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投稿者: ogata

  • グルバルガのイードガー

    グルバルガのイードガー

    グルバルガには大きなイードガーがある。イスラーム教の礼拝施設だが、大祭であるイード・アル・フィトルとイード・アル・アダーの朝の礼拝専用の施設。つまり大祭で普段と異なる規模で集まる信者たちを収容できる非常にスケールの大きなものとなっている。

    ここではミンバル(説教壇)もこうした形で露天の「屋外集団礼拝施設」である。
    広大な敷地の中で大勢集まった信者たちの姿を想像すると、さぞ壮観であったかと思うとともに、イスラームの暦は毎年ずれていくため、モンスーンの大雨のときにはどうしたのだろうか、それでも決まった日時のものなので驟雨に打たれて礼拝を行っていたのかと、いろいろな有様が脳裏に浮かぶ。当時はゴアテックスみたいな悪天候時に都合の良い生地はなかったからして。

    キブラに向かって左右に配置された巨大なミナレットは遠くからでも見つけやすい目印。グルバルガ訪問の際のオススメスポットの筆頭格である。

    亜大陸なおいて、イスラーム勢力は軍事的な征服者としてだけではなく、圧倒的な先進文化を携えて登場し、人々を感化し啓蒙した、まさに「イスラームの衝撃的」である。その衝撃の一端を今の時代においても体感できるのがインドでありパーキスターンでもある。

    ビーダルにおいてもグルバルガにおいても旧市街はまさに「イスラームの国」なので、インドにありながらもまた別の国を訪問しているような気分になる。インドという国の奥行きの深みと多層性は他に類を見ないものであり、常々尊敬の念を禁じ得ない。

  • ハイアール

    ハイアール

    宿の部屋には中国メーカー「ハイアール」のエアコン。レスポンスは早いし、静かでガンガン冷えるし、温度調節も的確だし、設定温度が本体の目立つところに大きく表示されるのも良い。設定温度は躯体に大きく表示されるのも良い。良品を造ってますね。

  • インド初の二段貨物列車

    インド国鉄が二層式コンテナ長距離輸送を開始とのこと。間近に見たら迫力満点なことだろう。動力、制動力を確保するため、先頭の機関車は2両の重連、中間に補機としてもう一台入っている。
    この動画に出ているのは物流の動脈、グジャラート州とムンバイ間を結ぶルートとのこと。

    Indian Railways rolls out first double-stack long-haul container train (Youtube) 

  • インドもプラスチック紙幣導入へ

    インドの10Rs、20Rs紙幣が紙からプラスチック(ポリマー)へ転換するようだ。ボロボロなし紙幣の流通が多いし、気が付かずに切れた紙幣を受け取ってしまうとなかなか手放せなくなるので、これは良いことだろう。
    地域により、崩れかけた少額紙幣を小さな平たいビニールに入れて授受できるローカルルールのある場合もあるが、そもそも少し切れたくらいで受け取らない習慣はなんとかしてもらいたい。
    パキスタンではそんなことはないため、分離独立後のどこかで始まった習慣なのだろう。

    Government approves introduction of one billion polymer banknotes of ₹10 and ₹20 (THE HINDU)

  • ゲート

    ゲート

    ビーダル街歩きで気になったゲートがあった。上階には居心地良さそうな部屋がある。どんな風に使われていたのだろうか?
    ビーダルの街は城壁が囲まれていた過去があるが、こうしたゲートは今なおいくつも残されているのがうれしい。もちろんここに限ったことではなく、インド中あちこちにあるのだが。

  • 旅情 駅とバスターミナルの違い

    旅情 駅とバスターミナルの違い

    鉄道駅はどこも佇まいにそれぞれに風格や味わいがある。とりわけインドにおいては歴史的な駅がたくさんあるのため、それを楽しみたくてわざわざ出発の2時間くらい前に足を運んで、構内あちこち見学したりもするのは私だけではないだろう。とりわけ大きな駅となると、その見どころも多いものだ。

    ところがバスターミナルについてはこれまでそうした魅力を感じたことがない。場所によっては近代的であったりきれいに整備されていたりもするのだが、必要以上の早く着いて施設内を歩き回ってみようという気にはならない。

    もちろん、多くの人々が行き来するので、バスターミナルにも旅情のようなものはあるのだが、やはり鉄道のような深みはない。同じ移動のための乗降や乗り換えの施設なのに、なぜこうも違うのだろうか。鉄道駅はたとえ各駅停車しか止まらない寂れた駅であっても、どこか心打つものがある。

    旅情の有無を生み出す主な要因は、以下の4点に集約されるようだ。

    ①存在する場所に対する固定性と仮設性

    鉄道駅は、鉄路という固定されたインフラの上に成り立っている。バスで言えば道路に当たる線路、駅、運行関係システムや保線作業、その他諸々の事柄が単一の鉄道会社という企業体のもとで専用施設として構成されている。そのため一度作られた駅や鉄路は簡単に移設できない。駅や鉄路その他の鉄道施設すべてが「それぞれの土地に深く根を降ろしている」事実が、時間の蓄積や風格といったものを生み出す。

    いっぽうで、バスターミナルはどうかと言えば、社会全体で共有するアスファルトの道路網さえあれば、発着場はいつでも移転・改変が可能であり、鉄道のような単一の企業体により構成されるものとは対極にある。いつでもどこでも車両自体が異なる事業者によって所有されており、いってみれば公道を往来する自家用車と大きく変わるところはないともいえる。バスターミナルも鉄路のようにルートが固定される制約がないため、必要に応じて用地さえ取得できれば移転は容易。こうした「仮設的」「機能優先」な性質が、旅情や風格よりも効率性を前面に出させてしまうのだ。

    ➁建築の歴史と玄関口としての伝統

    鉄道駅については、19世紀の産業革命期、鉄道駅は国家や都市の威信をかけた「都市の玄関口」として作られた。無人駅のような小さな駅であっても、かつてそこにあった生活や歴史の記憶がプラットホームや駅舎に継承されている。

    バスターミナルは、モータリゼーションが進んだ20世紀半ば以降、主に効率的な乗車処理を目的に作られた。機能美やコストカットが優先され、無機質な空間になりがちとなる。

    ③移動のドラマ性と境界線

    鉄道駅は、改札を抜けてホームに立ち、ベルや発車メロディが鳴り、重厚な鉄の箱が滑り出すという一連の動作に明確な儀式性がある。線路がどこまでも伸びている視覚的効果も、「遠くへ行く旅」という非日常的な情感を高めてくれるのだ。

    いっぽうでバスターミナルについては、道路という日常の延長線上に位置し、排気音とアスファルトの匂いが漂う空間。日常と非日常の境界線が曖昧であるためドラマ性が生まれにくくなる。

    ④利用する側の心理

    鉄道駅は(国、地域や季節等によるが)定時性が高く、旅の余韻を楽しんだり旅情に浸ったりする精神的ゆとりが生じやすいなどにより物語性が高い。

    しかしバスターミナルについては、 渋滞による遅延や、夜行バスなどの格安移動、慌ただしい乗車手続きなど、移動の手段としての実用面が強調されやすい。

    ①から④までを通して、鉄道駅が「ドラマが始まり、そして終わる場所」として設計されてきたのに対し、バスターミナルは「人を移動体へ乗り換えさせる機械」として機能してきた点が、決定的な味わいの差を生んでいるように思われる。

  • 悲惨なニュースの中で・・・

    激しい流れに呑み込まれて、かろうじてその中で建っているこの家のバルコニーに住人と思われる数人の姿があるというショッキングなニュース動画があったが、どうやらその人たちは助かったとのことで良かった。

    現地からのニュース映像では奔流の中で倒れずに残った家が散見されるが、そうした家々は激しい流れの中央部ではなく周縁部であったことだけでなく、構造上の特徴などについても解説しているBBCによる報道もあった。

    大変痛ましい災害だが、そこから得られる知見が後々共有されて役に立つようになることを願わずにはいられない。

     

    What happened to the family trapped inside Nepal’s ‘miracle’ ..(THE TIMES OF INDIA)

    The green building that wouldn’t fall: How it survived Nepal’s raging flood (GULF NEWS)

     

  • イスラームの衝撃

    イスラームの衝撃

    死者は焼いて遺灰を流してしまうため故人の墓はないヒンドゥー教徒と異なり、ムスリム社会における偉人や聖者の亡骸と墓への執着ぶりは物凄い。その故人の威光にあやかって、他の人たちもその廟や墓石の横や敷地内に墓を建てるというのもその執着ぶりに由来する。
    そんな側面だけを取ってもイスラーム教浸透時にインドが受けた「イスラームの衝撃」はどんなに凄まじいものであったのだろうか。

  • 日本メディアのインドへの関心の希薄さ

    CJPによるデモ活動を受けての教育大臣の辞任からひと月くらい経過してからのこの記事。いかに日本のメディアがインドに対する関心が薄いかを示しているかのようだ。内容も薄く、「残るカースト・貧富の差 分断越え連帯」などとステレオタイプに結論付けているのがいかにも日本のメディアらしいところ。

    このような運動は初めてではないし、インドで人口の1/4以上を占めるいわゆる「ジェンズィー(Gen Z)」の力、近年南アジア各国(スリランカ、バングラデシュ、ネパール)で政権転覆させた若者たちのパワーがインドでも頭角を示した、近隣国での例をもとに与党は扱いに慎重になったというのが今回のポイント。

    その「ジェンズィー」の動きを当初は見くびっていた政権が、あまりに急速な運動拡大を目の当たりにして、急遽警戒モードに入り要求を呑んだが、以降は与党、野党ともに「ジェンズィー」層の取り込みに躍起となっているのはインドメディアから報じられているとおり。

    おそらく記事を書いている記者自身は、2014年にデリーで盛り上がったアンナー・バザーレーの運動とそこから派生した庶民党の台頭への流れどころか、2019年秋から2020年春にかけての反CAA(反市民権法改定)運動のことすらご存知ないと思われる。残念ではあるが、これが日本のメディアにおけるインドに関する報道の現状である。

    (フロントライン 世界)ゴキブリ人民党の挑戦 奇抜な「ミーム」、怒れるインドの若者は団結した(朝日新聞)

  • クバーニー・カー・ミーター

    クバーニー・カー・ミーター

    グルバルガのレストランにて夕食後にデザートを頼んでみた。

    期待していたのとはちょっと違うが、これはこれで美味だった。アプリコットベースのスイート。ハイデラバードのが超ウマらしい。ここはグルバルガだけれども。

    甘党天国インド。食事同様に、おやつやデザートのスイーツがインドの食の大きな楽しみのひとつだ。

  • チャーエ・ブレイク

    チャーエ・ブレイク

    この日もよく歩き回ったので心地よく疲れまた。しばしチャーエで披露回復。いつもの如くお代わり入れて2杯飲む。

    向かいの席の家族連れの奥さんが若い頃のシャーバナー・アーズミーみたいな美人さん。

    こんな休憩時間は良いなぁと思います。

  • おやつの時間

    おやつの時間

     

    バタースコッチケーキとオレンジジュース。アルコールは含まないのに酒っぽい味わいがうれしい。今世紀に入ってからインドの町ケーキのクオリティーは急激に向上している。

     

    90年代までのインドの町ケーキは植民地期から続いたパサパサ、ゴリゴリのスポンジに糖の固まりのような疑似クリームで、フォークを刺すと割れるやつ。クリームというより糖衣。冷蔵庫の無かった時代に英国人等欧州人向けの店で作られていたものだ。

     

    その中にもなかなか美味しいものは存在しており、カルカッタで「現存する最古の洋菓子屋兼ベーカリー」として知られるユダヤ人の店「ナフーム」で、そうした中の良質なものが今でも見られる。

     

    しかし多くは前述のとおり、ケーキとは名ばかりのひどいシロモノであった。当時のインドのケーキを知る人はなかなか関心が向かないかもしれないが、そんな今こそインドの「町ケーキ」を味わってもらいたい。素晴らしい進化の度合いに驚愕すること間違いなし!である。甘党天国インド。