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投稿者: ogata

  • ローズとサフラン

    ローズとサフラン

     

    こちらはインドのAmulの乳飲料「Kool」シリーズ。いくつかの風味が用意されているが、私はこのローズとケーサル(サフラン)が一番の好み。日本ではあまり関心を呼ばない香り、味のようではあるのだが。

     

    しかしながら、どちらもインドの甘味類では非常にポビュラー。両者ともに西アジア起源の風味で、ペルシャ方面からインドにもたらされたとされるが、インドでの認識としては、前者はイスラーム的な味覚、後者はヒンドゥー的かつ高級感のある味わいという具合に対照的になっているのも興味深いところだ。

     

    サフラン色はヒンドゥー教を象徴する色であるとともに清浄さを表す色でもあること、高価であることだけでなく、サフランそのものが浄性が高いとされる点で他のスパイス類とは一線を画す。

     

    加えて食生活でローズよりも利用される場面が多いこと、サフランは一般的にはイラン原産とされるものの、現在大産地であるカシミールこそが原生地と考えるインドの人たちも多いこともあるのかもしれない。

     

    それはともかく、濃厚でリッチな味わいのKoolはとてもおすすめ。ローズとケーサル以外にもエライチ(カルダモン)、バーダム(アーモンド)その他いろいろあり、いずれも非常に美味しい。

     

    Flavoured Milk  (Amul)

     

  • 植民地的な綴りと現代地名

    インドには植民地期の地名の綴りが今も残っている例は数多い。独立後の長い歴史の中でラージャスターン州のJeyporeがJaipurに、グジャラート州のBarodaがVadodaraに変更となったような例は数多いのだが、その一方で変わらずそのままというのもけっこうある。

    Dalhousie、English Bazar、Frazerganjのように英国や英国人に因んで付けられた地名ではなく、既存の地名が「英語化(あるいはその地域の元宗主国の言葉に合わせた)された綴り」のことである。
    先述のJeyporeだが、実はオリッサ州にもあり、こちらではJeyporeのまんま。それでいて地元の人たちは「ジェイポーァ」とは読まずに自然と補正して「ジャイプル」と呼ぶ。

    西ベンガル州には「Serampore」という町があるが、これについても人々は頭の中で補正して「シュリーラームプル」と呼ぶ。(ベンガル語、ヒンディー語の綴りは発音どおり)。領有したデンマーク人がさだめで英語に引き継がれた綴りが前例踏襲でそのまま使われているのだ。

    そういう植民地期の綴りが最も豊富に残っているのはおそらくゴアだろう。Margaoと書いて「マドガーオン=Madgaon」と補正して読むことは訪れたことのある方ならご存知かと思うが、ポルトガル風の地名がたくさん残っている。それを「補正して読む」例は他にもいろいろあるのではないだろうか。

    そうそう、植民地期の綴りといえば、州名からしてそうだ。「GOA」と書いて、ゴアと読むのではないのだ。響きは近いが「ゴーワー(GOWA)」と補正して読むのがインドの人々。コンカニー語、ヒンディー語で用いられるデーワナガリー文字でもगोवा (ゴーワー)と綴り、その綴りどおりに呼ぶ。

    また、植民地期の綴りと通常の読みどおりの綴りが混在することがあるのは地名だけではなく、人名にも見られるのだが、長くなるので今回はここまでとしておこう。

  • ボンベイ市政公社(BMC)

    ボンベイ市政公社(BMCいわゆるムンバイ市役所)の建物内はこうなっているのか。外から眺めるばかりで入ったことはなかった。見事なヴィクトリアン・ゴシック建築なので、当然内側も壮麗である。

    Parsi Zoroastrians Worldwide 

    向かいにある同じ様式のヴィクトリア・ターミナス駅(ムンバイCST駅)を思わせるものがあるが、実はどちらも同じ建築家、フレデリック・ウィリアム・スティーヴンス(F.W. Stevens)による設計。
    ここまでは広く知られているけど、他にも市内に彼による建築物がないかAIに聞いてみると、いやーこれまたすごい!

    建物:Chhatrapati Shivaji Maharaj Terminus
    年代:1878–1888
    ※世界遺産

    建物:Municipal Corporation Building
    年代:1884–1893

    建物:BMC本庁舎
    建物:Maharashtra Police Headquarters
    1872–1876

    建物:旧Royal Alfred Sailors’ Home
    建物:Army and Navy Building
    年代:1890年代

    建物:BB&CI Railway本社(現Western Railway HQ)
    年代:1890年代

    建物:Oriental Life Assurance Building(現Oriental Building)
    年代:1893–1896

    建物:Post Office Mews
    年代:1890年代

    建物:Mulji Jetha Fountain
    年代:1894頃

    建物:Standard Chartered Bank旧館
    年代:1902年

    また、これらの建築の周辺にある同じような時期の建物の多くが、やはりスティーヴンスの影響を受けた建築家たちによるものらしい。

    「ヴィクトリアン・ゴシックの鬼才スティーヴンスの作品群と影響を受けた建築家たちのボンベイ」を見るだけでもムンバイを訪れる価値があるわけだ。

    ちなみにスティーヴンスはこういう人物。ご参照いただきたい。
    Frederick William Stevens(ウィキペディア記事)

     

  • 小さいけど魅力的なミターイー屋さん

    ジャランダルの小さなミターイー屋さん。店の構えはシンプルで品数は少なくてもこだわりの品々のようだ。3代目店主のワルンさんはボディービルで入賞したことがあるとのこと。(2022年にミスター・パンジャーブ)

    大きな氷塊で冷やす「フリッジ」が面白い。ここにはラースマラーイーが保管されている。
    この店に行ってみたい。

    70 years old Iconic Shop of Punjab (Food Pundits)

  • 実はそんなに甘くないインド菓子

    実はそんなに甘くないインド菓子

    コルカタの老舗K.Cダースでいくつかのミターイーをテイクアウト。旅行中はほぼ毎日、ミターイー屋さんで楽しむかテイクアウトしている。洋菓子でもインド菓子でも乳成分が多いものが好きなのだ。

    インドの菓子について「甘過ぎる」とか「砂糖のかたまりみたい」という声を耳にするが、尋ねてみるとジャレービー、グラーブジャムーンとかラスグッラーのような糖蜜漬けになっている菓子のことを言っているようだ。

    糖蜜漬けだと甘いのは当然。それを以って「インド菓子はめちゃくちゃ甘い」と言うのは、サバランをもって「洋菓子は甘過ぎるから無理!」と断言してしまうのと同じようなものだ。

    実は糖蜜漬けの類を除けば、一般的にそれ以外のインド菓子はそんなに甘くない。とりわけ都会の店、広く展開しているチェーン店などではなおさらのこと。

    K.C.ダースは昔ながらの店とはいえ、こちらもそんなに甘くはない。日本の洋菓子屋さんでケーキやタルトを食べるのと甘さ加減は同様。

    ちなみに私は洋菓子では、先述のサバランはもちろん、ブラウニーやモンブランは、ちょっと甘過ぎて食べられないし、ファンタやミリンダの類の甘い飲料も苦手である。

    実は決して甘過ぎないインド菓子。

  • バラカスポット

    バラカスポット

    ダルガー・ハズラト・クワジャ・バンダナワーズに参拝。デリーのニザームッディーンにあるダルガー、アジメールのダルガーと同じくスーフィーのチシュティー派の聖者廟(ダルガー)であるため馴染み深い。

    ここに来るのは初めてだが、Googleマップで見る限りでは、そのバンダナワーズ様がある場所の界隈に他のダルガーが点在している様子を想像していたが、そうではなくバンダナワーズの敷地にこれらのダルガーも存在しているのであった。なんという強力なバラカ(ご利益)スポットだろうか!

    きれいさっぱりとホワイトウォッシュされたダルガーの外観とは裏腹に聖者自身が葬られた墓のある建物内部の美しいミラー細工や彩色が素晴らしかった。中は撮影禁止となっており、いつの時代か目にした眺めがそのまま画像としてスマホに出力されるような、そんな日が来ないものだろうか。

    イスラーム教といえば厳格な一神教で私たちのような多神教世界とは相容れないと思っている人は少なくないが、このような聖者信仰は信者たちの動態としては日本のお不動様信仰に近いものがあるとともに、インド亜大陸のような多神教の土壌の中では、ムスリム以外からも受け容れ易く、事実非ムスリムによる参拝も少なくない。

    このような形態を許容しないのはワッハーブ派の影響下にある原理主義勢力で、このような信仰は異端ということになる。

    イスラーム教といっても様々な形態があり、自身に多様性、多重性を持つ奥行きの広い世界であり、先述のワッハーブ派、その影響をインドのタブリーギー・ジャマアト経由で受けたターリバーン、そしてISその他の原理主義過激思想は、イスラーム世界の大半とかけ離れた異質なもの、ということになる。

  • ムスリム墓地

    ムスリム墓地

    佇まいはクリスチャンのそれと似ている。やはり同じ源からきた「同じ啓典の民」であることを感じる。ユダヤ教、キリスト教もイスラーム教も「実は同じ神を信仰」しながらも作法とアイデンティティが異なる人たち。

    神は人々の間に違いは作らなかったが、人々が自らの間に違いを作ったというわけだろうか。

  • ダージリン山岳鉄道の貨物列車

    下記リンク先に掲載されているのは1980年撮影の写真とのこと。もともとは客車以外に貨物輸送も盛んだったが1980年代以降は道路輸送に押されて姿を消す。逆に言えば、それ以前はシリグリーからダージリンへの道路は貧弱であまりアテにならなかったということにもなる。

    ニールギリーの山岳鉄道においても同様で、その時代に道路輸送に押されて、路線廃止の論が出ていた。

    対照的だったのはシムラーの山岳鉄道。こちらも1980年代に貨物輸送は廃止されたものの、廃止の危機はなかった。

    ハリヤーナー州の交通の要衝カルカーとーヒマーチャルの州都を結ぶインターステートの交通機関としての役割があったこと、早くから観光路線として注目されたことなどが背景にあったようだ。

    A freight train (Darjeeling Himalayan Railways) on the line in 1980.

     

  • 日印経済関係

    日印経済関係

    NHKの比ではない。ドゥールダルシャンは正真正銘の国営放送なので、政権の意向が働くというよりも、政権の宣伝機関。

    選挙の際の野党へのネガティブキャンペーンは凄まじいし、そのときどきで政権が喧伝したいことを忠実に電波に乗せる。モーディー首相が第一次政権時代から続けている彼自身の講話「Mann ki Baat」もそのひとつだ。

    こちらは7/3の放送分だが高市首相の訪印に合わせてインド・日本の関係について視聴者である国民向けにいろいろアピールしていた。

    人口構成が圧倒的に若年層に厚い国であるがゆえ、アナウンサーが「日本との関係で1980年代にあったことを知っている世代の方々でなければご存知ないかもしれませんが」と前置きしたうえで、スズキ自動車とインド政府の合弁で始まった自家用車生産事業のことに始まり、その後続いた日印の経済交流についてのおさらい等々をしていた。

    このアナウンサー、スディール・チョウドリーがドゥールダルシャンに出演していることについて、アッと驚く方も少なくないかもしれない。インディアトゥデイ系の民間ニュースチャンネルAajtakの看板アンカーのひとりだったが、昨年同チャンネルを辞めて、国営放送局に移籍している。インドでは「ニュースの顔」の転籍は頻繁にあるのだ。

    PM Modi-Sanae Takaichi की ‘भाई-बहन’ वाली Diplomacy | Sudhir Chaudhary | India-Japan | News (DD News)

  • ゴチャゴチャの統一感

    ゴチャゴチャの統一感

    打楽器の専門のようだが、店先からしてすごいゴチャゴチャ感。それでいてしっかりと統一感もある。まるでインドいう国を象徴するかのようでもある。

    ああ、インドは素晴らしい!

  • ダルガーにご神木

    ダルガーにご神木

    インドでムスリムも代をしばらく遡るとご先祖はヒンドゥーであることが多い。またヒンドゥー文化の大海の中に散在するマイノリティーであるがゆえ、当然いろいろと影響を受けるのは当然のこと。よってムスリムといってもその背景にはヒンドゥー的な伝統をも抱えていることになる。

    そんなわけでこんなダルガー(イスラーム聖者廟)にご神木があったとしても不思議なことではない。もちろん暑季の強い日差しを防ぐという実用的な目的もあるのだろう。

  • 寂れたモール

    寂れたモール

    グルバルガの城からディズニーランド風の建物が見えた。

    尋ねてみると「モールだ」というので、カフェでもあろうかと入ってみた。

    外観は立派なのだが、とても寂れていて何もない。

    立派な外観とは裏腹にほとんどテナントが入っていない。

     

    ちょっとしたサイズの街であればいくつかモールがあるのが近年のインドではあるものの、どれでも繁盛しているわけではなく、立地が問題だったり、現地の所得水準とのミスマッチがあったりする。つまり地方の街では中間層以上の人口が十分に育っていないことがある。

     

    それに加えて従来の市場がまだまだ強かったり、映画館やフードコートへの依存の度合いが高く、これらを欠くと集客が難しかったりなどということもある。

    またすでに人気のモールがあると競合して負けてしまうことも。

     

    グルバルガは50数万人規模の街ではあるものの、すでにモールが10軒近くあり、このモールには映画館が入っていない。隣接する文字通り衣料品を中心とするカプラー・バーザールが大変賑わっていることが集客に有利な立地と考えられたのかもしれないが、不振に苦しんでいるようだ。