スーラト3 墓場も面白いインド

これらの風景を目にして、何の遺跡と思われるだろうか。
実は、「英国人墓地」なのだ。

場所はスーラト。東インド会社が拠点とした港町のひとつ。私が確認できた、この墓地で最も新しい墓標が1850年のものであったので、まさに英国政府による統治に移行する前、東インド会社が支配した、いわゆる「カンパニー時代」の英国人墓地。墓標を見たところでは、大半は東イン会社軍の軍人とその家族たち。

そのあたりまでは、英国人でも改宗してヒンドゥーになって、毎朝沐浴したり、プージャーをしたりする後の時代のヒッピー的な英国人も少なからずいたと聞く。
もちろん、高級官僚やエリートコースに乗っている英国人は、その限りではなかったとはいえ、それ以外で何かしら縁あってインドに渡ることになった、あんまり堅苦しくなくてカジュアルな英国人たちの中には、自国と違う気候、文化、食事の中で戸惑いつつも、「インドってすげー!」と、すっかり感化されてしまう人たちが後を絶たなかったらしい。

それはそうだろう。今の私たちでも「インドってすごい!」と感嘆しているのだから。当時、「ツイッター」「Facebook」等があったら、彼らのオドロキやインドへの憧憬が多々綴られていたはずだ。
だが当時の人々は、相当な知識人でもない限り、いわゆる日記のようなものをしたためる習慣もなかったので、現代に生きる私たちが、当時のインドの市井の人たちの日常の喜怒哀楽を知るのは容易なことではない。

「インドかぶれ」については、1857年の大反乱以降の英国当局による綱紀粛正により、いわゆる当時でいうところの「ネイティヴ(インド人)」と英国人の間の「けじめ」のようなものが徹底されることになった。そのため、墓地についても、その後のものは、このような墓地ではなく、英国人らしいものとなっている。19世紀と20世紀を境にして、「アングロ・インディアン」を示す意味が、「インドで生まれた英国人」から「英印混血の人」と変化していったのには、こうした背景もあるに違いない。

インドという国は、ごく平凡に観光していても、実に興味深い事柄に満ちているのだ。こんな国は広い世界を見渡しても、他に無いだろう。各地の英国人墓地を巡るだけでも、実は大変面白いインドなのだ。

〈続く〉

“Chinatown Days” by Rita Choudhury

アッサムの女性作家、リーター・チョードリーによる大作。
清朝支配下の19世紀、南中国の寒村から奴隷として町の商人のところに売られていき、そこで奴隷ながらも主の信用を得て、それなりの金銭的充足と自由を得ることとなった少年。だが、彼はさらにここから別の人身売買シンジケートにより、カルカッタへ運ばれ、そこから開業間もないアッサムの茶園に行くこととなる。

時代は下り、その茶園近くのマークームの町や周辺で事業を起こした中国移民の子孫たち。
アッサムのすっかり根付き、「中国系アッサム人」として地域社会の中の一部として定着していた。

中印戦争開戦。最初は特に影響を受けることのなかった華人コミュニティだが、インドの敗色濃くなっていくにつれて、反中国感情の高まりとともに、中国系住民への感情も急速に悪化していく。

中国との敵対関係がエスカレートしていくとともに、国内政治でも共産主義勢力を「親中かつ反インド」であるとして攻撃するだけではなく、民族的なルーツを中国に持つ人々への風当たりも強くなってくる。

やがて中国系市民の拘束の命令が中央政府から発せられ、華人が集住していたカルカッタはもちろんのこと、ところどころに華人コミュニティが散在していたアッサム(当時は現在のメガーラヤもアッサムの一部)においても一斉に彼らを逮捕して地域内の刑務所へ収容してしまう。驚いたことに、チベットからダライラマとともに亡命してきたチベット難民の中にも、このあおりで逮捕・拘束された人たちが少なくなかったらしい。

その後、華人たちは、まとめてラージャスターン州のデーオーリーキャンプへと列車で移送される。(デーオーリーキャンプは、奇しくも第二次大戦期にマラヤ半島などに住んでいた日本人たちが敵性外国人として植民地当局に検挙されて移送された先でもある。)

インド政府は、世代を継いでアッサムに暮らし、インドを祖国とする中国系市民を敵視するいっぽう、引き揚げ船を仕立てて彼らを迎えるというオファーをする中国に対して、これ幸いと彼らの身柄を引き渡してしまう。インド生まれの華人たちにとって中国は未知の国。おりしも時は文革の渦中で、引き揚げてきた彼らはインドによるスパイという嫌疑もかけられて大変な苦難を重ねることとなる。

中国に送られることなく、アッサムに帰還することができた華人たちにとっても、日々は決して楽なものではなかった。苦労して得た工場、店、家屋などは、「敵性資産」として、競売にかけられており、彼らの父祖がそうであったように、再び裸一貫でスタートしなくてはならなかったからだ。

文革の嵐が収まりかけたあたりから、中国に送られたアッサム華人たちの中で、当時英領だった香港を目指すのがひとつの流れとなっていった。

そして現在、結婚したばかりの華人妻と生き別れになったアッサム人男性が、かつてマークームに暮らした華人住民たちの小さな集まりが開かれる香港を訪問して49年振りに再開。

雄大な時間軸の中で展開していくスケールの大きなドラマ。こうしたインド系の人々の歴史を交えた長編作品を得意とする大作家アミターブ・ゴーシュの作品を彷彿させる。

もともとマークーム(মাকুম)と題して2010年にアッサム語で発表された当作品だが、好評を得て英語版も出版されることとなったが、翻訳版という形ではなく、新たな記述等を加えて最初から書き下ろすことになったため、英語版の出版まで何年もかかったと聞いている。

タイトル:Chinatown Days
著者:Rita Choudhury
出版社:Amazon Services International, Inc.
ASIN: B0786T8XKX
※紙媒体ではなく、アマゾンのKindle版を入手。

ドキュメンタリー映画「Final Solution」が描くモーディーとBJP

2002年にグジャラート州で発生した大暴動を取り上げたドキュメンタリー映画。
重たい内容だ。以前はこの関係の書籍等も沢山出回っていたのだが、最近見かけなくなっている。事件はもはや風化してしまったかのように思われる。
この暴動とそれによる殺戮について、背後で当時州首相であったナレーンドラ・モーディーが深く関与していた(らしい)ことも言われていた。この関係でグジャラート州首相時代、米国入国禁止になっていたことはよく知られている。
だが2014年にインド首相就任すると、アメリカは黙って禁を解いてしまった。
モーディー自身は、経済に明るいこと、お金についてはクリーンなことで人気で、州首相としても国の総理大臣としても実績を上げてきたが、思想的には危険な人物であることを忘れてはならない。

Final Solution (2004)

FRONTLINE 2019年総選挙結果特集

左派ニュース雑誌「Frontline」、今号特集は先日結果が判明した総選挙について。「右派共和国」というタイトルにて特集記事を組んでいる。

今回の総選挙も2014年に続いてBJP(インド人民党)率いる「右派」による連合、NDA(National Democratic Alliance)の大勝に終わった。この右派連合について、国外メディアは「国家主義のアライアンス」「ムスリム排除の連合」と捉える例が少なくないが、これは多分に誤りを含んでいます。アライアンスの核となるBJPについてはそうした理解で良いかと思うが、NDAに名を連ねる所属する他の政党についてはこの限りではないからだ。

NDAに加盟している政党には、中央や人口稠密な北インドによる支配を跳ね返そうという南インドのドラヴィダ民族主義政党が有力メンバーとして名を連ねているし、北東地域政党で現在所属している州からの分離要求を掲げているのはもちろんのこと、インド共和国からの離脱さえ理想として描いている政党すらあるからだ。

こうした主張の内容すらまったく異なる右翼政党、民族主義政党が連合を組むというのは、多様性に富むインドらしいところでもある。

上位カーストが対象の留保枠

EWS(経済的弱者層)への10%の留保を設定することが決まったのは今年の1月。これまでの留保対象とならない層における一定水準以下の収入の世帯の者への救済策だ。つまり上位カーストの貧困層に対するものとなる。

暮らし向きの良さ悪さはカースト上の秩序と比例するものではない。つまり同じ程度に貧しくてもカーストが高いほど損をするという「逆差別」への救済措置となるエポックメイキングなケースと言える。

従前から「上位カーストへの留保を作る」と公言していたBJPの公約の実現だ。このあたりが出てくるのは総選挙が迫ってからという、いかにも計算された選挙戦の一環ということになる。

来月終わりから再来月はじめにかけて投票が実施される(警備要員の配置その他の理由から全国一斉にではなく、いくつかのフェーズに分けて実施される)総選挙の争点のひとつでもある。 

カーストをベースとせず経済状態に依拠する留保枠が設定されることは歓迎すべきことだが、肝心の収入レベルをどのように判定するのだろうか?インフォーマルセクターで日銭を得る人が占める割合も高いので、このあたりの不透明さも今後問題になってくることが容易に予想される。

10% EWS quota for social equality: Centre (Hindustan Times)

しかしながら、まだハードルがある。これまで留保枠は全体の50%を越えないという制約があったため、カーストに依拠としない(しかしSC、ST、OBCsに含まれない層を対象とすることから、まったくカーストに依拠しないとも言えない)留保枠を認めるかどうかについて、最高裁の判断に委ねることになっている。

上位カースト貧困層への救済という観念が現実のものとなったのは良いことかもしれない。だが全体の5割、6割が留保対象となるというのは、あまり健全なこととは思えない。

現代インドにおいて、「システムとしては存在しないはずのカースト」により「現実に存在する不平等」を解決するための「必要悪としての上位カーストへの逆差別」とその「逆差別により不利益を被っている層への救済」という矛盾とともに、「帝国主義時代に英国がインドの人々を縛った分割統治」の手法が、「民主主義の時代に人々が利益誘導のため活用」するというパラドックスがある。

10% quota: Centre’s defence of reservation for poor upper castes in SC raises several questions (scroll.in)