ジャランダルの小さなミターイー屋さん。店の構えはシンプルで品数は少なくてもこだわりの品々のようだ。3代目店主のワルンさんはボディービルで入賞したことがあるとのこと。(2022年にミスター・パンジャーブ)
大きな氷塊で冷やす「フリッジ」が面白い。ここにはラースマラーイーが保管されている。
この店に行ってみたい。
ジャランダルの小さなミターイー屋さん。店の構えはシンプルで品数は少なくてもこだわりの品々のようだ。3代目店主のワルンさんはボディービルで入賞したことがあるとのこと。(2022年にミスター・パンジャーブ)
大きな氷塊で冷やす「フリッジ」が面白い。ここにはラースマラーイーが保管されている。
この店に行ってみたい。


コルカタの老舗K.Cダースでいくつかのミターイーをテイクアウト。旅行中はほぼ毎日、ミターイー屋さんで楽しむかテイクアウトしている。洋菓子でもインド菓子でも乳成分が多いものが好きなのだ。
インドの菓子について「甘過ぎる」とか「砂糖のかたまりみたい」という声を耳にするが、尋ねてみるとジャレービー、グラーブジャムーンとかラスグッラーのような糖蜜漬けになっている菓子のことを言っているようだ。
糖蜜漬けだと甘いのは当然。それを以って「インド菓子はめちゃくちゃ甘い」と言うのは、サバランをもって「洋菓子は甘過ぎるから無理!」と断言してしまうのと同じようなものだ。
実は糖蜜漬けの類を除けば、一般的にそれ以外のインド菓子はそんなに甘くない。とりわけ都会の店、広く展開しているチェーン店などではなおさらのこと。
K.C.ダースは昔ながらの店とはいえ、こちらもそんなに甘くはない。日本の洋菓子屋さんでケーキやタルトを食べるのと甘さ加減は同様。
ちなみに私は洋菓子では、先述のサバランはもちろん、ブラウニーやモンブランは、ちょっと甘過ぎて食べられないし、ファンタやミリンダの類の甘い飲料も苦手である。
実は決して甘過ぎないインド菓子。

ダルガー・ハズラト・クワジャ・バンダナワーズに参拝。デリーのニザームッディーンにあるダルガー、アジメールのダルガーと同じくスーフィーのチシュティー派の聖者廟(ダルガー)であるため馴染み深い。
ここに来るのは初めてだが、Googleマップで見る限りでは、そのバンダナワーズ様がある場所の界隈に他のダルガーが点在している様子を想像していたが、そうではなくバンダナワーズの敷地にこれらのダルガーも存在しているのであった。なんという強力なバラカ(ご利益)スポットだろうか!
きれいさっぱりとホワイトウォッシュされたダルガーの外観とは裏腹に聖者自身が葬られた墓のある建物内部の美しいミラー細工や彩色が素晴らしかった。中は撮影禁止となっており、いつの時代か目にした眺めがそのまま画像としてスマホに出力されるような、そんな日が来ないものだろうか。
イスラーム教といえば厳格な一神教で私たちのような多神教世界とは相容れないと思っている人は少なくないが、このような聖者信仰は信者たちの動態としては日本のお不動様信仰に近いものがあるとともに、インド亜大陸のような多神教の土壌の中では、ムスリム以外からも受け容れ易く、事実非ムスリムによる参拝も少なくない。
このような形態を許容しないのはワッハーブ派の影響下にある原理主義勢力で、このような信仰は異端ということになる。
イスラーム教といっても様々な形態があり、自身に多様性、多重性を持つ奥行きの広い世界であり、先述のワッハーブ派、その影響をインドのタブリーギー・ジャマアト経由で受けたターリバーン、そしてISその他の原理主義過激思想は、イスラーム世界の大半とかけ離れた異質なもの、ということになる。


佇まいはクリスチャンのそれと似ている。やはり同じ源からきた「同じ啓典の民」であることを感じる。ユダヤ教、キリスト教もイスラーム教も「実は同じ神を信仰」しながらも作法とアイデンティティが異なる人たち。
神は人々の間に違いは作らなかったが、人々が自らの間に違いを作ったというわけだろうか。

下記リンク先に掲載されているのは1980年撮影の写真とのこと。もともとは客車以外に貨物輸送も盛んだったが1980年代以降は道路輸送に押されて姿を消す。逆に言えば、それ以前はシリグリーからダージリンへの道路は貧弱であまりアテにならなかったということにもなる。
ニールギリーの山岳鉄道においても同様で、その時代に道路輸送に押されて、路線廃止の論が出ていた。
対照的だったのはシムラーの山岳鉄道。こちらも1980年代に貨物輸送は廃止されたものの、廃止の危機はなかった。
ハリヤーナー州の交通の要衝カルカーとーヒマーチャルの州都を結ぶインターステートの交通機関としての役割があったこと、早くから観光路線として注目されたことなどが背景にあったようだ。
A freight train (Darjeeling Himalayan Railways) on the line in 1980.

NHKの比ではない。ドゥールダルシャンは正真正銘の国営放送なので、政権の意向が働くというよりも、政権の宣伝機関。
選挙の際の野党へのネガティブキャンペーンは凄まじいし、そのときどきで政権が喧伝したいことを忠実に電波に乗せる。モーディー首相が第一次政権時代から続けている彼自身の講話「Mann ki Baat」もそのひとつだ。
こちらは7/3の放送分だが高市首相の訪印に合わせてインド・日本の関係について視聴者である国民向けにいろいろアピールしていた。
人口構成が圧倒的に若年層に厚い国であるがゆえ、アナウンサーが「日本との関係で1980年代にあったことを知っている世代の方々でなければご存知ないかもしれませんが」と前置きしたうえで、スズキ自動車とインド政府の合弁で始まった自家用車生産事業のことに始まり、その後続いた日印の経済交流についてのおさらい等々をしていた。
このアナウンサー、スディール・チョウドリーがドゥールダルシャンに出演していることについて、アッと驚く方も少なくないかもしれない。インディアトゥデイ系の民間ニュースチャンネルAajtakの看板アンカーのひとりだったが、昨年同チャンネルを辞めて、国営放送局に移籍している。インドでは「ニュースの顔」の転籍は頻繁にあるのだ。
PM Modi-Sanae Takaichi की ‘भाई-बहन’ वाली Diplomacy | Sudhir Chaudhary | India-Japan | News (DD News)

インドでムスリムも代をしばらく遡るとご先祖はヒンドゥーであることが多い。またヒンドゥー文化の大海の中に散在するマイノリティーであるがゆえ、当然いろいろと影響を受けるのは当然のこと。よってムスリムといってもその背景にはヒンドゥー的な伝統をも抱えていることになる。
そんなわけでこんなダルガー(イスラーム聖者廟)にご神木があったとしても不思議なことではない。もちろん暑季の強い日差しを防ぐという実用的な目的もあるのだろう。



グルバルガの城からディズニーランド風の建物が見えた。
尋ねてみると「モールだ」というので、カフェでもあろうかと入ってみた。
外観は立派なのだが、とても寂れていて何もない。



ちょっとしたサイズの街であればいくつかモールがあるのが近年のインドではあるものの、どれでも繁盛しているわけではなく、立地が問題だったり、現地の所得水準とのミスマッチがあったりする。つまり地方の街では中間層以上の人口が十分に育っていないことがある。
それに加えて従来の市場がまだまだ強かったり、映画館やフードコートへの依存の度合いが高く、これらを欠くと集客が難しかったりなどということもある。
またすでに人気のモールがあると競合して負けてしまうことも。
グルバルガは50数万人規模の街ではあるものの、すでにモールが10軒近くあり、このモールには映画館が入っていない。隣接する文字通り衣料品を中心とするカプラー・バーザールが大変賑わっていることが集客に有利な立地と考えられたのかもしれないが、不振に苦しんでいるようだ。

北インドとりわけ北西インドを旅行された方は「SHER-E-PUNJAB (パンジャーブの虎)」という名の食堂やレストランを目にされる機会が多かったことだろう。
パンジャーブ料理、パンジャービーがオーナーの店でよくつけられる名前だが、本来SHER-E-PUNJABとは、スィク王国の創設者ランジート・スィンのことを指す。パンジャーブの人たちにとって、郷里の英雄、民族のヒーローとして今も人々の心の中にあるのだろう。
このSHER-E-PUNJABのように、名詞と名詞あるいは名詞と形容詞を連結辞「E」で繋ぐのはペルシャ語の表現。ペルシャ語の影響を強く受けたヒンドゥスターニー語のボキャブラリーらしさの一端でもある。
現代のウルドゥー語、ヒンディー語ではこのような使い方はしないものの、このSHER-E-PUNJABであったり、MAUQA-E-VARDAT(事件現場)、WAZIR-E-AZAM(総理大臣)等々の慣用句は今でも頻繁に耳にする。
北インド以外でも例えば南インドやインド国外であっても、パンジャービーが移住した先では、この名前の食事処は見かけるものだ。もしかしたら日本でもどこかでこの名前で営業している店があるかもしれない。
さて、このSHER-E-PUNJABと名付けられた食事処だが、普通はガチなパンジャーブ料理専門店であったり、パンジャーブ料理を中心に提供する店なのだが、値段が安いところも高いところも「パンジャーブの虎」を名乗るだけに、質実剛健な印象の店が多い気がする。
でも場所や環境によってはいわゆるMULI CUISINE RESTAURANT(多国籍料理)になっている場合も稀にある。画像はサイババの聖地シルディーにあるSher-e-Punjabでだが、場所柄ヴェジタリアンとなっており、国内外からたくさんやっている様々な背景のお客さんたち向けのファミレスとなっている。
一部パンジャービーのアイテムもあるものの、画像のドーサのような南インド料理、地元マハーラーシュトラ州(とりわけムンバイ)のソウルフードのひとつであるパウバージー、パスタやピザなども出す店であった。まったくパンジャービーではなく、前述のいわゆるMULTI CUISINE RESTAURANT。どうやら「シェーレーパンジャーブ(パンジャーブの獅子)」でもネコみたいに軟弱なの?もいるようで・・・ 。




カングラー渓谷鉄道が4年ぶりに全線復旧したとのこと。モンスーンの豪雨で鉄橋が流されたのを含めて複数箇所分断していたためだ。
以前と違うのは始点のパターンコートから終点のジョーギンダルナガルまで通しで往復するのではなく、起点からも終点からも途中駅のバイジナート・パプローラーで乗り換えとなること。加えてパターンコートからバイジナート・パプローラーまでは上下1本ずつしかなく、しかもそこからジョーギンダルナガルへは同日接続できないダイヤ。
不思議なことに始点パターンコートの3つ先の駅、ヌールプル・ロードからは日に4本程度あり、最も早い時間帯の便であれば同日接続できるらしい。しかしここは始点から終点まで完乗にこだわりたいものだ。
このような変則的な運行になっているのはこれまで部分運行していた際、先述のバイジナート・パプローラを軸にかたやパターンコート、かたやジョーギンダルナガルへと走らせていたことがあるようだ。おそらくバイジナート周辺でも路線が途絶するような豪雨被害があったのだろう。将来的には以前と同じく、パターンコートからジョーギンダルナガルまで通しで走るようになると思われる。
実は全線復旧となったのはここひと月くらいのことらしい。パターンコートを出て次の駅、ダルハウジー・ロードとその次の駅カンドワル(ヌールプル・ロード駅のひとつ手前)の間にあり、河を渡るチャッキー橋(路線の見どころのひとつ)が先述の豪雨で落ちている。この部分の復旧に一番手間取り、ようやくこのひと月の間にその橋を渡れるようになった。そのため長らく暫定の始発駅となっていたヌールプルから本来の起点のパターンコートまで繋がり、ようやく全線通じたというわけだ。
この路線の列車は「トイトレイン」と通称されるものの、スイッチバックを繰り返して上っていく山岳鉄道ではない。メーターゲージで、その名の通り渓谷内を往来するもの。乾季であればヒマラヤの雄大な景色が楽しめるそうだ。ダージリン、シムラーなどの山岳鉄道と異なり、基本的に観光用ではない地元の生活路線。予約のない「ジェネラルコーチ」のみである。もちろんエクスプレスの運行はなく、鈍行列車のみの路線だ。
起点のパターンコートから乗るとバイジナートで1泊して翌日以降にジョーギンダルナガル行きに乗り換えることになるが、バイジナートのひとつ手前のパーランプルは風光明媚な場所として知られているとともに茶園でも有名だ。バイジナート駅にはよく知られた名刹もある。
終点のジョーギンダルナガルからはバスでマンディーに行けるし、そこから日帰りできるレーワルサルも良さそうだ。レーワルサルは小さな湖で、スィク、ヒンドゥー、そしてチベット仏教の聖地とされる。「え?チベット仏教の?」と思われるかもしれないが、ここでグルー・リンポチェが修行したとされる。マンディーは小さな元藩王国の首都だったところ。発展や変化から取り残された分、地域の歴史的な建築や伝統の宝庫らしい。
ここからカルカーはバスで楽に行ける距離なので、さらにはシムラーへトイトレインで往復することもできる。ダージリンに較べて本数は多いため、予約は少し楽かもしれない。
インドという国の素晴らしく、そしてものすごいところは、どこに足を向けても味わい深い風物や風景があり、巨大な建造物がなくても、目を奪うような美にと豊かな伝統に溢れているところだ。もう降参するしかない。

パンジャーブ州のパキスタン国境近くのデーラー・バーバー・ナーナクからすぐのところにあるカルタールプル・サーヒブ(パキスタン領内にある)。2019年11月からパキスタン・インドの特別な取り決めにより、インドからヴィザ無しで訪問可能となっている。
デーラー・バーバー・ナーナクのグルドワラ自体が興味深いが、パキスタン側のものも参拝できるとなるとさらに素晴らしい・・・と思ったのだが、カルタールプル・サーヒブへインドから越境して行く措置は外国人にも認められているとはいえ、OCI(Overseas Citizen of India=インド系の非インド国籍で、インド当局にOCI資格を申請して認められた人)のみが対象らしい。
よくよく考えるまでもなく、もともとが国境向こうにあるため参拝できないスィク教徒その他のためにこの措置がなされたわけで、インド政府がインド人ではない第三国の人、インド系でもない外国人に便宜を諮るいわれもない。
しかしながらデーラー・バーバー・ナーナク自体もスィク教の主要な聖地のひとつでもあるし、ここの駅は印パ分離前には幹線路線上の駅であったが、分かれてからは終着駅となった歴史がある。今も日に数本、わずかに各駅停車が発着しているが、もちろんパキスタン方面ではない。
Visiting Kartarpur Gurudwara In Pakistan | Everything You Need To Know | Curly Tales (Youtube)
PILGRIMAGE TO SRI KARTARPUR SAHIB (Ministry of Home Affairs)