食して想う

 路上にスナック類の屋台や露店が多いのは何もインドに限ったことではないが、出先で気軽にチャーイをすすったりサモサ(一個で約300キロカロリーという高エネルギー源)をほおばったりと、時間のないとき手軽に腹をふくらませることができて重宝する。
 そんな中、衛生上問題があるものも少なくない。カラーインクのような得体の知れないシロップを並べた清涼飲料水屋、歩道にコンロと大鍋をドカンと置いて商うカレー屋、路上に置かれたサトウキビを泥のついたままガタガタとがなり立てる電動ローラーに押し込んで絞るジュース屋等々、とかく腹の弱い私には(そうでなくとも)縁がない。
 露店だけではない。一応店舗を構えた食堂でも、トイレを借りるとドア一枚向こうの調理場の床には切った野菜が放置(キッチンのありかたが違うので仕方ない部分もあるが)されていることがよくある。これが地下のジメジメした空間だったりすると席にもどってからユウウツだったりする。
 そういう衛生環境では楽しいどころか食欲さえも沸いてこないが、今でも都市部や観光ルートを外れると、「外食する」のにこんな場所しかないことが往々にしてある。
 外食産業の発達には、娯楽としての食事という一種の文化が定着している必要がある。保守的な土地ほど物を食べることが極めてプライベートな行為である度合いが高くなるとことがあるかようだが、何よりもやはり相応の収入を得て生活にゆとりがあることが必要だ。
 業者側にしてみても店を出すにはそれなりの市場規模が必要なので、ほんのわずかな金持ちがごくたまにしか出入りしないようなところにわざわざ気の効いた店を出すことはないだろう。
 都会では上から下まであらゆる階層の人たちが揃っているので食事どころのバラエティに富んでいるが、田舎では小さな露店と茶店くらいしかなかったりするのは、まさにそれらの土地に住む人々の所得水準(=生活のゆとり)の格差を如実に表しているかのようである。
 どこに行ってもそれなりにおいしくて衛生的なものを店で食べられるようになるころ、インドはさまざまな面で今とはずいぶん違う国になっているような気がする。

チキン65

 世界三大料理といえば、中華料理にフランス料理までは定番だが、あとひとつについては地域や人によって挙げるものが違ってくる。ウィキペディアに出てくるようにトルコ料理と続くのは、ヨーロッパ人の感性ではないかと思う。
 この中になんとか和食を押し込みたいのはやまやまだが、ややとっつきにくい玄人好みの味(?)であるためか、外国人は食べつけた人でないとなかなか「旨い」と支持してくれないのが弱点。また国や地域によっては日本食の存在が非常に希薄なところも少なくないので、どういうものだかイメージさえわかないということも少なくないだろう。
 そこに来るとインド料理のほうが、そのユニバーサル度で和食をかなりリードしているかもしれない。だがこれを常食している人たちの中で、栄養過多からくる糖尿病がもはや国民病といわれかねないほど蔓延しており、現代インド人の食生活について警鐘が鳴らされている。
 それにもかかわらずベジタリアンメニューが揃っていること、そして様々なスパイスを多用した「薬膳」的料理としてヘルシーなイメージが定着していることから、世界の各地の人々からもかなり肯定的に受け止められることが多いのではないだろうか。
 世界三大料理からいきなり卑小な話になるが、インド風鶏唐揚スナック、チキン65はビールの格好のつまみだが、この「65」とは一体・・・?
材料の名前ではないし調理方法でもない。食べ物という大地の恵みを手作りで仕上げたものに記号のような名前が付いているのは不思議だ。
「65種類の調味料を使うから」(そんなややこしい料理とは思えないが)、「正式には生後65日前後の若鶏を使うことになっているから」と諸説紛々のようだ。尋ねても納得できる返事が返ってきたことがない。
 はたして「65」の正体とは如何に?

インド・マンゴー輸入解禁は?

ああ、マンゴー!
 ご存知カシューナッツにピスタチオといったナッツ類はウルシ科の食用植物だが、じつはマンゴーもその仲間である。地上最大のマンゴー生産地といえばインド。世界中のマンゴー年間生産高およそ1千万トンのうち、じつに52パーセントをインド産が占めているというからその圧倒的な規模がうかがえよう。しかも千種類にもおよぶ異なったタイプのマンゴーがあるとされ、このうち商業的に栽培されるのは20種類前後だという。
 しかし保管方法や輸送手段が未熟であることから、せっかく実ったおいしいマンゴーの約3割が腐敗し廃棄される運命にあるという。
 「そんなもったいない!」と誰もが思うことだろう。だがこれほど美味な果実が大量に出荷されているにもかかわらず、わが国の植物検疫の関係で、国内でインド産マンゴーは加工品を除いて、手に入れることができないというのも実に残念なことだ。
 現在、フィリピン、タイ、メキシコなどの国ぐにから日本にマンゴーが輸入されているが、インド産はまだこのカテゴリーに含まれていない。日印の政府間では、マンゴー輸入にかかる交渉が10年以上続いているものの、いまだ明確な結論は出ていない。
 日本の市場に価格の安いインド産が豊富に入ってくるようになれば、美味にしてバラエティ豊富、しかも安いと三拍子揃ったマンゴーは輸入青果売り場の主役となることだろう。
 そろそろ真打登場か? 世界に冠たるインド産マンゴーの来日を期待したい。

印度風味的中華料理!?

 チョプスィー、マンチュリアン、少々ノビ気味のチョウメン、大きくてカチカチのスプリングロール…。これらが不味いとは言うわけではない。美味しいものだって多々あるが、インドの「CHINESE FOOD」はどうしてこうもヨソの国の中華料理と違うか考えてみた。
 まず食材の問題がある。インドでは菜食主義者が多く、肉食をする人でも食べるのはマトンかチキンくらい。ごく一部の場所を除いて中華料理でおなじみの「豚肉」は出てこない。乾燥具材の干しシイタケ、キクラゲ、貝柱の類も見当たらない。
 調味料にしてみてもそうだ。インドは東アジア〜東南アジアのような、アミノ酸が生む「旨味」の食文化圏ではない。南中国の沿海地方にあるような海鮮醤は言うまでもなく、ちゃんとしたオイスターソースの類さえインドでは珍しい。ダシに重きを置かないので、スープを飲んでみても何か物足りない感じがする。
 在来の調理法との違いも大きい。炒め物ひとつ取っても、強い火力でジャジャッと加熱して素材の歯ごたえを生かす中華料理的手法は、しっかり芯まで火を通すインド料理に慣れた人びとの舌にはあまり受け入れられないのかもしれない。蒸す・湯がくという料理法も見当たらない。麺を食べる伝統がないので、煮崩れる寸前まで茹でて(煮込んで?)しまうこともしばしば。 
 麺といえば、ヌードル・スープを頼むとマギーのインスタント麺をレシピ通りに作ったものが出てくることもある。日本のおとなり韓国でも、食堂で「ラーミョン(ラーメン)」を注文すると、厨房の人がインスタントラーメンの袋をバリバリと破っていたりするので、まあ、あまりインドばかり責めるわけにはいかないだろう。
 具材を含め、インド化した独自の中華料理が生まれた原因には、インドに中国人がほとんどいないことが大きい。本物の中国人が作る中華を味わったことがないので、「こんなもんじゃないかな」と想像して作るしかない。(そのかわりチベット料理はインド各地で食べられる。)
 ともあれ世界三大料理のひとつ「中華料理」にはユニバーサルな人気がある。食に対して保守的なインドでは、客層は限定されているが、高級レストランから安食堂まで、それらしきものに出会うことができる。
 これが和食だったらどうだろうか。南アジアの人たちが日本で普通の食堂に入ると、汁気の少ないおかずとご飯という組み合わせに難儀するようだ。彼らの国ではごはんの上に汁物をかけて食べるのが普通。よほど好奇心が強いか、日本通の人でないと、なかなか受け入れてくれないような気がする。
 仕方なく彼らがテーブルの上に置かれているケチャップやマヨネーズをかけてなんとか口に運んでいる姿を目にした食堂の人が「向こうの人はこういうのが好きだね」と巨大なケチャップ瓶を常備する…そんな善意から勘違いが生じることもある。
 地域によって人の顔立ちや言葉が違うように食べるものだって違う。おなじ「中華料理」だって本場中国、日本、東南アジア、インド…それぞれ独自の個性を持っているのは面白い。
 大海原をはさんだ隣国マレーシアには、地元のカレーと中華式の麺が合体した「ラクサ」が、あるいは中国には存在しない南洋華僑料理「肉骨茶」のようなご当地中華がある。これは巨大な華僑人口ゆえのこと。中国人の影響なしにCHINESEが急普及したインドにも、そろそろ何か面白い料理が出現してもおかしくないはずだ。