デーラー・サッチャー・サウダーのグルー

刑期20年で服役中のデーラー・サッチャー・サウダーのグルー、グルミート・ラーム・ラヒーム・スィンが「しょっちゅう仮釈放で出てきている」ということで問題に。

スィク教系の教団だが、普通のスィク教徒たちからは異端視されている。殺人その他の罪で服役中だが、先代のグルーの誕生日、本人の病院受診その他で毎回ひと月程度の仮釈放を受けているようだし、ハリヤーナー州やパンジャーブ州の選挙戦のときにも出てきていたりするのは、政界との繋がりがゆえだろうか。

豊富な資金力も背景にあるようだが、逮捕されて投獄されている今も失脚することなく、デーラー・サッチャー・サウダーの現役グルー。

No more parole to Ram Rahim without permission: HC to Haryana govt (National Herald)

創り上げられる偶像

西ベンガル州ではスバーシュ・チャンドラ・ボース、マハーラーシュトラ州ではシヴァージー、地域ではなくダリットの人たちにはアンベードカルといった具合に、それぞれのコミュニティを象徴するヒーローたちの存在がある。

2000年代以降、アーディワースィー(Adivasi=先住民)の英雄として急速に存在感を高めているのがビルサー・ムンダー。2000年にビハール州から分離して、先住民族人口が占める割合が高いジャールカンド州が成立。同州政治はこのアーディワースィー出身の政治家たちがリードしてきたため当然のことながら、彼ら自身のヒーローとしての存在として焦点が当たることとなった。

もともと英国統治に対して声を上げた「フリーダム・ファイター」として知られる人々の中にビルサー・ムンダーもいたのだが、それまでは「知る人ぞ知る」という存在。

ジャールカンド州成立に加えて、2000年以降のインド社会の右傾化、合わせて近年の右翼勢力によるアーディワースィー取り込みの姿勢もあり、同州では「ビルサー・ムンダー」を取り上げた博物館、既存の博物館へのビルサー・ムンダー関係の展示の増強、名前を冠した公園等々による「英雄化」が進んできた。

それまではこうしたアーディワースィーの人たちの中の「ご当地ヒーロー」がコミュニティの外で注目を浴びることも、知名度が上がることもなかった。当然その背景には差別感情や彼らを見下す風潮などもあったことは言うまでもないだろう。

それがなぜ今になって?といえば、1990年代以降、中央でも地方でも政治の主力は権威や家柄といった名目的かつ伝統的なものではなく数の力と動員力という「大衆力」とでも呼ぶべきものにシフトしていったためだろう。

今や中央政界でも地方政界でもコアな部分からはブラーフマンはほとんどいなくなっており、数の力で勝るコミュニティから送り込まれた有力者たちが多い。パンジャーブではジャート、UPやビハールではヤーダヴ、ラージャスターンではミーナーその他、もともとは支配階級ではなかったけれども人口規模の大きなコミュニティの人たちが政界を牛耳るようになった。

モーディー首相にしてみても、言うまでもないがOBCs(その他後進諸階級)の出。これまでインドの歴代の首相はブラーフマン、ラージプート、カトリーであった(チャラン・スィンは例外的にジャートの出)であったため、やはりそういう面からもモーディー首相は異色である。

それはそうと、以前は政治へのアクセスはあまりなかった(票は投じても代議士として選出される機会はとても少なかった)アーディワースィー、つまり先住民であり、部族とも呼ばれる人々がマジョリティの州(ジャールカンド}が成立するとともに、そうした周辺部の人口割合が高い地域では、より慎重な扱いがなされるようになってきているし、それを象徴するかのように、アーディワースィーの人々を政治の表舞台に登場させることが珍しくなくなった。

そうした空気の中で、アーディワースィー出身の女性、ドロウパディー・ムルムーが大統領に就任したり、国民会議派の党首がやはりアーディワースィー出身のマッリカールジュン・カルゲーが選出されたりしたのだ。当然、「ジャールカンド州といえばビルサー・ムンダー」という州内外での認知度も高まっている。

だがビルサー・ムンダーが全国的によく知られたフリーダム・ファイターではなかったためチェンナイを本拠地とするインディアン・エクスプレス紙による「ビルサー・ムンダーって誰?」という2017年の記事がこちら。「偶像」「アイコン」というものは、ときに政治力により、時代をさかのぼって創造されるものてあることを改めて感じる。

Who was Birsa Munda? (The Indian EXPRESS)

ただ「アーディワースィーの英雄 ビルサー・ムンダー」と言ってもアーディワースィーそのものが幾多の異なる先住民族を総称する呼び方であり、その中には当のムンダー族以外に様々な文化や言葉の異なる少数民族がおり、彼らの中で民族を超えた共感、連帯のようなものがあるのかといえば、そういうわけではない。

よって「アーディワースィーの英雄」というよりも、「ジャールカンド州政界の中核として台頭したムンダー族のアイコンであるがゆえに、同州のアーディワースィーを代表する歴史的人物として位置づけられた」というような、あまりストレートではない解釈が必要かもしれない。

インド先住民党

カムレーシュワル・ドーディヤールさん。こういう人が選挙で当選するとは、やはりインドという国に対しては尊敬の念しかない。

いわゆる「カッチャー・マカーン(日干しレンガ造りの家)」に暮らす部族出身の男性。下働きをしながらく苦学して法律の学位を得た33歳。

これまで無所属で2度選挙戦に出馬して敗れるも、今回は9月に結成されたばかりのBAPなる政党から先住民留保枠に出馬して、国民会議派候補者、BJP候補者を抑えての勝利。以下リンク先記事は、彼が出馬した選挙区での開票結果。

SAILANA ASSEMBLY ELECTION RESULTS 2023(THE TIMES OF INDIA)

当選後の手続きのため、州都ボーパールまで手続きのために300kmの道のりをバイクで向かったのだそうだ。

BAPについては知らなかったのだが、ラージャスターンで結成された先住民のための政党。Bharat Adivasi Party (バーラト・アーディワースィー・パールティー=インド先住民党)という、いかにもな名前だが、OBCs(その他後進諸階級)やダリット(不可触民)とかなり事情が異なり、ラージャスターン、マッディャ・ブラデーシュにおいては先住民たちの政治的な横のつながりはあまりなかったので、今後さらに勢力を増すと良いかもしれない。ちなみに同党は、今回のマッディャ・プラデーシュの州議会選では3議席を得たとのこと。

Madhya Pradesh MLA Delivered Tiffins To Fund Law Degree, Lives In Mud House (NDTV)

こちらがインド先住民党のHP。連絡先メルアドがGメールというのは、いかにも急造政党らしいところだが、今後も注目していきたい。現在までのところ、ラージャスターン、マッディャ・プラデーシュ、グジャラート、マハーラーシュトラの4州で活動しているらしい。

Bharat Adivasi Party

インド版文革進行中

イスラーム支配やムスリムの歴史や文化に因んだ歴史的な地名がどんどん変えられていく。

「アリーガル(アリーの砦)」が「ハリガル(聖なる砦)」へ。イスラーム教徒による影響はなかったことにしようと、どんどん進んでいくのは地名改名に限らない。

学校のテキストからはムガル朝に関する記述は消え、マイノリティー(ムスリム)を擁護する政治は「トゥシティーカラン(甘やかし)」と非難。イスラーム教徒がヒゲを伸ばせば「カッタルパンティー(原理主義過激派)」呼ばわりされたり、凶悪事件でムスリムが犯人だと「イスラーム教徒が」という部分か強調されて報道されたりする。社会総がかりのムスリム叩きにも見える。ある意味、「インド版文化大革命」が進行中とも言えそうだ。かつて中国で旧体制関係者や地主階級など旧支配層が吊し上げられたように、インドではイスラーム的なもの、それに連なるものが叩かれる。世界最大級のムスリム人口(2億人超のインドネシア、1.7億人のパキスタンに次ぐ3位で1.7億人前後のインド)を抱える国であるだけに、今後の成り行きも気にかかる。

しかしムスリムやクリスチャンなど外来の信仰に対して非寛容であるのとは裏腹に、スィク教、仏教、ジャイナ教等のインド起源の信仰コミュニティーとは非常に親和性が高いこと、北東州のアッサムやマニプルなど、マジョリティーとはかなりカラーの違うヒンドゥー文化とも何ら問題なく融合していく「ヒンドゥー至上主義」のありかたには「寛容の国」らしい懐の広さも感じられるが、これはセクト主義とも教条主義とも異なる幅広い「インド的なるもの」の再構築を目指す政治運動であるからなのだろう。

その「インド的なるもの」のタテヨコの幅があまりに広いため、他所の国での「国粋主義」「右翼思想」とは比較にならないほど、緩やかかつ寛やかなものであるとも言える。それがゆえに、その「ヒンドゥー至上主義」の網の中に収まる多くの人たちにとっては、何ら窮屈さも不快さも感じることがない。イスラーム教やキリスト教の原理主義と異なり、人々の生活を縛るものがなければ、西欧化されたライフスタイルを否定するわけでもないし、お寺参りを強要することもない。ただサフラン色の旗印を笑顔で眺めながら、「ジェイ・シュリー・ラーム(ラーマ神の栄光を)」などと唱えていれば、それで良し。

それでいて汚職が比較的少なく、経済に明るく、為すべき施策をどんどん進めてくれる実務に優れた政権(BJP政権)が支持されるのは無理もない。

だがそれでも懸念されるのが政権のムスリム(及びクリスチャン)に対する冷酷な扱いである。

From ‘Aligarh’ to ‘Harigarh’: Uttar Pradesh Continues Its Name Changing Spree (THE WIRE)

赤い格子

こちらはアレッピー・ダンバード・エクスプレス。AC車両も連結しているが、南インド地域を走る間は冷房を効かせて、北インドに入ると暖房を入れるのだろう。真夏みたいに暑いケーララ州から東京の冬みたいに寒いジャールカンド州へ向かうこの列車である。

この列車にはミティラー画風のかわいい絵をほどこした車両(この列車はビハール州のミティラー地方を経由しないが・・・)やパントリーカーも連結している。すぐに降りる私はセカンド・スリーパー車両に乗っている。窓に色ガラスが入っているAC車両ではよく見えない景色と感じることのできない風と匂いがうれしい。

窓左側の赤い格子は、2001年にグジャラート州で起きたゴードラー事件を受けて導入されたもの。事件では複数の車両に放火がなされるとともに、車両前後の出入口が武装した犯人たちに塞がれたため、鉄格子のはまった窓から人々は脱出することが出来ず、多数が亡くなった。その反省から車両の複数の窓に、内側から外すことのできる格子を導入した次第。

事件はアヨーディヤーへの巡礼帰りのヒンドゥーの人たちの集団を、グジャラート州現地のガーンチーというコミュニティに属するムスリムたちが襲撃したとされるもの。これをきっかけにグジャラート州ほぼ全域を巻きこむ未曾有の規模のアンチムスリムの大暴動が発生した。

当時のグジャラート州は、同州のチーフミニスターとして第1期目をスタートして間もなかったナレーンドラ・モーディー政権下であった。