キプリングの生誕地

敬愛する植民地作家ラドヤード・キプリングの生誕地を訪問した。
CST駅からすぐ近くにある。Sir J. J. School of Artという美術学校キャンパス内にある。まさにここであの大作家が生まれて子供時代を過ごしたのだな・・・という感慨に耽りたくなるが、目の前にある屋敷はこのキャンパスの学長の屋敷として再建されたものであると聞く。
現在修復作業進行中で、完成後はキプリング博物館になるとのこと。


















2022年までに宇宙へ有人ミッション

本日、タブレットに配信されたインディアトゥデイ今週号。特集は宇宙進出。2022年の独立記念日かその前までに有人ミッションを実行するのだとか。
バンガロールに本拠地を置く宇宙開発機関ISROにより着実に技術の開発と実績を積み上げているインド。その機関のすぐ外の農村では、今でも牛に鋤を引かせて畑を耕している農民がいるという、ハイテクとローテクの混在ぶりが素晴らしい偉大なるインドだ。
さすがはフェラーリと馬車、ポルシェと牛車が並走する姿を見ることができる国だ。
(よほどラッキーでないと、こういうシーンを目にすることは、まずできないが・・・。)

「幸せの国」から来日した留学生たち

インドでは留学生を含めたブータン人はたくさんいて身近なため、インド人がブータンやブータン人にファンタジーな幻想をいだくことはないようだが、「幸せの国」などといったブータン政府による官製プロパガンダが浸透している日本では、いろいろと誤解(良い方向に)されているようだ。
ブータンからの留学生が増えてきていることから、彼らと接触する機会も増えてくるはずだが、人数が急伸していくとともに、それにつれて超過滞在その他のトラブルの事例も増えていくのは不可避。やはり彼らも高額な借金を抱えて来日するため、ベトナムなど他国からやってくる学生たちの中に見られるような問題とは無縁ではいられないだろう。
良い関係を築けるよう期待したいが、現実はそればかりでもないように予想している

急増するブータン人留学生 ――人手不足ニッポンの労働現場支える (YAHOO ! JAPANニュース)

ジョージ・オーウェル博物館

Burmese Days, 1984, Animal Firm等々の著作で知られる英国人作家、ジョージ・オーウェルの生家が博物館になったとのこと。
彼が植民地インド生まれで、生家は現在のビハール州にあったということは知っていたが、それがパトナからネパール国境に至る途中の田舎町モーティハリーであったことは知らなかった。
彼の父親が働いていたのはオピウム関係の政府機関というのが、いかにもその当時らしい。オピウムは主に中国(および東南アジア方面)へ輸出する商品作物であり、これをきっかけとしてアヘン戦争が勃発することとなった。

George Orwell’s birthplace in India set to become a museum (The Guardian)

The British Residency in Hyderabad

ハイデラーバード藩王国時代の英国駐在官の館であり執務場所であった建物。完成したのは1803年なので、今年で築212年ということになる。1949年から、この場所はOsmania University College for Womenのキャンパスのとして使用されており、この建物自体もかつて校舎として使われていた。

植民地時代の絵画に出てきそうな眺め

かなり荒廃しているが、建物正面のたたずまいを目にして、アメリカのホワイトハウスを連想する人も少なくないだろう。周囲の熱帯の大きな植生も入れて撮影してみると、植民地期の絵画に出てくるひとコマのような写真になる。近々、本格的な修復の手が入るとのこと。

調度品や家具などはまったく残されていないものの、元々の造りが立派なだけに風格がある。部屋には教室番号のプレートが残されており、たしかにここで講義がなされていたことがわかる。こんな歴史的な建物で授業を受けるとは、これまた壮大な気分で学ぶことができたのではなかろうか。

大学の敷地内にこうした建物が残っているのは、ひとえに建物が大学として転用されたということがあるがそれをこうして見学できるのもありがたい。見学の許可を求めた際に学長と少し話をしたが、この旧British Residencyの部屋のひとつに掲げられている歴代の学長は全員女性。女性のみ留保されている地位のようである。

大学の事務所で、鍵を開けたり案内したりする人を付けてくれるのだが、本来その人は大学職員であり、仕事の邪魔になるのであまりじっくり見学というわけにはいかないものの、訪れる価値大である。