教育の多様化

東京都江戸川区のインド人学校GIISでは、今や日本人生徒が4割だとか。インドの大学進学前提でインド式のCBSEコースと国際バカロレア取得する欧米式のIBコースがあるとのこと。日本人生徒のほとんどは当然、後者のコースに入っていると考えるのが普通だが、世の中往々にして例外はあるものなので、前者に入っている子もいるかもしれない。

日本人の両親から生まれながらも、日々の学びの中から、インドへ「母国感」を抱き、インドの親友たちと流暢なインド英語で学習を積み、高等部まで修了して憧れのインドの大学に進学する、これからそんな子が出てくるかもしれないし、すでに何人もいるのかもしれない。教育の多様化はあって良いことだし、いろんな選択肢はあったほうがいい。

ただし義務教育の段階では、子供たちはそんなことは考えないわけだし、親が決めた「お受験」をするわけではなく、インドの大学に行きたいなどと、そんな幼い頃に思うことはないのだろうけど。

大学出願に際して、初めてインドに渡航したら、街の様子が想像とずいぶん違って「ガ〜ン、ガガ〜ン」というようなことがないといいのだが。

(異文化教育に学ぶ:4)ITも理数系も、英語で伸ばす インド式インター校、日本人生徒が4割 (朝日新聞DIGITAL)

パンジシール陥落、獅子は敗走

アフガニスタンのパンジシール渓谷の戦いは、破竹の勢いのターリバーンを前に、なすすべもなかったようだ。昨夜のインドのニュース番組「Aajtak」によると、故アフマド・シャー・マスード司令官の息子、アフマド・マスードは敗走中で、彼の父方のおじは戦闘中に死亡したとのこと。彼らが所有していたという軍用ヘリコプターもターリバーンに差し押さえられたとのことで映像に写っていた。

インドメディアによるものなので、バイアスがかかっているかもしれないが、さもありなん・・・という内容の報道もあった。今回のパンジシール攻撃の作戦には、パキスタン軍も関与していたとのことで、ドローンによる上空からの攻撃なども実施されており、マスード派など北部同盟+旧政府軍残党の動きは、空からの偵察によりターリバーン側に筒抜けであったらしい。戦闘開始期限までは、交渉による懐柔を試みたものの、不調に終わったため攻撃に踏み切ったわけだが、逃走している集団には、降伏すれば不利な扱いをしないと呼びかけるなど、対話志向の姿勢を見せているのは幸いだ。

パンジシール渓谷のマスード派のもとには、旧政権の副大統領も身を寄せているなど、インドとしても新政権の中で、一定のコネを持つ人物が残ることを期待したいところだろう。
インディア・トゥデイ最新号には、「インドはこれほどアフガニスタンに貢献したのに」と、費やした予算、ダムなどのハコものその他の経済協力の例が挙がっていたが、これまでの親印政権から親パ・親中政権へと180度の転換となる。
パキスタンにとっての「戦略的深み」の復活に繋がるものでもあり、インドは軍事的にも再考を迫られることになる。

この戦略的深みとは、簡単に言えば次のようなものだ。
南北に長いものの、東西には薄く、インド北西部に細長く貼りつく形のパキスタンの国土は、同国にとって地理的に降りなものがある。アフガニスタンの親パ政権のもとで、アフガンの国土を有事の際にインドから攻撃を受けない「安全地帯」として、軍事的拠点として活用できるようにすること。また首都圏を強襲されるなど存亡の危機に陥った場合に指揮系統、行政機能をも移転可能な後背地を国外=アフガニスタンに持つことが可能な関係を構築・維持すること。これがパキスタンにとっての「戦略的深み」となる。

Ahmad Massoud safe, says NRF; Taliban ask ex-Afghan forces to integrate with govt: 10 points (Hindustan Times)

第二次タリバーン政権樹立間近

アフガニスタンで米国の傀儡政権が陥落しようとしている。現政権と懇意にしてきたデリーの外務省は慌ただしくなっていることだろう。民間人たちも市内のラージパトナガルあたりのアフガンコミュニティでは、身内などの脱出のために手を尽くしている在印アフガニスタン人たちも多いだろう。

またタリバーンの生みの親であるパキスタンの軍統合情報部(ISI)も逆の意味で忙しくなっているはず。パキスタンにとってはアフガニスタンに親パ政権を樹立させることは対インドの安全保障上の重要課題。地理的な「戦略的深み」のためである。インドに対して平べったく接する形のパキスタンにとって、有事の際にインドによる攻撃圏外に要人、司令部、戦闘能力その他を退避させることが可能な場所を確保することは、いつの時代も最優先課題。

アフガニスタンの社会主義政権時の内戦時代に様々なムジャヒディーン勢力がそれぞれ米国、サウジアラビア、パキスタンなどの支援をうけてカーブル政権打倒のために活躍したが、この時期にパキスタンが最も強く支援していたのはグルブッディーン・ヘクマティヤル。ただし彼が繰り返す合従連衡、周辺勢力との協調性の無さと配下の組織の狼藉ぶり等々に愛想を尽かしたパキスタン軍が目をつけたのがアフガニスタン出身の神学生たちであったとされ、これを同軍が育て上げて当時混乱を極めていたカーブルの政権を陥落させたのは90年代半ば。当時はなぜ若者たちの徒党が雪崩を打って拡大して首都まで落とすようになったのかミステリーであったが、「パキスタン軍からの出向者」も要所に配置されたパキスタン軍の子会社みたいな組織であったため統率は取れていたのだろう。

タリバーンという組織は、ムジャヒディーンを名乗りながらも実質は野党集団が牛耳る政権、政権の勢力圏外では各地軍閥が支配する無秩序で危険な国土に安定と良好な治安を回復させることを目的に旗揚げした集団であったため、各地で好意をもって迎えられたことをすっかり忘れている人たちも多いようだ。タリバーンは平和をもたらしたのだ。

その後、行き過ぎたイスラーム主義の暴走による人権侵害、女子教育の否定、映画や音楽そして舞踊などの娯楽の禁止、バーミヤン遺跡の破壊などにより評判を落とすとともに、1999年12月に起きたカトマンズ発デリー行きのインディアンエアラインスのハイジャック事件で実行犯たちが飛行機をアムリトサル、ドバイその他へ着陸させるなど混乱を極めた後、最後に交渉の場をカンダハル空港に定め、ここでタリバーン政権仲介のもとで、現地に駆けつけた当時のインドの外務大臣、ジャスワント・スィンが交渉を続けた。この際に人質との交換でインドの刑務所に服役中であったパキスタン人テロリストを釈放させ、犯人たちはタリバーン政権が用意したクルマで悠々とパキスタン国境へと消えて行った。このあたりから「タリバーン=テロ組織支援勢力」という評判がついてまわるようになったようだ。そして2001年の米国での同時多発テロ以降、黒幕のオサマ・ビン・ラーデンを匿っているとして米国に名指しされたことにより、日本でも「テロ組織」ということになったように記憶している。その後、ご存知のとおり米国主導の戦争により、タリバーン政権は崩壊。

パキスタンの文民政権の関与できない工作活動なども軍主導で進んでいることだろう。政権と並立する形で軍の権力が存在するパキスタンの危険な二重構造は長年の問題だ。現在のイムラーン政権は軍寄りではあるものの。

日本のメディアでは、米国との関係性で語られることはがりが多いアフガニスタン情勢。視野をアフガニスタン周辺国にひろげてみるともっといろいろなものが見えてくる。

「第一次タリバーン政権」では、同政権を承認したのは、たしかパキスタン、UAE、サウジアラビアなどの数少ない国々。孤立した政権は資金等などをチラつかせた国際テロ組織(アルカイダだけではない。ムンバイでの同時多発テロを実行したパキスタンのあの組織とも)などにも利用され、これらに隠れ場所を提供することにさえなった。

第二次タリバーン政権樹立にあたって、国際社会はこのアフガニスタンの新しい記事政権に積極的に関与して、国際社会と互恵的な関係を結ぶよう務めるべきだろう。こういう事態を見越してか、中国などがタリバーンとの関係性を深めていることは、ある意味朗報とも言える。

ただパシュトゥーン人主導のタリバーン政権再樹立となった場合に懸念されるのは、その他の勢力つまり現政権側の民族への報復行為と、あまりに偏ったイスラーム主義の強制。西欧その他の「民主主義」の手法が、なかなか実現しにくい土壌ということもあり、数多くの人権侵害の事案発生が心配だ。

それでも遠からず傀儡政権は倒れるだろう。タリバーン新政権は周辺国その他と、どのような関係性を築いていくのだろうか。あるいは前回同様に孤立した政権となるのか?タリバーンそのものの姿勢がどうかということもあるが、かつて「テロとの戦い」と銘打った戦争で追い出した政権であるとともに、人権侵害や性差別といったイメージもあり、欧米をはじめとする先進国が自国世論を前に、彼らの政権を承認しにくいこともある。

これが今後の政権の性格を左右し、アフガニスタンの運命を決めるカギになることは間違いないだろう。

タリバーン、アフガン第2の都市も制圧 州都陥落13に (朝日新聞DIGITAL)

インディア・トゥデイ五輪特集

空前のメダルラッシュのインド。2012年の北京五輪での6個を超える7個のメダル獲得により五輪史上通算で35個目となった。7個のうち3個は女子のバドミントン、重量挙げ、ボクシングによるもの。今週のインディア・トゥデイでは、その関係の特集が組まれている。インドスポーツ界が今後なすべきことなどについての分析。同様に「メダルラッシュ」とはいえ、人口規模から見ると、実は五輪強国とは比較にならない低調ぶりであることについての指摘も。

なにしろ今回の東京大会だけで、米国は113個、中国は88個、日本は58個、イギリスは65個、ロシア(ロシアオリンピック委員会)は、71個ものメダルを獲得している。それに較べると、インドがこれまで参加してきたすべての夏季五輪でわずか35個というのは、あまりに少ない。ちなみにこれまでインドは冬季五輪ではひとつもメダルを獲得していないからだ。クリケットを除いたインドのスポーツ界は、まだこれからであると言える。

インドの食卓から

インド国営放送による「The Hidden Kitchens of North-East」というプログラムがある。国営だけに、日々、多言語・多文化のインド各地のニュースが様々な言語で画面で飛び交うが、民放ではあまり扱わないテーマも取り上げるのもそれらしいところだ。

これまで同局の「Wah Kya Taste Hai」のシリーズで、インド国内各地各種料理について、カシミール料理、パールスイー料理やチベット料理なども含めたさまざまなものを取り上げていたし、少し前にはラダック料理に関するシリーズものもあり、なかなか興味深く、お腹も鳴る。

「Wah Kya Taste Hai」にしても「THE Hidden Kitchens of North-East」にしても、放送後はYoutubeに上がっているため、これらタイトルを入れて検索すると、これまで放送された分が多数出てくる。観てみると楽しいことだろう。ただし言語はヒンデイー語のみである。

このリンク先は「The Hidden Kitchens of North-East」のエピソードの第1回目。

 

The Hidden Kitchens of North-East : Ep #01