巨木にお別れ

 バスに乗ってカルナータカ州の国道を走っていると、突然前方が詰まって渋滞してしまった。ピクリとも動かない。反対側の車線は、車がパッタリ途絶えている。交通事故だろうか?
 他の乗客たちとともにバスを降り、前の様子を見にいってみると、そうではないことがわかった。道路わきの大木が倒れ、道路を遮断しているのだ。
巨木にお別れ こんな作業があちこちで行われていた / photo by Akihiko Ogata
 「走っている車の上に落ちてこなくて良かった!」とほっと胸をなでおろしたが、よくよく見れば、倒木は事故や偶然ではなく人為的なものだった。現在、バンガロールからマイソールを経由して西へと進む幹線道路の整備が急ピッチで進んでいるが、この「作業」もその一環なのだ。
 倒木の上で木こり(?)たちが、斧やノコギリで大きな幹や枝を細かくばらしては、道路の外に放っている。枝はちょっとした木の幹みたいに太く、すべてを取り除くのは大変な作業である。ようやくバスが再びエンジンをかけて走り始めたのは小一時間も経ってからだっただろうか。
 工事によっては片側二車線に拡張される道路もある。州の大動脈らしく立派な道路となって、人びとの往来や物資の輸送の便を格段に向上させることだろう。それにしてもこうやって平気でクルマの交通を長い時間遮断する作業がまかり通ってしまうのはいかにもインドらしい。
 しばらく進むと、また同じように道路がブロックされていた。幸いこちらでは迂回路があり、それほど待たされることなく先へと進むことができた。
 この翌日も翌々日も、クルマで走っていると幾度か同じような「渋滞」に遭遇した。相当な勢いで工事が進行していることがわかる。

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浄土へ渡った僧侶たち

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 JR紀勢本線那智駅近くにある補陀洛山寺を訪れた。このお寺は「補陀洛渡海」で知られる。行者たちは、南海の果てにあるとされる観音菩薩の住む山「補陀洛山」を目指し航海していた。この行法は穂平安時代からおよそ千年もの間つづいていたそうだ。
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 当時使われていた船の復元が、境内で見ることができる。四方に鳥居がついているのは、神仏混交の地・熊野らしいところだ。
 船にはひと月分の食料や水を積まれたが、外に出れないように小さな船室の扉は釘付けされた。船旅に出た僧侶は、生きてこの世に戻ることはなかった。間違いなく浄土へと至る旅ではあるが、まさに捨て身の荒行である。
 井上靖の小説『補陀洛渡海記』で描かれているように、誰もが信仰のもとに死をも恐れずに浄土へと旅たったというわけでもないのかもしれない。
 「補陀洛」とは観音浄土を意味するサンスクリット語「ポタラカ」の音訳。かつてダライラマ法王が起居していたチベットのラサにある宮殿の名前「ポタラ」とも同意であるとか。 
 伝説では、補陀洛山は南インドにあるとされる。昔の人びととって地理的には遠く離れていても、観音信仰によって馴染み深い憧れの聖地となっていたのだろう。
 補陀洛山寺近くの海岸から船出した僧侶たちが、心の中に描いていた浄土=インドのイメージとはどんなものだったのだろうか。