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  • ビエンナーレ

    ビエンナーレ

    コーチンに来た目的は12月から3月までという長丁場で開催されるビエンナーレ(Kochi-Muziris Biennale)。フォートコーチンの東側海岸沿いに連なる歴史的な建物で展示等が行われ、インド内外様々なアーティストたちが参加している。

    絵その他の創作物には、中庭の樹木を利用してのものや来場者たちが演奏できる楽器のような作品、映像や写真など多岐にわたる。かなり遠くから来ていると思われる家族連れやカップル等も多い。こういうビエンナーレが開催されるコーチンは、なんと文化的な街なのだろうか。

    こうしたアートの展示を見学するためにどこかへ旅行する、というのは私の行動パターンにはなかったのだが、アーティストの友人からこの催しのことを聞いて、普段はしないことを目的に出かけてみようと思った次第。

    インドを含めた世界の様々なアーティストの作品を直に観ることができて、とても新鮮な喜びであるとともに、歴史的な建物でこれが開催されるという器の部分もたいへん良かった。

    さらには私たちが普段思い描くようなアートだけでなく、シリアからレバノンに逃れて作物の開発を行う団体での仕事に従事する難民の人たち、インドのナガランドの人々の暮らしを追った作品など、短編の社会派ドキュメンタリー作品も上映されているのもまた気に入った。

    主に写真と文章(及び短い動画クリップ)になるが、インドの部族地域でのマオイストへの取材で描き起こした彼らの思想、それとは裏腹に屈託のない若者たちらしい日常(多くはマオイスト影響地域で「徴兵された」若年層)も描かれているなど、見応えがあった。

    アートといっても扱う幅が広かったことも、私の興味関心と重なる部分が多くて良かったと思う。

  • RRR鑑賞

    RRR鑑賞

    ヒンディー語映画好きな私ではあるが、そのいっぽうで南インド映画もオーバーアクションな作品もほとんど観ないのだが、ヒューマントラスト渋谷で鑑賞したテルグ語作品「RRR」の重厚感ある造りとともに、作品中で幾度も展開されるどんでん返しにすっかり圧倒された。

    息つく暇もないパワフルなストーリーがどんどん進んでいき、派手なアクションシーンとともに体力も消耗した気がする。面白い作品であった。

    しかし不思議に思われるのは、なぜ今の時代になって反英ストーリーなのか?

    かつても植民地時代を描いた作品はいくつもあったが、民族自立への大義、志士への共感であったり、独立指導者たちと英国当局トップとの駆け引きであったりというものが多かったように思う。

    植民地時代を経験した世代には、英国統治への畏敬の念の記憶とともに、分離独立後前後の混乱、独立後長く続いた低成長時代への不満等もあったためか、インドを統治した英国人たちを、とんでもない人でなしと描写するものはあまりなかったように記憶している。

    北米内のように英国をはじめとする欧州から入植者たちがどんどん押し寄せて開墾しながら現地の人々を外へ外へと追い出していくような具合ではなく、数少ない英国人たちが多くの現地の人々を雇用したり登用したりして築いていったのが英領インド。この映画で描写されるように現地の人たちをすぐに殴ったり足げにしたり、上層部はすべて英国人でインド人たちはみんな下働きという社会でもなかった。

    反対に、舞台として設定されている1920年代には、それまでに英国がインドでの人材育成に力を入れてきた甲斐もあって、多くのインド人たちが高級官僚、裁判官、文化人、起業家などとして社会に台頭していた。

    これとは逆に鉄道技師、クルマのエンジニアといった現業部門に従事していた英国人たちが、インド人上司の指示のもとでせっせと働くという場面はごく当たり前のものであったし、英国が間接統治していた藩王国で雇用されていた英国人等の欧州系の人々もあった。安定した生活を送ることが出来るとも限らず、両親がともに病や事故で倒れて孤児となる英国人、欧州人の子供たちも少なくなかった時代でもある。

    つまり英国人の圧政に汲々とするインド人というような単純な構図ではなかったのである。英国人だからということだけで社会上層部にいられるはずもなく、インド人であるからといって下働きに甘んじなければならない社会でもなかった。世の中というのはそういうものだ。

    あくまでもフィクションの娯楽映画ではあるものの、このような調子で英領時代を描く作品が続くと、総体的に人口構成が若いインド人たちの間で、自分たちの知らない往時のことが、ずいぶん捻じ曲げて解釈・理解されてしまうような気がする。たぶんこのような形でも「歴史の書き換え」がなされてしまうのだと思う。

    映画『RRR』本予告 10/21(金)公開(Youtube)

  • 共和国記念日の閉門式

    共和国記念日の閉門式

    常時行われているアッターリー・ワガー国境の閉門式だが、昨日1月26日は共和国記念日のためもあり、ひときわ盛況だったらしい。

    両国ともとりわけ見栄えのする精悍屈強な風貌と体格の衛兵たちを取り揃えている。間近で彼らを見たことがあるが、普段滅多にみかけない190cmから200cm級と思われる大男ばかり。

    昨日この中継録画を国営放送ドゥールダルシャンのニュース番組で観たが、最近は女性もいることにさらに驚いた。男性たちよりやや小柄だがそれでも180cm超かと思われる。整った風貌と長い手足でアスリート的な体型をした女性衛兵たち。このあたりになると、市中では目にすることは皆無なので、どうやってリクルートしているのか?とも思う。

    便宜上「衛兵」と書いたが、彼らは軍人ではなくBSF(国境警備隊)のスタッフであり、広義の警察組織の一部。

    閉門式では両国ともスタンドに「応援団」みたいなのがいてシュプレヒコールを叫ぶ。両国ともに衛兵たちが相互に調和の取れた動きを展開して、最後に門を閉める際に最前線の両国衛兵が短い握手を交わして終わる。

    Watch Beating Retreat Ceremony: Attari-Wagah Border | Republic Day 2023 (Republic World)

  • ドーハの歓喜

    ワールドカップのグループリーグE組の日本vsドイツの一戦、誰もが予想していなかった日本による後半の電光石火の2得点による逆転勝ち。大会の優勝候補筆頭格を相手に、日本におけるサッカー史上最大の金字塔を打ち立てることとなった。

    ワールドカップに出場していない国でもワールドカップへの注目度は高く、南アジアでもとりわけバングラデシュ、そしてインドの東北部、西ベンガル州、カルナータカ州、ゴア州、ケーララ州など、サッカー人気の高い地域では熱も上がるが、このたびの日本のドイツが相手の勝利については、その前日にサウジアラビアがやはり大変有力な優勝候補の一角であるアルゼンチンに対して逆転勝ちを演じたのと同様に、驚きを持って報道されている。

    Germany vs Japan Highlights: A World Cup of upsets – Japan stun Germany 2-1 with late strikes (THE TIMES OF INDIA)

    World Cup: Japan bank on ‘insider’ knowledge (The Telegraph)

    FIFA World Cup Germany vs Japan: फीफा वर्ल्ड कप का दूसरा उलटफेर, जापान ने 4 बार की‌ चैम्पियन जर्मनी को हराया (AAJTAK)

    思えば今から29年前、1994年10月にこのドーハでアメリカワールドカップ・アジア地区最終予選の最終節、対イラク戦で2-1とリードして迎えた後半のロスタイム、コーナーキックからの得点で2-2に追いつかれて引き分けたことにより、勝点でイーブンであった韓国に得失点差で下回ったことからグループ3位となり、ワールドカップ本大会行きを逃すという惨劇が起きた。

    まさにそのピッチ上で中盤選手としてプレーしていたのが現在日本代表を指揮する森保一監督。「悲劇」から30年近い年月を経て、このドーハの地で「歓喜」を演出したことに、因縁めいたものを感じる。

    世界のトップクラスの代表を下すという歴史的な出来事となったが、目標へ到達するための通過点のひとつ。日本代表の次の試合は11月27日のコスタリカ戦、そして12月2日には、今大会の最強チームではないかと思われるスペイン代表とのゲームが控えている。グループリーグE組2位の位置を確保して、決勝トーナメントへ進出し、悲願のベスト8を達成できるよう期待したい。

  • BHARAT JODO YATRA (インドを繋ごう!行脚)

    BHARAT JODO YATRA (インドを繋ごう!行脚)

    インドの政治のデモンストレーションには、単なる往来でのデモンストレーション以外にダルナー(座り込み)、ハルタール(ゼネスト)、ブーク・ハルタール(ハンガーストライキ)等々の手法があるが、最も準備と覚悟が必要なものは「ヤートラー(行脚、行進、旅)」だろう。

    本来、ヤートラーは「アマルナート・ヤートラー」「チャールダーム・ヤートラー」等のように聖地を巡礼したり歴訪したりする宗教行為だが、政治におけるヤートラーは各地を歴訪して支持を訴えながら、そして賛同する人たちを巻き込みながら進んでいく政治行脚となる。これは聖地巡礼と同様、基本的に「パド・ヤートラー(Pad Yatra)」となり、長期間に渡る徒歩での移動となるため、これを実施する場合には周到な準備と断固たる覚悟が必要だ。

    斜陽の国民会議派がこのたび「バーラト・ジョーロー・ヤートラー (Bharat Jodo Yatra)=インドを繋ごう行脚」、をスタートさせた。明らかに植民地時代にマハートマー・ガーンディーが率いた「バーラト・チョーロー・アンドーラン(Quit India Movement)」を意識したものだ。後者は英国に対してインドを放棄するように求める行脚であったのに対して、今回のものは、「インドに憎しみと分裂をもたらす政治(BJPによる)に反対して、インドのコミュニテイーや地域をしっかり繋いでいこう」というもの。ヤートラー(行脚)を主導するのはラーフル・ガーンディー。全行程てこれを率いるとみられており、彼とその側近がこのヤートラー(行脚)の核となり、総勢120人から150人程度とみられる。

    すでにカニャークマリーをスタートしているが、これから12の州を通って終点はカシミールのシュリーナガルまで。150日間つまり約5カ月かけて、タミルナードゥのトリバン、コーチ、ニーランブル、カルナータカのマイソール、ベーラッリー、ラーイチュル、テーランガーナーのヴィクラーバード、マハーラーシュトラのナーンデール、ジャルガーオン、ラージャスターンのコーター、ダウサー、アルワル、UPのブランドシェヘル、デリー、ハリヤーナーのアンバーラー、バンジャーブのパターンコート、J&Kのジャンムーといったところが主な経由地で、最後はスリーナガルで行脚を終える予定。距離にして3,570kmという壮大なものだ。

    こうしたヤートラーがどんな効果を生むかといえば、インド現代史においては大きな役割を担ってきたといえる。ガーンディーが幾度となく繰り返したヤートラーで、それまで存在しなかったと言える「我らインド人」というナショナリズムを醸成させて独立へと向かう大きなうねりとなっていった。

    大きく時代が下ってからは1990年9月から10月にかけて実施されたラーム・ラト・ヤートラー(ラーマの神輿の行脚)の影響力は凄まじかった。当時は小政党だったBJPが初めて率いた本格的なヤートラー(行脚)だ。このヤートラーは社会に大きな影響を与え、それまで政治的には取るに足らないちっぽけな存在だったサフラン色のヒンドゥー右翼の魅力へ人々の注目が集まるとともに、1992年に起きた「ラーマの生誕地」に建っているとされるバーブリー・マスジッド破壊事件へと雪崩れ込んでいく。

    アーヨーディヤーのラーマ生誕地に「ラーマ寺院を再建させよう」という呼びかけにより、それまでは中道左派の国民会議派とそれに対する左派及びその他民主派による綱引き、つまり左寄りの勢力によるパワーゲームであったインド中央政界に、突然「ヒンドゥー右翼」という大きな極を生み出した。それは爆発的な勢いで拡大していった。あたかも地軸が一気に飛んで、熱帯が北極南極になるような、そうした極地が熱帯になってしまうような、大きな変化を生んだのがこのヤートラーだった。ここから10年も経たない1998年にはBJPを筆頭とするNDA(という政治アライアンス)が誕生し、5年間の任期を全うするまでになった。80年代まで大きな中道左派政党(国民会議派)と左派政党が覇を競いあっていた中央政界が、ごくわずかの期間で極右vs中道左派+左派の対立構造になるという、まるで別の国になってしまったかのような激しい変化を生むきっかけとなったと言える。

    サフラン色のヒンドゥー右翼勢力による「我らヒンドゥーが主役」というスタンスの「右傾化」については、いろいろ評価の分かれるところだが、この「我らが主役」というスタンスは各方面に及んだ。それ以前は社会の様々なセグメントを大きな樹木のような国民会議派、あるいは左派政党、はてまたその他の民主派政党が代弁するという構造から、そうしたコミュニティー自身が「我ら地域の民族政党」「我らカーストの政党」「我ら部族の政党」「我らダリット(不可触民)の政党」etc.が立ち上がり、あるいは既存の政党がそのように衣替えするといった具合に、大きく包括的な政党任せではない独自の政党を持ち、合従連衡する傾向が強くなっていった。

    その結果として、やはり「数こそが力」であるわけで、政界におけるブラーフマンやタークル層のプレゼンスは大きく低下し、数的規模で勝る「OBCs(その他後進諸階級)」に加えて、それまでは数を自分自身たちの中に集結する術を持たなかったダリット、部族が自らの政党を構成して強い力を奮うようになった。州の分割により、たとえばジャールカンドのような部族がマジョリティを占める州になると、州政界では「部族でなければ人ではない」とでも言わんばかりに部族出身者が統治する世界に変貌していくこととなった。

    そんなわけで、サフラン化と表裏の関係にある「我らが主役主義」の機運が高まったことにより、結果としてさらなる民主化と大衆化が進行していったとも言えるとともに、そうした機運を高める大きなきっかけのひとつとなった。BJPだが、インド国外では「昔ながらのヒンドゥーの価値観への復古」と誤解している人たちは少なくないが、実はカーストのヒエラルキーとは無縁のニュートラルな組織だ。現在首相を務めるモーディー氏にしてみたところで、OBCs(その他後進諸階級)の中の「テーリー(油絞りカースト)」という出自なのだから、復古主義とは異なる新たに創出されたポピュリズムに基づく政治であることは明白だろう。伝統的に支配階層がリードしてきた国民会議派とは大きく異なるし、共産党のように大衆運動を標榜しつつも、中核となる政治局員は高学歴で家柄も良い「知識階級が支配してきた共産主義運動」のほうが、よほど「保守的で昔ながらのインド」に見えてしまうのだ。

    ヒンドゥーのみならず仏教、ジャイナ教、スィク教徒等を含めたインド起源の宗教の信徒たち、そしてこれまではインド政治の周縁部に位置して長らく国民会議派の地盤でもあったチベット仏教徒たちのラダック地方、そして中央政界への反発も強かった北東部にも広く浸透を見せるなどの広がりを見せているなど、その懐の深さも特筆すべきだ。その反面でムスリム、クリスチャンといった外来の信仰を持つコミュニテイーへの冷淡さと敵視を問題とする向きも多く、政治の分断を進めているという批判も多い。

    さて、今回のBharat Jodo Yatraだが、インド独立以来最大にして最長のヤートラー(政治行脚)となるものとみられるが、これが同国の政治の流れを力強く変えるきっかけとなるのだろうか。BJP陣営は、このヤートラーについて様々なレベルでこれを非難する声明を出すなど、強く警戒していることは間違いないようだ。

    しかしながら国民会議派党内をしっかりと繋ぐことが出来ずにいるラーフル・ガーンディーに、人望も人気も高くない彼がこの重責を担うことができるのかということについては、この際おいておこう。このようなヤートラーを敢行するからには、相当な覚悟と自信があるはずだ。一行が目指す「近未来の自分たち像」は、「21世紀のマハートマー・ガーンディー」と「現代のジャワーハルラール・ネヘルー&サルダール・パテール」か。

    それにしても、私たちからしてみると、国会議員たち、州大臣や州議会議員たちが政務を放り出して「半年の行脚に出る」なんて・・・と思ったりするのだが。

    近年、というよりもインド独立後、これほどロングランのヤートラーは聞いたことがないので、国会会期中、州議会会期中に彼らはどうするのか、一時的に中断して会議にでるのか、それとも放棄してヤートラーに注力するのか、野次馬的な関心もそそられる。

    国民会議派による特設サイト「Bharat Jodo Yatra(インドを繋ごう行脚)」

    Shri Rahul Gandhi flags off and joins Bharat Jodo Yatra in Kanyakumari.(カニャークマリーからヤートラー開始時の様子)

  • 米軍が去ったカーブル空港

    米軍が去ったカーブル空港

    インドの放送局による「米軍撤退直後のカーブル空港」報道クリップがYoutubeでシェアされている。

    きちんとした軍の戦闘服を着用しているのは、ターリバーンの313部隊というコマンドー集団とのこと。伝統的ないでたちでないところが、いかにもちゃんと訓練されたプロ兵士という感じがする。「孫にも衣装」といったところだが、外国メディアに撮影させてオンエアしてもらうことにより「意外と近代的だ」というイメージ構築の意図もあるかもしれない。空港に残された戦闘機やヘリの類は、米軍発表によると「無力化済みである」とのことだ。

    ターリバーン側によると、可能な限り早い時期に近隣国、とりわけイラン、カタル(「カーブル」であって「カブール」ではないように、本来は「カタル」であって「カタール」ではない。こんなこと言っても切りがないが)とのフライトからでも再開したいとのこと。

    アナウンサーは「ターリバーンが占拠した」と言っているが、見出しには「テロリストたちが占拠した(आतंकियों ने किया कब्ज़ा)」と出ていることから、少なくともこの局はターリバーンについて、そのように考えているのだろう。(一般的にインドメディアの大半もインド政府も同様の考えかと思う。)

    米軍が去ったことを祝い、ターリバーンの兵士たちが空に立て続けに撃っている映像もあり、「いくつものマガジンを空にしている」そうだが、空に無数に撃てば、その数の弾丸がいつか落ちてくると思うのだが、それが当たって死んでしまうということはないのだろうか?アフガニスタンではないが、インドのビハールなどでも、結婚式の際に空に向けて祝砲を撃つというようなことはよく聞くが、こういうのは怖い。

    काबुल एयरपोर्ट में घुस गया तालिबान, स्पेशल फोर्स यूनिट बदरी 313 के आतंकियों ने किया कब्जा (INDIA TV)

  • インディア・トゥデイ五輪特集

    インディア・トゥデイ五輪特集

    空前のメダルラッシュのインド。2012年の北京五輪での6個を超える7個のメダル獲得により五輪史上通算で35個目となった。7個のうち3個は女子のバドミントン、重量挙げ、ボクシングによるもの。今週のインディア・トゥデイでは、その関係の特集が組まれている。インドスポーツ界が今後なすべきことなどについての分析。同様に「メダルラッシュ」とはいえ、人口規模から見ると、実は五輪強国とは比較にならない低調ぶりであることについての指摘も。

    なにしろ今回の東京大会だけで、米国は113個、中国は88個、日本は58個、イギリスは65個、ロシア(ロシアオリンピック委員会)は、71個ものメダルを獲得している。それに較べると、インドがこれまで参加してきたすべての夏季五輪でわずか35個というのは、あまりに少ない。ちなみにこれまでインドは冬季五輪ではひとつもメダルを獲得していないからだ。クリケットを除いたインドのスポーツ界は、まだこれからであると言える。

  • インドに通算29個目にメダルをもたらした女子重量挙げ選手

    インドに通算29個目にメダルをもたらした女子重量挙げ選手

    東京五輪開幕まもない7月24日、女子重量挙げで銀メダルを獲得したミーラーバーイー・チャーヌーはマニプル州インパール出身。私たちと似たような顔立ちのモンゴロイドの人たちが暮らす州。男女ともに総じて小柄で、私ものような中肉中背、171cmの者が訪問しても「大柄」ということになってしまう。やや大袈裟に言えば、ガリバーになったような気がするのがマニプル州だ。

    ひとつの大会で60個くらい獲得してしまう中国と雲泥の差ということになるが、インドの五輪出場史において通算29個目のメダルという輝かしい名誉である。

    以前訪問した際にカルカッタから空路でインパールに入ったのだが、機内に揃いのジャージで小柄ながらもガッチリした女性たちの一団があったが、翌日の新聞で写真入りで「遠征していた重量挙げ選手たちが凱旋」とあった。前日機内の人たちであった。

    マニプル州の民族の国技と言ってよいほど普及しているというわけではないようだが、インドの女性重量挙げ選手たちの出身はこの州に集中しているため競技への認知度は高いようだ。

    また、これまで各種国際大会でメダルを多数獲得してきて、もう40歳にも近いのに今回も五輪に出場している女子ボクシング界のレジェンド、メアリー・コムの影響もあり、インドの女子ボクシング軽量級はマニプル州の独壇場だ。中量級以上を支配するパンジャーブ州、ハリヤーナー州と双璧を成している。

    インドのスポーツ界は地域性が強い傾向があるが、もともとクリケット、テニス、ホッケー以外の競技については、とくに女性たちの間で普及度が低いこと、そしてその背景には社会的、文化的要因もあったようだが、経済発展がもたらしている社会のゆとりが広がることにより、今後はさらにもっと多くの才能が各地から出てくることもあるだろう。スタート地点が低いだけに今後の伸びしろは、膨大な人口とその多くを占めるのが若年層ということもあり、たいへん期待できそうだ。

    Tokyo Olympics 2020 Day 1 Highlights: Mirabai Chanu wins silver, opens India’s medal account (The Indian EXPRESS)

    蛇足ながら、一昨日、インドの五輪の歴史で29個目のメダルを獲得したマニプル州のミーラーパーイー・チャーヌーに、ドミノピザが「ピザを生涯無料」のプレゼントを提供とのこと。

    本人は昨日午後にデリー空港に帰着。ほんの3日前に開会式があったばかり。しばらく東京に滞在して楽しんだら良かったのに、と思うけど、トップアスリートはそんなヒマではないのかもしれないし、派遣している協会も参加種目が終了した以上、そんなお金は使えないのかもしれない。

    Domino’s to offer free pizza for life to Olympic medallist Mirabai Chanu (Business Standard)

  • 五輪の歴史の中でインドが獲得してきたメダル数は?

    いよいよ昨日7月21日から一部種目の競技が始まり、明日23日に開会式が行われる東京五輪。

    Tokyo Olympics 2021, Full India Schedule: Events, Dates, Times, Fixtures, Athletes (THE TIMES OF INDIA)

    上記リンク先は、インド選手たちが出場する競技の一覧。女子のカヤックと同じく女子の水泳は、インドから初参加の競技・・・と書くと意外かもしれないが、それよりも「意外!」に謂われるかもしれないことは、五輪の歴史の中でインドが獲得したメダル数(色は問わず)は、通算でわずか28個しかないことだ。2012年のロンドン五輪ではボクシングなどで合計6つのメダルを獲得したことは、インド史上初、空前の快挙であったのだ。

    ちなみにこの「通算28個」というのがどういう数字であるのか、リオ五輪での主要国のメダル数と比較すると、その少なさがよくわかる。米国121個、中国70個、ロシア56個、日本41個、韓国21個であった。これらの国々がたったひとつの大会でこれだけ獲得しているのに、人口13億のインドが「すべての大会分合計して28個」なのである。人口規模で拮抗する中国は世界有数のメダル獲得王国であることと較べると、実に対照的だ。

    これにはもちろん理由がある。五輪を国威発揚の有効な手段とする社会主義国を除けば、五輪の世界は「先進国クラブ」であった(現在もそういう傾向は強い)ため、あまり縁のないものであったこともあるが、インドでクリケット以外では、国際的なレベルの選手たちが出にくい環境であったこともある。庶民の関心の対象がほぼクリケット(東部や南西部など、一部においてはサッカーも)に限られること、それ以外のスポーツで身を立てるということがかなり狭き門となっていることには、やはりスポーツの価値への認知度があまり高くないという文化的・社会的な要因も大きいように思う。

    それも2,000年代に入ってからは、かなり大きく変わりつつあるようだ。クリケット以外の分野でも、人々が豊かになるにつれて、健康への関心も高まり、スポーツを楽しむ人々が増えてきていることが裾野を広げているとともに、体育施設の拡充、各種競技の協会が先導するナショナルレベルの選手たちの強化への取り組みも強化されているようだ。近年、陸上競技、レスリング、ボクシング、重量挙げ、テニス、バドミントンなどの国際大会で活躍するインド選手が増えていること、五輪でもメダル獲得者が出ていることは、その現れだろう。

    女子スポーツについては、地域的にかなり偏りのある分野もあり、陸上競技といえばパンジャーブ州、ボクシングといえばパンジャーブ州、ハリヤーナー州か北東のマニプル州、重量挙げならばこれもマニプル州というように、頂点を占める選手たちの分布が極端に集中している種目がある。母体となる競技人口そのものに大きな偏りがあるのでは?と想像するに難くない。(おそらくそうだろう。)

    これまでが大国にふさわしくない低い水準にあったインド、今後の伸びしろは大きいはず。東京大会での飛躍を期待したい。

    しかしながら気になるのは新型コロナの感染状況。7/20時点でインドの1日の新規感染者数は3万8千人余り。いっぽう日本では3,758人であった。インドの人口は日本の約10倍であるため、人口当たりで比較した新規感染者数の規模はほぼ同じだ。インドは「第2波」の収束方向にあり、いろいろ規制等を緩和していく中での下げ止まりといった具合で、日本は「第5波」がまさに爆発しようかという状況。そんな中での五輪開幕だ。とても喜べるような状況にはないことがとても残念であるとともに、大会と「第5波」の行方がとても気がかりである。

  • 東京五輪特集

    東京五輪特集

    インディア・トゥデイ2021年7月21日号

    こちらはインディア・トゥデイ7月21号。今号の特集は、今月23日に開幕する東京五輪出場のインド人選手たち。

    私たちにとっては「こんな時期に正気の沙汰ではないオリンピック」だが、ベストを尽くしてこの大会まで自身のコンディションを上げてきた選手たちには罪はない。出場選手たちが最高のパフォーマンスを発揮できるように祈るとともに、1年の延期というたいへん厳しい試練を乗り越えてきたアスリートたちを心から応援したい。

    もちろん応援できるのは、テレビ画面その他のメディアを通じてのみ、ということになるが。せっかく日本で開催されるにも関わらず、地元との交流がほとんどないのは、もちろん仕方ないとはいえ当然残念。

    次に開催される五輪は、このようなケチがつくことなく、誰もが気持ちよく楽しめる、そして選手たちが地元と交流も行なうことができる、本来の平和の祭典であることを信じたい。

  • コロナ禍におけるラト・ヤートラー

    コロナ禍におけるラト・ヤートラー

    7月12日はオリッサ州のプリーのジャガンナート寺院の大祭で、巨大な山車が引きまわされる「ラト・ヤートラー」が行なわれた。

    コロナ禍での開催ということで、山車をけん引するコロナ検査陰性の者以外は参加不可とのことで、当日は外出禁止令が敷かれたため、一般の参拝客の姿はない。

    各ニュース番組等のメディアで中継されていたが、次の映像は国営放送ドゥールダルシャンの映像でYoutube配信されたもの。昨日はライブ配信であったが、現在は録画されたものを閲覧できるようになっている。

    寺院内では、それなりに密な感じだが、敷地外の誰もいない大通りで山車が引かれる様子は異様だ。来年は、従前と同じ環境で実施することが可能になっていることを祈りたい。

    以下の映像は2019年のものだ。今年のそれが、いかに例年と異なるものになっているかが、よくわかることだろう。

  • 金メダルをインドにもたらすか? 東京五輪出場のヴィカース・クリシャン

    インドから3度目の五輪出場となるヴィカース・クリシャン・ヤーダヴ。インドのボクシング界の至宝と呼ばれ、メダルへの期待が大きい選手。インドの男子ボクシングといえば、ハリヤーナー州のビワーニー地区が有名だが、やはりこの人もそこで強くなったそうだ。

    特徴的なのは、「明日のジョー」みたいな具合で頭角を現すボクサーが多いインドで、この人の出身は中流家庭で物質的な不足はなく、経済的に恵まれた環境に育ったらしい。裕福な男子が早いうちから高いレベルのトレーニングを積んで、世界レベルで闘うというエリートコースがすでにインドのボクシング界でも出来上がりつつあるのかもしれない。

    ヴィカースが、東京五輪でもっとも良い色のメダルを得て表彰台の頂点に立ち、ジャナガナマナが流れる様子をテレビで観たいものだ。

     

    https://youtu.be/DDuBjICMlDY