ビエンナーレ

コーチンに来た目的は12月から3月までという長丁場で開催されるビエンナーレ(Kochi-Muziris Biennale)。フォートコーチンの東側海岸沿いに連なる歴史的な建物で展示等が行われ、インド内外様々なアーティストたちが参加している。

絵その他の創作物には、中庭の樹木を利用してのものや来場者たちが演奏できる楽器のような作品、映像や写真など多岐にわたる。かなり遠くから来ていると思われる家族連れやカップル等も多い。こういうビエンナーレが開催されるコーチンは、なんと文化的な街なのだろうか。

こうしたアートの展示を見学するためにどこかへ旅行する、というのは私の行動パターンにはなかったのだが、アーティストの友人からこの催しのことを聞いて、普段はしないことを目的に出かけてみようと思った次第。

インドを含めた世界の様々なアーティストの作品を直に観ることができて、とても新鮮な喜びであるとともに、歴史的な建物でこれが開催されるという器の部分もたいへん良かった。

さらには私たちが普段思い描くようなアートだけでなく、シリアからレバノンに逃れて作物の開発を行う団体での仕事に従事する難民の人たち、インドのナガランドの人々の暮らしを追った作品など、短編の社会派ドキュメンタリー作品も上映されているのもまた気に入った。

主に写真と文章(及び短い動画クリップ)になるが、インドの部族地域でのマオイストへの取材で描き起こした彼らの思想、それとは裏腹に屈託のない若者たちらしい日常(多くはマオイスト影響地域で「徴兵された」若年層)も描かれているなど、見応えがあった。

アートといっても扱う幅が広かったことも、私の興味関心と重なる部分が多くて良かったと思う。

偏西風

DICE+にお試し加入。「ガザの美容室」と「ラッカは静かに虐殺されていく」を観たかったため。無料期間の2週間のみ利用する予定。入会金はなく、月額費用だけなので、今後も興味を引かれる作品があれば、ひと月だけ入るかもしれない。

「ガザの美容室」は、パレスチナ人との結婚によりガザに移住し、アラビア語に堪能なロシア人女性が経営する店とそこに集う女性顧客たちの間でストーリーが展開していく。始めから終わりまで、店内(及び店の前の道路)のみで完結する話なのだが、店内で繰り広げられる女性たちの確執と外で始まる戦闘がシンクロしていき、緊張感とスピード感に溢れる力作。

キリスト教徒の店主、店内の10人の顧客たちのひとり、敬虔な女性を除けば、誰もヒジャーブを着用せずタンクトップやブラウスなどラフな洋装の女性のみの空間。ただ画面の姿のみ眺めていると、スペインやポルトガルなど、南欧のひとコマのようにも見える。パレスチナを含むレバント地方はかつてローマ帝国の領域。後にアラブ世界に飲み込まれたとはいえ、DNA的には南ヨーロッパとあまり変わらないため、造作の似た人たちがいるのは当然のこと。人種よりも文化や言語が世界を区分するのである。

「ラッカは静かに虐殺されていく」は、ISISの「イスラーム国」首都となってしまった故郷ラッカで抑圧される同胞を救おうと国外で反ISIS活動を進めるジャーナリストたちのグループを題材にした作品。重たいテーマだが、事実をベースにしているだけに大変見応えのある作品であった。

両方ともアラビア語による作品だが、mumkin(可能)、umr(年齢)、qabzaa(占有)、maut(死)、mushkil(困難)、bilkul(まったくもって)、galat(過ち)、kharaab(悪い)、jawaab(返事)、tasveer(写真)、hamla(攻撃)、aazaadee(自由)、khauf(恐怖)、qatl(殺人)、yaani(つまるところ)等々、ごく日常的な馴染み深い語彙がたくさん出てくる。ヒンディー語にはアラビア語から入った語が多いからだ。

これがアラビア語ではなく、アフガニスタンを舞台裏にしたダリー語(ペルシャ語)映画だったりすると、ペルシャ語起源のヒンディー語彙もまた膨大なのので、耳で音を追いながら字幕を見ていると、インドにおける西方からの影響はいかに巨大かつ圧倒的なものであったかをヒシヒシと感じる。

もちろん言葉だけではなく、ヒーナー(日本語ではよく「ヘンナ」と表記される)、パルダー(男女隔離)、履物を手にして相手を叩く(最大級の侮辱表現)等々の日常的な習慣などにもごく当たり前に西方から入ったものが生きており、それは食事や建築手法などでも同様。

またアラビア語ではなく、ペルシャ式の表現として、インドのニュースで凶悪犯に対する「Saza-e- Maut(死刑)」判決の報道、道を歩けばダーバーやレストランの名前で「Sher-e-Punjb」をよく目にする。

パキスタンからの越境テロが起きると、その背後に「Jaish-e-Mohammad」や「Lashkar-e-Toiba」といった原理主義武装組織の名前が挙がる。ペルシャ語式に接尾辞「e」を所有決定子として前後の語を繋ぐことは日常ないのだが、「e」で繋いだひとまとまりの語が外来語として用いられているのだろう。

中東方面の映画やドキュメンタリーなどを見ると、様々なものを西から東へと運んだ「偏西風」のようなものを強く感じる。

DICE+

インド先住民党

カムレーシュワル・ドーディヤールさん。こういう人が選挙で当選するとは、やはりインドという国に対しては尊敬の念しかない。

いわゆる「カッチャー・マカーン(日干しレンガ造りの家)」に暮らす部族出身の男性。下働きをしながらく苦学して法律の学位を得た33歳。

これまで無所属で2度選挙戦に出馬して敗れるも、今回は9月に結成されたばかりのBAPなる政党から先住民留保枠に出馬して、国民会議派候補者、BJP候補者を抑えての勝利。以下リンク先記事は、彼が出馬した選挙区での開票結果。

SAILANA ASSEMBLY ELECTION RESULTS 2023(THE TIMES OF INDIA)

当選後の手続きのため、州都ボーパールまで手続きのために300kmの道のりをバイクで向かったのだそうだ。

BAPについては知らなかったのだが、ラージャスターンで結成された先住民のための政党。Bharat Adivasi Party (バーラト・アーディワースィー・パールティー=インド先住民党)という、いかにもな名前だが、OBCs(その他後進諸階級)やダリット(不可触民)とかなり事情が異なり、ラージャスターン、マッディャ・ブラデーシュにおいては先住民たちの政治的な横のつながりはあまりなかったので、今後さらに勢力を増すと良いかもしれない。ちなみに同党は、今回のマッディャ・プラデーシュの州議会選では3議席を得たとのこと。

Madhya Pradesh MLA Delivered Tiffins To Fund Law Degree, Lives In Mud House (NDTV)

こちらがインド先住民党のHP。連絡先メルアドがGメールというのは、いかにも急造政党らしいところだが、今後も注目していきたい。現在までのところ、ラージャスターン、マッディャ・プラデーシュ、グジャラート、マハーラーシュトラの4州で活動しているらしい。

Bharat Adivasi Party

インド版文革進行中

イスラーム支配やムスリムの歴史や文化に因んだ歴史的な地名がどんどん変えられていく。

「アリーガル(アリーの砦)」が「ハリガル(聖なる砦)」へ。イスラーム教徒による影響はなかったことにしようと、どんどん進んでいくのは地名改名に限らない。

学校のテキストからはムガル朝に関する記述は消え、マイノリティー(ムスリム)を擁護する政治は「トゥシティーカラン(甘やかし)」と非難。イスラーム教徒がヒゲを伸ばせば「カッタルパンティー(原理主義過激派)」呼ばわりされたり、凶悪事件でムスリムが犯人だと「イスラーム教徒が」という部分か強調されて報道されたりする。社会総がかりのムスリム叩きにも見える。ある意味、「インド版文化大革命」が進行中とも言えそうだ。かつて中国で旧体制関係者や地主階級など旧支配層が吊し上げられたように、インドではイスラーム的なもの、それに連なるものが叩かれる。世界最大級のムスリム人口(2億人超のインドネシア、1.7億人のパキスタンに次ぐ3位で1.7億人前後のインド)を抱える国であるだけに、今後の成り行きも気にかかる。

しかしムスリムやクリスチャンなど外来の信仰に対して非寛容であるのとは裏腹に、スィク教、仏教、ジャイナ教等のインド起源の信仰コミュニティーとは非常に親和性が高いこと、北東州のアッサムやマニプルなど、マジョリティーとはかなりカラーの違うヒンドゥー文化とも何ら問題なく融合していく「ヒンドゥー至上主義」のありかたには「寛容の国」らしい懐の広さも感じられるが、これはセクト主義とも教条主義とも異なる幅広い「インド的なるもの」の再構築を目指す政治運動であるからなのだろう。

その「インド的なるもの」のタテヨコの幅があまりに広いため、他所の国での「国粋主義」「右翼思想」とは比較にならないほど、緩やかかつ寛やかなものであるとも言える。それがゆえに、その「ヒンドゥー至上主義」の網の中に収まる多くの人たちにとっては、何ら窮屈さも不快さも感じることがない。イスラーム教やキリスト教の原理主義と異なり、人々の生活を縛るものがなければ、西欧化されたライフスタイルを否定するわけでもないし、お寺参りを強要することもない。ただサフラン色の旗印を笑顔で眺めながら、「ジェイ・シュリー・ラーム(ラーマ神の栄光を)」などと唱えていれば、それで良し。

それでいて汚職が比較的少なく、経済に明るく、為すべき施策をどんどん進めてくれる実務に優れた政権(BJP政権)が支持されるのは無理もない。

だがそれでも懸念されるのが政権のムスリム(及びクリスチャン)に対する冷酷な扱いである。

From ‘Aligarh’ to ‘Harigarh’: Uttar Pradesh Continues Its Name Changing Spree (THE WIRE)