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カテゴリー: travel

  • 出世する木

    出世する木

    ただの木が出世していった典型である。

    通りに面したところの木に人々が集まり井戸端会議がなされるようになると、やがて木にはコンクリやレンガで基壇がしつらえられ、人々はそこに腰掛けて語らうようになる。行商人々もそこで商うようになる。

    すると基壇に祠が作られて、プージャーリーがときどき面倒を見るようになったり常駐したりするようになる。

    そうなると、次第に祠がお寺化していく。もっとも寺院であれ家庭の祭壇であれ「マンディル(お寺)」と呼ばれるのは変わらない。街角の祠であってもたしかにマンディルであることは変わらない。

     

    街角の木としては、これは最も成功した部類に入る。きちんと屋根を持ち、神像の据えられたお堂には金属の格子も入り、きちんとカギもかかるようになっている。さらにはお堂の前に門まで出来ており、なんとも立派なものだ。

    かように出世する木もあれば、人々がゴミを打ち捨てたり小便をひっかけたりするだけの哀れな木もある。同じ道端に並ぶ同じような木でありながら、どうしてここまで差がつくのか?

    それぞれの木にそれぞれの徳性があり、それがやがて大きな差へと繋がっていくような気がしてならない。まあ、そうなるのは木に限ったことではなく、私たち人間も同様なのだが。

  • 地産地消ではない

    地産地消ではない

    バナナはカルナータカ州の地場産とのこと。この時期のマーケットでもいろいろな果物が並んでいるが、他州からのものや外国産(ドラゴンフルーツ)などが多く、温暖なカルナータカといっても、地場産はさほど多くはないようだ。広いインド各地が相互依存しているからこそ、マーケットに豊富な量の果物が供給されることがよくわかる。

  • バーダーミーへの移動

    バーダーミーの宿に着いた。ビーダルからたいした距離ではないので4時間程度かと思ったら、途中ビージャープル、バガルコートと2回乗り換えなくてはならなかったので宿を出てから8時間半くらいかかった。

    ビージャープルからはマハーラーシュトラからバーダーミーの医科大に学びに来ている学生と乗り合わせていろいろ話を聞けて楽しかった。彼はすでに3年生だが、各地から学生が集まるキャンパスと寮での生活ということから、現地のカナダー(カンナダ)語は読み書きできないどころか会話もほとんどダメという。

    それでも事足りてしまう、やはり大学キャンパスでの学園生活という特殊性はあるにしても、なんとかなるのはインドらしいところである。ヒンディーで事足りるからだ。

    マハーラーシュトラはカルナータカと隣接しているが、言語の系統も文字も違うため、カルナータカに縁がある人でなければマハーラーシュトラではカナダー語は理解されず、カルナータカでマラーティー住民を除けば通常マラーティーは理解されないとのこと。

    インドそして亜大陸の複雑な多言語環境を繋ぐのがヒンディー・ウルドゥーであり、その恩恵は限りなく大きいのだなあと思う。

    系統の異なる南インドでも政治的な理由からヒンディーをボイコットしているタミルナードゥ州を除けばとても便利だし、同じく言語としての系統がまったく異なる北東州、ナガランドであろうがマニプルであろうがメガーラヤであろうが使えるのだ。その通用度は英語の比ではない。ほぼ誰でもOKだからだ。

    旅行においてもヒンディー語はとてもありがたいなあと感じている。英語に較べると非ヒンディー語圏でもヒンディーを理解する人の割合ははるかに高いし、英語だと拙くて人間的な会話が成り立たない相手でもヒンディーだとその限りではない。

    これが広大かつ膨大な人口を抱えるヒンディー語の州となると、「言葉が通じない人は皆無」という日本国内旅行同様の状態になるし、いつでもどこでもヒンディー語で書かれた新聞、雑誌が見当たらないことはないため、日々現地で起きていることを肌感覚で知ることもできるし、そんな出来事を話題に人々と話もできるわけである。

  • ケーキでひと休み

    「バンガロール・ベーカリー」なる人気店があり、ここのナッツを練り込んだ生地のケーキが素晴らしかった。ほど良い甘みに疲れがゆっくりと解消されていくようだ。

    普段の生活では、毎日ケーキを食べたり、ミターイーを口にすることはないのだが、やはり甘党天国のインドに来ると、とても我慢できなくなる。宿から近いので夕方にも来てみようと思う。

  • SNS

    バンコクでお世話になったマッサージ師さんとときどきFBやラインでやりとりしている。年に数回程度、イサーンの故郷に里帰りして家族やお子さんに会っているようなので、なかなかそうあるものでもないらしい。

    サービス業の人たちは往々にして人がヒマで遊んでいるときに忙しいもの。若いのに2児を抱えるシングルマザー・単身バンコクで仕事となると距離もあるし大変だなあと思う。田舎では母さんが彼女の子供たち、つまり孫の面倒を見ているそうだ。

    彼女自身は、都会的で普通におしゃれな感じの人だけど、FBで見かける本人の実家での投稿には飼っている水牛でお子さんたちが遊んでいたりするので、バンコクでの姿との落差に最初は驚いた。

    旅行者等相手の仕事の人たちで、旅行代理店の人であれ、宿の人であれ、街なかで知り合った人であれ、昔であれば「いろいろありがとう!コプクーン!」で終わりだったが、「ああ、この人は面白いなぁ!また次もぜひお会いしましょう!」とSNS等の連絡先を交換すると、その後の日常をお互い垣間見ることもあったりして、なかなか楽しい。

    仕事場の人たちとの食事会もときどきあるようで、私たちのそれに似ている。私たちの世界は繋がっているようでいながらも実は分断されているのだが、それでもなおかつ気持ちや想いは繋がっているものと信じたい。

    私もときどきバンコクには立ち寄るので、訪タイの前には「今度お店にいきますね」と連絡している。たまたまお休みだったり、それこそ帰省しているタイミングだったら残念なので。やはりこんな形で繋がっていると、いろいろ助かるなぁとも思う。

     

  • マンディーに再挑戦

    マンディーに再挑戦

    カルナータカ州ビーダルの店で出てきた「マンディー」があまりの巨大さにかなり多くを残して食べきれず、敗北感とともにトラウマになりそうだった。

    そして本日、同じカルナータカ州のグルバルガでリターンマッチに臨んだ。本日の店では「1人分」というポーションもあるのに勇気付けられた。

    マンディーの店

    やはりここでも「マンディー」には専用の座敷が用意されている。

    突き出しで出てきたスープを味わっていると、ほどなく「マンディー」が運ばれてきた。やはりここでも「1人分」とは信じ難いボリューム感に圧倒されるが、ここで怯んでいるわけにはいかない。

    前回は「もう少し汁気があればいけたかもしれない」という反省から、付け合せのチキンは揚げたものではなく煮込みを選択。これで最後には水分で流し込めるのではないかという、いわば戦略である。

    今回もやはり満腹中枢から「ストップ」がかかる前には相当量を片付けてしまおうと、スタートからダッシュする。付け合せあわせの汁類に油分が少なかったこと、そしてライスに混ぜ合わせて炊いたナッツ類が少なめであったことも幸いし、なんとか完食に持ち込むことができた。

    盛大に食べ残す人たちが多いインドなので、これで「完食」と言っても差し支えないはず・・・。

    しかしながら味わいそのものが美味なごちそうのマンディー。無理に完食目指して格闘するよりも複数人数で訪れてゆったりと楽しみたいものだと思った。

    そもそもの「マンディー」だが、インドにおける新しいトレンドだ。アラビア料理で、特にサウジアラビアなどでこういう食べ方をするのだという。インドで最初に「マンディー」を導入したのはハイデラバードの店とのこと。その後歯内の他の店や他の街にも波及している。

    繰り返しになるが、ぜひ多人数での利用をオススメしたい。

  • グルバルガのシャーヒー・マスジド界隈

    グルバルガのシャーヒー・マスジド界隈

    フォート近くにあるシャーヒー・バーザールにあるシャーヒー・マスジド。その名からして支配者勅命の聖職者がつかさどるモスクだったのだろう。立派な作りの施設だ。現在もジュマー(金曜日)の礼拝では使用されているとのことで、歴史の彼方の遺跡ではなく、現役の宗教施設だ。

    ムスリムの支配者のお膝元にして、格式高いモスクもある割には、周囲はヒンドゥー地域のため、家の前にランゴーリーが描かれていたり、お寺や祠がいくつもあったりする。

    何かをきっかけに街の人口が入れ替わることは決して珍しくはないため、今と往時は大きく異なるのかもしれないし、ムスリムの支配者のもとでヒンドゥーの商人層が活躍していたのかもしれない。カルナータカのこのあたりの地域の歴史について詳しく知らないが、こんな眺めを目にすると興味がわいてくる。

    美しく描かれた乱ゴーリー

    近くにあるヒンドゥー地区で家の前のランゴーリー。いろいろあるけど、これはとりわけ美しく躍動感も良い。絵心豊かな人によるものなのだろう。この地域には北からの人たちも少なくないようで、ティワーリー、ダットといった北インドの苗字の表札もある。

    北インドが出自の人たちの名前が掲げられた家

    前日訪れたPrakash Asian Mallというデイズニー風ながらも寂れたモールの近くにマールワーリーのお寺とラージャスターニー互助会の看板を掲げるクリニックがあった。

    マールワーリーの組織のお寺
    ージャスターニー互助会の看板を掲げるクリニック
  • Dil ki Pasand

    Dil ki Pasand

    昨夜の夕飯後に気になるお菓子を見つけた。薄いパイ地の中にドライフルーツがたくさん詰めてある。名前を尋ねると「ディル・キー・パサンド(心底大好きなもの)」とのこと。甘党天国インド、これもまた美味しかった!

  • グルバルガのイードガー

    グルバルガのイードガー

    グルバルガには大きなイードガーがある。イスラーム教の礼拝施設だが、大祭であるイード・アル・フィトルとイード・アル・アダーの朝の礼拝専用の施設。つまり大祭で普段と異なる規模で集まる信者たちを収容できる非常にスケールの大きなものとなっている。

    ここではミンバル(説教壇)もこうした形で露天の「屋外集団礼拝施設」である。
    広大な敷地の中で大勢集まった信者たちの姿を想像すると、さぞ壮観であったかと思うとともに、イスラームの暦は毎年ずれていくため、モンスーンの大雨のときにはどうしたのだろうか、それでも決まった日時のものなので驟雨に打たれて礼拝を行っていたのかと、いろいろな有様が脳裏に浮かぶ。当時はゴアテックスみたいな悪天候時に都合の良い生地はなかったからして。

    キブラに向かって左右に配置された巨大なミナレットは遠くからでも見つけやすい目印。グルバルガ訪問の際のオススメスポットの筆頭格である。

    亜大陸なおいて、イスラーム勢力は軍事的な征服者としてだけではなく、圧倒的な先進文化を携えて登場し、人々を感化し啓蒙した、まさに「イスラームの衝撃的」である。その衝撃の一端を今の時代においても体感できるのがインドでありパーキスターンでもある。

    ビーダルにおいてもグルバルガにおいても旧市街はまさに「イスラームの国」なので、インドにありながらもまた別の国を訪問しているような気分になる。インドという国の奥行きの深みと多層性は他に類を見ないものであり、常々尊敬の念を禁じ得ない。

  • ハイアール

    ハイアール

    宿の部屋には中国メーカー「ハイアール」のエアコン。レスポンスは早いし、静かでガンガン冷えるし、温度調節も的確だし、設定温度が本体の目立つところに大きく表示されるのも良い。設定温度は躯体に大きく表示されるのも良い。良品を造ってますね。

  • ゲート

    ゲート

    ビーダル街歩きで気になったゲートがあった。上階には居心地良さそうな部屋がある。どんな風に使われていたのだろうか?
    ビーダルの街は城壁が囲まれていた過去があるが、こうしたゲートは今なおいくつも残されているのがうれしい。もちろんここに限ったことではなく、インド中あちこちにあるのだが。

  • 旅情 駅とバスターミナルの違い

    旅情 駅とバスターミナルの違い

    鉄道駅はどこも佇まいにそれぞれに風格や味わいがある。とりわけインドにおいては歴史的な駅がたくさんあるのため、それを楽しみたくてわざわざ出発の2時間くらい前に足を運んで、構内あちこち見学したりもするのは私だけではないだろう。とりわけ大きな駅となると、その見どころも多いものだ。

    ところがバスターミナルについてはこれまでそうした魅力を感じたことがない。場所によっては近代的であったりきれいに整備されていたりもするのだが、必要以上の早く着いて施設内を歩き回ってみようという気にはならない。

    もちろん、多くの人々が行き来するので、バスターミナルにも旅情のようなものはあるのだが、やはり鉄道のような深みはない。同じ移動のための乗降や乗り換えの施設なのに、なぜこうも違うのだろうか。鉄道駅はたとえ各駅停車しか止まらない寂れた駅であっても、どこか心打つものがある。

    旅情の有無を生み出す主な要因は、以下の4点に集約されるようだ。

    ①存在する場所に対する固定性と仮設性

    鉄道駅は、鉄路という固定されたインフラの上に成り立っている。バスで言えば道路に当たる線路、駅、運行関係システムや保線作業、その他諸々の事柄が単一の鉄道会社という企業体のもとで専用施設として構成されている。そのため一度作られた駅や鉄路は簡単に移設できない。駅や鉄路その他の鉄道施設すべてが「それぞれの土地に深く根を降ろしている」事実が、時間の蓄積や風格といったものを生み出す。

    いっぽうで、バスターミナルはどうかと言えば、社会全体で共有するアスファルトの道路網さえあれば、発着場はいつでも移転・改変が可能であり、鉄道のような単一の企業体により構成されるものとは対極にある。いつでもどこでも車両自体が異なる事業者によって所有されており、いってみれば公道を往来する自家用車と大きく変わるところはないともいえる。バスターミナルも鉄路のようにルートが固定される制約がないため、必要に応じて用地さえ取得できれば移転は容易。こうした「仮設的」「機能優先」な性質が、旅情や風格よりも効率性を前面に出させてしまうのだ。

    ➁建築の歴史と玄関口としての伝統

    鉄道駅については、19世紀の産業革命期、鉄道駅は国家や都市の威信をかけた「都市の玄関口」として作られた。無人駅のような小さな駅であっても、かつてそこにあった生活や歴史の記憶がプラットホームや駅舎に継承されている。

    バスターミナルは、モータリゼーションが進んだ20世紀半ば以降、主に効率的な乗車処理を目的に作られた。機能美やコストカットが優先され、無機質な空間になりがちとなる。

    ③移動のドラマ性と境界線

    鉄道駅は、改札を抜けてホームに立ち、ベルや発車メロディが鳴り、重厚な鉄の箱が滑り出すという一連の動作に明確な儀式性がある。線路がどこまでも伸びている視覚的効果も、「遠くへ行く旅」という非日常的な情感を高めてくれるのだ。

    いっぽうでバスターミナルについては、道路という日常の延長線上に位置し、排気音とアスファルトの匂いが漂う空間。日常と非日常の境界線が曖昧であるためドラマ性が生まれにくくなる。

    ④利用する側の心理

    鉄道駅は(国、地域や季節等によるが)定時性が高く、旅の余韻を楽しんだり旅情に浸ったりする精神的ゆとりが生じやすいなどにより物語性が高い。

    しかしバスターミナルについては、 渋滞による遅延や、夜行バスなどの格安移動、慌ただしい乗車手続きなど、移動の手段としての実用面が強調されやすい。

    ①から④までを通して、鉄道駅が「ドラマが始まり、そして終わる場所」として設計されてきたのに対し、バスターミナルは「人を移動体へ乗り換えさせる機械」として機能してきた点が、決定的な味わいの差を生んでいるように思われる。