Goa Português

街の中心に大聖堂があり、その傍らにきれいな公園と官庁などが入る植民地時代の建物があって・・・という光景は、ラテンアメリカでもよく見たことがある。

バックパッカーをしていた1989年だったか、初めてゴアに来たときに、同宿だったアメリカ在住のブラジル人が、『なんかこのあたりの横丁曲がったら、僕の父ちゃんと母ちゃんが住んでいる実家に帰れそうな気がするんだよね〜』と言っていたことを、ふと思い出した。この人とは、その旅行中にイランで再会して、一緒に観光したり、食事に出かけたりもしたので、記憶に残っている。

当時のインドは、まだ停滞していた時代だったので、パナジーにもポルトガル時代の建物が沢山残っていた。
『へぇ〜、ブラジルってこういう感じなのかい?』とか話したりしたが、さすがに2017年のゴアではそういう眺めは少なくなり、歴史的な建造物を除けば、行政主導の景観保護地域に指定されているエリアでないと、往時を偲ぶことは容易ではなくなっている。

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パナジーへ2

旅行とは、「筋書きのないドラマ」的な側面もある。
「これで終点のパナジーまでラクチン」とタカをくくっていると、そこからさらに3時間ほど進んだところで、バスはお馴染みのブレークダウン!

往来の少ない道路でバスが故障という状況からの「突破」を図ろうとする乗客たち

ーインド人の突破力ー

何度もエンジンをかけて、しばらく吹かしている運転手。何事かと尋ねると、圧縮ブレーキの圧力が不足しており、ここから下り坂が続くので、不安とのこと。それはホントに危険だ。運転手の敗北宣言を耳にしたインド人乗客の対応は素晴らしかった。

乗車たちは手ぶらで身軽な人も大荷物を抱えた人も即座にバスを出て、道路際で待機する。往来がやけに少ない道路で、ようやくやってきたバス乗り込めないと、バスで目の前を塞がれて停車した自家用車やトラックのドアを空けて我先に乗り込む。おばさんたちも『どこか町までよろしく!』と、太い腕と大きな尻をぐいぐい押し込んで乗車する。確かに一人で乗ると、どんな人のクルマかわからないので怖いのだが、同じクルマに5人、6人乗れば安心。見事なものだ。そこに割り込もうとした私だが、バワー不足で入れず。

車掌は通りかかりのバイクを止めてくれたが、パナジーまでかなりあるし、ヘルメットなしというのも怖い。リュックもあるので、さすがに遠慮しておく。私の代わりに若いインド人たちが乗っかっていく。

インド人とはいえ、みんながみんな、押しが強いわけではなく、私と同じく突破力に不足している控えめな人たちが取り残された。

その後、だいぶ経ってから、さきほど敗北宣言したはずの運転手が『まぁ、なんとか行けるかも?』と、バスを転がし始めることになったのだが、『やっぱりねぇ、圧縮ブレーキのプレッシャーが足りなくて怖いや・・・』とボヤきつつ、ノロノロと運転。

私の今後の課題は、やはり「突破力」である。

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パナジーへ1

起床は午前6時。宿の支払いは前夜に済ませておいたので、ササッと身支度をして外に出る。

バススタンドは、赤色のマハーラーシュトラ州営公社のバスで一杯だが、パナジー行きの車両は、ゴア州の公社が運営する白と緑に塗り分けられた車両であるとのこと。パナジーまでは8時間程度とのことだ。

赤いバスは、ご当地マハーラーシュトラ州営公社のバス

7時半になる少し前にそのバスはやってきた。押し合いへし合いしながら乗車して席を確保したと思いきや、スマホ画面を見せて「予約席だ」と言い張る者が何人もいる。州営の簡素なバスだが、スマホのアプリで事前予約出来るらしく、車掌がくるとそれを見せており、座席に陣取っている人を立ち退かせているので、ホントの話らしい。

こちらがゴア州営公社のバス

インドの旅行予約サイトで、バスのブッキングも出来るようになっているが、ネット予約できるのは、エアコン付きでラグジュアリーなプライベートのバスだけと思っていたので、これはちょっと意外だった。そうと知っていれば、今朝出がけにでも予約しておいたものを!

結局、立ち席となる。

コールハープルを出てから3時間少々、幸いなことに近くの席の人が降りるので、そこに座ることが出来て、車窓からの眺めを楽しむ気持ちの余裕が出来た。公営バスだが、シートは2×2で、リクライニングも付いているので、それなりに楽である。

立っていると揺れて疲れる車内も、座席があると別世界。

こんなバスでも2×2でリクライニングがあると、とても楽だ。

「あ~、良かったぁ!」と思ったのだが・・・。

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コールハープル散策 2 クシティー道場見学

Shah New Motibagh Talim

旧王宮エリアにあるシャーハ・ニュー・モーティーバーグ・ターリームという、インド式レスリング(クシティー)の道場を見学した。

ここには、普段見かけることのない、すさまじく筋骨たくましい男たちが出入りしている。午後3時ごろに来てみると、何か練習をしている雰囲気はなかったので尋ねてみると、午後4時からとのこと。場内は撮影出来なかったが、小学生くらいの子供たちから、ゴリラみたいな巨漢たちまで、総勢100人が稽古している。

午後の練習は午後4時からで、最初に登場するのはゴリラたち、いやレスラーというか、力士といったほうがピッタリくる。全盛期のシュワルツェネッガーもかくや、というような凄いゴリラたち、いや失礼、フンドシ姿の力士たちの取り組みは実に迫力満点。

取り組みの途中で相手に土をかけてやったり、周りで控えている者がかけたりする。これは滑り止めの意味があるようだ。それにしても汗と土で文字通り泥んこになっての激しい稽古だ。しかも取り組みが延々と長く続く。

屋根の付いたマスの外には、トレーニングのため登るための綱、何に使われていたのかわからない巨大なタイヤ(バスやトラックのものよりも大きい)があり、たぶんイランでも使われているボウリングのピンのような形のものもあるのだろう。

泥だらけのいかつい男たちが湯気をたてながら格闘する様子に、やはり相撲部屋を連想してしまうのである。

時間最後のほうになると、それまでマスの外で見学していた子供たちが取り組みをする時間となる。小学校高学年くらいになると、いろいろな技も繰り出すので、これもまた面白かった。

ただ気になるのは、四方をコンクリートで囲まれたマスの中(柔らかい土が敷き詰められている)で取り組みがあるのだが、隅に近いほうで技をかけたら、衝突して大怪我をしないのか?というところだ。

あるいは、そのあたりの空間感覚、距離感覚は体得しているので問題ないのだろうか。

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コールハープル散策 1  王宮見学等

チャトラパティ・シャーフー博物館

宿からオートでニューパレスこと、チャトラパティ・シャーフー博物館にいく。コールハープルは藩王国の王都であっただけあり、その過去を思わせる建物は旧市街のそこここに残されており、ちょっとパティヤーラーを想起させるものがある。

英領時代に定められた藩王を迎える際の礼砲数は19発。パティヤーラーは17発なので、こちらのほうが格上の藩王国ということになる。礼砲数21発のハイデラーバード、マイソール、グワリヤルなどの筆頭5藩王国のすぐ下のランク、つまりウダイプルやインドールなどと同格なので、とりわけ重要度が高いものひとつであったといえる。

博物館は、そのまま藩王家にまつわる博物館である。外国人料金はなく、30ルピー。ダルバールホールは見事なものであったし、武器類や調度品、狩猟で仕留めた動物たちの剥製、そうした動物たちの牙、爪、足などを利用した燭台やグラスなどといった展示もある。せっかくなので建物内部も撮影してみたかったし、展示物も同様なのだが、別料金で写真撮影を許可する措置がないのは残念であった。

気根がやたらと見事なバニヤンの木

旧市街に戻る。ちょうど宿の近くにマハーラクシュミー寺院があるし、このエリアが旧王宮地域でもあることから、観光には大変都合がよい。

旧市街風景

ビリヤーニーにライタではなくラッサムが付いてくるのは初めて見た。

本場ではないが、ドーサで軽食

これまた本場ではないが、パンジャーブ料理の店にて。こんなことをしているうちに本場でコールハープリー料理を食べる機会を逃してしまった。

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