街角のよろず屋の風景

極小の間口、中で店主が椅子にでも座るとそれでいっぱい。

そんな小さな店ながらも、なかなかの品揃えの雑貨屋さん。限られたスペースを「店舗兼倉庫」としてフル活用。先入れ先出しで品物を効率よく回転させていくこうした店はカッコよくはないかもしれないけど、ある種の機能美を感じる。店頭で何かを頼むと、迷うことなく数秒後にはカウンターの上に「ほらよ!」と出てくるものだ。

もちろん店主の人柄、性格にもよるので、狭くてかつ埃だらけだったりするところもなくはないものの、たいていは上手に切り盛りしている。

おそらく父親から教え込まれたこと、自ら経験して得てきたことなどが、店内に反映されているのだろう。

長年立ち寄ることが多い街角では、そんな店の中にいる人が年配男性からいつの間にか若者になっていて「代替わりかな?」と思ったり、まったく別の店に入れ替わっていることに気が付くこともある。

いつも同じに見える一角も、実は日々少しずつ変化している。ちょうど店の中の品物がお客に売れて新しい商品が入荷したり、製品が廃版となり、後継商品が発売されたりという具合に、街角の中身も入れ替わっていくものだ。

いろいろな人やモノがぎっしり詰まっているのもまた、街角のよろず屋さんのたたずまいに似ているように感じる。

内容は新型コロナ感染症が流行する前のものです。

ENGAGED

こちらはトイレ のドアの表示。「occupied」とあるよりも、少し厳粛な感じがする。中の人が真剣に取り組んでいるような印象を受けるではないか。

少なくとも便座に腰掛けてスマホでもいじっているような、待たされている側にとっては腹の立つイメージは浮かばない。

電話にしても、そうだ。話中で「busy」と考えると、無駄話のせいで繋がらないような気もするが、「engaged 」であれば、何か真面目な会話が進行中であるようなシーンが目に浮かんでこなくもない。

なぜこのように違ってくるのかといえば、occupied、busyは、いずれも単一の人物Aさんの行動を反映したものであるのに対して、engagedであれば、Aさんの意思にかかわらず、自然現象や第三者との関係により、その状態にあることを余儀なくされているというイメージをも想起され、「それならば仕方ない」というムードを醸成するのだ。

仕方ないは仕方ないのだが、トイレを待つというのは、まさに一日千秋の想いである。実に切ない・・・。

※内容は新型コロナ感染症が流行する前のものです。

「ヒルステーション」としてのラーンチー②

おそらくラーンチーの英領時代の面影を色濃くの残す地域は、ラージバワン(州首相官邸=英領時代は統治責任者の舘)界隈なのだと思うのだが、それらしきものはあまり残っていないようだ。

そんな中にオードリー・ハウスという建物があり、現在はラージバワンの敷地の一部となっており、ここの敷地内が往時をしのぶのにちょうど良さそうだ。外から見る限りでは、後世に加えられた不自然な構造物はほぼないように思われる。

建てた当時とは社会環境が異なるのでかなり改変が見られるのが常。典型的なものとしては、「天井」の例がわかりやすいだろう。インドでは暑季に高温となる地域が多く、暑季節そのものも長いため、英国本国の同時期の建物よりも、かなり天井が高くなっているのが常だ。

ところが今の時代になると、空調を使用することが多いが、果てしなく高い天井であってはエアコンをいくら回しても冷えないため、オリジナルの状態からは想像もつかないほど、低いところに天井をしつらえている。他にもいろいろあるが、英領時代とは仕事や生活のインフラが異なるので、建物の内外が必要に応じていろいろ改変される。

だがラーンチーの比較的冷涼な気候が幸いしてか、このオードレー・ハウスは、建築当初ほぼそのままの姿を今に伝えているようだ。ゲートから向かって左側のウイングがアートギャラリー、右側のウイングは文化イベントの開催用に使用されている。建物自体がオリジナルの状態に近いため、オードリー・ハウスの敷地内だけは、今も「ブリティッシュ・ラージ」の雰囲気が濃厚に感じられる。

前にも触れたが、かつてラーンチーは「ヒルステーション」として知られていた。政府や軍その他の業務に従事していた英国人たちの中で、熱病や結核はもちろんのこと、心を病む人も多かったという。慣れない土地での勤務からくる心労は多く、今でいう適応障害に苦しむ人もあれば、パワハラなどに悩まされた人たちも多かったことだろう。もとよりまだ「人権」の概念が確立していない時代である。

そんなわけで、ヒルステーションにはサナトリウムや各種病気の治療のための施設は付き物であった。冷涼な気候が患者の負担を軽減し、治療に利するとされたのは言うまでもない。

そんな中で、当時で言うところの「癲狂院」が沢山あったと言われるラーンチーだ。今となっては不適切な呼称だが、今でもヒンディー語では一般的にそう呼ばれている。「パーガル・カーナー」。文字通りの「癲狂院」であるが、驚くことに、新聞などメディアでもそう表記しているのを見かけたりする。

〈続く〉

内容は新型コロナ感染症が流行する前のものです。

おじいちゃん 、おばあちゃんの公園

ボンベイの湾岸風景の美しさをアピールするためにチョウパッティービーチから撮影した写真をよく見かけたことがある。本当に良い眺めだ。ブラジルのリオデジャネイロの海岸風景に匹敵するだろう。いや、それを凌駕すると言いたいところだ。

さて、そのチョウパッティービーチの背後に静かで素敵な公園がある。界隈に住んでいるらしい年配者たちが静かに歓談しているが、よく整備されているのにとても空いている。

入口のゲートに回ると「ナーナー・ナーニー・ウデャーン」と書いてある。おじいちゃん、おばあちゃん公園とは変な名前だが、園内はきれいでとても静かだ。

ここに足を踏み入れてみると、ちょうどここから帰ろうとしているおじいさんに注意された。「ここはシニアシチズン専用なのです。申し訳ないけれどもね。そういう年代になってから来てください。」

ゲート付近に注意書きらしきものが出ているが、マラーティー語のみで書かれているのでよくわからない。同じデーヴァナーグリー文字を使う言葉でもネパール語はヒンディーの知識である程度の見当がつくが、マラーティーだともう少し距離があるようだ。看板に出てくる「クリパヤー」「ナーナー」「ナーニー」とか「スーチナー」あたりは共通なので拾えるのだが。

ここは、還暦を迎えないと入ってはいけないとのこと。そういう公園があるとは思わなかった。

「NANA NANI UDYAN (おじいちゃん、おばあちゃん公園」と書かれている。

内容は新型コロナ感染症が流行する前のものです。

インドの5年ヴィザ

観光目的でのe-Visaで「5年間有効」というものが導入されたのは昨年の夏の終わりから秋口にかけてであった。

1回の滞在が180日以内、入国回数はマルチプルで取得日から5年間は、航空券さえ買えばインドに出入自由となることから、ずいぶん助かると思っていた。

e-Visaによる入国は、インドにおける28の空港(アーメダーバード、アムリトサル、バグドグラ、ベンガルール、ブバーネシュワル、カリカット、チャンディーガル、チェンナイ、コーチン、コインバトール、デリー、ガヤー、ゴア、グワーハーティー、ハイテラーバード、ジャイプル、コルカタ、ラクナウ、マドゥライ、マンガロール、ムンバイー、ナーグプル、ポートブレアー、プネー、ティルチラッパリ、トリバンドラム、ヴァラーナースィー、ヴィシャカパトナム)及び海港(チェンナイ、コーチン、ゴア、マンガロール、ムンバイー)のみ可能となっており、陸路での入国は不可とされるらしいが、出国においては外国人が通過できるチェックポストならばどこでも可能なようだ。

つまりインドから隣国のネパールに出てからインドに戻るという場合、例えば陸路でゴーラクプルからネパールに入り、カトマンズから空路でデリーに入るというような具合になるのだろう。

これまでのヴィザの場合、いちいち申請する手間はもちろんのこと、パスボートにシール状のものが貼られるため、回数を重ねると冊子が厚くなってしまうのも難点であった。

それまでのe-Visaは事前に出発前に申請した後、インドの空港に到着してから取得ということになっていたし、事前準備なしで空港で申請できるアライバルヴィザについては、担当官の対応がスローでとても時間がかかったりすることがあった。到着が深夜など変な時間の便だと疲労困憊することに加えて、事前に取得しておかないと、インドのことだから何かあるかもしれないという不安感からも、このところは事前に大使館で申請・取得することにしていたのだ。

今回のe-Visaは、申請してからPDFで発行される。インドに行く際には、印刷したものを持参し、出国するまでこれを持参しておくというもので、これが5年間使えるというのは大変ありがたいものであった。このe-Visa取得に先立ち、10年旅券を申請した私である。

同じパスボートで幾度もインドヴィザを繰り返し申請していると、大使館で「何の目的か?」と尋ねられて担当官との面接まで実施させられたこともあったし、あまり良いことはないため、これまでは有効期間5年間の旅券を繰り返し取得していた。

そんなこんなで、5年間有効のe-Visaを取得したのは今年の1月のこと。これで安心していつでも時間と航空券を工面すればインドに行くことかできる、そして長い期間有効なインドヴィザを持っているので、途中で何回かパキスタンを訪問することについても懸念はないと安心しきっていると、新型コロナウイルス感染症の流行に足元をすくわれたのが今年の2月の終わりあたり。インド政府がイタリア、日本などの国籍の者に対して「発行したヴィザの効力を停止する。既に入国して滞在している者についてはこの限りにあらず(しかし出国すると再入国不可)」ということを発表したからだ。

新型コロナウイルス感染症については、これまでで一番ひどいときには9月12日の97,570人、9月17日の97,894人をはじめとする10万人超の大台に迫ろうかという勢いであったが、10月6日には8月25日以来の61,267人という数字にまで下がっている。(それでも1日で6万人超というのは大変な規模だが・・・。)

新型コロナ感染症の広がりが、ピークを過ぎようとしているのか、これから秋・冬と季節が移ろう中で、再度拡大していくのかについては、まったく予断を許さない状況にある。人口規模が大きいだけに、拡大していくとすればその伸びしろも大変大きなものとなってしまう。

10月6日現在で新型コロナ感染者が世界で最も多いアメリカで7,679,908人、次いで2位のインドが6,685,082人という数字になっている。インドにおいて幸いなのは、日々の新規感染者数に近い規模の人数が毎日回復していると報じられていることだが、人口構成が若年層に厚いためだろう。。

当分の間、インドに入国することはできなくなってしまっているが、人口大国のインドにおいてなんとか終息の方向へと進み、人々の暮らしや経済活動が再び軌道に乗って進んでいってくれることを切に願わずにはいられない。