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カテゴリー: travel

  • おやつの時間

    おやつの時間

     

    バタースコッチケーキとオレンジジュース。アルコールは含まないのに酒っぽい味わいがうれしい。今世紀に入ってからインドの町ケーキのクオリティーは急激に向上している。

     

    90年代までのインドの町ケーキは植民地期から続いたパサパサ、ゴリゴリのスポンジに糖の固まりのような疑似クリームで、フォークを刺すと割れるやつ。クリームというより糖衣。冷蔵庫の無かった時代に英国人等欧州人向けの店で作られていたものだ。

     

    その中にもなかなか美味しいものは存在しており、カルカッタで「現存する最古の洋菓子屋兼ベーカリー」として知られるユダヤ人の店「ナフーム」で、そうした中の良質なものが今でも見られる。

     

    しかし多くは前述のとおり、ケーキとは名ばかりのひどいシロモノであった。当時のインドのケーキを知る人はなかなか関心が向かないかもしれないが、そんな今こそインドの「町ケーキ」を味わってもらいたい。素晴らしい進化の度合いに驚愕すること間違いなし!である。甘党天国インド。

  • オールドモンクの伝統

    オールドモンクの伝統

     

    インドで酒といえばまずはラム。インドのラムといえばオールドモンク。長年人々に愛されてきた庶民的IMFL。安酒だし、そんな良いモノではないかもしれないけれども、昔から変わらないという安定感がオールドモンクの良さ。

     

    それでも近年、フルボトルは「懐かしのインド土産」として空港などで化粧箱入りの顔の形のボトルで販売されたりもする一方、ハーフボトル、クォーターボトルはペットボトル化したり、マンゴージュースみたいな紙パックになったりもしている。

     

    こちらはハーフサイズのペットボトル。リュックに入れて次の街の宿での晩酌のため持ち歩くのにいいかな?と思ったらさにあらず。キャップの作りの悪さはガラス瓶のものとおんなじ。開栓しようとすると空回りして明かず、なんとか開けるとこんどはきっちり閉まらず。

     

    他のラムやウイスキーだとまずそんなことはないのに、オールドモンクだけはキャップの不良もまた愛すべき伝統のようだ。時代は移ろえども、インド国内ならば禁酒州を除けば間違いなく手に入るのも嬉しいところだ。

  • ローズとサフラン

    ローズとサフラン

     

    こちらはインドのAmulの乳飲料「Kool」シリーズ。いくつかの風味が用意されているが、私はこのローズとケーサル(サフラン)が一番の好み。日本ではあまり関心を呼ばない香り、味のようではあるのだが。

     

    しかしながら、どちらもインドの甘味類では非常にポビュラー。両者ともに西アジア起源の風味で、ペルシャ方面からインドにもたらされたとされるが、インドでの認識としては、前者はイスラーム的な味覚、後者はヒンドゥー的かつ高級感のある味わいという具合に対照的になっているのも興味深いところだ。

     

    サフラン色はヒンドゥー教を象徴する色であるとともに清浄さを表す色でもあること、高価であることだけでなく、サフランそのものが浄性が高いとされる点で他のスパイス類とは一線を画す。

     

    加えて食生活でローズよりも利用される場面が多いこと、サフランは一般的にはイラン原産とされるものの、現在大産地であるカシミールこそが原生地と考えるインドの人たちも多いこともあるのかもしれない。

     

    それはともかく、濃厚でリッチな味わいのKoolはとてもおすすめ。ローズとケーサル以外にもエライチ(カルダモン)、バーダム(アーモンド)その他いろいろあり、いずれも非常に美味しい。

     

    Flavoured Milk  (Amul)

     

  • 実はそんなに甘くないインド菓子

    実はそんなに甘くないインド菓子

    コルカタの老舗K.Cダースでいくつかのミターイーをテイクアウト。旅行中はほぼ毎日、ミターイー屋さんで楽しむかテイクアウトしている。洋菓子でもインド菓子でも乳成分が多いものが好きなのだ。

    インドの菓子について「甘過ぎる」とか「砂糖のかたまりみたい」という声を耳にするが、尋ねてみるとジャレービー、グラーブジャムーンとかラスグッラーのような糖蜜漬けになっている菓子のことを言っているようだ。

    糖蜜漬けだと甘いのは当然。それを以って「インド菓子はめちゃくちゃ甘い」と言うのは、サバランをもって「洋菓子は甘過ぎるから無理!」と断言してしまうのと同じようなものだ。

    実は糖蜜漬けの類を除けば、一般的にそれ以外のインド菓子はそんなに甘くない。とりわけ都会の店、広く展開しているチェーン店などではなおさらのこと。

    K.C.ダースは昔ながらの店とはいえ、こちらもそんなに甘くはない。日本の洋菓子屋さんでケーキやタルトを食べるのと甘さ加減は同様。

    ちなみに私は洋菓子では、先述のサバランはもちろん、ブラウニーやモンブランは、ちょっと甘過ぎて食べられないし、ファンタやミリンダの類の甘い飲料も苦手である。

    実は決して甘過ぎないインド菓子。

  • バラカスポット

    バラカスポット

    ダルガー・ハズラト・クワジャ・バンダナワーズに参拝。デリーのニザームッディーンにあるダルガー、アジメールのダルガーと同じくスーフィーのチシュティー派の聖者廟(ダルガー)であるため馴染み深い。

    ここに来るのは初めてだが、Googleマップで見る限りでは、そのバンダナワーズ様がある場所の界隈に他のダルガーが点在している様子を想像していたが、そうではなくバンダナワーズの敷地にこれらのダルガーも存在しているのであった。なんという強力なバラカ(ご利益)スポットだろうか!

    きれいさっぱりとホワイトウォッシュされたダルガーの外観とは裏腹に聖者自身が葬られた墓のある建物内部の美しいミラー細工や彩色が素晴らしかった。中は撮影禁止となっており、いつの時代か目にした眺めがそのまま画像としてスマホに出力されるような、そんな日が来ないものだろうか。

    イスラーム教といえば厳格な一神教で私たちのような多神教世界とは相容れないと思っている人は少なくないが、このような聖者信仰は信者たちの動態としては日本のお不動様信仰に近いものがあるとともに、インド亜大陸のような多神教の土壌の中では、ムスリム以外からも受け容れ易く、事実非ムスリムによる参拝も少なくない。

    このような形態を許容しないのはワッハーブ派の影響下にある原理主義勢力で、このような信仰は異端ということになる。

    イスラーム教といっても様々な形態があり、自身に多様性、多重性を持つ奥行きの広い世界であり、先述のワッハーブ派、その影響をインドのタブリーギー・ジャマアト経由で受けたターリバーン、そしてISその他の原理主義過激思想は、イスラーム世界の大半とかけ離れた異質なもの、ということになる。

  • ムスリム墓地

    ムスリム墓地

    佇まいはクリスチャンのそれと似ている。やはり同じ源からきた「同じ啓典の民」であることを感じる。ユダヤ教、キリスト教もイスラーム教も「実は同じ神を信仰」しながらも作法とアイデンティティが異なる人たち。

    神は人々の間に違いは作らなかったが、人々が自らの間に違いを作ったというわけだろうか。

  • ダージリン山岳鉄道の貨物列車

    下記リンク先に掲載されているのは1980年撮影の写真とのこと。もともとは客車以外に貨物輸送も盛んだったが1980年代以降は道路輸送に押されて姿を消す。逆に言えば、それ以前はシリグリーからダージリンへの道路は貧弱であまりアテにならなかったということにもなる。

    ニールギリーの山岳鉄道においても同様で、その時代に道路輸送に押されて、路線廃止の論が出ていた。

    対照的だったのはシムラーの山岳鉄道。こちらも1980年代に貨物輸送は廃止されたものの、廃止の危機はなかった。

    ハリヤーナー州の交通の要衝カルカーとーヒマーチャルの州都を結ぶインターステートの交通機関としての役割があったこと、早くから観光路線として注目されたことなどが背景にあったようだ。

    A freight train (Darjeeling Himalayan Railways) on the line in 1980.

     

  • ゴチャゴチャの統一感

    ゴチャゴチャの統一感

    打楽器の専門のようだが、店先からしてすごいゴチャゴチャ感。それでいてしっかりと統一感もある。まるでインドいう国を象徴するかのようでもある。

    ああ、インドは素晴らしい!

  • ダルガーにご神木

    ダルガーにご神木

    インドでムスリムも代をしばらく遡るとご先祖はヒンドゥーであることが多い。またヒンドゥー文化の大海の中に散在するマイノリティーであるがゆえ、当然いろいろと影響を受けるのは当然のこと。よってムスリムといってもその背景にはヒンドゥー的な伝統をも抱えていることになる。

    そんなわけでこんなダルガー(イスラーム聖者廟)にご神木があったとしても不思議なことではない。もちろん暑季の強い日差しを防ぐという実用的な目的もあるのだろう。

  • 寂れたモール

    寂れたモール

    グルバルガの城からディズニーランド風の建物が見えた。

    尋ねてみると「モールだ」というので、カフェでもあろうかと入ってみた。

    外観は立派なのだが、とても寂れていて何もない。

    立派な外観とは裏腹にほとんどテナントが入っていない。

     

    ちょっとしたサイズの街であればいくつかモールがあるのが近年のインドではあるものの、どれでも繁盛しているわけではなく、立地が問題だったり、現地の所得水準とのミスマッチがあったりする。つまり地方の街では中間層以上の人口が十分に育っていないことがある。

     

    それに加えて従来の市場がまだまだ強かったり、映画館やフードコートへの依存の度合いが高く、これらを欠くと集客が難しかったりなどということもある。

    またすでに人気のモールがあると競合して負けてしまうことも。

     

    グルバルガは50数万人規模の街ではあるものの、すでにモールが10軒近くあり、このモールには映画館が入っていない。隣接する文字通り衣料品を中心とするカプラー・バーザールが大変賑わっていることが集客に有利な立地と考えられたのかもしれないが、不振に苦しんでいるようだ。

  • シェーレーパンジャーブ(SHER-E-PUNJAB=パンジャーブの虎)

    シェーレーパンジャーブ(SHER-E-PUNJAB=パンジャーブの虎)

    北インドとりわけ北西インドを旅行された方は「SHER-E-PUNJAB (パンジャーブの虎)」という名の食堂やレストランを目にされる機会が多かったことだろう。

    パンジャーブ料理、パンジャービーがオーナーの店でよくつけられる名前だが、本来SHER-E-PUNJABとは、スィク王国の創設者ランジート・スィンのことを指す。パンジャーブの人たちにとって、郷里の英雄、民族のヒーローとして今も人々の心の中にあるのだろう。

    このSHER-E-PUNJABのように、名詞と名詞あるいは名詞と形容詞を連結辞「E」で繋ぐのはペルシャ語の表現。ペルシャ語の影響を強く受けたヒンドゥスターニー語のボキャブラリーらしさの一端でもある。
    現代のウルドゥー語、ヒンディー語ではこのような使い方はしないものの、このSHER-E-PUNJABであったり、MAUQA-E-VARDAT(事件現場)、WAZIR-E-AZAM(総理大臣)等々の慣用句は今でも頻繁に耳にする。

    北インド以外でも例えば南インドやインド国外であっても、パンジャービーが移住した先では、この名前の食事処は見かけるものだ。もしかしたら日本でもどこかでこの名前で営業している店があるかもしれない。

    さて、このSHER-E-PUNJABと名付けられた食事処だが、普通はガチなパンジャーブ料理専門店であったり、パンジャーブ料理を中心に提供する店なのだが、値段が安いところも高いところも「パンジャーブの虎」を名乗るだけに、質実剛健な印象の店が多い気がする。

    でも場所や環境によってはいわゆるMULI CUISINE RESTAURANT(多国籍料理)になっている場合も稀にある。画像はサイババの聖地シルディーにあるSher-e-Punjabでだが、場所柄ヴェジタリアンとなっており、国内外からたくさんやっている様々な背景のお客さんたち向けのファミレスとなっている。

    一部パンジャービーのアイテムもあるものの、画像のドーサのような南インド料理、地元マハーラーシュトラ州(とりわけムンバイ)のソウルフードのひとつであるパウバージー、パスタやピザなども出す店であった。まったくパンジャービーではなく、前述のいわゆるMULTI CUISINE RESTAURANT。どうやら「シェーレーパンジャーブ(パンジャーブの獅子)」でもネコみたいに軟弱なの?もいるようで・・・ 。

  • 印鉄ファン憧憬の路線がやっと全線復旧!(カングラー渓谷鉄道)

    印鉄ファン憧憬の路線がやっと全線復旧!(カングラー渓谷鉄道)

    カングラー渓谷鉄道が4年ぶりに全線復旧したとのこと。モンスーンの豪雨で鉄橋が流されたのを含めて複数箇所分断していたためだ。

    以前と違うのは始点のパターンコートから終点のジョーギンダルナガルまで通しで往復するのではなく、起点からも終点からも途中駅のバイジナート・パプローラーで乗り換えとなること。加えてパターンコートからバイジナート・パプローラーまでは上下1本ずつしかなく、しかもそこからジョーギンダルナガルへは同日接続できないダイヤ。

    不思議なことに始点パターンコートの3つ先の駅、ヌールプル・ロードからは日に4本程度あり、最も早い時間帯の便であれば同日接続できるらしい。しかしここは始点から終点まで完乗にこだわりたいものだ。

    このような変則的な運行になっているのはこれまで部分運行していた際、先述のバイジナート・パプローラを軸にかたやパターンコート、かたやジョーギンダルナガルへと走らせていたことがあるようだ。おそらくバイジナート周辺でも路線が途絶するような豪雨被害があったのだろう。将来的には以前と同じく、パターンコートからジョーギンダルナガルまで通しで走るようになると思われる。

    実は全線復旧となったのはここひと月くらいのことらしい。パターンコートを出て次の駅、ダルハウジー・ロードとその次の駅カンドワル(ヌールプル・ロード駅のひとつ手前)の間にあり、河を渡るチャッキー橋(路線の見どころのひとつ)が先述の豪雨で落ちている。この部分の復旧に一番手間取り、ようやくこのひと月の間にその橋を渡れるようになった。そのため長らく暫定の始発駅となっていたヌールプルから本来の起点のパターンコートまで繋がり、ようやく全線通じたというわけだ。

    この路線の列車は「トイトレイン」と通称されるものの、スイッチバックを繰り返して上っていく山岳鉄道ではない。メーターゲージで、その名の通り渓谷内を往来するもの。乾季であればヒマラヤの雄大な景色が楽しめるそうだ。ダージリン、シムラーなどの山岳鉄道と異なり、基本的に観光用ではない地元の生活路線。予約のない「ジェネラルコーチ」のみである。もちろんエクスプレスの運行はなく、鈍行列車のみの路線だ。

    起点のパターンコートから乗るとバイジナートで1泊して翌日以降にジョーギンダルナガル行きに乗り換えることになるが、バイジナートのひとつ手前のパーランプルは風光明媚な場所として知られているとともに茶園でも有名だ。バイジナート駅にはよく知られた名刹もある。

    終点のジョーギンダルナガルからはバスでマンディーに行けるし、そこから日帰りできるレーワルサルも良さそうだ。レーワルサルは小さな湖で、スィク、ヒンドゥー、そしてチベット仏教の聖地とされる。「え?チベット仏教の?」と思われるかもしれないが、ここでグルー・リンポチェが修行したとされる。マンディーは小さな元藩王国の首都だったところ。発展や変化から取り残された分、地域の歴史的な建築や伝統の宝庫らしい。

    ここからカルカーはバスで楽に行ける距離なので、さらにはシムラーへトイトレインで往復することもできる。ダージリンに較べて本数は多いため、予約は少し楽かもしれない。

    インドという国の素晴らしく、そしてものすごいところは、どこに足を向けても味わい深い風物や風景があり、巨大な建造物がなくても、目を奪うような美にと豊かな伝統に溢れているところだ。もう降参するしかない。

    4 Saal Baad Chali Kangra Valley Toy Train | Full Journey Pathankot to Baijnath Paprola | Himachal (Youtube)