ダーンディー・ビーチ 「塩の行進」の海岸

1930年にガーンディーが支持者たちを率いて、アーメダーバードのサーバルマティ河のほとりにある彼のアーシュラムから、ここダーンディーの海岸まで25日間かけて実施した「塩の行進」。

到着翌日にはこの海岸で象徴的に塩を作ってみせることにより、人々に英国による専売の不当さをアピールするとともに、国民自ら塩を作り出そうと世間に訴えた。
この行進は、ガーンディーの非暴力不服従運動、スワーデーシー(国産品)運動の全国的な展開へと繋がる大きな契機となった。

ナウサリーに駅からオートでダーンディーの海岸まで往復してみた。街から出ると道の両側が大きな並木が続くインドらしい街道風景が続く。こうした眺めも交通量増加に対応するための道路幅拡張の工事、自家用車でのエアコンの普及などにより、かなり減ってきている。

このあたりの海岸の土壌ってどこも黒いのは鉄分が多いためだろうか。これがずっと南に下り、コンカン地方になると土壌が赤くなる。このあたりとは地質自体も異なるものと思われる。

辺りは平坦で何の危険もないと思われるのに、なぜ「セルフィー禁止」の看板が・・・?

ナウサリー

スーラトの駅売店でサモーサーとチャーイで軽食。ここから急行でひと駅先にあるのがナウサリー。時間にしてわずか15分で到着してしまう。列車はプラットフォームにゆっくりと進入してきた。

発車してほどなくナウサリーに到着。この駅構内にも出店している全国規模で鉄道駅に展開する書店A.H.Wheeler & Co.は、19世紀後半の創立。南インドであればHiggin Bothamsが優勢なのかもしれないが。これもまた植民地時代から続く書店で、南インドではよく駅にも出店している。ただしそちらは駅書店専門というわけではなく、ちゃんとした書店のチェーンなのだ。

A.H.Wheeler & Co.

ナウサリー駅構内の壁に描かれた鉄道愛を感じさせる絵があった。ガーンディーが率いた「塩の行進」で、人々がダーンディー・ビーチに向かう姿を取り上げたものもあった。

「塩の行進」が題材の絵

駅舎から出ると、すぐにジャムーンを売る露店が目についた。みずみずしく、多少の苦みのある芳醇な果実が爽やかで大変美味だ。他のフルーツよりも繊細で、買ったらすぐに食べないとシワシワに干からびてしまったり、薄い皮が破れてグジャグジャになってしまったりする。

ジャムーン

駅前の安いダーバー(簡易食堂)を見かけたが、開店したばかりなので店内も食器もピカピカで気持ちが良いので入ってみる。料理もけっこう美味しかった。賑わっている鉄道駅正面付近という立地の場合、年季入ってくると「標準化現象」のため、汚くて不味くなるのが定石。価格以上に清潔にしたり、美味しくしたりする手間は、店側にとってはとても効率の悪い、割に合わないことなので、周囲の同ランクの店合わせるようになってくるわけだ。宿も同じことで、この「標準化現象」は、決してインドに限ったことではない。

開店したばかりのShiv Restaurant
シンプルなターリーだが大変旨かった。今のうちだけだろう。

ここもまたスーラトと同様にパールスィーゆかりの街のひとつ。ジャームシェード・バーグは、彼らの結婚式でよく利用される施設だ。

街中を散歩していると、パールスィーの偉人、ダーダーバーイー・ナオロジーの像があった。彼はこの街の生まれなのだ。

ナオロジーの像
パールスィーゆかりの建物は多い。
こちらはパールスィーとは関係ないが、建物の一部に昔ながらの美しい意匠が残る。

スーラト5  ご当地スイーツ

スーラトといえばガーリー(という菓子)が名物のひとつ。店で「バーダム・ピスタ・ケーサル・ガーリー」を買ってみた。ガーリーはघारी(Ghari)と書く。

文字どおりアーモンド、ピスタチオ、サフランのガーリー。大変美味だが油脂分が多くて、もちろんとても甘い。ベースとなっているのはミルクと豆の粉。ギーで練って固めてあり濃厚なため、また大きめのミカンくらいのサイズがあるため、すでに大きめの夕飯で腹いっぱいだと、ちょっとヘビーだ。

こういう菓子を食べる機会が日常的にあると、インドでよく見かける突き出た腹がスイカみたいに大きなオジサンとか、背中の肉が四段くらいになっているオバサンとかになってしまうのだろう。

このスーラトのガーリーについて、作り方のレシピが紹介されている動画がある。これをご覧になると、だいたいどういう味わいか想像できることだろう。

スーラトを訪問されたら、ぜひ一度試してみることをお勧めする。

Surti Ghari (Dry Fruits Flavour) Recipe – सुरति घारी रेसिपी – Priya R – Magic of Indian Rasoi(Youtube)

સુરતી ઘારી બનાવવાની રીત Ghari recipe || सुरति घारी रेसिपी || Surti Ghari Recipe || festival recipe(Youtube)

〈完〉

部族の村とハート(4) ハートの眺めあれこれ

通常のインドのマーケットと異なり、品物をドカッと積んで量り売りするのではなく、小さな山にして並べている。先住民の人たちの間で度量衡の感覚がないため、「ひと山でいくら」とするのがわかり易いためとのこと。
稀にハカリでキロ売りしている人もいるが、それは近年出てきた「新しいやり方」とのことで、まだまだ一般的ではないそうだ。








部族の女性たちのアンクレットが面白い。ニッケルコインを溶かして作るのだそうです。まだ子供のうちからはめるそうで、当然成長していくと外れなくなる。

テラコッタの鍋、かまど、炊飯用の釜などを売る部族の女性たち。今のようにアルミやステンレスの厨房用品が出回るまでは、すべてこうした調理器具であったとのこと。そして皿も木の葉を編んだものが使われていたとのことで、身の回りのものすべてが「すぐに、あるいはやがて土に還る」ものであったそうだ。


こちらは、マフア(という名前の木の花)の蒸留酒を作るための道具。

謎の干物状のものはタバコとのこと。

特大のカゴは穀類の貯蔵のために使われる。




村から何十キロも歩いてハートに到着したおばちゃんたち。こうした部族の人たちは20kmとか30km以上離れたところからも徒歩で荷物を持って来ているとのこと。強靭な肉体を持つ人たちだ。

この地域の部族の人たちのハートで特徴的なことのひとつに、チャープラーと呼ばれる赤アリとその卵が食用にされることがある。どこのハートに出かけても、葉っぱの皿の上に山盛りになっているのを目にすることができる。


またドークラー(ロストワックス鋳造)の神や動物の像も地域の特産品のひとつだ。

2000年11月にマディヤ・プラデーシュ州から分離したチャッティースガル州だが、その南部に位置するバスタル地方は、隣接するオリッサ州西部とともに、部族の人々が占める割合が高く、独自のカラーが強い地域だ。
〈完〉

部族の村とハート(1) ドゥルワー族の村

この日は地元で長年、主に部族の村やハート(定期市)に関するガイドをしているAさんに案内を依頼した。

朝9時にホテルを出発してマルヴィーパダル(Mavlipadar)村に行く。ここにはドゥルワー(Dhulva)族の村で、Aさんの昔からの家族同然の付き合いだという人の家に立ち寄る。

家の外壁は石積みであることが多い。

Aさんはムスリムでジャグダルプルの育ちだが、いろいろな部族の言葉で会話することができ、訪れる先の村やハートに品物を出している人たちの中にも彼の知己が多い。彼の父親の仕事の関係で、さまざまなアーディワースィーの人たちとの交流が幼少時から多かったことが背景にあるそうだ。

この地域の部族民たちの言葉はいろいろあるのだが、その中で優勢で広く通用するゴンディー語の挨拶「ジョーハール(Johar)」というのを覚えた。「こんにちは」「さようなら」「ありがとう」など、いろいろ使えて便利なようだ。

その「家族同然」という人は、Aさんよりも一世代上の人なのだが、彼は夫と子のある女性と恋に落ちて、そのまま結婚することなく所帯を持ったとのこと。そういうケースはここの先住民の中では珍しいことではなく、それで色眼鏡で見られたり人付き合いに支障をきたしたりということもないそうだ。男女の関係についてはオープンであり、男女間の上下もないとのこと。そういう社会がインドのヒンドゥー教徒の大海に囲まれた中にあるというのは興味深い。

当人はせっせとカゴを作っていたが実にうまいもので、見ている前でどんどん仕上げていく。ハートで売ると、ひとつ30Rsの収入となるのだそうだ。家の前は畑になっており野菜を栽培しているが自家消費用。現金収入はとても少ないが、かといって生活に困ることはないらしい。

器用にカゴを編み上げていく。
カゴを作るための下準備
家の前は畑

村の中ではサゴヤシが生えている家があり、上のほうに樹液を取るための壺がかかっている。採取してから数時間で発酵して弱い酒ができるのだそうだ。これもまたハートでよく売られている。この酒をサルフィーと呼ぶ。

ここの部族の村で不思議なのは乳製品を摂取する習慣がないとのこと。それでチャーイもブラックティーとなる。理由は動物の乳は、牛でもヤギでも、それぞれ牛やヤギの赤ん坊が飲むべきもので人間が飲むものではないという考えとのことだそうだ。

〈続く〉