーが公約として掲げたプロジェクトのひとつで、コロナ禍の時期に一気呵成で進めて完成している。もちろん2017年に成立して現在2期目のヨーギー・アディティヤナート率いるBJPによる州政権あってのことでもあるが、よく言われるところのダバルインジャン・サルカール(double engine goverments=中央のBJP政権+州のBJP政権)により、たったの3年間あまりで仕上げたものである。
政治と鉄道を中心としたインドウォッチングを趣味とする身としては、ここの見学はマストであるため、早朝の比較的空いている時期に向かうことにした。この「コリドール効果」はてきめんなようで、4割近く訪問者が増えているのではないか?という街の声もある。(途中、コロナ禍の時期を挟んでいるため、真相は定かではない)
身分証とお金以外、あらゆるモノの持ち込みが禁止(腕時計すらダメ)されているため、宿にすべてを残して早い時間帯に出かけてみたが、入場に何時間もかかると思われる行列にたじろぐ。
しかし事前にここ「ゲートNo.4」にはVIP用出入口と有料出入口が設けてあり、インド人は祭司にプージャーをしてもらうという名目と権利(300Rs)を買い、外国人はプージャーの権利なしで外国人料金(600Rs)を払って、行列することなく入場することができるようになっている。いかにもインドらしく、お金がなくてもその目的を果たせるエコノミーなルートとお金を払って面倒を回避するシステムが用意されている。
結局のところ、衣食住すべてが同様で、限りなく安く済ませることは当然可能で、そこからくるしんどさ、不衛生さ、面倒くささをそれなりの対価を支払って避けることができるようになっているのだ。
空調の効いたラウンジのような専用のチケット売り場でパスポートを提示して支払いを済ませると、作成した係の人がプージャーの権利を買ったインド人家族とともに特別入場口へと杏奈してくれる。そういう待遇を受ける身であることがひと目でわかるように、肩から大きな目印がかけられる。
ひとつ残念なのは中は撮影禁止であるどころか、携帯も持ち込めないため、写真が1枚も手元に残らないことだが、こればかりは仕方ない。
大きな門や境内の各種建物を抜けた先に、あの「ゴールデン・テンプル」が姿を現している。「コリドール」が出来る前は、ヒンドゥー郷土以外は入ることが出来なかった(ときどきチョロっと潜り込んで、ちゃっかり写真を撮って出てくる旅行者はいた)はずなのだが、今は万人に開かれた寺となっている。そういう「Inclusive」な姿勢が今のインドの右翼政権の特徴で、一般的な意味での保守ではないし、復古主義でももちろんない。昔はなかった新しいヒンドゥー思想を軸にした動きと言える。
昔々、このお寺のすぐ隣にあった宿に泊まったことがある。その建物のすぐ下にこの金色のシカラーを持つお寺を目にしていたが、いまや周辺すべてが取り壊されて、大きな境内となっているのが何とも不思議な気がする。
この寺を中心とした「コリドール」とセットで見学したかった「ギャーンヴァーピー・マスジッド」だが、このコリドールとぴったり隣り合っていることがわかった。ゲートナンバー4から入り、まず目にするのが金属フェンスで囲まれたそのモスクであるからだ。
ここはかつてヴィシュウェーシュワル寺院であったとされ、ムガル帝国のアウラングゼーブ帝の次期に取り壊されてモスクになったとされる。「地元のヒンドゥー教徒の主婦たち」が裁判所に訴えをおこし、「ヒンドゥー教徒たちがここでプージャーを行う権利」のためという訳のわからない裁判が進行中。もちろん主婦たちというのは表の顔で、背後で操作しているのは右翼団体であるようだ。
提訴当時はただの話題作りや反ムスリムの機運醸成ともみられ、早々に棄却されるとの観測もあったが、裁判の中で原告側の巧みな策略のため、「それでは本当にそのような過去があったのか長座せよ」とインド考古学局(ASI)に命令が下り、昨日から調査団がモスク内に立ち入って調べを開始している。現在もここでムスリムの人たちの礼拝は実施されているが、トラブルを避けるため、ムスリム以外の入場は禁止されているとのこと。
それにしてもモスクなどイスラーム教徒の礼拝施設で、ペルシャ語やアラビア語から来た名前ではなく、「ギャーンヴァーピー(知識の泉、知識の井戸)」というサンスクリット語の名前が付いているモスクなど他にあるのだろうか?単に「カーシー・ヴィシュワナート寺院」というバナーラスを代表する名刹の隣にあるだけでなく、このような名前であるがゆえに、象徴的なものとして攻撃の対象になるのではないだろうか。
この「ゴールデン・テンプル」訪問後、さきはどのラウンジみたいなチケット販売所でプラサード(神様からのお下がり)をいただき宿に戻る。