没落貴族

素性は悪くないことは姿からして一目でわかる。
現状がひどいことも姿からして一目でわかる。
建てられた頃には、下町の雑居ビルではなかったはずだ。

「没落貴族」みたいな建物が山ほどあるのは、さすが植民地期の首都カルカッタ。画像は、サダルストリートと交わるフリースクールストリート沿いの建物。

かつては欧州人地区。やがてユダヤ人、アルメニア人地区へと姿を変え、インド独立あたりの時期になると赤線地帯へと転落。ベトナム戦争が始まると、帰休で戦地から離れた米兵たちはタイで束の間の自由を謳歌したが、その中のいくばくかはバンコクから飛んできて、このあたりにも出入りしていたという。

やがてヒッピーたちが往来するようになり、その後バックパッカー地区になった。新興のエリアにはない深み、味わいがあるのは、そうした歴史背景からだろう。界隈の両替商のオーナーたちにはアングロインディアンが多いとも聞く。もちろん店で客応対をしている人たちではないのだが。

「没落貴族」の趣があるのは、残された植民地期の建物だけではなく、エリア自体がそういう感じではある。もはや「貴族」というには、あまりに没落しすぎではあるのだが。

サダル・ストリートのチャーイ屋横丁

サダル・ストリートのチャーイ屋横丁は、いつも賑わっている。狭い路地の片側にいくつも連なるチャーイの店。もう片方にはベンチが並べられている。
ここで人々はチャーイを片手に語らったり、店で出しているビスケットや簡単なスナックなどをつまんだりする。
外国人観光客もいれば、バングラデシュからの訪問者もあり、もちろん界隈の人々もいる。特に夕方以降が賑やかで、あちこちで話が弾んでいる。
テキトーに話しているぶんには良いのだが、このあたりを根城にして外国人旅行者を狙う詐欺師も出没するので、多少は用心しておいたほうが良いだろう。

パラゴンホテル再訪

かつてバックパッカーにとって、カルカッタでの宿泊先といえば、このパラゴン・ホテルと小路の向かいにあるモダン・ロッジが人気の宿の双璧であった。

私はここからインド博物館のほうに少し歩いたところにあるサルベーション・アーミーのドミトリーのほうが少し安かったため、空きが出ればそちらに移るといった具合だった。サルベーションのほうはキャパシティが少なかったため、ベッドを押さえるためにはチェックアウト時間ちょうどあたりに訪ねる必要があった。記憶に間違いがなければ、サルベーション・アーミーは90年代半ばから長い間、ホステル業務を取りやめていたが、近年になって再開したようだ。現在ドミトリーはなく、中級の下くらいの料金の宿となっている。

1987年からチョーキーダール(守衛)をしているというバナーラス出身の白髪のムスリム男性は今もいるが、経営者が替わったときにスタッフの大半が辞めてしまい、バックパッカー宿時代から働いている人はほとんど残っていないとのことだ。

相変わらずボロボロだが、レセプションは確か昔からこんな感じだったし、黒い無骨な扇風機にもかすかに見覚えがある。文字がところどころ読めなくなっている注意書きも当時からそのままなのだろう。

広大な市街地を持つコールカーターで、なぜサダルストリートに外国人宿が多く集中していたのかといえば、この地域の歴史にその背景を求めることができる。手前ミソだが、以下の記事をご参照いただきたい。

「サダルストリート変遷」(indo.to)

「安宿街に歴史あり」(indo.to)

だが前述のとおり、近年はインド出入国において、国外からのフライトの都合上、カルカッタを通過しなくてはならない度合が低くなっているおり、宿泊予約サイトの隆盛により宿泊先の選定がガイドブックに依存する度合いが大きく下がったため、外国人が滞在する宿が分散するようになった。そのため旅行でコールカーターに滞在する人たちの間で、サダルストリートを利用する割合が相対的に低くなってきている。

その一方で、サダルストリートが立地するこのエリアから、バングラデシュのダッカその他の街からコールカーターを結ぶバスが多数発着するようになったため、主にバングラーターカーとインドルピーの交換を扱う両替屋、顧客の大半がバングラデシュ人という宿が新設されるようになっている。

こうした流れの中で、これまで欧米や日本などからやってくるパックパッカーたちが減ったことで困り果てていた既存の宿も彼らの取り込みに流れるようになるのは当然の流れだった。

今も西洋人等の姿は少なくないサダルストリートだが、もはや訪問客の主役はバングラデシュ人に取って代わられていることは間違いない。ただ、バングラデシュ人たちは見た感じはインド人、とりわけ西ベンガル州の人たちと変わらないので、いかにもおのぼりさんといった行動や怪しげなヒンディー語(サダルストリート界隈で働く人たちにはビハー州ルやウッタルプラデーシュ州といったいわゆる「ヒンディー・ベルト」からの出稼ぎ人が多く、ベンガル語が通じにくいことはよくあるようだ)で喋る様子などを観察しないと、外国人訪問者たちが彼らがインド人ではないことに気が付かないことが多いかもしれない。

パラゴン・ホテルは、もはやバックパッカー宿ではなくなっているが、実は同様のことがサダルストリート全体についても言えるようになっているようだ。

スワンナプーム空港到着

出発3時間以上前なので、少し早いかとは思ったが、すでにコールカーター行きインディゴのチェックインカウンター前には行列が出来ていた。チェックイン完了してからコンビニで食事を買ってベンチで食べる。

ターミナル内のレストランで食べると空港で食べると、1品250~300バーツくらいの値段が付いているため、サービス料だか税だか加えて1,000円くらいになる。タイの一皿は小さいので、2品頼むと2,000円くらいになってしまう。
「さあ、旨いものを食うぞ」とグルメな名店に繰り出すならともかく、空港での食事などに余計な出費をしたくはないものだ。コンビニで肉まんと弁当合わせて71バーツ。こんなもので充分だ。

ターミナルビルの1Fにはこのような食堂があるようだ。
スワンナプーム国際空港の社員食堂「マジック・フード・ポイント」 (travel.co.jp)

しかしながら空港到着、チェックインカウンター、イミグレ、搭乗口へと進む動線上にないと、面倒で利用する気にはなれない。