Ausum Bastar

Ausum Bastarというフェイスブックページを運営しているUnexplored Bastarというオフィスがあり、ジャグダルプル到着前から幾度かメールやメッセンジャーでやりとりしていたのだが、その場所らしきところに着いてもまったく看板も出ておらず判らない。

目の前にある薬局で初老男性に質問してみたところ、「ああ、息子がやっているボランティア集団だよ」とのこと。てっきり旅行代理店と思っていたのだが、そうではなかったらしい。

息子さんは仕事でライプルその他の街から街へと飛び回る忙しい人で、彼と同世代である30代くらいの10数名の仲間たちとバスタルの観光を振興させるための活動をしているとのこと。その半分くらいは先住民出身の人たちで、皆それぞれに仕事を持っているにも関わらず、精力的に情報収集・発信をしているようだ。

男性は「息子は不在だが彼の仲間を呼ぶよ」とのことで、そうした活動をしている中の一人を薬局まで呼び寄せてくれて、しばらく情報収集をさせてもらうが、かなり有益なインフォメーションを得ることができた。ガイドの紹介、クルマの斡旋等も行っているとのことで、それらについても少し話を聞いてみたが、まったく無理強いすることもなく、本当に観光振興のために活動しているのだなとわかる。

とりあえず明日回る訪問先を決めたのだが、彼らの紹介できるクルマは少々高いように思われた。「他にも代理店とか当たってみるといいかも?」という勧めに従い、同じ通りにある普通の旅行代理店で予約した。情報だけいただいてしまったようで申し訳ないが、こうした形で地域の観光振興のための活動を続けているというのは実に立派なことである。

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“Chinatown Days” by Rita Choudhury

アッサムの女性作家、リーター・チョードリーによる大作。
清朝支配下の19世紀、南中国の寒村から奴隷として町の商人のところに売られていき、そこで奴隷ながらも主の信用を得て、それなりの金銭的充足と自由を得ることとなった少年。だが、彼はさらにここから別の人身売買シンジケートにより、カルカッタへ運ばれ、そこから開業間もないアッサムの茶園に行くこととなる。

時代は下り、その茶園近くのマークームの町や周辺で事業を起こした中国移民の子孫たち。
アッサムのすっかり根付き、「中国系アッサム人」として地域社会の中の一部として定着していた。

中印戦争開戦。最初は特に影響を受けることのなかった華人コミュニティだが、インドの敗色濃くなっていくにつれて、反中国感情の高まりとともに、中国系住民への感情も急速に悪化していく。

中国との敵対関係がエスカレートしていくとともに、国内政治でも共産主義勢力を「親中かつ反インド」であるとして攻撃するだけではなく、民族的なルーツを中国に持つ人々への風当たりも強くなってくる。

やがて中国系市民の拘束の命令が中央政府から発せられ、華人が集住していたカルカッタはもちろんのこと、ところどころに華人コミュニティが散在していたアッサム(当時は現在のメガーラヤもアッサムの一部)においても一斉に彼らを逮捕して地域内の刑務所へ収容してしまう。驚いたことに、チベットからダライラマとともに亡命してきたチベット難民の中にも、このあおりで逮捕・拘束された人たちが少なくなかったらしい。

その後、華人たちは、まとめてラージャスターン州のデーオーリーキャンプへと列車で移送される。(デーオーリーキャンプは、奇しくも第二次大戦期にマラヤ半島などに住んでいた日本人たちが敵性外国人として植民地当局に検挙されて移送された先でもある。)

インド政府は、世代を継いでアッサムに暮らし、インドを祖国とする中国系市民を敵視するいっぽう、引き揚げ船を仕立てて彼らを迎えるというオファーをする中国に対して、これ幸いと彼らの身柄を引き渡してしまう。インド生まれの華人たちにとって中国は未知の国。おりしも時は文革の渦中で、引き揚げてきた彼らはインドによるスパイという嫌疑もかけられて大変な苦難を重ねることとなる。

中国に送られることなく、アッサムに帰還することができた華人たちにとっても、日々は決して楽なものではなかった。苦労して得た工場、店、家屋などは、「敵性資産」として、競売にかけられており、彼らの父祖がそうであったように、再び裸一貫でスタートしなくてはならなかったからだ。

文革の嵐が収まりかけたあたりから、中国に送られたアッサム華人たちの中で、当時英領だった香港を目指すのがひとつの流れとなっていった。

そして現在、結婚したばかりの華人妻と生き別れになったアッサム人男性が、かつてマークームに暮らした華人住民たちの小さな集まりが開かれる香港を訪問して49年振りに再開。

雄大な時間軸の中で展開していくスケールの大きなドラマ。こうしたインド系の人々の歴史を交えた長編作品を得意とする大作家アミターブ・ゴーシュの作品を彷彿させる。

もともとマークーム(মাকুম)と題して2010年にアッサム語で発表された当作品だが、好評を得て英語版も出版されることとなったが、翻訳版という形ではなく、新たな記述等を加えて最初から書き下ろすことになったため、英語版の出版まで何年もかかったと聞いている。

タイトル:Chinatown Days
著者:Rita Choudhury
出版社:Amazon Services International, Inc.
ASIN: B0786T8XKX
※紙媒体ではなく、アマゾンのKindle版を入手。

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ジャグダルプル空港

南の方角から走ってくると、ジャグダルプルの市街地に入るあたりで空港が見える。まだ新しい施設だが昨年11月から乗り入れがなくなっている。昨年6月からラーイプル→ジャグダルプル→ヴィシャカパトナムというフライトが就航したのだが、半年も持たなかった。
市街地に隣接しており、繁華街はすぐ目の前。利用者にとっては大変便利な立地だったはずだが、その数については大変ずさんな試算のもとで空港の建設がなされたということなのだろう。
近年のインドでは、数多くの空港建設が進んでいるが、せっかく完成しても乗り入れる定期便がない、就航したもののすぐに乗り入れ停止というケースも少なくない。ジャグダルプル空港もそうした中のひとつである。

ジャグダルプルの空港の市街地からのアクセスの良さはインド最高クラス。繁華街から徒歩でも行ける距離だ。

PM Modi Inaugurates Flight Service From Jagdalpur To Raipur (NDTV)

Why flight services to Maoist-hit Bastar region have been discontinued 5 months after launch (FINANCIAL EXPRESS)

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視力測定板

日本で言えば、片目を塞いで「上」「右」「下」「左」などと、円の切れ目の方向を言ったりするが、ジャグダルプルで道を尋ねた眼鏡屋でこんなものを見かけた。
デーヴァナーガリー文字で「ダ」「パ」「タ」「ナ」「ガ」・・・などと読んでいくのだが、ずいぶん文字も文字列も少なく、いい加減な感じがする。
文字が左右逆になっているのは、このボードを背にした反対側の壁に置いてある鏡に映った像を読んでいくためである。

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現代のシャー・ジャハーンとムムダーズ・マハル

亡き妻のために「うちのタージマハル」を建てたとして何年か前に話題なっていたUP州の元郵便局長。

This retired UP postmaster built a Taj Mahal for his ‘Mumtaz’ (Hindustan Times)

昨年、自らも亡くなり、奥さんと一緒の墓廟に埋葬されたとのこと。
美しい愛のエンディングストーリー。
ただし、現代のジャー・ジャハーンの死は交通事故によるものであったことは痛ましく残念である。

Ex-postman to be buried in ‘mini-Taj’ with late wife (Times of India)

以下の動画から、仲睦まじい夫婦であったことが偲ばれる。
自宅の窓からいつでも墓廟が見えるようになっており、幽閉されたシャー・ジャハーンは窓から見えるタージマハルを眺めて、先立った愛妻ムムターズのことを想いながら過ごしたという逸話そのままのようだ。


The Retired Postmaster Who Built A Taj Mahal For His Wife | Unique Stories from India(Youtube)

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