猫カフェ

チェンラーイの街なかにある猫カフェに行った。飲み物やケーキなどは他の喫茶店と同様の価格帯で良心的だ。
実に様々な高級種がたくさんいて、どれもよく躾けられていること、気立ても良いことに驚かされる。ただ、家族連れ客の子どもたちの猫の扱いには、往々にして問題がある点は、猫たちに気の毒だ。
私が入店してしばらくしてから登場したベンガルは、実に美しい猫であった。店内は全員床に座るスタイル。猫たちがそこにいるだけで、ほんわかとしたいいムードになっており、ヒーリング効果の高さがしのばれる。
ただ、お客が目を離すと、そこは猫なので、ケーキに頭を突っ込んで食べている奴がいるので、多少の注意は必要である。

この赤い建物1Fが猫カフェ

この猫はケーキが大好きらしい。

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チェンラーイへ

タイ側の出入国管理事務所を出てすぐのところで軽く食事。宿に戻り、預けていた荷物を受け取ってから、バスターミナル行きのソンテウをつかまえる。
バスターミナルからはエアコンバスはすでに満席とのことで、ノンエアコンバスで出発。車内は総ステンレス張りで涼しげだが、実に暑い。
チェンラーイまでは1時間半程度の道のりだが、途中2回検問がある。タイ人たちはICチップが入った国民登録症を提示している。日本でいえばマイナンバーカードということになるのだろうが、日本でもこれを本気で普及させようというのならば、この国では、どのようにしてそれを普及させたのかということが参考になるのではないだろうか。もっとも私はタイのそれがどのような役割や機能を持っているのかについてはよく知らない。
ところどころで客を乗せたり下ろしたりしながら、バスはゆったりと進んでいく。

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タチレク 2

ミャンマー料理の食堂

タイ側のメーサイではタイ各地からそれなりに人々が集まってきて商売をしているように、ミャンマー側のタチレクでも同様にミャンマー各地から人々が集まって町を構成しているため、橋ひとつ渡ってきただけでも、ずいぶん町中の様相は異なる。

目にする文字が異なるだけではなく、通り沿いにある看板や商店に貼られた広告の類もそれぞれの国の企業のものになるし、食堂を覗いてみてもタチレクでは当然のことながらミャンマー料理の店がほとんどとなり、メーサイにはいくつもあるセブンイレブンのようなコンビニエンスストアはタチレクにはまだないようで、昔ながらのよろず屋が細々と商売している。

せっかくなので町中を観光してみようと思い、何台ものトゥクトゥクが客待ちしていた国境の橋のたもとに戻ると、さきほどのインド系巨漢のサリームがまだ居たので声をかけてみた。彼自身がトゥクトゥクを運転するようで、町中のお寺をいくつか回ってもらうことにした。

タチレクのトゥクトゥクはこんな感じのものが多い。乗り合いとして使用できるようになっている。

特にこれといった名刹があるわけでもなく、元々小さなマーケットしかなかったところで、近年人口が急増するに従って出来たような新しいお寺ばかりのようではあるが、それなりにミャンマーに来た気分にさせてくれるのは、これらがビルマ様式であるからだ。もっとも中には、祭壇にビルマ式の仏像とタイ風の像が同居しているケースもあり、それはそれで国境の町らしくて面白かったりする。

ご本尊の両脇に控えるのはタイ式の像となっているお寺があった。

丘の上からタチレクの町とその背後のタイ側の町メーサイを見下ろす。

見物を終えて、国境の橋のたもとにあるマーケットを散策する。案外、洒落た店や大きな商店もあったりする。規模が大きな商店を経営しているのは、漢字が書かれたお札や祭壇など、店の佇まいからして、やはり華人が多いようだ。置かれている商品もセンスもタイには遠く及ばない感じだ。川を挟んだ国境の時差は、30分ではなく、30年くらいあるような気がする。もっとも30年前のタイ側のメーサイには、今のミャンマー側のタチレクのマーケットにふんだんに出回るケータイやスマホは無かったわけだが。

しばらく見物してからタイ側のメーサイに戻る際、サイレンを鳴らして進むミャンマーのナンバープレートを付けた救急車がタイ側に越境していくのを見た。やむにやまれぬ事態が生じた場合、タイ側の病院に移送して処置するという措置がなされているのだろうか。二国間関係は決して悪くないミャンマーとタイなので、さもありなんという気はする。

ミャンマーの入国管理事務所で、さきほど受け取った預かり証を渡してパスポートを返却してもらう。すぐ右手には小ぎれいなレストランと商店が入ったビルがあるが、洋酒類などを販売する「免税店」も入居していた。

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タチレク 1

ミャンマー入国

ミャンマー側で10ドル(または500バーツ)の「入国料」を支払いパスポートと引き換えに預かり証を受け取ると入国手続きは完了。事前にヴィザを取得していれば、ここからミャンマー各地に足を伸ばすことも可能だ。許可を取ればチャイントーンまでは行けるようだが、そこからさらに先に行くにはヴィザが必要である。

タチレクの入国管理事務所には「E-Visa」のカウンターもあった。空港からの入国のように、自国等で申請しておいて、ここで入国する時にヴィザを発行してもらうことも可能らしい。

橋を下りたところからタチレクの町だ。何人もの客引きがいるが、どれもトゥクトゥクによる市内観光や移動を斡旋しているようだ。そうした中にひとり、サリームという長身の男性がいた。インド系ムスリムでウルドゥー語が通じる。

しばらく徒歩でタチレクの町を散策してみた。やはり南アジア系の人たちの姿をチラホラ見かける。店で商売を営んでいるヒンドゥーの人たちはネパール系の人たちであることが多く、たいていは普通にヒンディーが通じるようだ。

しばらく歩いた先にティーハウスがあり、幾人かインド系ムスリムたちがいたので、店に入ってしばらく話をしてみることにした。ここは彼らの溜まり場になっているとのことで、たいていは地元在住の人たちではなく、タウンヂーその他のミャンマー各地から商売の都合で来ているとのこと。タイとの国境であることから、いろいろ商機があるそうだ。

私はビルマ語もタイ語もできないが、彼らはけっこう普通にウルドゥー語を操るので、ここにあってはなかなかありがたい存在だ。また、彼らにとっても彼らの父祖の言葉が通じる日本人は珍しいらしく、大変フレンドリーである。

茶店でくつろぐインド系ムスリムの人たち

この中にいたアブドゥルさんは、移民四世とのことだが、それほど世代を経ても、ちゃんとウルドゥー語を話すというのは、ヤンゴン、マンダレー、スィットウェなど他の街でも珍しいことではなく、南アジア系ムスリムのコミュニティが今でも機能していることの証でもあるだろう。

また、ウルドゥー語自体がミャンマーに暮らす南アジア系ムスリムが身につけておきべき教養のひとつであり、彼らのアイデンティティでもあることから、彼ら自身の先祖がこれを母語としなかったベンガル系ムスリムもこれを話す人が多い。加えてヤンゴンのダウンタウンでは珍しくないイラン系ムスリムたちもこの範疇に含まれることは特徴的だ。

そうした背景もあることから、ウルドゥー語を話す外国人がいると「彼も当然ムスリムだろう」ということにもなってしまうため、ミャンマーにおけるウルドゥー語とは、民族的な出自を示すシンボルというだけではなく、宗教上の帰属をも含めた象徴的な意味合いがある。

ティーハウスの向かいにはマスジッドがあったので見学してみる。回族の中国人が建てたものであるとのことで、道路に面した門や本堂の入口などに、漢字でいろいろ書かれている。とてもキレイにメンテナンスされているので、相応の回族人口があるのではないかと思われる。

回族が建てたマスジッド

ちょうど金曜日でもあり、さきほどのティーハウスにいたインド系の人たちに、どこに礼拝に行くのか質問しておけばよかったことに気が付いた。

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メーサイからタチレクへ

メーサイの宿泊先で朝食後にチェックアウトのため荷物をまとめていると、大きなトラックが大通りを駆け抜ける音がしたと思ったら、いつまで経っても騒々しい。トラックでなくて大雨だった。30分ほどで止んだが、周囲の山に低い雲がかかっており、しばらく天気は悪そうだ。

このあたりは丘陵地帯になっており、あまり見通しは良くない。そういう地域であるがゆえに少数民族も多くて独自性があるのだろう。

昔は小さなマーケットのようであったメーサイと、これまたこじんまりとしたタチレクの町の間を流れる細いルアック川(東へしばらく流れるとメコン河と合流)に架かる橋があるだけであったが、今では橋両側に両国の出入国事務所の大きな建物ができている。とりわけタイのものが大変立派だ。

向こうに見えるのはタイ側の出入国管理事務所

イミグレーションは、タイ・ミャンマー人用のカウンターとその他の国の人のカウンターとに分かれている。タイを出国して橋を渡っていると、その橋を渡るクルマが橋の真ん中あたりでタイ側の左側通行、ミャンマー側の右側通行からそれぞれ反対側の車線にスイッチしていくのが面白い。ちょうどそこの部分でタイとミャンマーの間の30分の時差が生じる。

橋の真ん中あたりで、掲げられている旗がタイ国旗からミャンマー国旗に変わる。

橋の上を移動する車両も左側通行(タイ)から右側通行(ミャンマー)にシフト

ミャンマー側のゲート

ミャンマー側に入ると、タイ側と同様に橋の両側にマーケットが広がっているのだが、タイ側よりも概ね建物の背は低く、粗末である。人に尋ねていないのでよくわからないが、こちらではけっこう停電があるのではないかと想像する。

ミヤンマー側のイミグレーションでパスポートを提示すると、ボーダーパスの紙が発行され、パスポートはミャンマーのイミグレーション預かりとなる。帰りに橋の反対側サイドの出国用イミグレーションのほうで返してくれるのだという。

それはいいとして、入国時に500タイバーツあるいは10ドルを徴収するというシステムは軍政時代から変わらない。こういうのはもうちょっとオープンにならないものなのだろうか。

イミグレーションを終えて出たところには、タチレイの町の観光を斡旋する客引きたちが声をかけてくる。

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