インドのチベット人

以前、MAJNU KA TILLAと題して書いてみたデリーのマジヌー・カー・ティッラーだが、この地はasahi.comの連載:地球を食べるの記事でも取り上げられているのを見つけた。

(地球を食べる)望郷の味チベット料理 (asahi.com)

中国による「チベット解放」後にインドに難民として逃れてきたチベット人たちに、インド政府は相応の待遇を持って迎えてきたと言える。その中で経済的に成功した者も少なくないが、彼らはあくまでも異国インドに難民として仮住まいをしている立場にしか過ぎない。

しかしながら、すでに三世代目、四世代目に入ってしまっており、国籍は持っていないものの生まれも育ちもインドで、祖国チベットを訪れたことさえない、事実上の「チベット系インド人」化してしまっている現在、彼ら自身がこれからどうしていくのか、またインド政府も将来的に彼らに対してどのような対応をしていかなければならないのか、真剣に取り組まなくてはならないだろう。

現在のダライラマも未来永劫に彼らとともにこの世におられる訳ではない。インド中に散らばるチベット人たちを結ぶ大きな求心力が失われたとき、彼らのコミュニティはどうなっていくのだろうか。

インドをはじめとする在外チベット人コミュニティをまとめあげる存在の代替わりは、それがたとえ次に転生するダライラマであっても、俗人の中から選ばれた人物がその役割を担うことになっても、相当な混乱が生じることは間違いない。中国当局による工作の可能性はもちろんのこと、彼ら自身の中にも野心を抱く者たちの存在があり、激しいさや当てが繰り広げられることは避けられない。

また、現在のチベットの情勢が変わる見込みもないわけだが、万が一、将来何か思いもよらないことが起きて、彼らが帰還することが可能になったとしても、すでに数世代に渡り生活基盤を築き上げ、それなりに安定した生活を営む現在インド在住のチベット人たちの果たして何割が戻ろうと決心することだろうか。

遠くない近未来には、彼らインド在住のチベット人たちがインドに帰化することを求めなくてはならず、そしてインド政府もそれを受け容れなくてはらない日がやってくることは想像に難くない。

National Geographic 11月号

Facebookである方が書き込まれたことから知ったのだが、National Geographic11月号の特集はSorrow on the Mountainと題して、今年4月にエベレストで発生した大規模な雪崩による「エベレスト史上最悪の日」とされる歴史的な事故が取り上げられている。

地元ネパールで登山に関わる人たちの仕事と暮らし、事故の顛末と遭難した人々やその周囲の動き、山をめぐる経済効果や労働問題、事故の後に持ち上がった政治的な動き等々が各種メディアを通じて報じられてきたが、それらを俯瞰する形で読んでみると、この事故が起きる前から、その背後にあった社会問題が浮き彫りにされているように思う。もちろん、それらは現地で登山関係の仕事に従事している人々にとっては、周知の事実に過ぎないのかものであったとしても。

そこに登山の仕事がある限り、そこでの稼ぎを求めて行かなくてはならない男たちがいる。名峰を征服する登山隊の華々しい活躍は彼らの支えがあってこそのものであり、登山活動がそこにある限り、こうした男たちやその周辺の産業で働く人々にも恩恵が及ぶことになる。また、登山料等の収入は、国家に対しても貴重な財源となり、300万ドルもの収入を与えることになるなど、経済的な効果は計り知れない。

それほど重要な産業なのだが、これを支える最前線の現場、つまり登山の仕事でほとんどの補償もない状態で、命の危険を冒して働く人々に依存している現状。だが、その仕事による収入を必要としている男たちや彼らが養う家族があり、登山者たちもそうした彼らを必要としているというジレンマ。労働条件の改善は必要であるとはいえ、そこにマオイストたちがツケ入る隙間も大きなものであるわけで、これが政治絡みの騒動へと繋がる。とりわけこの国の「基幹産業」のひとつともなれば、なおさらのことだ。

上記に示したリンク先でも記事内容のあらましは判るとはいえ、ぜひ印刷された今月号を手に取っていただければ幸いだ。記事内にいくつも散りばめられて、文章同様に、あるいはそれ以上に多くを語りかけてくる写真とその解説を読みながら、この問題についていろいろ考えさせられるものがある。

ダム建設工事で危機的状況の文化遺産

パーキスターンのダム建設でこのような問題が生じているとのことだ。

ダム湖に沈む文化遺産を救うために(特定非営利活動法人 南アジア文化遺産センター)

太古の時代より、様々な民族や文化が興亡したこの地域についての概略やダム建設の背景等については、上記リンク先のスライドをご覧いただきたい。

この問題のあらましについては下記リンク先にも記されている。

Diamer-Bhasha threatens ancient heritage sites (DAWN.com)

Bhasha dam and heritage sites(DAWN.com)

南アジア文化遺産センターのウェブサイトによると、ダム建設で水没する地域で失われる岩絵その他の文化遺産は3万点にも及ぶという。長い歴史の中でこうした遺産を残した様々な民族の生活等に関する調査はまだほとんど手つかずだそうで、ダム竣工まで残された時間が10年という状況は非常に厳しい。

この件に関する講演は、11月8日(土)に日本大学文理学部3号館で開催されるシンポジウム・パーキスターン2014でも行われるとのことである。

シンポジウム・パーキスターン2014 (特定非営利活動法人 南アジア文化遺産センター)

ミャンマーからインドへの陸路越えが可能に

ある方のFacebook書き込みで知ったのだが、なんとミャンマーからインドへの陸路による国境越えが可能になっているようだ。ミャンマー側でのパーミット取得が必要なようである。

その陸路による出国・入国地点は、ミャンマーのサガイン管区のMorehからインドのマニプル州のTamuである。この情報は、こちらをご参照願いたい。

Myanmar / India Land Border Crossing at Tamu/Moreh Open (Lonely Planet THORN TREE FORUM)

Crossing the Indo-Burmese Border on Motorcycle (THE IRRAWADI)

どちらの地域も現在では自由に旅行できるようになっている。しかしながらどちらの地域にも長く抗争を続けてきた反政府武装勢力が存在し、現在は停戦状態にあること、ときおり治安に関する問題が生じていることは頭に入れておきたい。

Trade resumes at India-Burma border (DVB)

もしかすると、数年後にはポピュラーな国境越え地点となっている可能性もある。数年前にパーミット無しでの入域が可能となったものの、さほど注目を浴びることなく、期待されていたほど観光の振興に繋がっていないインド北東部が、ちょっとしたブームとなる可能性もあるかもしれない。

しかしながら、外国人の出入境も可能となっていることから、物流ルートとしてもそれなりの機能を果たすようになっているものと思われることから、両国側ともこの出入国地点のエリアがもはや辺境ではなく、ダイナミックな通商のルートとなりつつあることが、容易に想像できるだろう。

Lonely Planet Myanmar (Burma) 第12版

Lonely Planet Myanmar (Burma)

今年7月にロンリープラネット「ミャンマー」の改訂版が発売されている。

このところ政治・経済の分野で大変注目されるようになったことから、これまでにない速度で変化していっている国だが、同様に旅行事情についても情報がすぐに古くなってしまうようになった。

たとえば両替ひとつとっても、ほんの数年前までは闇両替しかなかったものだが、今ではメジャーなところには店やブースを構えた両替商があり、そうしたところでは米ドル以外の主要通貨も扱うようになっている。

ごく当たり前のことがまったく当たり前ではなかったこの国では、ネット事情も同様で、外国のニュースサイトやウェブメールが普通に使えるようになるなんて、2010年の総選挙前の軍政時代には考えられなかったことだ。

人々の装いも同様で、老若男女問わず、都市部でもロンジー(腰布)姿ばかりであったのは、まるで遠い昔のことのような気がするが、実はそんなことはない。

目次を覗いてみると、紹介されている地域に大きな変化はないようだが、観光目的でも訪れる人たちが急増していることから、魅力的な場所が新たに発見されていることであろうし、これによって情報源も多くなったことから、中身がより充実していくのは自然なことだ。

政治や治安等の理由から、まだ外国人が訪れることが許されていないエリアも多いこの国だが、各地の軍閥との和解も進展していることから、現在はオフリミットであっても、今後私たちが訪問可能となるところも出てくることだろう。

個人的に楽しみにしているのは、ミャンマー北西部からインド東北部に抜けるルートがオープンする日。アセアン諸国と南アジアを繋ぐ動脈としての道路建設、ナガランドからミャンマー側へと繋がる鉄道建設などといった計画があることから、ミャンマー側にしてもインド側にしても、あまり経済的には利用価値のない辺境の地であったところが、交易や人の往来によって潤う地域へと変貌する日が遠からずやってくるようだ。

辺境であるがゆえ、あまり外から干渉されることなく受け継がれてきたものがあり、それが変化とともに失われていくというのは残念な気がするものの、その変化によって新たに生み出されてくるものもまたある。

これまで時計の針が止まっていたかのように見えたところが、今度は弾みのついた車輪のように勢い良く回り出す。そんな躍動する現代を目の当たりにするとともに、そのダイナミズムを体感することができれば幸いである。