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カテゴリー: railway

  • Trains at a Glance October 2015 – June 2016

    インド国鉄の最新版時刻表が更新された。インドの旅行予約サイトの普及により、あまり使い出はなくなったとはいえ、全国の急行以上の列車(および一部の各停)を参照出来る時刻表が、ネットで手軽にダウンロード出来るのはありがたい。本来ならば、毎年7月に発表されるべきものだが、近年は10月更新となっている。

    Trains at a Glance (Indian Railways)

  • インド国鉄ウェブ予約 2016年アップデート

    インド国鉄ウェブ予約 2016年アップデート

    昨年、インターネットによるインド国鉄の予約について、当サイトの記事「インド国鉄のウェブ予約 2015年アップデート」にて情報を追加した。

    当時は、上記リンク先に書かれている方法にて、いったんcleartripとIRCTCのアカウントを結合させれば、あとはいくらでも他の鉄道予約を実行することが出来たのだが、このたび一部変更が生じている。すでにご存知の方も多いかと思うが、念のため本日追記しておくことにする。

    この変更とは、前述のcleartripとIRCTCのアカウントを結合済みのユーザーが、これから新規に予約する場合が対象となるので、まだそうした手続きをしていない場合は読み飛ばしていただいて構わない。

    手順はこれまでと同じ。予約する列車を選択して、支払確定画面に進む前に、氏名や年齢等を記入する画面が出てくる。ここで携帯電話番号の記入を求められるのだが、欄にはCountry codeと書かれているにも関わらず、その下の注意書きには、インドの携帯電話番号を入力するよう記してある。

    インドの携帯電話番号をお持ちならば、それを入力すればよいだけなので問題ない。だがこれを所持していない場合、他国の国番号の携帯電話番号を入力すると、はじかれてしまう。

    インドの携帯電話番号をお持ちでない場合は、ここが関門となる。

    しかしここで諦める前に、スマホのcleartripアプリで試していただきたい。

    スマホのアプリについては、予約手順はPCサイトと同じであること、画面はもっとシンプルであることから、ここでの説明は割愛させていただく。

    さて、スマホのcleartripアプリで手順に沿って進めていき、PCサイトと同様に、氏名や年齢等を記入する画面が出てくる。ここには以前登録した私の携帯電話番号が最初から表示されており、これはインドの携帯電話番号ではないのだが、特に問題なく次の画面に進むことができる。

    従前は、ここから支払い画面に入るところであったが、もうワンステップ追加されていた。現在は支払手順が変更になっていることと、以前cleartripアカウントと接続されたIRCTCサイトのIDが表示されており、そのIDのパスワードを覚えているかどうかという、二択の問いがある。

    ここで、IRCTCのパスワードを記憶していないと、おそらくIRCTCパスワードを再発行してもらうか、新たにIRCTCアカウントを取得して、再度cleartripアカウントと結合させなくてはならなくなるのだろう。

    ここで、記憶している、という選択肢をクリックすると、ようやく支払画面に辿りつき、クレジットカードでの支払手続きをすることになる。

    少々注意が必要なのは、この支払手続を済ませてから、その次の段階でIRCTCの画面が立ち上がり、そこでIDとパスワードを入力し、認証されてから、ようやく発券となる。

    文字のみで説明すると、少々わかりづらいかもしれないが、既にcleartripサイトにて、インド国鉄予約をしたことがある方が対象なので、順を追って手続きしていただければ、容易に理解いただけることと思う。

    なぜPCサイトではインドの携帯電話番号の入力が求められ、スマホのアプリでは必要ないのかについてはよくわからないが、PCはネットカフェのように不特定多数の人々が用いるケースが少なくないが、通常、スマホの場合は家族・友人などと貸し借りすることはあっても、基本的には名義人本人が所持しているはずだろうという解釈なのではないかと思う。

    ただし、インド国鉄のウェブ予約方法については、しばしば変更があり、ゆえに当サイトでもそれらの変更についてアップデートをしている。本記事内容は2016年8月28日現在のものであり、今後も何かしらの変更が追加される可能性はある。

  • 朗報 インド国鉄機関車にACとトイレ導入

    通常、インド国鉄の機関車にはトイレがない。長距離を走る列車の場合、途中で運転士の交代はあっても、腹具合が悪くなることもあるだろう。鉄道の運転士はかなりの激務で、40歳を越えたあたりで、続かなくなるケースも少なくないと聞く。

    もう何年も前から、「もうじき機関車にトイレを導入」「機関車内にトイレを設置することとなった」という記事はしばしば目にしていたものの、ここにきてようやく実現することとなった。

    さて、このたび貨物列車用の機関車に空調とともに備えられたトイレだが、安全上の理由から、機関車が停止してブレーキがかかっている状態でのみ、トイレのドアを開けることができるようになっているのだという。

    鉄道予約や上級クラスの客車内の設備等に比較して、運行に直接関わるハード面での整備はまだまだ遅れているので、このような面からも少しずつ改善がなされていくことは、イン鉄ファンとしては喜ばしい。まずは乗客全員の命を預かる運転士に、万全の体勢で職務に臨んでもらうのは当然のことである。

    Railways launches first diesel locomotive with AC vaccum toilet for train drivers (The Financial Express)

    After 163 Years, Indian Railways To Finally Install Bio-Toilets In Train Engines For Drivers (indiatimes)

  • 燃える土地 ジャリヤー

    ジャールカンド州の州都ラーンチーから東に位置するダンバード地区の西ベンガル州境附近のジャリヤー(झरिया)は英領期から長きに渡って炭鉱で栄えてきた土地。最寄りの鉄道駅はダンバード・ジャンクション。ここはシャターブディー・エクスプレスその他のメジャーな列車が停車する大きな駅だ。

    現在、インドでは製鉄業を中心に、燃料の2/3は石炭が使用されるという。インド自身、世界第三位の石炭産出量を誇るが、実にその3/4はここから採掘されている。ここではCoal India Ltd.やBharat Coking Coal Ltd.といった、この分野ではインドを代表する大きな政府系企業が操業している。

    400平方キロメートルの面積に75もの炭鉱があるというほど集中しているが、そのエリアには100万人超の人口を抱えていることも特筆される。この地域では、石炭の埋蔵量が豊富であることだけではなく、地表近くに鉱脈があることでも知られており、それがゆえに採掘が容易である。ゆえに違法採掘が絶えないだけではなく、住民たちの中で炭鉱労働に従事してはない人たちも簡単に石炭を採取しては売りさばくといった形で、家計の足しにしていたりする例も数多いという。

    この地域に住む人たちは部族民が中心だ。しかしながらこれを取引するのは地域外の人たちである。地下資源に恵まれながらも、外界から搾取される存在であるという矛盾がある。
    こうした土地なので、政治で暗躍する人たちや炭鉱マフィアたちのパワーゲームが常時展開する暴力的な風土もあるらしい。

    地表近くに鉱脈があることによる利点と同時にデメリットも大きい。河川や土地の汚染はもちろんのことだが、住宅のすぐ脇から火が噴いていたり、100年以上も続いている燃焼により、地下が空洞となることから地盤が陥没したり、その上にあった建物が崩壊したりなどしているとのことだ。これによって廃線となった鉄道路線もあるとのこと。参考記事のリンクを以下に付しておく。

    India’s Jharia coal field has been burning for 100 years (CNBC)

    健康被害もまた甚大なようで、石炭で潤うことにより、田舎の部族中心の社会としては例外的に栄養問題がほとんどないとされるようだが、採掘と地下の燃焼による大気汚染による呼吸器疾患を抱える人々の割合が異常に高いとされる。

    観光で訪れるような場所ではないが、街から少し出ると石炭採掘現場があり、蔓延する違法採掘現場はマフィアが取り仕切っているため、カメラやビデオなどを回すとかなり高い割合でトラブルに巻き込まれるという話もある。

    ジャリヤーを取り上げたドキュメンタリー番組はいくつもあるが、下記リンク先が特に秀逸なので閲覧をお勧めしたい。

    INFERNO: JHARIA’S UNDERGROUND FIRES (PSBT INDIA)

  • ジャナクプル鉄道

    BBCは亜大陸の鉄道に関する番組で数々の秀作を世に送り出しているが、これもまたそれらの中のひとつ。

    Janakpur Railways – BBC Documentary (Youtube)

    隣国インドで鉄道が社会のインフラとして格別の存在感を示しているのとは裏腹に、ネパールはインドと国境を接する南側で、ジャナクプルからインドのビハール州のジャイナガルまでを結ぶローカル線くらいしかないのは、山国であるだけに仕方のないことだ。もっともこの状況については、近年ネパールに接近している中国が青蔵鉄路のネパール国境までの延伸、そして首都カトマンズまでの接続という、いつになったら実現するのか容易に想像さえできない壮大なプランを示しているので、遠い将来にはこの国における鉄道の地位が飛躍的な向上を見せることになるのかもしれない。もちろんインドはそうした状況を座視しているわけにはいかないのだが。

    それはともかく、上記リンク先の番組では、ジャナクプルの鉄道のもとに展開する人々の様々な暮らしぶりが取り上げられており興味深い。施設も車両も老朽化が進み、しばしば運休となったりするなど、かなりキビシイ状況のようだ。私自身もだいぶ前にジャナクプルを訪れた際、インド国境手前まで行ってみようとしたのだが、その時は洪水の関係で運休していた。駅構内をしばらく散策してみたが、タライ平原の街であることもあり、眺めた感じはインドの片田舎の鉄道駅という印象であった。

    この路線のインド側の終着駅であるジャイナガルは、元々はメーターゲージの軌道の路線が乗り入れていたが、現在ではブロードゲージ化されており、ここからインド各地に直行できるようにもなっている。そんなわけで、タライ地域の人々、とりわけジャナクプルやその周辺部に暮らす人々にとっては、就労や進学その他で隣国インドの大都市に向かう際には、以前よりも使い勝手の良いものとなっているに違いない。

  • 鉄道でデリーからレーに移動することできる時代がやってくる?

    これまでに幾度かメディアで話題になっているヒマーチャル・プラデーシュからラダックのレーへの鉄道建設。かなり本気の計画のようだ。2年近く前のものになるが、下記の記事を見る限りでは、軍事的な要素が強いようだ。つまり中国との有事を視野に入れた高速大量輸送を可能にするという点だ。

    ヒマラヤの急峻で険しい地形のもとで、技術的にも費用面でも本当に可能なのか。実現できるとしても何年かかるのだろうか。そして建設工事や維持にかかる環境負荷も相当大きいのではないかと思われる。この地域を訪れて雄大な山々を目にしたことがある人ならば、このようなプランを耳にしても、とうてい信じられないだろう。

    Nod for Bilaspur-Manali-Leh rail line heartens Himachalis (THE TIMES OF INDIA)

    Leh to be connected with rail line with Delhi via Bilaspur (DAILYEXCELSIOR.COM)

    パンジャーブ州境に近いヒマーチャル・プラデーシュ州のビラースプルから同州のマナーリー、ケイロンを経て、さらにはタグラン・ラを越えてラダックに至るというルート。

    さらにはこれに留まらず、レーからカルギルを経てスリナガルへと鉄道を繋ぐ計画もあり、現在カシミールにて建設中で、すでにバーラームッラーからバーニハール間で走行しているカシミール鉄道と接続するという壮大なプラン。

    もしこれが完成すると、このようなルートとなる。

    このカシミール鉄道は今後ジャンムー・ターウィー駅まで延伸されるため、デリーから時計回り、反時計回りでこれらの地域へ鉄道でアクセスすることが可能になるとされる。

    ラダック地方やその周辺地域の文化的特殊性は、夏季の限られた期間にしか外部からアクセスできないという地理的な閉鎖性による部分も少なくないと思われるので、こうした鉄道敷設により、これが年中可能となると、このエリアにおける文化的な影響も相当大きなものとなることだろう。

    その反面、ラダック地方においては、ほぼ夏季に限られる観光業の収入以外にも現金収入の機会が増えること、季節を問わずに陸路でインド各地と往来できるようになることから、他の産業の育成にも繋がることになるのかもしれない。

    ただしそれがラダックの人々を利することになるのか、そうではなく外の人たちがラダックで稼ぐ機会だけを増大させることになるのかは、まだ建設が始まってもいない現時点では何とも言えないだろう。少なくともラダックの美しい景観を損なうことになるのは間違いないように思われる。

  • Gatimaan Express

    現在のインド国鉄で最速(最高時速150km)となるガティマーン・エクスプレスが、本日4月5日から運行開始される。デリーのハズラト・ニザームッディーン駅からアーグラー・カント駅までの185kmを100分で走行するというもの。ハズラト・ニザームッディーン駅からの下りは午前8時10分発、アーグラー・カント駅からの上りは午後5時50分発。
    実質、タージマハル観光専用の列車のようで、タージマハルが閉まっている金曜日は運行されず、週に6往復となる。運行にはモダンな客車が導入され、飛行機のシートのように、前座席背面には液晶モニターが設置されるようだ。
    インド国鉄における「最速」については、革新的な技術が導入されるわけではないようで、シャターブディー急行がこの区間で途中停車駅ひとつ(マトゥラー・ジャンクション駅)で2時間から2時間15分程度で走行するのに対して、ガティマーン・エクスプレスはノンストップで走破することと、ダイヤの調整の結果であると思われる。

    India’s fastest train to debut on Tuesday (THE TIMES OF INDIA)

  • デリー到着

    デリー到着

    列車の終着駅はデリーではないので、朝5時20分にセットしていた目覚ましが鳴る前に目が覚めた。 スマホで、しばらくメールのチェックをしてから現在地を調べてみると、もうデリーはすぐそこだ。ヤムナ河の東側を走行しており、じきにこれを越えるところまで来ている。

    車両のアテンダントが「デリーに着くよ」と声をかけにくると、他の人々は起き出して荷物をまとめたりしている。ほぼ定刻の午前6時にニューデリー駅到着。

    ニューデリー駅到着

    あまり早く (午前4時とか) に宿に着くと、まだ部屋がなかったり、前日分まで払えなどと言われたりするが、もうこの時間ならば大丈夫だろう。腹が減ったので食堂開いているところはないかと思って探すが、駅前に面したところに以外ではまだ開いていない。

    歩いて宿のほうに進んでいくと、宿の斜向かいのチャーイ屋は開いていたので、ここで温かいコーヒーを頼む。最近のインドでは都会でも田舎でも、「砂糖少な目で」と注文する中高年をしばしば見かける。そういう時代なのだろう。

  • ゴーラクプルからデリーへ

    ゴーラクプルからデリーへ

    ゴーラクプル始発の列車は、午後4時半に出発だが、少し早めに駅に着いてみると、すでにプラットフォームに停車していた。

    この列車でデリーへ向かう

    本日は奮発して1Aクラスの寝台を取っているが、2Aの車両に併設されている形。2Aとの間にドアがあって仕切られている。そことの間は通行が出来るようになっている。1Aクラスはドアの付いたキャビンになっており、定員は4名。1Aクラスのコンパートメントのためか、客室内にネズミ捕器が設置されている。気が利いているのだかそうではないのだか…?

    1Aクラスの車内。左シート下の灰色の箱みたいに見えるのはネズミ捕り

    出発までしばらくの間、外を眺める。ときおり他の列車が入ってきては通過していく。

    夕食を頼んだが質素な野菜ビリヤーニーだった。

    この列車のGeneral Coachについては、列車到着時から物凄く沢山の人々が乗り込んでいてびっくりした。同じ列車ではあるが、この快適な空間とは正反対のぎゅうぎゅう詰めで苦しい空間がそこにある。この車両のひとつ後ろからもまたジェネラルコーチになっているので、そこでも大変だろう。

    1Aコンパートメントは快適で、同室の人たち(結局四人の定員いっぱいになった)も午後9時くらいには寝たので、こちらも充分眠ることができた。室温もちょうど良い具合。

  • ゴーラクプル2

    ゴーラクプル2

    鉄道駅のクロークルームに荷物預けてから駅を出る。サイクルリクシャーで向かう先は、ゴーラクナート寺院である。おそらくこれがこの街の名前の由来となっているのだろう。⒒世紀のシヴァ派の聖者を祀る寺院だ。ゴーラクプルはやはりかなり貧しい街という気がする。駅前は中心でありながらも、かなり空き地が多く、隙間だらけという感じがする。また高い大きな建物が少なく、フラットな印象。昔のインドという感じだ。途中で踏切を越えるが、遮断機が下りていてもズンズンくぐって進んでいくのがインド流だ。また列車が来てもすぐ目前まで進んでいく。どうしてそんなに急ぐのか。

    ゴーラクナート寺院到着。なかなか見応えのある寺で、本殿以外に複数の参拝できる施設があり、そのひとつの大きなホールには、様々な神々の像がならぶ、いわば神々の博物館のようになっていた。

    ゴーラクナート寺院

    寺院の聖池
    寺院敷地のすぐ外で見かけた露店の食べ物。旨そうなんだか、まったくそうではないんだか・・・。

    その後向かったのは鉄道博物館。ジャンクション駅よりも少し先にあり、19世紀終わりごろに建てられて、鉄道幹部の住居として使用されていた建物の中に入っている。建物もさることながら、中には鉄道導入期の装備や備品なども展示されており、これらはたいていイングランド製。鉄道敷設のころの写真、まだ橋梁が出来る前で、河を鉄道スチーマー(Railway Steamer)という外輪船が結んでいた時期などの写真などもある。またこの時期から独立後あたりまでの写真も飾られている。

    開館は正午と遅いが、夕方7時半まで開いているのはちょっと意外

    客車を改造した食堂

    その中には詩会に出席して何か話をしているハリヴァンシュ・ラーイ・バッチャンの写真もあり、これまた興味深かった。敷地内には、子供たちのためのトイトレイン、使わなくなった客車を利用したカフェテリアなどもあり、これまたいい感じである。どこも手入れが行き届いているのも好印象。田舎の博物館では、どのような分野のものであったとしても、荒れ果てた中にゴミのように打ち捨てられているということが大変多いからだ。屋内展示部分は撮影禁止となっているため、それらについてここで画像で紹介できないのは少々残念である。

    この鉄道博物館の後にはCity Mallモールへ。近年のインドでは、この程度の規模の街にも当たり前のようにモールがある。出来た当初はかなり良かったのではないかと思うが、エスカレーターは片側しか動作しないし、まだ比較的新しいと思われるにも限らず、かなり煤けている。それでも最上階にはシネコンが入っており、グラウンドフロアー外の券売所が混雑していたところを見ると、それなりに繁盛してはいるのだろう。すくなくともシネコンについては。

    モールで昼食

    食事を終えてから、サイクルリクシャーで鉄道駅に向かう。

  • ゴーラクプル1

    ゴーラクプル1

    ベトナム寺院の宿坊で出発の準備。このお寺に起居する尼さん、坊さん、スタッフたちに挨拶をして、少し離れたところにあるメインストリートに出てバスを待つ。

    ほどなくゴーラクプル行きがやってきた。空席はなかったが、それでも押し合いへし合いするほどの混雑ではなかったのは幸いだ。クシーナガルから1時間15分ほどでゴーラクプルに到着。

    サイクルリクシャーでゴーラクプル駅へ。予約してある列車が夕方出発するまでしばらく時間がある。Eチケットに車両番号と座席番号が印字されていなくて、ただconfirmedと書かれているのみなので、念のため確認しておきたかった。駅長室隣にある事務所で尋ねてみると、午後1時くらいにチャートが作成されるまではコーチ番号も座席番号も出てこないとのこと。

    Gorakhpur Junction Station

    この人の名前からしてクリスチャンらしいというだけではなく、なかなか重厚で厳めしい英国風なので、ひょっとして?と思って尋ねてみると、やはりアングロインディアンであった。家の中では英語だけの環境で育ち、学校もイングリッシュ・ミディアムのところであったため、ちゃんとヒンディーを習ったことはないのだという。「もちろん土地の言葉なので、当然毎日しゃべっていますが、ヒンディーの読み書きは苦手です。」と言う。

    イギリスから渡ってきた曽祖父も鉄道員で、技術職であったとのことだ。軍と鉄道はいかにもアングロインディアン的な仕事だが、今でも就職の際の留保があるとのこと。同様に、国会に2議席留保されているよく知られた話だ。

    自宅で奥さんが作ったというブラウニーケーキを分けてくれたが、洋酒がしっかり効いている味は、いかにもアングロイディアン的である。通常、インド人のケーキならば洋酒は入らないのが普通だ。

    家の中では今でも「英国風」の暮らしをしていると言い、スマホに入っている写真をいろいろと見せてくれたが、家屋はインドの庶民そのものという感じで、裕福というわけではないようだ。身内には豪州その他に渡った人もいるというが、まだこのあたりにはかなり多くのアングロインディアンたちが暮らしているという。機会があれば、アングロインディアンの人たちのコミュニティの中で、彼らがどうやって生活しているのか、どういう仕事に就いているのかなどについて知りたいものだ。

    フェイスブックをやっているとのことで、その場でFB友達となった。これで何か質問があったらいつでも連絡できる。便利な時代になったものだ。

  • モーティハーリーからゴーラクプルへの鈍行列車

    モーティハーリーからゴーラクプルへの鈍行列車

    Bapudham Motihari Station

    列車が入線してくるまで、プラットフォームでしばらく話をしたムスリムの紳士は、インドではなくネパールのタライ地域から来た人であった。ネパール側では「マデースィー」と呼ばれるインドの平地から移住した人たちの子孫だが、国境を接する地域では現在に至るまで、ネパール側とインド側での通婚は多いし、人々の往来も盛んだ。

    日が暮れてから列車がゆっくりと入ってきた。人々でぎっしりすし詰め状態であることを想像していたが、案外それほどの混雑ではなかったのは何よりの救いだ。とりあえず座る場所だけは確保することが出来たのは幸いである。人々が乗り込んでしばらくすると、反対側からの列車が駅に入ってきた。やがて私が乗っている各駅停車は、車輪が軋む音を立てながら動き始める。

    ゴーラクプルへ出発

    時折、各種夜行列車が通過していく中で、最も優先度が低い鈍行のため仕方ないのだが、走行している時間よりも、停車駅で行き違いを待つ間のほうが長いように感じられる。出発してからだいぶして、夜11時くらいになって停車した駅の表示を見ると、ゴーラクプルまでの道のりの中間点よりも少し先のベーティヤー駅なので、がっかりしてしまう。席は確保できたとはいえ、座席は直角シートなので楽ではない。それでもしばしうたた寝していると、誰か席の無い者が、突然私の膝に座ってきて、痛くて飛び起きる。思い切り怒鳴りつけてやったが、まったく困ったものだ。

    それにしても感心するのは、こうした片田舎を移動していても、線路両側にないもないところなのに、ちゃんと高速でネットが繋がることだ。ときおり圏外になったり、2G環境になったりするものの、概ねちゃんと高速通信だ。目が覚めてしまうと、とにかくヒマなので、こうして時間を潰したりするしかない。こうした中で、パソコンを取り出して日記を書くのは不用心でどうかと思うが、スマホならばフリック入力しながらその日の出来事をしたためることが出来る。

    この時期の北インド平原部の夜はかなり冷え込む

    少し大きな駅に着くと、乗客の入れ替わりがかなりある。周囲を見渡すと、モーティハーリーから乗車した人たち、乗車したときにすでに居た人たちの姿はほとんどなくなっている。車内の誰もがとても疲れている感じなのは時間が時間なので、こんなものだろう。だいぶ前に深夜を回っているのだ。

    車内の皆さんはお疲れの様子・・・。

    列車は夕方5時過ぎに出発したのだが、終点のゴーラクプルに着いたのは午前3時半。モーティハーリーからの距離は180km程度と思われるが、10時間もかかったことになる。各駅での停車時間を含めてのことだが、平均時速18km。やれやれ・・・。先日発表されたムンバイーからアーメダーバードまでの高速鉄道計画に新幹線の採用決定とは、いったいどこの世界の話?のインド国鉄である。

    外に出てみるとかなり冷え込んでいる。疲労困憊している身体を引きずりながら、ゴーラクプル・ジャンクション駅の正面にあるホテルをいくつか当たるが満室と言われるが、ようやく新しめでキレイな宿があった。一泊800ルピー。朝からのひどい下痢とバス移動のため朝食はスキップ。宿が見つからなかったおかげで、遅い昼食と兼ねた夕食も抜くことになった。鉄道駅でビスケットを買って、車内で多少かじった程度だ。どの時間帯にも発着する列車がある大きな駅の目の前なので、こんな妙な時間帯でもお客が出入りしている食堂はいくつもあるのだが、さすがに疲れているし眠いしで、食べに出る気にはならない。ベッドに横になると、そのまま眠りに落ちていった。

    本日(とうに日付が変わってしまっているので「昨日から」だが)は、すべてが裏目に出てしまった。収穫もなかったが、まあこういう日もあるというものだ。