東京にインド人学校オープン

 かねてよりインド人学校開校の噂はあったが、ついに今年8月からスタート。東京都内でも特に江東区はIT関係を中心としたインド人居住者が多いことで知られているが、このインド人学校が開校したのもやはり同区内だ。
 面白いことに、インド人児童以外にパキスタン人がふたり、日本人もひとり在学しているのだという。小さい子どもがいるインド人のパパやママにとっては、やたらと学費が高いインターナショナル・スクールに通わせる必要はなくなり、子どもたちにインド人としての教育を受けさせることができてホッと一安心、というところだろうか。
 民族教育を施す学校ができたということは、コミュニティがそれなりの人口規模を持つようになった証だろう。(東京都内在住インド人は約5700人) 幼い子どもの教育に関する心配事が減ったことにより、いままでより家族で移住あるいは赴任がしやすくなると思われる。
 今後、日本に住むインド系の人びとが次第に定住志向を持つようになっていくのかもしれない。もっともこのインド人学校には幼稚園と小学校しかないので、中学以降どうするのか考えなくてはならないのだが。
 日本で暮らすインド人に限ったことではないが、仕事の都合で異国で暮らすことになった両親、そして当の子どもたちにしてみても、「学校」や「教育」は切実な問題だ。
 このインド人学校スタートのニュースは非常に喜ばしい話であるとともに、これが呼び水となり江東区の「インド化」がますます加速されていくのではないかと私は予想している。
New school in Tokyo opened amid rise in number of Indian residents ( Japan Times )

伝説の大盗賊の最期

伝説の大盗賊であり義賊ヴィーラッパン死す
 ビッグニュースが飛び込んできた。10月18日(月)夜、タミルナードゥとカルナータカの州境で警察隊との銃撃戦があり、かの有名な大盗賊ヴィーラッパンが三人の手下たちとともに死亡した。
 深い森の中に潜伏し、南インド各地(タミルナードゥ、カルナータカ、ケララ)に出没していた彼は、一説には2千頭にも及ぶといわれる象の密猟、白檀の違法伐採、これらの密売と密輸にかかわった。
しかし何よりも彼の悪名を轟かせたのが100件にも及ぶと言われる殺人、そして身代金目的で超有名人を誘拐する大胆さだろう。
 ここ数年の間にもカンナダ語映画俳優のラージ・クマール、元カルナータカ州大臣のナーガッパーの誘拐(後者は事件発生3か月後に死体で発見された)などの大事件を引き起こした。
 またタミル民族主義過激派やスリランカのLTTEとのつながりも指摘されるなど、文字通りインドで一番危険な男であったようだ。
 1990年に1万5千人を投入して行われた大捜索の際にはシッポもつかませなかった彼だが、近年はタミルナードゥとカルナータカ両州の警察の特捜隊、中央から派遣された警察予備隊が協力して行方を追っていた。また中央政府によりヴィーラッパンの逮捕につながる情報には百十万ドルの懸賞金がかけられていた。
 最盛期には100人を超える部下を抱えていたとされるヴィーラッパンだが、追手が迫るにつれて小規模のグループで行動せざるを得なくなり、近ごろでは6〜7名程度で移動するようになっていたという。
 そしてついに昨日の夜、伝説的存在にまでなった大悪党が57才とも62才ともいわれる人生に壮絶な終止符を打ったのである。
 遺体は彼の妻に引き取られることになるのだという。人というのはわからないものだが、記憶に長く刻まれるこの凶悪犯にも、優しい家庭人としてのもうひとつの顔があったのだろうか…。


悪漢ヴィーラッパンついに倒れる (Hindustan Times)
ヴィーラッパン 遺体は妻のもとへ (rediff.com)
インドの「大盗賊」を射殺、貧困層に施しで一部人気も (CNN)
インドの大物「盗賊」銃撃戦の末射殺 (日刊スポーツ)

ナマステインディア2004

 今年で12回目となるナマステインディアが、10月17日(日)に東京中央区の築地本願寺で開催される。
 日印経済委員会、インド政観光局、(財)アジアクラブ、NPO日印国交樹立50周年記念事業を盛り上げる会による共催である。
 音楽、舞踊、文化公演等に加え、東京都周辺のインドレストランによる屋台、雑貨・衣類や書籍等の販売も行われ、インド関係のイベントとしては日本国内最大級だ。もちろん日本在住のインドや周辺国出身の人たちの来場も多い。
 例年、プログラムの中でインドの伝統芸能が紹介されているが、今年はオリッサ州のゴティプアが披露される。このグループは新潟のミティラー博物館の招きで来日しており、ナマステインディアの翌週10月23日(土)と24日(日)には、横浜で「横浜インド祭・ハッピーディワリ」での公演も予定されている。
 秋空のもと、おいしいカレーを食べてビールでも飲みながら「インドな休日」を過ごしてみるのもいいだろう。当日は好天に恵まれますように!

カーマスートラを学ぶ!

karmasutra
 コルカタに「性の奥儀」を伝授する学校が設立されることなり、土地っ子をびっくりさせているようだ。
 学問の都としての探究心、そしてベンガルの人びとの進取の気性などの賜物かどうかはわからないが、少なくともこの大都会のある部分では「性」についてオープンに語られる下地ができているということだろう。もっともターゲットとなるのは「結婚したカップル」とのこと。いわゆる普通の生徒や学生が通う普通の学校で、こうしたススんだ教育(?)がなされるわけではない。
 「授業」はどういう風に進行していくのか? また、どんな「テキスト」が使用されるのだろうか? 受講者たちが思わず目を伏せて「ムフフ」と含み笑いしてしまうほど悩ましいものなのか。あるいは黒縁メガネの生真面目なおじさんが、難解な医学用語を振りかざして訥々と壇上で喋るといった眠気を誘うものなのだろうか。
 行政から正式に認可されるにはまだ少し時間がかかるようだが、無事開講の運びとなればウェブ上でもコースの案内が公開されると思われるから要チェックである。ムフフ…。
Now, learn to make love in Kolkata school! (Hindustan Times)

ソニア、ソニア

 今年末に封切される『SONIA, SONIA』という映画を楽しみにしている。米国の雑誌フォーブスによれば、「世界で三番目にパワフルな女性」となった国民会議派総裁のソニア・ガーンディー氏。彼女の生き様が映画化されることになった。
Sonia Gandhi
 1968年、ラジヴ・ガーンディーと結婚。外国からインドの家庭に嫁入りするだけで大変だと思うが、よりにもよって結婚相手はインド首相の息子である。夫の弟のサンジャイは飛行機事故で他界し、義母インディラも暗殺。やむなくインディアン・エアラインスのパイロットだった夫が政界入りするとき、それに強く反対したという。「いつかひょっとしたら…」と不吉な将来を予感していたのかもしれない。その懸念はやがて現実のものとなってしまった。
 流転の人生を宿命づけられている人なのだろうか。彼女の運命は常に表舞台で何かを演じるように定められているようでもある。インド政界の重鎮としてしばらく年月を過ごし、息子ラーフル、あるいは娘プリヤンカーに後を任せて引退…という安寧な未来は気の毒ながら想像できない。
 彼女のキャリアは、たとえ自身が望もうと望まざると、いつも第一線を歩むことになっている。それでいて彼女には安泰が訪れることはなく、運命に翻弄され続けている。
 メディアから伝えられる情報以外に彼女の人となりを知る由はないが、いったいどういう人物なのだろうか。いわゆる「女傑」タイプとは違い、いつもどこかに哀しさと、それを精一杯振り払おうとする健気さがあるように感じられる。

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