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カテゴリー: food & drink

  • 日本式の食事処 2

    そんな『和食圏外』のインドで、しかも都市圏から遠く離れていながらも健闘している和食レストランがある。ダラムサラのマクロードガンジにあるルンタ・レストランだ。 ルンタ・ハウスという建物の中にある。 

    NGOルンタ・プロジェクトが、現地のチベット難民たちによるNGO組織であるグチュムスの会とともに、難民に対する職業訓練施設を兼ねて運営しているものだ。ルンタ・レストランは彼らの活動のための収益部門のひとつである。 

    そんな訳で通常のレストランとは性格が異なるのだが、ここはずいぶん繁盛している。日本人旅行者その他の滞在者による利用とともに、ロンリープラネットにも紹介されているため西洋人客が非常に多いことも特徴だ。またインド人観光客の姿も散見される。 

    パッと見た感じでは、店内に日本式食堂という雰囲気はあまりないが、奥の方には座敷風になっているコーナーがあってくつろげる。 マクロードガンジに多いツーリスト向けのレストランやカフェの中のひとつだが、店内が広くてキビキビしたスタッフの応対が良いことに加えて、普通ならば日本国外ではかなり高い値段の付く日本式の料理を、バックパッカー向けの食堂の価格で提供していることが人気の理由だろう。 

    お好み焼きが50Rs, かき揚げ丼は60Rs, 日替わりの定食(巻き寿司の日もあり!)は120Rsといった具合だ。日本国外で『和食』を謳うレストランの中で格段に安い。他にもうどんや日本風のカレーライスもあり、どれも男性客にとっても充分な分量が出てくる。パンやデザートといった洋風のアイテムもある。ピュア・ヴェジのアイテムもあるので、菜食主義のお客も安心だ。 味のほうは、質実剛健というか、男の手料理というか、ちょっとごっつい感じはするものの、私たちが普通に作って食べている家庭料理といった印象だ。 

    日本人観光客や滞在者が多いとはいえ、『和食圏外』の国で、しかも都市圏から遠いこと、また値段の面でも格安であることから、NGOの収益部門であることも併せて、通常の和食レストランとは異なる型破りな存在である。 運営母体であるNGOの活動はもちろんのこと、ルンタ・レストランの今後ますますの繁盛を期待したい。

     <完>

  • 日本式の食事処 1

    海外にある日本式の食堂、和食レストランといえば、主に日本人在住者や訪問客が多いところ、あるいは現地で日本食に関心の高いエリアという、言うまでもなく大きなマーケットが成立する場所に出店している。それらは往々にして大都市である。 

    裾野の広がりがグローバルな中華料理やファストフードの類と異なり、まだまだ日本の『民族食』的な色彩が強いため。縁もゆかりもないところにいきなり出店というケースはあまりない。『日本ブランド』は、世界中どこに行っても評判の高いクルマや家電製品などとは違い、食の分野ではマイノリティだ。現地にそれなりの『和食文化』的なインフラが存在していることが不可欠だ。 

    多くは個人事業主による出店で、日本人がオーナーであることが多いが、同様にかつて日本に留学した経験があったり、働いた経験があったりするなど、日本とのゆかりの深い現地の人が開業した店も数多い。また日本人と現地の人による共同経営(日本人とその配偶者である地元の人という組み合わせを含む)もよくみかけるところだ。 

    特に日本企業が多く進出しているところでは、接待などで使われるような高級店も少なくないが、日系企業オフィス近隣でランチや仕事帰りに一杯引っかけるのに利用してもらうような店、単身赴任者を主に相手にしているような大衆食堂と居酒屋を兼ねたような店も多い。 

    大衆食堂風とはいえ、途上国においては現地の気楽なお店に比べるとずいぶん高いため安食堂とはいえない。主な顧客層といえばたいていは日本人客ということになる。 

    これらとは別に、近年は日本の外食チェーンの海外進出も盛んになってきており、和食では大戸屋がタイ、台湾、香港、インドネシア、シンガポールにいくつも出店している。居酒屋の和民はアジアの複数の国々で展開している。 

    また『和食』と表現していいのかどうかわからないが、日本発の食としてのラーメンを味千ラーメンが中国、韓国、東南アジア、北米、オセアニアに進出しているし、餃子の王将が海外展開するのは、本場中国の大連だ。 

    日本式カレーのCoCo壱番屋もアジア5か国とハワイに店を出している。海外でも日本国内と同じルーを使用しているという。なんと6年後あたりを目途にインドへの進出を画策しているようだ。日本のカレーがインド上陸となれば、日本国内での話題作りにはなるかもしれないが、これについてはレシピそのものを根本から見直さなくてはならないだろう。

    和食ないしは日本式の食事関連以外にも、イタリアンのサイゼリヤ、ステーキが中心のペッパーランチも積極的に海外に進出している。 

    こうした日系の外食チェーンの主戦場は東アジアと東南アジアの大都市だ。各国・地域の消費文化の中心地でもある。もともと味覚、食材、調理法などで共通するものが少なくなく、親しみやすいこと、サブカルチャーやファッションその他の面でも日本の影響が濃く見られることなどからも、和食ならびに日本食以外の分野についても『日本ブランド』がそれなりの浸透力を持つことができる。

    そのため地場資本の外食チェーンでも『和食』アイテムを取り上げるところが増えてきており、現地レベルの庶民的な価格で日本食らしきものを食べることができるようにもなりつつある。 

    ただし食事の分野において日本のネームヴァリューがまったく通じないところも少なくない。欧米においても都市在住者以外では日本食といっても『中華料理と違うのかい?』とまったくイメージさえ沸かない人は少なくない。また同じ『アジア』の中でもヒマラヤの西側の国々となると一気に『和食圏外』となる。とりわけ中東あたりまで来ると、刺身や寿司の類を『奇食』ととらえる人さえ少なくない。 

    インドやスリランカあたりで大都市には和食レストランがいくつかあるが、いかんせん『圏外』であるため、東アジアや東南アジアでの和食に比べると、食材の供給の問題もあるがコストバリュー、ヴァリエーションともに著しく低くなってしまうのは致しかたない。 

    <続く>

  • ああドリアン

    ミャンマー産ドリアン
    フルーツというよりも熟練した生菓子の職人が丹精込めて鶏卵に生クリームを加えて、しっとりとした薄い外皮で包んで仕上げたかのよう。ドリアンという果物はなぜこれほどまでに人工的かつ動物性の味わいなのか?
    口の中に含むと広がるキャラメルソースのような香り。濃厚でしっとりとした陶酔感のある甘み。これほど上質で高級感のある食感の果物を他に知らない。
    だが当たりとハズレで旨さの差異も大きい。充分熟しているかどうかというだけでなく、たとえ完熟であってもちょっと水っぽかったり、逆にコテコテなのに香りも甘みもいまひとつで、レシチンを舐めているような期待外れの個体もある。
    それだけにいいモノに当たったときの幸福感といったらない。
    マレーシア産ドリアン
    ヤンゴンの街角で見かけたドリアン売り。種類の異なる地元ミャンマー産、マレーシア産、タイ産を並べていた。価格はミャンマー産から順に高くなっていくが、その分重量も同様に大きくなっていく。
    ちょっと立ち止まって店先で品定めする人たち。持ち帰って家族と楽しむ様子が目に浮かぶようだ。ゴツゴツとした姿のドリアンの数だけ、幸せな団欒のひとときがあるようでちょっと微笑ましい。
    南インドにも野生のドリアンが自生しているところはあるようだが、普通食用にはされないようで、人知れず朽ちていくのは残念。何かちょっとしたきっかけがあればブレークするのではないかと想像している。
    果肉のちょっとした『ガス臭さ』では、インドの街角で普遍的に見かけるジャックフルーツにも通じるところがあるだけに、彼らもドリアンを愛でる素養は充分持ち合わせていると思うのだが。
    タイ産ドリアン

  • 自宅でティッカー、広場でケバーブ

    ティッカー、シーシュケバーブ、ナーンその他、タンドゥーリー料理は好きでも、たいていの人はそれを自分で調理したことはなく、レストランで注文したものを食べているだけだろう。もちろん私もそうである。オーブンの一種であるとはいえ、明らかに構造が違うため家庭用オーブンでは同じものを作ることはできない。
    ゆえに、当然のごとく、それを売りにする店で食べるものと思っていた。だが意外なところに『ポータブル・タンドゥール』を製造しているメーカーがあった。
    ポータブルタンドール (山文製陶)
    日本国内にあるインド料理屋の多くで日本製のタンドゥールが使われているが、まさか手軽に移動できるタイプのものがあるとは知らなかった。上記リンク先で表示されるものの中で、『20リットルペール缶サイズ』というのがそれである。
    もっとも『ポータブル』といったところで、重量は15キロあるので、そうそう気楽に持ち運びできるわけではない。『両手が抱えてクルマに乗せることができる』といった程度に考えたほうがいいだろう。価格は3万円と手ごろだ。
    他に50リットル、100リットル、120リットル、200リットルと、いろいろなサイズがある。屋外イベントで用いることを想定しているようだ。
    本格的なタンドゥールを製造しており、日本国内のインド料理屋さんが使う和製タンドゥールの中に、同社の製品を見かけることもあるのだろう。
    インド製の小型タンドゥールを日本で輸入販売している業者もある。重量は倍以上になるが、素人の感覚ではあるが、窯としてはこのくらいの重さがあったほうがいいのかもしれない。
    ポータブル・タンドゥール窯(有限会社エイシアン・クロス)
    製造元はGolden Tandoorsという本格的なタンドゥール製造販売メーカーなので、大きなものから小さなものまでいろいろ取り揃えている。
    自宅でタンドゥールを使って料理するかどうかはともかく、仲間たちとキャンプやバーベキューに出かけるときなど、持参すると喜ばれるのではないかと思う。

  • 香港飯店の昼下がり

    以前、香港飯店で取り上げてみたコールカーター華僑の鐘さん兄弟が経営する食堂の話である。昼下がりのヒマそうな時間帯に、『やぁ、どうも!』と店内に入ってみると、なにやら彼ら兄弟が一人の男性と話し込んでいる。
    『古い友人がオーストリアから帰ってきたんだ』とのことである。彼もまた中華系で鐘さんたち同様、この街で生まれ育った客家人とのこと。 一見、ダージリンあたりからやってきた人か?と思ったと思わせるような印中混血の風貌と肌色ではあるが。
    彼の実家はコールカーター市内中心部のチッタランジャン通り界隈にあり、父親は大工をしているそうだ。鐘さんの香港食堂の内装はその人の手によるものだという。
    男性は20歳になる前からオーストリアに出て、いくつかの職場を転々としながら16年間、中華料理のコックとして働いてきたそうだ。『みんな私はもう二度とコールカーターに戻らないと思っていたようだし、自分自身もそう考えていた』と言う。
    インドに戻ってきたのは一時帰国というわけではなく、思うところあり、オーストリアでの生活をたたんでインドに再定着するつもりで帰ってきたとのこと。ちょうど近くを通りかかったので、旧知のこの店に顔を出してみたというわけらしい。
    年の中印紛争後、コールカーター在住の華人人口は急減し、多くは海外に出たとされるが、それ以降もより良い機会を求めての移住はなかなか盛んなようだ。沢山兄弟がいるようだが、アメリカに住んでいる者、台湾に住んでいる者、オーストラリアに住んでいる者といろいろいるらしい。今の時代、世界各地で中華系の人々の移動はますます盛んである。
    もちろんその背景には、インドでの環境の問題があり、ベターな暮らしを得ることを目的に海外に出て行く動機となっているのだが、さしあたって必要となる資金を調達できることや移住先での仕事等のツテといった、移住や出稼ぎにあたって必要な手立てを自らのネットワークを通じてちゃんと持ち合わせているのはたいしたものだ。
    男性の兄弟でオーストラリアや移住した人、台湾に住んでいる人がいるということだし、この店の経営者である鐘さんの姉だか妹だかもカナダに住んでいる。その子供たちが、たまにコールカーターを訪問することがあるそうだ。
    『でもインドでの様子には馴染めないみたいだよ。あの子たちの故郷はこの街なのにね』と鐘さん。
    普段は兄弟家族同士では客家語で会話している鐘さんだが、今日はこのオーストリア帰りの男性を交えてヒンディーで話している。彼自身は中華学校で教育を受けたわけではないし、中華コミュニティにどっぷり浸かって育ったわけではないとのことで、華語よりむしろヒンディー語のほうが話しやすいそうだ。
    『まぁ、中国語も一応できるんだけど・・・』
    それにしても、本来土地の言葉であるベンガル語ではなく、ヒンディー語であるというのは、コスモポリタンのカルカッタ商業地育ちらしいところかもしれない。
    彼は、しばらく両親ところに世話になり、これからインドで何をして生計を立てていくか考えてみるとのこと。
    『焦る気はないけど、まあ何か始めてみる。いつか結婚だってしたいし』
    この香港レストランは、サダルストリートに近いことから、外国人旅行者の姿も少なくないのだが、近隣や周辺地域在住らしき華人たちの姿、インドに仕事でやってきた中国人たちの姿をよく目にする。ときにそうした彼らの話をいろいろ聞く機会を持てるのは楽しい。

  • 愛しのドリアン

    ドリアンの花
    この写真を見て何の花だか即答できるとすれば、相当好きな方だろう。何が好きかといえば果物の王様ドリアンのことである。ちょっと前の記事ではあるが、こんなニュースがあった。
    沖縄で初めて「ドリアン」の花が開花−果実の収穫にも期待 (石垣経済新聞)
    もう何年も前に石垣島在住の友人から『今にここから国産ドリアンが出るよ』という話は聞いていたが、『南国』の沖縄南部とはいえドリアンが結実するのはそう簡単なことではなかったようだ。 それが実現したとしても、日本で収穫されたドリアンとは、いったいどのくらいの価格で市場に出ることになるのだろうか?
    ドリアンが大量に産出され、これまた大量に消費されているのは東南アジアだが、実はインドでもゴアにように南部の湿潤な気候の地域では野生のドリアンが人知れず実を付けながらも、その美味なる果実を賞味されることなく腐らせている。
    タイやインドネシアで商業作物として栽培されている品種と違い、ドリアンの野生種はかなり小粒で、しかも果肉部分が少なかったりする、味は決して市場に出回るそれに引けを取らないらしい。
    結実はおろか、開花することさえないだろうが、私も実は自宅に樹齢2年目のドリアンを一株持っている。こじんまりと鉢植えにしてあるのだが、ツヤツヤとした濃い緑の葉がなかなか美しい。
    ドリアンの種は発芽率が非常に高く、生命力の強い植物のようだ。おそらく東京の寒い冬でも室内に入れてやればちゃんと越冬できるのではなかろうか。おいしい果実を平らげた後は、観葉植物として育ててみるのはいかが?

  • ご当地仕様チキンラーメンは如何に?

    インドのチキンラーメン
    ある方からいただいた電子メールで初めて知ったのだが、日清食品のチキンラーメンの発売50周年を記念して、今年3月から日本国外6ケ国でオリジナルのチキンラーメンが発売されているのだそうだ。どれも日本国内で販売されているものとは違うテイストに仕上がったご当地仕様だ。その国々とは、インド、ブラジル、アメリカ、インドネシア、ハンガリー、中国(香港バージョンと広東バージョンあり)である。
    さて、インドでは現地法人INDO NISSIN FOODSからどういうものが売られているかといえば、『インドで好まれる焼そばタイプ。ローストしたチキンエキスに、インドのスパイスの定番といわれるターメリックやレッドチリなどを加え、インド風味豊かな味に仕上げました』と日清食品のウェブサイトにある。
    また中国の広東バージョン『コクのあるスープを好む広東の嗜好にあわせ、うまみとコクのあるゴマ風味のきいた白濁色のチキンスープが特徴です。めんに卵を練り込んだ鶏蛋麺(チータンメン)仕様にしました』というのもなかなか良さそうである。日清食品のニュースリリース内にある各国版チキンラーメンの発売に関する記事の最下部にある『商品概要』を眺めてみると、おなじチキンラーメンでも国によって重量が違うようだが何故だろう?
    インスタントラーメンはほとんど食べない私だが、チキンラーメンに限ってはお湯だけ注げばいいという手軽さもあり、時間のないときに一人自宅で食事する際には、ごくたまに利用することがある。『すごく簡単』『ゴミが出ない』という理由から、インスタントラーメンはあまり食べないけど、食べるとすればチキンラーメンという人はけっこう多いのではないだろうか。言うまでもなく。ティーバッグの紅茶をいれるのに等しいごくわずかな時間で準備できるという簡単さが唯一にして最大の美点である。
    旨いとも不味いとも思わないが、これと同世代の原始的なインスタントラーメンはとうの昔に淘汰されているのに、チキンラーメンは今なお製造販売されているのは不思議だ。製造者に対しては失礼かもしれないが、究極の簡単さに加えて個性のない凡庸な味ゆえに飽きられることなく、一定の支持を得てきたのかもしれない。
    インドものも含めて、全部で7種類もある外国仕様のものをひとつのパッケージにして、チキンラーメン・インターナショナルとして発売すれば、チキンラーメンを長年にわたって何となく食べてきた人たちに『いつもと違う味』で強くアピールするのではないかと思う。しかしながらすべての味を一巡してみると、やはり帰り着くのは長年親しんできた平々凡々たる味・・・ということもあるのかもしれないが。

  • 解禁から2年 東京の店頭にインド産マンゴーは並ぶのか?

    2年前からインドからのマンゴー輸入が解禁となっているが、なぜか日本国内・・・というか少なくとも東京都内の店頭ではトンと見かけず、あるのは『メキシコ産』『フィリピン産』『タイ産』といった従来どおりのラインナップ。いったいどこで売られているのだろうか・・・と不思議に思っているところだ。でもよくよく目を凝らすと、加工品の類はそれなりに出回っていることに気がつくこのごろ。
    あるスーパーでマンゴージャムなるものを見かけた。ごく普通の小さな瓶入りのもので、価格は1480円とある。どんなものかと興味を引かれたが、ちょっと高すぎて手が出ない。その横に並ぶのはマンゴージュースで200ml入り350円。インド料理レストランと食料品輸入とを行なう日本の会社が手がけているもので、同社は他にもインドからその他のマンゴー加工製品や蜂蜜なども扱っているようだ。
    ジュース、ジャム、缶詰といった具合になってしまうと、どれも同じような味になってしまうので、やっぱり期待したいのは生の果実がドカンと大量に入ってくること。インドのマンゴーを、日常的にアメ横あたりでダミ声のオジサンが台車で叩き売りするくらいになってくれるとうれしいのだが。品種豊富な中で、好みもいろいろかと思うが、とりあえず生果実がふんだんに入ってくることがあれば、何であっても御の字である。
    マンゴーの世界での総生産高のおよそ半分が収穫されるというマンゴー大国インド。日本の食卓に供給する余力充分(・・・たぶん)と思いたいところだが、時期が時期だけに、今の時期までに店頭になければ本格的に期待できるのは来年以降になってしまうのが寂しい。

  • なぜ暗がりで食べるのか 2

    インドでは伝統的に『会食する』ことについて、私たち日本人が『みんなで一緒に食べる』のに較べてことさら大きな意味があった。保守的な地方では、今でも庶民が日常出入りする安食堂であってもパーティションやカーテンで仕切られた個室が併設されているところをしばしば見かけるし、高いホテルでなくともルームサービスを頼んで部屋で食事を取る人がかなり多いこともその表れであろう。インド人の家に『食事に招待』されて、皿の上に次々と食事をよそってくれるのに食べているのは自分だけで、家人たちはニコニコしてそれを眺めているだけ・・・ということがあったりもする。(もちろん外国人である客と肩を並べて一緒に食事する人も多いが)
    コミュニティの慣習を守らなかった、禁忌を破ったなどという理由で村八分にされていた個人や家族が、なんとか周囲と仲直りして『社会復帰』する際にその証のひとつとして会食がなされたりすること、階級差別を否定するスィク教のグルドワラで供される食事等々、『一緒に食べる』ことについては帰属を同じくする人々がその紐帯を確認するという意味合いがある。
    そういう風土なので、1980年代に日本の自動車メーカーSUZUKIがインドに合弁会社として進出した際に『職階や出自その他に関係なく誰もが一堂に会して利用する社員食堂』を設置したことは大変画期的なことであったようで、当時は内外で大いに話題になったものである。また『会食』ではないが、かつてマイソールの王宮で雇われていたバラモンの料理人たちは、宮殿内で自らの食事を摂ることはなかったという。そこで食べることが畏れ多いからではなくその反対で、出身カーストにおいては自分たちのほうが上位にあるからである。世俗的な社会地位と出自についての観念上の上下関係は必ずしも一致するものではない。
    旧来型のレストランの照明が押しなべて暗いのは、その『闇』により席と席との間に架空の境界を演出するということに意味があるのではないかと思う。向こうにいる人たちが誰だかよく見えない。こちらにいる私たちが誰なのか向こうにもよくわからない。この『暗さ』が壁のような働きをして、お互いの『個』が守られるということになろう。
    つまり客席を明るく照らし出してわざわざ『境界を取り去る愚』を冒さないためと見ることができるのではないだろうか。そんなわけで照明の暗さには、意識せずとも文化的な背景があり、それがゆえに保守的なスタンスからの『適度な明るさ具合』には私たちのモノサシとは違うものがある・・・と私は思うのである。

  • なぜ暗がりで食べるのか 1

    なぜインドのレストランの照明は往々にして暗いのだろうか?近ごろ家族や仲間と楽しく外食を楽しめるところが増えてきているので、大都市や都会の人々がよく訪れる観光地では日本のそれと同じ程度の照明のところも増えてはいるが。昔からよくあるタイプの『重厚にして慇懃』な雰囲気のレストランでは、すぐ向こうのテーブルに座っている人の顔さえもよくわからないくらいだ。『BAR』となれば更にその傾向は強くなる。
    単に明るい照明で煌々と照らし出す習慣がない、あるいは感覚の違いから適当と思う明度が違うということもあるかもしれない。手元の食器が空になるやいなや、ウェイターがツカツカッと歩み寄ってきて、それらをかっさらっていくのはサービスというもののスタイルが違うがゆえのことだ。これと同じく店内の照明についても、それを適当であるとする何かしらの観念があるに違いない。それにしても注文した品が出てくるまでの時間つぶしに広げた新聞や本などの字が非常に見づらいほどの暗さには確固とした理由があるのではないだろうか。
    日本を含めた東アジアではレストランの店内は明るいし、これは東南アジアも同様だ。中東に足を伸ばしてもよく見えなくて困るほど暗いレストランなんて記憶にない。もちろん接待の女性がいたりするちょっと特別な場所、家族を連れてくることのできないいかがわしい場所のことではない。私たちが普通に食事をするやや高級なレストランでの話である。
    やたらと暗い店内で役人、ビジネスマン、ポリスなどがよからぬ企みをしていたり、袖の下をやりとりしていたりというシーンが映画で描かれることがあるが、そうした『プライバシーの保護』のために他の客たちも照明の暗さにお付き合いしているとは考えにくい。
    シンプルな造りのほうが建築時に安くつくということはあるかもしれないが、もともと客単価が高い店では大した問題ではないはず。かえって安食堂のほうが店内は明るい。入口が外に大きく開け放たれているし、日没以降も煌々と照らし出す明かりが人々を店内に誘っている。しかしやや高目の店になると窓が小さいうえに昼間でもカーテンがかかっていたりして、夜間同様に暗い空間が広がっていることが多い。するとその理由は費用の関係ではないだろう。レストランを出て周囲の商店などに目をやると、どこも室内は明るいので電力不足なんかが理由でないことも明らかだ。すると食事の場所であるがゆえに暗くしておく確かな理由があるということになる。

  • 新世代のインド食材店

    従来、東京および近郊でインド食材のショップといえば、日本のバブル時代に来日した世代のパーキスターンやバングラーデーシュの人たち(および一部ミャンマー人ムスリム)経営のハラール・フードの店が主流だった。
    これらはもともとバブル期に急増した在日の同胞たちに食料品や雑貨などを売る店であった。しかしこれらの国々の人々に対する日本の入国管理が厳しくなり新たな入国者が激減したこと、続いてすでに日本国内で就労していた同郷の人々がバブル崩壊以降の不景気の中で次第に減っていく中、生き残りのため様々な国々出身の在日ムスリム等の外国人たちを新たな顧客層として捉えるようになった。その結果、東南アジア、中東、アフリカなどの食材も揃える『多国籍食料品屋』化したところも多い。小田急線沿線では、『ハラール』な食材という枠組みは守りつつも、近くのクルマ工場等で働く日系人たちが顧客のかなりの部分を占めるようになったため、事実上『南米食材店』になってしまった変わり種さえある。
    ハラール・フードの店は出入りするお客たちの顔ぶれから国際的に見える反面、往々にして地元の日本人社会との接点が希薄なのが特徴だ。これらの多くは繁華街にある雑居ビル上階に入っておりちょっと目立たないし、ロケーションがやや『怪しげ』で女性一人ではちょっと入りにくい雰囲気ではないかと思う。これらに加えてインドやネパールから来た人が経営する店がボチボチという具合だろうか。どちらにしてもこれらの商いは南アジアの人々が一手に担ってきたといえるし、店舗に置かれるインド食材といえば北インド系のものが優勢であった。
    だが近ごろ少々違う動きも出てきているようだ。IT業界を中心に日本に暮らすインド系の人々が増えて小さい子供を連れて家族で滞日するケースが多くなってきたためだろう。南インドの食材の取り扱いが増えてきているようだし、更にはこのフィールドに進出する日本の業者が出てきた。都営新宿線東大島駅前にナマステフーズという店が昨年12月にオープンしている。ウェブサイトが日英併記になっていることが示すとおり、インド人だけでなくカレー好きな日本人も広く顧客層として位置づけられている点はハラール・フードの店とはかなり性格を異にする。また立地についても同様だ。カフェ、パスタ屋、定食屋など食べ物の店が並ぶ東大島メトロードという建物一階に入っている店舗は、どこにでもあるコンビニエンスストアのように明るくてごく気楽な構えだ。
    インド食材店としては珍しく、店を切り盛りするのは英語・ヒンディー語ともに堪能な日本人店長。ちょっと異色なお店である。経営母体はインド料理やタイ料理などのレストラン、旅行代理店などを手掛ける『インド方面に強い』日本企業だそうだ。決して広いとはいえない店内だが、置かれている商品群を眺めてみれば南インドの食材に重点が置かれていることがわかる。経営、顧客、商品揃えどれをとっても従来と違う新世代の『インド食材店』として、今後の発展に大いに期待したい。
    ナマステフーズ

  • やがて外資系外食産業が押し寄せてくる?

    インドのある航空会社のフライトを利用した際、機内食がなかなかおいしいことが心に残った。
    小さな紙片には製造にタージホテルグループとシンガポールの空港ケータリングサービスの合弁事業であると書かれている。幾つもの新興航空会社とりわけ格安フライトが厳しくが追い上げている昨今、タージグループというブランドをこれ見よがしに示すのは既存会社としてそれらとの差別化を図るための方策であるにしても、パートナーシップを組むシンガポール企業にしてみてもインドは注目の市場であるがゆえに、とりあえずこうやってアンテナを張っているのだろうか。
    インドの消費文化の進展とともに、様々な外食産業の隆盛を見るようになってきた。
    その中でとりわけ外資系企業といえばファストフードのチェーンがその典型だが、この国の人々の『食』のありかたが多様化していくのを見極めたうえで、レストラン、デリカッセン、洋菓子、バーなど世界各国で蓄積したノウハウではインド企業を圧倒する様々な外資系外食産業が今後続々とこの新天地に上陸してくるのではないだろうかと感じる。