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カテゴリー: IT

  • Chromebook

    Chromebook

    これまで愛用していたタブレットが、とても鈍くなり、突然アプリが落ちたり、画面はフリーズしていないのに、操作ができなくなったり、指紋認証あるいはPINでの画面ロック解除ができなくなったりと、ダメになってきた。そろそろ後継機必要と、いろいろ検討。

    当初は似たようなタブレットを購入するつりだったが、タブレットの近くの売り場では、画面の見た目はAndroidとほぼ同じASUS製の10.5インチのChromebook (CM300DV)が展示されていた。

    タブレットとPCの中間みたいな位置づけとのこと。アプリはGoogleストア、あるいはChromebookストアからアプリを入れる。感覚はAndroidのタブレットと変わらない。縦置きしても画面を反転できないモデルもあるので、購入時にこのあたりは要確認である。Android端末で利用できても、Chomebook端末では使えないアプリも一部あるようだが、そのあたりは目をつぶることにする。

    それ以外に異なるのは、最初から当然の装備としてキーボードが付いていること。Androidのタブレットもそうした装備の用意がある機種もあるが、それらに出来の良くない日本語IMEを入れて使うのと異なり、Chromebookでは、普段使っているPCと同じ感じで使えるのが良い。オフィスソフトの代わりにGoogleのドキュメントを使えばいいし、タブレット兼簡易版PCという具合か。キーボードは外して持ち歩いてもいいし、付けたままでも薄いので邪魔というほどでもない。

    旅行に持参する端末としても、なかなか良いように思う。

    見た目はマイクロソフトの「Surface」みたいだ。
    背後からはこんな具合
    縦置ではこのような感じ
    折りたたむとこのようになる
  • KING JIMのポメラ

    旅行の際、スマホにbluetooth接続してテキストを入力できるキーボードあるいはノートPCを持参している。前者だと荷物の軽量化に利があるが、取り回しはよくない。キーボードから「かな入力」できるIMEがあまりよくないので、変換のもたつきにイライラしたりすることは少なくない。ノートPC持参の場合は快適だし、撮影した画像データも宿に戻る夕方以降、どんどんバックアップできるので助かる。ただしPCはそれなりの重量があるし、盗難や紛失の際に厄介でもある。いずれも一長一短といったところだ。

    そこで2008年に登場したKING JIMのポメラも候補で考えたことがあったが、初期のものはかなりチャチであったし、折りたたみ式キーボードというのもあまり好きではなかった。その後いくつかの後継機が出て、2016年に発売されたDM200というモデルが、モノとしては非常に気になっているのだが、購入には踏み切れなかった。「ワープロ専用機」が現在4万円弱という価格(ヨドバシカメラ等量販店)は、どうも手を出しにくい。キーボード付きのChromebookを購入できる金額であるからだ。ただし重量はポメラが580gに対して、こちらは1kg前後と倍にはなるが、ワープロとしての単機能のポメラに較べてはるかに使いではある。

    しかしながら2008年にこうした形で発売されて、モデルチェンジのサイクルも長く、現行モデルであるDM200は、2016年に発売されているので、今年2022年で7年目に入るロングセラーである。そんなに沢山売れるものではないが、文章作成専用機として強く支持されているのだろう。唯一無二の機器であるため、価格崩れもなく現在に至っている。

    タブレットを買い替える時期が来たら、Chromebookにするか、それともポメラを購入するかと思案中。

  • Googleマップは賢い

    Googleマップは賢い

    昔、各地の土地の名前や街なかの名前の正しい読みを確認したくて、デーヴァナガリー文字の地図を集めたことがあるが、今はスマホの言語設定を変更するだけで簡単に見ることができる。非デーヴァナグリー圏の地名も設定した言語で確認できるのも良い。

    さらには中文に設定すると、インド各地の地名がどう綴られるのかも眺められて楽しい。繁体字にすると、単に簡体字から繁体字に変換されるだけなのか、それとも大陸と台湾でのインド地名表記のブレ(・・・があるのかどうかは知らない)が反映されるのかということにもかすかな興味が飛ぶ。ときに誤記もありそうだが、概ね合っているのだろう。

    また同じナーグリー文字でもヒンディー語設定とマラーティー語設定で、インド各地の地名表記にズレはあるのか、あるいは「デリー」がヒンディー語では「ディッリー」であるのに対してウルドゥー語では「デーヘリー」となるように、インド国内の他の地名でもヒンディー/ウルドゥーで異なるものはあるのかなど、いろいろ頭に浮かぶものはある。

    だが、そんなことにハマりこんでしまうと、向こう数時間くらい夢中になってスマホとタブレットを並べていじり回すことになりそうなので、このあたりにしておこう。

  • GNT (Good News Today)

    GNT (Good News Today)

    常々、前向きで楽しく、人々が元気になるニュースばかり流す「ハッピーニュース・チャンネル」のようなものがあれば良いのにと思っていた。

    巨大地震のような災害のときにも、新型コロナウイルスの流行が頂点に達してにっちもさっちもいかないときでも、そういう苦境で人々を救うべく奮闘している人たちや回復して元気になった人たちなどの姿もある。もちろんそうした状況とは関係なく、明るい話題というものは常にそのあたりに転がっているはずだ。ただ、何か大きなことが起きると、そうしたポジティヴな話題にスポットライトが当たらなくなってしまう。悪いことが起きると、畳みかけるように様々なチャンネルで繰り返し報じられて、気が滅入ってしまう思いをした人は多いだろう。繰り返し映像で流れるアメリカのツインタワーの崩壊シーンであったり、日本の東北で起きた津波の様子であったりといったものはその典型であった。

    「ハッピーニュース」の需要はインドでも高かったようで、今年9月から、インドのIndia Todayグループのニュースチャンネル「AajTak」に姉妹番組「Good News Today」が加わった。前者はご存じのとおりインドや世界のニュースを人々に伝えるヒンディー語のニュース番組だが、このたび開始された後者は、まさに私が夢想していた「ハッピーニュース・チャンネル」そのものといった構想で開始されたものだ。いずれもインドでオンエアされているものが動画配信されており、もちろん日本での視聴することができる。

    India Today Group launches Good News Today, India’s first and only positive news channel (India Today)

    放送開始時の映像は以下のリンク先から閲覧できるが、コロナ禍の中でパンデミックに関する陰鬱な報道が非常に多い中で、「気分が沈むのでニュース番組を観たくなくなった」という声を背景に、人々が前向きになることができる、元気の出るニュースを届けるチャンネルとして開始されたとのことだ。「ニュースを変えるのではなく、視点を変える」ことをポリシーにしているのだそうだ。

    Good News Today Live TV | GNT TV Live | Watch Live Good News Today Launch (Youtube)

    ライヴ放送は、こちらから観ることができるが、「Good News」とは言っても、能天気に愉快なニュースを垂れ流すというものではなく、政治の動向、公害などの社会問題なども取り上げられているなどバランスの取れたものであるようだし、ニュースとニュースの合間にバジャンの演奏なども入ったりして和める。

    インドのテレビニュースで多い誘拐、殺人などの事件、視聴者などが投稿したリンチ映像の転用などといった、お茶の間ではあまり目にしたくない凄惨な映像とは無縁のチャンネルは家庭の団欒のひとときなどで流れる、ある意味安心なニュース番組としても支持されるのではないかと思う。

  • 教育の多様化

    東京都江戸川区のインド人学校GIISでは、今や日本人生徒が4割だとか。インドの大学進学前提でインド式のCBSEコースと国際バカロレア取得する欧米式のIBコースがあるとのこと。日本人生徒のほとんどは当然、後者のコースに入っていると考えるのが普通だが、世の中往々にして例外はあるものなので、前者に入っている子もいるかもしれない。

    日本人の両親から生まれながらも、日々の学びの中から、インドへ「母国感」を抱き、インドの親友たちと流暢なインド英語で学習を積み、高等部まで修了して憧れのインドの大学に進学する、これからそんな子が出てくるかもしれないし、すでに何人もいるのかもしれない。教育の多様化はあって良いことだし、いろんな選択肢はあったほうがいい。

    ただし義務教育の段階では、子供たちはそんなことは考えないわけだし、親が決めた「お受験」をするわけではなく、インドの大学に行きたいなどと、そんな幼い頃に思うことはないのだろうけど。

    大学出願に際して、初めてインドに渡航したら、街の様子が想像とずいぶん違って「ガ〜ン、ガガ〜ン」というようなことがないといいのだが。

    (異文化教育に学ぶ:4)ITも理数系も、英語で伸ばす インド式インター校、日本人生徒が4割 (朝日新聞DIGITAL)

  • Kindle端末買い替え

    Kindle端末買い替え

    日本のアマゾン用にKindle Paperwhite(左)、インドのアマゾン用に9年前に購入したKindleを使用していたが、あまりに動作が緩慢になったので注文したKindleの一番安いモデル(右)が届いた。

    前者は画面部分と縁部分の段差がなく、一枚のフラットなガラススクリーンで仕上げてあるのに対して、後者は画面の部分のみガラスのため段差がある。そのため操作感、ページめくり感は前者のほうが勝るとともに、画面の見た質感が実際の紙のごとく自然な風になっているとともに、黒地に白文字で表示する「ダークモード」も選択できるようになっている。しかし反応速度もストレージサイズも変わらないため、安い左のほうで充分な気がする。

    日本アマゾンとインドアマゾンでそれぞれ別の端末を使っているのは、日米のアマゾンはKindleアカウントを結合できるのに対して、日印のそれはできないからだ。そのため専用の端末を用意する必要がある。

    インドアマゾンで発行されたKindle書籍のうち、日本アマゾンでも購入できるものはとても少なく、価格も高くなる。ときには数倍にもなる。しかし不思議なのは、ときにしてその逆のケースもあることだ。日本アマゾン用に使用している左の端末で表示しているヒンディー語書籍がそんな例外だった。たまにそういうことがある。

    インド訪問時には、いつも帰国前に書籍漁りをするのが儀式みたいになっていたが、Kindleで購入できる書籍であれば、それで購入するに越したことはない。送料はかからないし、あるいは重たい思いをして運んでくる必要もない。もちろん紙の書籍ならではの良さを否定はしないが、これを日本まで移動させるための手間とコストを考えると、やはり電子書籍はありがたい。ただしどんな本でも電子で入手できるわけではなく、紙媒体でしか出ていない興味深い本が多いのもインド。

    それでもやはりコロナ禍にあって、電子書籍はなおさらのことありがたい。ウェブのやインドの電子版の週刊誌などに出ている書評で見かけた作品を、インドアマゾンで即座に購入できるからだ。まさにKindleさまさまである。

  • コロナ禍で報じられるインド

    コロナ禍で報じられるインド

    INDIA TODAY 6月9日号

    India Today 6月9日号電子版が配信された。

    この前の号の特集は、「自助の共和国」と題して、コロナ禍で大変なことになっている人々に対して、サポートの手を差し伸べる人々を取り上げていた。コロナに罹患した人たちのために自宅で食事のパックを作って提供している人から、グルドワラーで「酸素のランガル」として、酸素ボンベで重症患者に提供するスィクのボランティアの人たち、ヘルプラインを開設し、電話でコロナ関係相談に乗り出した有志の医師たち、はてまた数千人のスタッフを擁するNGOで、コロナの状況に鑑みて、一時的にコロナ患者救済の活動を始めた団体等々、それぞれの出来る範囲で、大変な中でも世間のために働きかける人々の姿に感銘を受けた。

    さて、今回はそのまったく反対で、「恐怖のとき」と題して、コロナにより不足している治療薬、酸素ボンベ、酸素濃縮装置その他を投機的に買い占めてボロ儲けする人たち、コロナでの失業、先行き不安からくる精神疾患が多発していること、河岸に流れ着くコロナ死が疑われる多数の遺体等々、たいへん暗い側面が伝えられている。

    日本など、外国のメディアに取り上げられるインドは、平時でも偏りがあり、コロナ禍においてもそれ以上であったりするが、もちろんインドへの関心がその程度なので仕方ないことではある。しかしながら、大変好ましい話も、それとは反対にあまりに悲痛な話題も、あまり伝えられないのは残念でもある。これもまた、コロナで大変な目に遭っているのは、インドだけではなく、世界中なので、やはりこれも仕方のないことではあるが。

    INDIA TODAY 6月2日号
  • ネット屋

    ネット屋

    インターネットが普及し始めた1990年代半ば、世界中でサイバーカフェなる「ネット屋」が続々オープン。どこも大いに賑わっていた。

    それまでは、旅先で家族や友人と連絡を取り合うとすれば、郵便が主要な手段であった。どこの国でも大きな街の中央郵便局では「局留め」で封書、ハガキ、荷物などを期限付きで預かってくれていた(今でも制度上はあるかと思う)ので、そうしたところでは親しい人から手紙を受け取って笑顔の人、期待していた便りがなくて残念そうな人等々、さまざまだった。

    電話という手段もあったが、いかんせん国際電話というものは目が飛び出るほど高かったので緊急の場合のみの手段であった。電話局で長時間待たされるものでもあった。そもそもこちらからはかけられるが、自前の番号を持っていないこちらに家族や友人がかけることはできない。

    「コレクトコール」の制度を利用して、定期的に自身の安全を家族に伝えている若いドイツの女性に会ったことがある。数年前に欧州を一人旅していた兄が事件に巻き込まれて死亡するという不幸があり、両親は成人したばかりの子がひとりで旅行することを大変心配しており、毎週末にに欠かさず無事を知らせるという約束で旅行に出るとができたのだそうだ。両親の元にコレクトコールを依頼し、オペレーターが両親のどちらかに「娘さんがコレクトコールをかけたいと依頼しているが受けるか?」と質問して、両親は断ることになっているのだと言っていた。どうしても話をする必要がある場合はどうするのかと尋ねると、「緊急の際に名乗る名前が決めてある」とのこと。いつもの名前でかければ自分が無事であるという了解になっているのだというから、実に賢い「コレクトコールの利用方法」だと感心した。

    手紙を出してもこちらから向こうまで届くのにかかる時間、故郷からこちらまで届くまでの時間は、国や地域にもよるが短くて数日、長くて半月あるいはそれ以上かかることもあり、ハガキなどでは伝えられる内容も限られていた。

    ネットの時代入ってからは、連絡にかかる時間がゼロとなり、向こうがすぐに見て返信してくれれば、ものの数分で「元気そうでなりより」という連絡が入ってくるのだから、郵便でやりとりしていた時代とは比較にならない一足飛びの進歩だった。インターネットが普及し始めたばかりの低速な回線であっても、それはたいへんな驚きであったことは言うまでもない。

    低速な回線といえば、その頃のインドの田舎ではネット屋が少なく、接続はとても遅かった。宿からわざわざオートリクシャーでネット屋まで行き、そこでウェブメールで自分のアカウントをなんとか開き、届いているメールに簡単な返信を書いて送信するだけで、軽く1時間かかってしまうようなことはザラであった。ログインするにも、受信するにも、送信するにも、じっと待っている必要があったのだ。

    それでも当時は「たいへん便利な時代になった!」と感じていた。インドから日本その他どこにでも連絡をすることができるからだ。それだけではなく郵便のように「これから向かう先の中央郵便局」の局留めで送ってもらうわけではなく、目の前で開いている自分のメールアカウントで相手とメッセージをやりとりできるという双方向性は画期的だった。

    やがてブロードバンドが浸透してくるころになると、あまたあるネット屋はいずれも「高速回線」を売りにするようになり、ネット屋で家族や友人たちとビデオチャットに興じている様子はよく見かけるようになった。

    ネット屋が重宝されていたのはこのあたりまでだろうか。それまでは「有料サービス」であったホテル等でのWIFI接続は次々に無料化されていき、街中のカフェなどでも無料のWIFIサービスを提供するところが増えていき、有料のネット接続そのものを提供するネット屋は次第にジリ貧になっていく。

    ネット屋の時代の終焉が決定的となったのは、スマートフォンの普及だ。初代iPhoneの登場した頃には端末もデータ通信料も高額であったが、アンドロイドOS搭載のスマートフォンの登場とともに利用者が急増していくにつれて端末価格も通信料も低廉化していく。

    この流れの中で、誰もが掌の中にネット環境を持ち歩くようになっていったため、ネット屋はすっかり存在意義と顧客を失い、バーザールから姿を消していった。

    廃業したネット屋(バンコクにて)

    今から思えば何が仕込んであるかわかったものではない端末で、よくもまあ大切なIDとパスワードを入力してメールのチェックなどしていたものだと思うが、それも自前の端末とネット環境を持ち歩くことができる今だからこそ言えることだ。

    こうしたものを求めるユーザーが爆発的に増加していくことを受けて、各国でデータ通信の分野で新規参入が相次ぎ、熾烈な競争を繰り広げた結果、旅行者のような一時滞在者でも安価に利用できるプリペイドプランが各国で普及した。インドもまたその中のひとつであることは言うまでもない。

    今の時代、早朝でまだ暗い宿のベッドの中でメールをチェックして必要があれば返信し、階下に降りて開店したばかりの隣の食堂でトーストをかじりながら、長距離バスを予約し、続いてUBERを呼んでバススタンドまで行ってもらうというようなことが可能なのだから、ずいぶん便利になったものだと思う。バスが深夜近くになって目的地に到着するので泊るところが不安であれば、座席で揺られながら予約サイトでバススタンド近くの宿を確保できてしまう。

    長期旅行者たちの旅のスタイルにも大きな変化を生んだ。ネット以前は仲良くなった相手と別れるときは文字どおり「今生の別れ」みたいなもので、住所と実家の電話番号を交換して「また機会があれば会おう」なんて言っていたが、ネット時代に入るとメルアド交換でいつでも簡単に連絡できるようになった。

    そしてスマホとSNSの普及した後は、「佐藤君は今日プリーに着いた」とか「ジャニスは明日イギリスに帰国するみたい」といったことがオンタイムで共有されるようになったし、SNSの通話機能でごく当たり前に会話する先は自国であったり、旅先で会ってすでに他国に移動している相手だったりする。

    そんな具合なので、旅行先で待ち合わせて再会というのもごく当たり前のものとなっている。ネット以前も旅先で再開というシーンはしばしばあったとはいえ、それらは偶然の産物であり、予定しての行動ではなかったため、本質的に異なるものであった。

    デジタルの時代になってからは、どんなサービスや利便さも、すぐに陳腐化してしまうので、現在の「たいへん便利な時代」も5年後、10年後から見ると、「あの頃はあんなに面倒くさかった」とか「まだこんなことをしていた」と思い出すことだろう。

    もっともその「進歩」を見る前に、新型コロナウイルス感染症によるパンデミックが収束を見ないことには、そうした旅行の景色は見えてこないわけだが。

  • SIM超速開通

    SIM超速開通

    タイやネパールのように「購入したその場で開通」という具合ではなく、購入してから電波を受信できるようになるまでしばらくかかり、受信できる状態になったら「ヴェリフィケーション」を実施してしばらく待ってからようやくネットを使えるようになるインドでは、入国してからすぐにネットを利用することができず、ちょっと不便な思いをしていた。

    すぐにネットがなければ旅行できないわけではないが、日常生活でネットなしで30分と過ごすことすらないので、こと旅先ともなると、ものすごく不便に感じるのは当然のことだ。

    そんなインドで、「SIM開通がずいぶん早くなったよ!」と聞いていたとが、購入後なんと10分だか15分だかで開通して、いたく感激した。

    以前は購入した翌日だったこともあった。その後所要時間が半日になったり、3、4時間になったりしていた。都会で買いそびれて、グジャラートのブジで購入したら、開通まで1週間くらいかかったこともあった。もちろん今でも田舎で外国人がSIMを購入しようとすると断れることは珍しくないのだが。

    今回は手で記入するフォームではなく、店の人が自身のスマホに入っている「登録用アプリ」で入力しており、パスポートの画像を入れ込んだりして登録していた。今や写真も不要となり、店の人がスマホで撮影したものをフォームに落とし込んでいた。ずいぶん便利になったものである。

    内容は新型コロナ感染症が流行する前のものです。

  • 増殖するOYO

    増殖するOYO

    カトマンズでもOYOが増殖しており、例の赤いロゴ入り看板が目立つ。このチェーンに加盟する宿はロクなものではないのだが、やはりこの国でも当然のごとく勢力を伸ばしている。

    話はネパールから逸れるが、インドのデリー訪問時の常宿としているところは、エコノミーな宿の割には、午前2時とかに着いてもちゃんと対応してくれるし、メールで予約しても、ちゃんと部屋は取れているし、前金も要求されない。

    なんだ、そんなの当たり前じゃないかと思うかもしれないが、実はそうではないのだ。このあたりがちゃんと対応しているエコノミーな宿というのはあまりない。

    深夜過ぎに着くと、玄関が閉まっていて、背後でワアワア吠える野犬にビビって冷汗かきながら扉をガンガン叩いて大声を上げると、ようやく眠い目をこすりながら使用人のお兄ちゃんが開けてくれるとか、予約のメールをしても、催促のメール出してもなしのつぶてで、遅い時間帯に到着してみると、満室とのことで断られるというようなところは、エコノミーな宿では多いのだ。そうした宿は、カイシャ的な経営ではなく、家族経営あるいは雇い入れたマネージャーに任せっぱなしのところが多いため、自然と容易なほうに流れてしまい、ルーズになっているケースが多い。

    エコノミーな宿からロイヤリティをせしめて、包括的なノウハウとマーケティングを提供するOYOのようなビジネスが急伸した背景には、そうしたエコノミーな宿泊施設におけるマネジメント能力の欠如がある。うまいところに目を付けたものだと思う。

    booking.comなど予約サイトを利使って予約してもいいのだが、クレジットカード情報を入れたり、前払いする必要があったりするため、メール予約で現地決済のほうが気楽に決まっている。そうでなければ、前金やクレジット情報を入れずに予約できるところがあると気が楽だ。OYOはちょうどそんな感じ。前払いにすると、少し宿泊費が安くなったり、朝食が付いたりといった具合で、前払いもしくはクレジット情報入力へ誘導しようとするが、それらなしでも予約はできる。

    また加盟施設が急伸しているためか、ネパールではどうだか知らないが、インドにおいては大手予約サイトではカバーしていないような田舎町にもOYOの施設があったりもする。

    勝手のよくわからない小さな町に夜遅く到着するような場合、OYOのサイトにアクセスして予約しておくと安心かもしれない。もっともそんなケース以外では、決して利用したくないのだが。

    内容は新型コロナ感染症が流行する前のものです。

  • インド政府はお見通し!

    「ムルシダーバードはどうでしたか?何の目的でムスリムのエリアに行きましたか?」

    滞在を終えてインドから出国するところだった。コールカーター空港のイミグレーション担当官が手元の端末を操作しながら言った。

    「えー!?」とビックリするのは私。

    かつてムルシダーバードは、かつてナワーブが支配したエリアだが、今でもそこにムスリムが多いのかどうかは知らない。それはともかく、私がそこを訪問したことがなぜわかるのか気味が悪い。

    担当官に「よくご存知ですね。宿泊したのはベーヘラムプルで、ムルシダーバードで観光しました。帰りにはカルナーで108 シヴァ寺院に参拝したり、ISKCONのマーヤープルも行きましたが。でもどうやってそんなことをご存知で?」と尋ねると、はぐらかして答えない。

    おそらく担当官が見ていたのは、宿泊の際のC-Formの情報だろう。なぐり書きした用紙が、そのまま積み重ねられていくだけかと思ったら、ちゃんとオンラインで共有されているということらしい。そういえばC-Formのウェブ版もしばらく前から運用されているし。

    こんな具合だと、もし誰かがデリーのジャマーマスジッド界隈のムスリム宿に泊まり、コミュナルなテンションが高くて観光地でもないUP州のモラーダーバード、ムザッファルプル、ムザッファルナガルのような、原理主義過激派と関わりのある人たちがいることで知られる街をハシゴしてデリーに戻ってからすぐにカシミールのスリナガルに飛び、デモや鎮圧が頻発するラールチョウクに滞在して、他の地域に行くことなく飛行機でデリーにとんぼ返りしてからすぐに帰国しようとしたら、「いついつどこで誰に会ったのか?」と、別室で詰問されることになるかもしれない。

    インド訪問する人たちの足取りはインド政府によってモニターされている。もちろんインドの法律をしっかり守って物見遊山をする私たちには何らやましいものはないので、まったく気にする必要はないのだが、唐突に滞在先についてドンピシャリなことを言われると、さすがに驚いてしまう。

    内容は新型コロナ感染症が流行する前のものです。

  • eリクシャーの普及ぶり

    eリクシャーの普及ぶり

    近年のインドにおけるeリクシャーの進出ぶりは凄まじい。地域差もあるが西ベンガルの田舎町でも沢山走り回っており、カルナーでもオートリクシャーの大半はすでにこれに置き換わっていると言っても良い。これを電気自動車の一種と捉えるならば、インドはその普及の先端を行く国のひとつと言えるだろう。

    都市部では環境問題に対応するため、タクシーやオートリクシャーのエンジンがガソリンからCNGを燃料とするものに変更されて久しい。その中にこうした電気式のリクシャーが参入していく形となったが、田舎ではガソリンからCNGのものへという変化を経験することなく、いきなりeリクシャーが導入されるというドラスティックな展開となっている。

    さて、このeリクシャーだが、夜間に充電しておき、昼間の時間帯に80kmくらいできるようだ。昔と違って個燃料代不要で良いではないかと思いきや、運転手曰くオーナーから充電代金名目で取られるのであまり変わらないとのこと。

    それはともかく、乗り心地は良好だし、地をスルスルと滑るように進む感覚も良い。気持ちよく運転できそうだ。

    カルナーで、eリクシャーを含めたオートリクシャーはシェアベースで走行しており、一人で乗っても満員でも10Rs。よほど遠くまで行くと20Rsになるが、とりわけ他の乗客がいないとお得感が高い。ただし、夕方遅い時間になり、運転手にとって他の乗客の利用がまったく望めない時間帯、場所でもその料金で利用できるかといえば、もちろん運転手次第ということになるのだろう。

    ※内容は新型コロナ感染症が流行する前のものです。