機内の「スカイチャット」

タイ国際航空機内での画像だが、座席のモニターに「スカイチャット」なる機能がある。同乗の人と座席が離れ離れになってしまったような場合、これはなかなか便利かもしれない。

普段は常時ネット接続環境にあるため、電話でもSNSでも気軽に連絡を取ることができるが、機内ではそうではないため、直接言葉を交わすしか手段がないからだ。

ただし、これを使ってナンパを試みる者もいそうな気がするし、出張などでわずらわしさを避けるため、わざわざ同行者と離れた座席にしたのに、仕事のことで連絡が入ってわずらわしい思いをするというケースもあるかもしれない。

携帯電話への寛容度

バスの中でも電車の中でもスマホの動画サイトで好きな音楽にアクセスして大きな音量で流すインド人。もちろん電話での会話も当たり前。こういう鷹揚さは見習いたいところだ。

日本のように、静まり返った車内で誰かが携帯電話で話をすると、全員の耳と視線が非難という形で向かうというのはまったく健康的ではない。

車内での音楽はともかく、ケータイでの通話については、多くの国々で多かれ少なかれの許容性があるではないかと思う。

UBER

UBERのアプリは重宝している。オートやタクシーで移動する際、値段交渉する必要がないこと、客待ちしている運転手がひどく吹っ掛けてくる地域などで、これで呼べば適正な料金で移動できるということ、そして客待ちしていたり流しているオートやタクシーが見つからない場合に呼び寄せることができることなどもあるが、どこにいても目的地を入力すると、だいたいの相場もわかることもありがたい。UBERを呼ぶと、多少待つことになる場合が多いため、目の前に空車があれば、なるべくそれを利用したい。

ただし、やや困ることもある。運転手からかかってくることがある電話だ。ヒンディー語が通じる地域であれば、私自身は会話に困ることはないのだが、「今どこにいる?」と言われても、たまたま旅行で訪れた場所の道路の名前やランドマークなど知らないので、自分がどこにいるのか説明することができない。たいていの場合は近くにいる地元の人に「ちょっと運転手と話してもらえますか?」と頼めば済むのだが、夜遅かったり、早朝だったりで周りに誰もいないと、やや困る場合もある。もっとも運転手の側にしても、お客がどこにいるのか、運転手自身のスマホアプリに表示されているはずなのに、いちいち見るのが面倒くさいのか、あるいは地図を見るのが苦手なのだろうか。

アーメダバードでも繁華街で自分のいる場所がうまく説明できず、近くで店を商う人にスマホを渡して話してもらったが、その場所を「××通りの〇〇シネマ」と運転手に言っていた。だいぷ昔にその場所に映画館があったらしい。今は影も形もなく、いろいろな店が入居する商業ビルに建て替わっているのだが、「〇〇シネマ」という名前だけは残っているらしい。

また、アプリの問題なのか知らないが、なぜか乗車ポイントを任意の場所に指定できず、本当ならば乗りたかった地点から少し歩いたりすることもある。また、マッチングしたドライバーが近くまでやってきたと思ったのに、突然消えることがある。普通のオートリクシャーがUBERとしても営業しているため、こちらに来る途中にもっと割の良いお客が見つかったのだろうか?

ともあれ、移動手段に選択肢がいろいろ増えている今という時代はありがたい。

サフダルジャン廟

サフダルジャン廟

いまどきの都会の遺跡では、こんなものでチケットを買うものらしい。入口の看板にQRコードがあり、読み込んでスマホ決済するようになっていた。実にいまいましいことだ。ITなるものに振り回されている・・・と思ったりもする。

サフダルジャン廟の入口にあるQRコード支払いの案内表示

有人のカウンターに行ってチケットを購入すると、こんなレシートのようなものが渡された。入場料金20Rs、AC代が5Rsとあるが、廟の中や敷地内のどこかにエアコンの効いたスペースがあるわけではないため謎だ。

サフダルジャン廟。ムガル建築の傑作のひとつとして知られるが、葬られているのはムガルの一族ではなく、ムガル艇庫配下のアワドのナワーブで、帝国の筆頭大臣まで務めたサフダルジャン。廟の敷地内は見事なペルシャ式庭園になっている。

昔、下宿先からバスですぐそこだったので、幾度となく訪れては夕陽を眺めながら園内の芝生の上を歩いたりしていた青春時代の思い出の場所なのだが、今こうして改めて再訪すると感慨深いものがある。

ここを訪問するのはそれ以来というわけではないが、それでも最後に来たのはたぶん20年以上前。今回こうして建物の優美さや細部の装飾の素晴らしさなどを目の当たりにして、「ああ、美しいなぁ」と、あの頃とは違うため息をついている。

amazon.in

書店に行き、いくつか気になる本の表紙を撮影。紙媒体のものしかない専門書籍の類は普通に購入するが、それ以外の読み物はたいていKindle版が出ている。店頭でページをめくってみて、良さそうであればamazon.inで買いたい。

これだと持ち帰る際に重量は増えないし自宅のスペースも圧迫しない。ただ、もしアマゾンが倒産してしまったら、まだ読んでいない本までもすべてパーになってしまうのだろうと怖ろしいのだが。

このようにして、昼間に見かけた書籍のKindle版を夜な夜な購入していると、なぜか買うことができない書籍があるため気がつくかもしれない。それはタブレットなど大型画面の端末での利用が確認できないと、販売しないKindle書籍があるためだ。

ちょうど今、あなたがインドに滞在中であれば、ぜひamazon.inのアカウントを作っておくと良い。だからといってそこで何か買い物をしなくてはならないということもない。ただ作っておくだけで、インドの書籍に興味があるのならば、後々助かることになるかもしれない。

インドを出てからでもアカウントを作ることは可能とはいえ、インドで作成したアカウントでなければ、Kindle書籍を日本(あるいはインド以外の第三国)にいながらにして購入することはできないからだ。

つまり「インドで作成したamazon.in」のアカウントそのものが、ひとつの財産であると言える。

ただ注意が必要なのは、端末に紐付けられた電子メールアドレスが、日本のアマゾン用に利用しているものだと、これを利用することができない。よって、今持っているけど使わなくなっているスマホないしは古いタブレットをamazon.in用にしようとする場合、一度初期化してからamazon.co.jpで使用しているものとは異なるメルアドに紐付けてからKindleアプリをインストールしないといけないという点。これはKindle専用端末についても同様だ。

あと、使用するクレカもamazon.co.jpで利用しているものとは別にしないと支払いができない。つまり「in」と「co.jp」で、建前上は別人であることにしないといけないという面倒くさい部分がある。

・・・とはいえ、インドを離れても話題の書籍がすぐにKindleで手に入るというのはありがたい。