私立探偵

私立探偵を主人公とする推理小説作家は数多い。アガサ・クリスティ、エラリー・クイーン、コナン・ドイルといったこの分野を代表する大家の作品を読んだことがないという人はまずいないだろう。また少年向けのマンガでも『名探偵コナン』『金田一少年の事件簿』などがある。老若男女を問わず、探偵とは人々の興味や関心を呼ぶ魅力あるテーマらしい。私自身、子供のころ『大人になったら探偵になりたい』と思っていた。

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ネパール 王室廃し共和制へ

ギャネンドラ国王
マオイスト勢力の圧力を受けて、ネパールの王室が廃止されることが確定した。1599年のゴルカ王国成立から数えて400年以上、同王朝を率いるプリトヴィー・ナーラーヤンが1768年にマッラ朝を倒してネパールを統一してから240年の長きに渡るシャハ王朝の歴史に幕を下ろすことになる。
90年代初めにそれまで国王による事実上の専制状態から立憲君主制へと移行したものの、議会の混乱やマオイスト勢力の伸長などにより、長く不安定な時期が続いたネパール。2006年に国名がネパール王国からネパール国へと変更された。それまで世界唯一のヒンドゥー教を国教としていたこの国が世俗国家となり、それまでの王室を讃える歌詞内容の国歌が廃止された。しばらくの空白期間を経て、今年8月に新国歌制定が宣言されることとなった。
今後共和制に移行するとともに、王の肖像をあしらった紙幣、王室を象徴する要素の強い国旗のデザイン、国旗を上部にあしらった国章についてもやがて変更されることになるのだろう。
ネパール国旗
ネパール国章
かといって、これらが人々の生活の向上に直接作用するとは思えないし、国内が確実に安定へと向かっているのかどうかはわからない。こうした象徴的な事柄や制度が改められていく背景にある本質的なものとは、近年のこの社会の様々な方面における力関係の大きな変化に他ならない。
とりわけこの国の政治権力構造で浮沈の激しいいわば『戦国時代』が続く中、かつてこの国を名実ともに支配していた王室という伝統的な政治パワーが、表舞台から公式にドロップアウトすることとなる。今後のネパールは融和と安定へと向かうのか、それとも衝突と分裂の歴史を刻んでいくことになるのだろうか。この国から当分目が離せない。
今ネパールで起きていることや現在進行中のこうした動きなどについて、近隣国のブータンも慎重に分析していることだろう。国内に退位を求める声が起きていないのに、それまで権力を握ってきた王家が自主的に民主化を進めるという世界的にも稀有な例を世界に示している同国。その背景にはいろいろあるのだろうが、隣国の情勢を踏まえての強い危機感もまたこれを決断させたひとつのきっかけとなっているのではないだろうか。
Federal Republic of Nepal, 601-member CA agreed
(Kathmandu Post) 
Nepal strikes deal with Maoists to abolish monarchy
(Hindustan Times)

犯罪部族と呼ばれて・・・

英領時代の1871年に制定されたCriminal Tribes Actsという法律により、当初約150の部族を、世襲的に慣習的かつ組織的に犯罪にかかわる傾向が非常に強いコミュニティとして、Denotified Tribesの指定することとなった。ひとたびこの範疇にカテゴライズされると、そのコミュニティの成員はすべて行政当局に登録することが義務付けられ、これを怠ること自体も違法行為として取締りの対象となった。
常時犯罪者予備軍として監視されることになったコミュニティ内の6才から18才の子供たちは、犯罪に走ることを防ぐために、家族から引き離されて矯正学校に収容されることもあったという。今にしてみれば、ずいぶん乱暴な措置ではあるが、その背景には各地で頻発する盗賊や追いはぎなどへの対応に手を焼いており、当時の行政側としては治安確保のためになんとか対策を練らなくてはならないという時代の要請があったのだろう。
それまで主に移動しながらの放牧により生計を立て、訪れた土地の村落での自分たちと村人双方が必要とするものを交換するなどして地域社会の一翼を担ってきた。しかし度重なる飢饉や英領下での各地道路網の整備や鉄道の大建設時代に入るなどといった世相の変化が起きたことが、彼らを社会から弾き出してしまう遠因となったらしい。交通の発達にともない、それまでより多くの物資がより迅速に国内を行き来するようになった。そのため遊牧生活をしていた彼らが、それまで地域の村落に持ち込んでいた物資が次第に必要とされなくなってくる。次第に生活の糧を失っていくにつれて、それと引き換えに犯罪に走るといった傾向があったという話は、それなりの説得力を持つものではある。
この法律は幾度かの改定を経てDenotified Tribesに指定されるコミュニティを追加していったが、インド独立後1952年に廃止されることとなり彼らは解放されることとなる。だが従前の法のエッセンスを引き継ぐHabitual Offenders Actsという新たな法律が1959年に成立し、英領時代に監視の対象となった部族たちは、その後もDNTsからこぼれ落ちてしまっているグループも多いいらしい。他の多くの指定カースト・指定部族の人々と比較した際の大きな違いは、近代化とともに定住する傾向が強まってきていると (Denotified and Nomadic Tribes)として、社会の中で疑惑の目で見られる状態が続く。その数2500万人といわれるが、6000万人に及ぶという説もあるようだ。
この中で指定カーストないしは指定部族にカテゴライズされ、それなりの社会的メリットを得ている人々は少なくないとはいえ、そのセーフティネットの網はいえ、元来は土地を所有せず定住地も持たずに移動生活を続けてきた人々であるようだ。欧州におけるジプシーもそうだが、土地にずっと長く住んでいるたちにとって、流浪の民とはどこか胡散臭く感じられる存在なのかもしれない。現在では都市部のスラムに住むDNTsも多いという。
こうした部族たちについて書かれた本はいろいろ出版されているようだ。
・The Criminal Tribes in India / S.T. Hollins / Nidhi Book Centre
・State and Criminal Tribes in Colonial Punjab: Surveillance, Control and Reclamation of the ‘Dangerous Classes’ / Andrew J. Major / National University of Singapore
・A Nomad Called Thief / G.N. Devy, / Orient Longman
・Branded by Law / Dilip D’Souza / Penguin India
こうした人々の起源はもちろんのこと、彼らが現在置かれている状況等についても関心を引かれるところである。
DNTsの中の一部族、近く予定されているグジャラート州議会選挙で同州に住むDaferというコミュニティが初めて投票するとのことで、BBC NEWSが写真入りで彼らの暮らしぶりなどで紹介している。
In pictures: Gujarat’s nomad voters (BBC NEWS South Asia)

Sangini Women’s Co-operative Society bank

半年ほど前のもので恐縮だが、こんなニュースがある。
London Gets Influx of Indian Tourists as Japanese Stay Home (Bloomberg.com)
2006年中のロンドンでの日本人観光客の支出総額が1億2300万ポンド、これに対してインド人観光客の支出が1億3900万ポンドと前者を上回ったそうだ。またこの年に同地を訪れた観光客の人数も日本人が23万人、インド人が21万人と拮抗している。
インド経済の好調さを感じさせてくれるのは、インドの都市だけではない。世界各地の様々なスポットで、インド人観光客の姿が多くなっていることもまさにその証であろう。
何もインドに限ったことではないが、右肩上がりの成長を続ける中、皆が等しく豊かになることができるわけではない。資格や学歴、能力や才能、あるいは親から引き継いだ家業などもなく、社会の底辺に生きる人たちはどうしても取り残されてしまいがちである。
インドの赤線地帯で働く女性たちもそうした部類に含まれる。あちこちに赤線地帯はあるが、とりわけムンバイーのカーマティープラーは内外に広くその名を知られている。全国各地あるいはネパールのような周辺国から出てきてこの生業で生活している人たち。この稼業に手を染めるようになった理由は人それぞれだろうが、ほとんどの場合これを望んでしているわけではなく、やむを得ず、他に選択の余地もなく日々これで稼いでいる。売春は一大産業となっており、一説によるインド全国で200万人もの娼婦がいるとも言われる。
娼婦として働く人たちも大変だが、家族とりわけ小さな子供がいるとなれば、彼女たちの両肩にかかってくる責任はとても大きい。You TubeでKamathipuraを検索してみるといくつかの映像が引っかかってくるが、園中にこの地域の学校を紹介したものがあった。古い建物の2階に入っているこの教室は公立学校ではなくプライベートなものだが、私立学校というよりも『寺子屋』みたいなもののようだ。おそらく地域で働く娼婦たちの子供たちも多く通っているのではないかと思う。
そのカーマティープラーで、娼婦たちが運営する銀行、Sangini Women’s Co-operative Society bankが成功しているという記事を目にした。
Sex workers’ bank builds dreams in Mumbai (Express India)
娼婦たちの多くは身分や身元を証明するものを持っていないので銀行に口座を開くことが難しい。しかしながら、彼女たち自身にも引退後のために貯金したり、子供の教育のため、人によっては他の商売を始める元手や家の建築資金を貯めたりといったニーズがある。貯蓄とは反対に、病気や身内の結婚といった物入りの際に、まっとうな利息で必要なお金を用立ててくれるローンも必要だ。
仕事や生活のスタイル上、組合を作るなどして結束しにくい娼婦たちだが、National Network of Sex Workersのような連帯組織があるようで、売春という職業の合法化とこれに従事する人たちの権利擁護を求めて活動しているようだ。だが果たして彼女たちが金融機関を立ち上げてこれを自ら運営していくだけのノウハウを持っているのかどうか疑問に思う人は多いだろう。上のリンク先記事を読み進んでいくと、その背景がわかる。この銀行は、PSI (Population Services International)というアメリカのワシントンを本拠地とするNGOの助けによって運営されているのだそうだ。
このケースについては、たまたま援助母体は外国の組織であるが、インド自身がNGO大国と呼ばれるほど、様々な社会活動を行なう地場のNGOは、その種類・数ともに豊富だ。もちろんこの国の政治的な自由度がとても高いため、こうした団体を結成しやすいということもあるだろうし、政党活動が盛んなこの国で、数多い政治組織の関連団体として社会の各方面で活動しているものも少なくない。
弱い立場にある人たちが力を合わせて自立の道を探るというのは非常に意義深いことである。娼婦たちによる新しい自助努力の試みが今後他の地域にも広がり、大勢の娼婦とその家族たちの生活改善の大きな助けとなれば喜ばしいことである。

ディーワーリーとラクシュミー

すでに多くのメディアで取り上げられているが、ラクシュミーという名の少女の話である。ビハール州のアラーリヤー地区で父シャンブーと母プーナムの間に、4本ずつの手足、結合した2対の脊髄、二人分の神経系統、ふたつの胃などを持って生まれた2歳の少女、ラクシュミー・タートマー。可愛らしく利発そうな表情をしたこの幼児は、これまで立ち上がることも歩くこともできなかった。
このような姿で生まれてきたのは、彼女が結合双生児であったためだが、本来この世に生を受けていたはずのもう一人は未発達のまま、彼女に身体の一部だけを残すことになってしまった。
生まれたときにその姿からラクシュミーと名づけられた彼女のことを、村ではまさにそのラクシュミー女神の化身と言う者があるいっぽう、奇異の目で見られるのみならず、見世物小屋の一座から身売りを持ちかけられるなどといったトラブルもあり、人目を避けるようにして暮らしてきた。
それでもまだ幸運が残されていたのは、彼女の存在がバンガロールのスパルシュ病院関係者の知るところとなったことに加えて、彼女の身体の組織がほぼ左右対称であること、本来彼女の身体であるべき部分に、当人に必要な臓器等が揃っていたことなどがあるという。
手術にかかる費用は病院持ちとのことだ。おそらく同病院の先端医療技術を世間に知らしめるためという目的もあるにせよ、この手術の実現は関係者たちの温かい善意と熱意あってのことであると信じることにしよう。家族に伴われてバンガロールにやってきたラクシュミーに対し、11月6日に36名の医師たちからなるチームによって、今月6日の朝8時半から翌7日の朝10時まで、実に丸一日以上に及ぶ大手術が行われた。
手術は無事成功、現在ラクシュミーは集中治療室に収容されているが経過は良好とのこと。退院後は普通の生活を営むことができる見込みだという。
おりしも世間はディーワーリーのお祝いの時期。ラクシュミー女神に因んで名づけられたこの少女とその家族に対し、同女神からの手厚いご加護がありますように!
Lakshmi stable after marathon surgery (Deccan Herald)