グジャラート州 酒類解禁への道 

酒、酒、酒・・・
禁酒州
インド独立の父、ガーンディーを生んだグジャラート州といえば言わずと知れた禁酒州。1960年5月1日にそれ以前のボンベイ州から分離し新州が成立してから現在まで、酒類の販売、持ち込み、消費等が禁止されている。バスなどで入る際に州境の検問で警官たちが乗り込んで来て簡単な車内検査を行なうことがあるが、鉄道で出入りする際には特に何もないため、国外から来た旅行者などはここが禁酒であることを知らずにそのまま持ち込んでしまうこともあるだろう。外国人のカバンをひっくり返して細部まで調べるなんてことはないので持ち込もうと思えば簡単にできてしまうのだが、同州の法を犯すことになるという認識は必要である。飲酒をしようという場合、私自身特に手続きしたことはないのだが、正式には当局からリカー・パーミットを取得して定められた場所で飲むことになる。
街中の風景に酒屋やバーが見当たらないのはやや寂しい。でも休暇で訪れているぶんには我慢できないこともないし、たまには肝臓にお休みをあげるのもいいではないかと思う。
しかしこの地域に仕事その他で居住するとなると話は違ってくるだろう。おおっぴらに飲み会やパーティーを開くわけにはいかないので、『飲みニュケーション』文化圏の人々は困るだろう。自宅にストックして身内や親しい人たちと飲んでいる分には警察の厄介になることはまずないにしても、『酒=犯罪』に関わっていることに違いはない。何時捕まってしまっても文句は言えないというリスクを抱え込むことになる。


それでも闇酒は出回る
だがグジャラート州内ではアルコール類が一切手に入らないわけではない。地元の新聞にしばしば国内他地域からの『酒の密輸』や『闇醸造所』の摘発に関する記事が掲載されており、実際ブラックマーケットで酒類が市中にかなり出回っていることを否定する人はいない。
他の多くの州同様、グジャラート州でも大別して三種類の酒が手に入るとされる。まず地元で製造されたビニールのパックに入った蒸留酒。いわゆる密造酒で人体に悪影響を及ぼす危険が高いので、たとえ飲む機会があってもやめておいたほうがいい。そしてビンに入った地酒、つまりウイスキーやラムといった洋酒類ではなく、地元や隣接地域などで造られてきた伝統的な蒸留酒だ。例えば南インドのトディーやゴアのフェニーといった類を想像すると良いだろう。そして最後がIMFLことインド製洋酒で、近隣地域から密輸されて入ってくるものだ。やはり私たちにとってこういう普段から親しんでいる種類、よく見知ったブランドが安心だろう。
ところでこうした闇酒だが、ブラックマーケットで取引されるため、酒が合法な他州よりもべらぼうに割高になるかといえばそうでもないらしい。
そのカラクリは税である。正価で一本500ルピー(州により税率が違うので同じ酒でも地域により価格が違うが)のウイスキーがあるとする。例えばその価格の6割に当たる300ルピー相当は政府に納める税金であった場合、残り200ルピーが税抜の正味価格ということになろう。闇で出回る酒はもともと課税を逃れているため、元値の200ルピーに対してヤミ流通段階でのコストがいろいろ付加されていっても、最終的に消費者が手にするときに支払う金額が隣州の正値と同等であったり、かえってそれよりも安かったりという現象が起きるのだとされる。
闇酒はどこからやってくるのか?
地域でこっそり醸造・蒸留される密造酒はともかくとして、きちんと工場で製造された正規の製品はどうやって入ってくるのかといえば、鉄道やトラックといったごく普通の手段で案外普通に入ってきている。そうした積荷がしばしば摘発されて新聞記事となるのだ。州境を接するラージャスターン、マディヤ・プラデーシュ、マハーラーシュトラといった三州との間に大小無数の交通ネットワークがある。越境してやってくる積荷すべてをくまなくチェックなどできるはずもない。そこに加えてこれらを取り締まる役目を担っている警察等のお目こぼしはもちろん、現場のポリスたちを統括するもっとパワフルな人々の合意を取り付けていればいとも簡単なことだろう。
加えて『禁酒』は州内に駐屯している国軍には適用されないため、将校その他にはちゃんと正規のルートによる供給があり、しかも市価よりも安い特別価格で購入することができる。そのためこのあたりから横流しされるケースも少なくないらしい。また退役軍人たちも月々の割り当て量を上限として酒類を購入することができるが、小遣い稼ぎのためにこれを売り払ってしまう人も少なくないというのはさもありなんといった感じか。
禁酒政策を見直す流れ
このように闇ルートや軍関係の供給を除けば、酒類に関し正規の市場が存在しないこの州で、このほど『禁酒』を部分的に解除しようという動きがある。
グジャラート州政府が酒類の解禁へと動く背景には、禁酒であるがゆえに観光業が伸び悩んでいる、ビジネス関係の見本市や大きな会合などを誘致しにくい、それどころか外国企業がこの地域への投資を手控えているなどといった実業界からの声を中心とする批判を背景にしているとされるが、国内外の酒造産業そのものからの圧力も相当大きいはずだ。
政府自身としても、禁酒を掲げていながらもその実水面下ではオモテには出てこない現物が取引されていること、徴税から逃れて売買されており事実上『Duty Free』となってしまっていることへの懸念もあり、これをなんとか行政の管理下に置きたいという意図があるのは当然のこと。もちろん行政内部、つまり州政府高官、警察幹部、地元政治家等々の深い関与もありこうした人々の懐にも現金が流れているとされる汚職問題もあるが、むしろ取引による収益により同州内外で最終的に潤う人々、すなわちアンダーグラウンドな世界への資金流入を絶つことを狙った治安対策としての意味も決して少なくないのではないだろうと私は考えている。
『禁酒』規制緩和始動!
インディア・トウデイ2月14日号によれば、グジャラート政府は州外の者が飛行機で到着した場合、空港で簡単な手続きでもってリカー・パーミットが即座に発行される便宜を図る、近い将来建設が予定されている経済特区内での酒の消費を認める、4ツ星以上の高級ホテルで開かれる州外の人々対象のパーティーでアルコールの供与を認めるなどといったことが計画されている。
経済面から見れば各種産業が盛んで個人所得も高いインド有数の豊かな州である。贅沢品や娯楽などにお金をかけることができる人々の占める割合が高く、ここに酒類関連の産業が新たに参入できれば、これまで表向きには存在できなかった大きな市場が出来上がるのだ。この流通ルートをオモテの世界に引っ張り上げることにより、先述のとおり地下組織への資金流入を絶つとう二次的な効果も期待できる。
部分的な解除という段階を踏み、長らく禁酒州であった土壌に正規ルートによる酒類の供給と消費を『軟着陸』させて様子を見たうえで、将来的には全面的に解禁されるものと見て間違いないだろう。州外居住者に飲酒の特権を認めて自州内の住民は対象外というダブルスタンダードは州内反対派への考慮を含んだものであるとしても、そうした不自然な状態を長く続けられるはずはない。
ビジネス界の後押しにより禁酒政策の緩和へと動き始めた同州与党BJPに対し最大野党の国民会議派は禁酒体制擁護のスタンスで対立し、年内に予定されている州議会選挙を見据えたうえでこの『部分的解禁』に関する事柄が政治問題化している。今後党外の政治勢力、ビジネス界、各種メディア、市民団体等々を巻き込んでの大騒ぎが待ち受けているようだ。それにしても州政界がこういう風に動き始めること自体、もはやグジャラート州が禁酒を続けることに大きな軋みと無理が生じていることを証である。
蛇足ながら、現在インドの『ドライ』な州といえばもうひとつ『Mizoram Liquor Total Prohibition Act』なる州法を持つミゾラム州がある。こちらについても『禁酒』についてはいろいろ議論があり緩和の動きがあるようだ。以下2005年の古い記事ながらご参照いただきたい。
To drink or not, that is the question (The Telegraph)
Liquor act (The Telegraph)
ミゾラム州の酒事情についてはまた別の機会に取り上げてみたいと思う。

「グジャラート州 酒類解禁への道 」への4件のフィードバック

  1. 1年間、アーメダバードに滞在したとき、記念にもなるしと「飲酒許可証」をもらいました。
    市内のProhibition Officeで「いかに飲酒が心身に害毒であるのか」という講習を受けた上で発行。市内で唯一の販売所(カーマホテル地下の地味なコーナー)に許可証を持って行って、購入量を記帳してはビールを買った覚えがあります。1ヶ月ビールなら20本だったかな。ウイスキーなら1本、ワインなら2本など決まった分量で、翌月への持ち越しナシでした。
    実際には家で飲む人びとは多いようですが、一般の販売が開始されると、どんな変化がおこるのでしょうね。

  2. どういう影響が出るのでしょうねぇ・・・。
    酒の扱いをめぐる政治的なゴタゴタを除き、将来仮に全面解禁になったとしても、結局自由に行き来できる他州と同等になるだけなので、拍子抜けするくらいすんなりと進んでしまうのかもしれません。でも法のタガが外れることにより、トータルな消費量酒をたしなむ人が増えるのは間違いないような気がします。
    これまで闇酒で稼いでいた人たちは、次はどこで何をしてその穴埋めをするのかということについてもちょっと興味があるところです。
    ところでその割当量では酒好きには辛いですね。酒嫌いで成人の同居家族があれば二人分合わせてなんとかなるのかと・・・。

  3. ミゾラムの禁酒は滅茶苦茶厳しく、入域に関しては一人一人のカバンもチェックされます。2006年、2007年は特に厳しくなりました。緩和の動きは、ミゾラム州産のぶどうに鍵ってぶどう酒の製造を許可の方向にありますが、これも一部特定の者にしか許可はされない予定で、腐敗の温床になる事確実です。

  4. 酒のありかたひとつとっても、実にさまざまで、この国の大きさを感じさせられます。
    ミゾラム産のぶどう酒ですか。飲兵衛としてはぜひトライしてみたいですが、その利権にいろいろな背景があるとなれば、その味わいにはちょっと複雑なものがありそうですね。

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