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カテゴリー: food & drink

  • 緊急ニュース インド産マンゴー日本上陸!

    mango
     そろそろらしい・・・とささやかれていたインド産マンゴーの日本への輸入解禁だが、ついにそのときがやってきた。今年6月23日付でその禁が解けたのだ。
     インドではマンゴーなどの果樹につくミカンコミバエやウリミバエといった害虫による被害が起きていることを理由に、同国からこうした昆虫の寄主植物の輸入を禁止していた。
     しかし以前よりインドはアルフォンソ種をはじめとするマンゴー類の日本への輸入解禁を求めてきており、蒸熱処理による殺虫試験データを日本側当局に提出してきたと農林水産省の資料にある。その後専門家の調査や検討を重ねた結果、このたびの輸入解禁の措置が取られることになったのだという。
     同省発表によれば、今後日本に入ってくることになるのは『アルフォンソ種、ケサー種、チョウサ種、バンガンパリ種、マリカ種およびラングラ種』(品種名つづりは同省PDF文中ママ)とされる。
     まさにこれは黒船襲来。『エライことになった・・・』と青くなっているのは、従来フィリピンやメキシコといった国々からマンゴーを輸入していた業者たちかもしれない。あるいはこれを機にインド産に乗り換えるのだろうか。また宮崎や沖縄などで、小売価格にして一個2千円前後もする高〜いマンゴーを生産している農家も『えぇっ、そんなぁ〜!』と困惑する顔が目に浮かぶ。
     これまで低調ながらも穏やかに棲み分けがなされていた日本のマンゴー市場をいきなり激震が襲った・・・という状態であろう。
     インド生まれのマンゴー第一陣が大量に上陸するまで秒読みに入った。やがて街角に山と積まれた肉厚のマンゴーの山から漂う芳香をかぐと『ああ、またこの季節がやってきた』と思うほど、日本の食生活に定着するのではないだろうと予想する人たちは多いはず。また熱烈なマンゴーファンにしてみれば、まさに『このとき歴史が動いた』という記念すべき出来事となる。
     この夏はインド産マンゴーが大ブレークするはず。さあ、買い物カゴを持って八百屋へ走ろう!
    インド産マンゴウ輸入解禁 −農水省 (農業共同組合新聞)
    インド産マンゴウの生果実の輸入解禁について(農林水産省)

  • どうやって食べる?

    ウナギ
     西ベンガル州の内陸部、ある町角の魚マーケットでウナギが売られているのを見てふと思った。「これをどう料理するのだろうか?」
     インドで海岸地域などに行くとあまり目にしたこともないような魚もあり、「どうやって食べるのか?」と思うことはあるものの、他方に目を移せばもうそんなことは忘れてしまう。
     なぜウナギにはこだわるのかといえば、私の大好物だからである。幼いころの私が物心ついてからの記憶は、祖母が作ってくれたウナギの蒲焼から始まるほど、私にとって特別な魚なのである。
     その割にはこの世の中に蒲焼、ひつまぶし以外にどんなウナギ料理があるのかまったく知らないのだが。フランスや中国でも食用にされるということは耳にしているが、具体的な調理方法についての知識は持ち合わせていない。
     ネットで検索してみると、「ウナギ・カレー」「Curried Eel」「Malay Eel Curry」などいろいろ出てくるので、世間にはいろんなウナギ料理があることはわかった。

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  • いつもと違う『インドの味』

     90年代以降、日本における『インド料理屋』の拡大には目を見張るものがある。以前も書いたがオーナーはインドやパキスタンからやってきたパンジャーブ系、料理人はそのパンジャーブを含めた北インド各地およびネパール出身というケースが多い。
     その範疇に当てはまらないケースでも、日本のお客の間ですでにできあがっている『インド料理のイメージ』に対応すべく、前者の路線を踏襲したメニューが目立つことが少なくない。その結果料理のバリエーションはどこも似たり寄ったりということが多くなるのだと思う。
     ところがそうした風潮に風穴を開けるべく(?)立ち上がり、独自の世界を展開する『インド中華』を看板に掲げ、パンジャービー&ムグライ料理が支配的な日本のインドレストランの世界に果敢に立ち向かう店がある。
     それはインド式中華料理を標榜するレストラン『天竺』だ。厨房に立つ料理人はインド人、米はインディカ米を使用。発酵させたエビや魚など原料とする中華調味料を使わず、醤油、酢、トウガラシでストレートな味を演出。ちょっと硬派な『天竺』風味である。中華メニューとはいいがたいものの、『フライドチキン』を注文すると、鶏の唐揚ではなく豆の粉を衣にカラリと揚げた本格的なチキン・パコーラーが出てくるのはうれしい。
     サブカルチャーと新興宗教が目白押しの中央線西荻窪駅界隈は、実は隠れたグルメスポットでもある。海南鶏飯の『夢飯』、上海料理の『喬家柵』と、タイ料理の『ハンサム食堂』などといった知る人ぞ知る名店が揃う中で異彩を放っている。
    インド式中華料理 天竺
    東京都杉並区西荻北3-2-11ハイツそれいゆビル1F
    電話03-3394-3238 火曜定休

  • 踊る袋菓子

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     おお、懐かしい。かつて日本でブームを巻き起こした「踊るマハラジャ」のひとコマに出会うなんて。とてもよく目立つパッケージのお菓子が東ハトから発売されている。
     この「ガラムマサラ」という名のスナックを開封してみるとこんなのが出てきた。
     形といい色合いといい、サモーサーを思わせるものがある。でも大きさは指先くらいで中は空洞の揚げ菓子である。おそらくインドのナムキーンをイメージしたのか、そこからヒントを得て開発したのか。ピリリとスパイシーどころか、私には少々辛すぎる。
     でもなんで今ごろ「ムトゥ」なんだろう。ちょっと不思議なお菓子である。
    garammasala.jpg

  • 食いしん坊万歳!

     東京都内、JR沿線ある駅近くの中華料理屋。繁華街でおなじみのランチバイキング。店主が中国人なら厨房、ホールもすべて中国人。だけどお客はほとんど日本人。こういうお店は最近多い。
     良くも悪くも「味も大陸」との評判もあるが、客の入りはいつも上々。B級グルメ激戦地にあって地元っ子のハートをガッチリつかんでる。決め手はやはり「本場」と「ローカライズ」のバランスだろうか。和製中華とどこか違う風味、でも日本人好みのツボは外さない。
     向かいにどっかり座った大きな人影。「おい、ビールくれ」と店員に声かける巨体のオジさん、よくよく見ればインド人。大皿にたっぷり盛った料理を目の前に、割り箸をバキッと鳴らして豚の耳のスライスとホイコーローを片付ける。小龍包を次から次へと平らげた挙句、コッテリとした豚足にとりかかる。ムンバイ出身のヒンドゥー教徒、日本に長いこの人に食のタブーはないらしい。
     思えばそういう人をしばしば見かける。自宅近所のある店でたまに出会うインド人の家族連れ、一家四人でいろんな刺身を美味しそうに食べている。
    「え?こんなのも食べるの」とちょっと不思議に思うこと自体、ステレオタイプな先入観からくる一種の偏見かもしれない。それでも「な〜んでも食べるインド人」を目にすると、ちょっとドキッとしてしまう。
     とかく「食」は信仰にもかかわる問題。日本に長く住んだからといってタブーが消滅するわけではないが、往々にして多少は妥協せざるを得なくなってくるもの。、なんでも食べるのが良いかどうかはさておくとして、ボクらの好みや嗜好がわかりそれを積極的に評価するインド人が出てきているのはやっぱり嬉しい。
     食いしん坊万歳!

  • ドリアンに期待する

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     Ancestral Goa は、ポルトガル時代のゴアの生活を再現したテーマパークだ。入場料は20ルピー。インド人の家族連れやカップルその他の観光客等の訪問多い。ちょっと古いが、Deccan HeraldでHeritage revisitedと題してこの施設のことを取り上げた記事がある。
     展示物はペイントされた土人形や主に同様の素材からなる建物のミニチュアからなり、履物作り、市場の様子、ローカルな酒場その他農村のさまざまな光景が再現されている。いくつかの展示物ごとに担当の説明係がいて、ゾロゾロとやってくるお客たちの顔を見て、英語あるいはヒンディー語その他で説明してくれる。人形にしても建物の造りにしても「民俗村」としてはチープすぎるが、ちょっとマンガチックな温かみを感じる屋外展示物が並ぶ。
     園内には小さな「聖地」もあった。通称「Big Foot」なるローカル聖者が祭られているのだ。テーマパークにこんなスペースがいきなり出現しても、一応線香を上げて手を合わせる人たちが多いのはやはりインドらしいところだろうか。

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  • スパイスを眺める

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     つまらないからやめときな、と言うのは運転手。 「草木を見て300ルピー払うのかい?無駄だよ」ときた。 その「つまらない」とはスパイス・ファームのことである。かつて「黄金のゴア」としてその名を広く知らしめたこの土地の主要な産物のひとつが香辛料であったのはご存知のとおり。今もそれらを作る農場がいくつもあるのだが、そのうち何ヶ所かは入場料を取って観光客用の見学コースを設けている。
     私たち一家が向かったのはポンダという街の近くのサハカーリー・スパイス・ファームという農場だ。ちなみに「ポンダ」はデーヴァナーガリーではफोंडाと綴るのだが、ローマ字ではPHONDAではなく、通常PONDAと表記されている。

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  • にぎやかな街 1

     繁華街の裏手、四方を高い金網フェンスで囲まれているのは少々気になるものの、昼間は人々が出入りする普通の公園、夜になると園内は煌々と照らされるが入口の扉が閉ざされ入ることができなくなってしまう。公園に隣接した無人の小屋に付いた赤色灯が回り続け、遠目にはポリスボックスがあるか、パトカーが停車しているかのように見える。
     周囲の家々は高い塀に囲まれているため庭の様子さえうかがい知れず、シャッターで密封された車庫の中、クルマの有無さえ外からわからない。通りから見える窓には鉄格子がはまっている。
     ある朝、開店直前のドラッグストアーに押し入った何者かに店長が刺された。付近にあるコンビニエンスストアーは、「定期的に」強盗の被害に遭っている。
     近ごろは見かけなくなったが、ひところはパッと見てそれとわかる娼婦たちが日没あたりから出てきては客を引いていた。そんな彼女たちの用心棒、電柱にもたれたくわえタバコの体格の良い男たちが、それとなく周囲の様子に気を配っていたものだ。
     これらはどこか外国の街の話ではなく、東京都新宿区大久保界隈のことである。少々物騒で不健康なイメージがないでもないが、なかなかカラフルで面白い街でもある。時間帯や場所にもよっては通りを歩いていてすれ違う人々の半分くらいが外国人と思われることもある。
     実にさまざまな人々が出入りするだけに味覚のバリエーションは広い。ごくありふれた中華料理屋もあれば、「中国吉林省延辺朝鮮族自治区料理」をうたった店もある。独自の香味料を効かせた羊肉の串焼きはなかなか美味だ。
     ときどき看板を「シンガポール料理」「マレーシア料理」「台湾料理」「タイ料理」とかけ替えるところもある。新しい店ができたな、と多少期待して足を踏み入れてみると何のことはない、以前の店員が迎えてくれる。確かにメニュー構成は多少違っているものの、これまでどおりの「華人料理」が主体なのである。
     また「タイのイスラーム料理」専門店があるのもこの界隈ならではだ。
     食品、日用雑貨、新聞に雑誌といろんな品物を手広く扱う東南アジアスーパー(?)に入荷した大きなドリアンが芳香をあたりに漂わせるようになると新緑の時期。縛り上げられた上海ガニが中国食材店で売られるころ、また韓国の秋夕(日本の中秋の名月)用の自家製菓子が韓国雑貨屋の軒先に並ぶようになれば秋を思うといった季節感もある。
     雑居ビル内のミャンマー人ムスリムが経営するハラールフード屋には南アジア食材も揃っているため、客にはインド人の姿も多い。だがちょっと耳を澄ませていると、話す言葉からインド系ミャンマー人とわかることがよくある。近所にはケララ州出身のインド人による同じような店もあり、こちらでは国際電話のプリペイドカードの品揃えが充実している。通話する方面によって様々な料金やタイプが用意されているのだが、インドを含めた南アジアの人々には良好な通話品質とエコノミーな価格から、ZAMZAMカードが人気らしい。他にもいろいろこの類はあるが、しばしば額面よりかなり安く販売されていたりする。
     このあたりにはビルの一室を借りたイスラーム教徒の礼拝所がある。
     さまざまな人々がゴチャ混ぜに行き交っているのだが、ほんの目と鼻の先で暮らしていてもまったく接点がないのがこの街の特徴だ。
     昨今の韓流ブームに便乗した韓国ドラマ関係のグッズを売る店、異国としてのタイやミャンマーの味を楽しませる料理屋等々、日本人を主な顧客とするものも少なくないが、ほとんど同じコミュニティ(国、民族、宗教)の同胞相手に商う店がとても多い。それらは自国語のみで書かれた(申し訳程度に小さく書かれた日本語も付け加えられていることもある)看板などからわかる。 
     通りを歩いていると、そうした食堂、美容室、雑貨屋、不動産屋等々、様々なものが目に入ってくる。この地域あるいは首都圏に在住する同胞たちの人口が大きければ、そのコミュニティ内で充分商売が成り立つのだ。
     生活や活動の場は重なっているものの、相互に接点を持たない異次元空間が広がっているかのように見えるのがこの大久保周辺だ。
    <続く>

  • 食して想う

     路上にスナック類の屋台や露店が多いのは何もインドに限ったことではないが、出先で気軽にチャーイをすすったりサモサ(一個で約300キロカロリーという高エネルギー源)をほおばったりと、時間のないとき手軽に腹をふくらませることができて重宝する。
     そんな中、衛生上問題があるものも少なくない。カラーインクのような得体の知れないシロップを並べた清涼飲料水屋、歩道にコンロと大鍋をドカンと置いて商うカレー屋、路上に置かれたサトウキビを泥のついたままガタガタとがなり立てる電動ローラーに押し込んで絞るジュース屋等々、とかく腹の弱い私には(そうでなくとも)縁がない。
     露店だけではない。一応店舗を構えた食堂でも、トイレを借りるとドア一枚向こうの調理場の床には切った野菜が放置(キッチンのありかたが違うので仕方ない部分もあるが)されていることがよくある。これが地下のジメジメした空間だったりすると席にもどってからユウウツだったりする。
     そういう衛生環境では楽しいどころか食欲さえも沸いてこないが、今でも都市部や観光ルートを外れると、「外食する」のにこんな場所しかないことが往々にしてある。
     外食産業の発達には、娯楽としての食事という一種の文化が定着している必要がある。保守的な土地ほど物を食べることが極めてプライベートな行為である度合いが高くなるとことがあるかようだが、何よりもやはり相応の収入を得て生活にゆとりがあることが必要だ。
     業者側にしてみても店を出すにはそれなりの市場規模が必要なので、ほんのわずかな金持ちがごくたまにしか出入りしないようなところにわざわざ気の効いた店を出すことはないだろう。
     都会では上から下まであらゆる階層の人たちが揃っているので食事どころのバラエティに富んでいるが、田舎では小さな露店と茶店くらいしかなかったりするのは、まさにそれらの土地に住む人々の所得水準(=生活のゆとり)の格差を如実に表しているかのようである。
     どこに行ってもそれなりにおいしくて衛生的なものを店で食べられるようになるころ、インドはさまざまな面で今とはずいぶん違う国になっているような気がする。

  • チキン65

     世界三大料理といえば、中華料理にフランス料理までは定番だが、あとひとつについては地域や人によって挙げるものが違ってくる。ウィキペディアに出てくるようにトルコ料理と続くのは、ヨーロッパ人の感性ではないかと思う。
     この中になんとか和食を押し込みたいのはやまやまだが、ややとっつきにくい玄人好みの味(?)であるためか、外国人は食べつけた人でないとなかなか「旨い」と支持してくれないのが弱点。また国や地域によっては日本食の存在が非常に希薄なところも少なくないので、どういうものだかイメージさえわかないということも少なくないだろう。
     そこに来るとインド料理のほうが、そのユニバーサル度で和食をかなりリードしているかもしれない。だがこれを常食している人たちの中で、栄養過多からくる糖尿病がもはや国民病といわれかねないほど蔓延しており、現代インド人の食生活について警鐘が鳴らされている。
     それにもかかわらずベジタリアンメニューが揃っていること、そして様々なスパイスを多用した「薬膳」的料理としてヘルシーなイメージが定着していることから、世界の各地の人々からもかなり肯定的に受け止められることが多いのではないだろうか。
     世界三大料理からいきなり卑小な話になるが、インド風鶏唐揚スナック、チキン65はビールの格好のつまみだが、この「65」とは一体・・・?
    材料の名前ではないし調理方法でもない。食べ物という大地の恵みを手作りで仕上げたものに記号のような名前が付いているのは不思議だ。
    「65種類の調味料を使うから」(そんなややこしい料理とは思えないが)、「正式には生後65日前後の若鶏を使うことになっているから」と諸説紛々のようだ。尋ねても納得できる返事が返ってきたことがない。
     はたして「65」の正体とは如何に?

  • インド・マンゴー輸入解禁は?

    ああ、マンゴー!
     ご存知カシューナッツにピスタチオといったナッツ類はウルシ科の食用植物だが、じつはマンゴーもその仲間である。地上最大のマンゴー生産地といえばインド。世界中のマンゴー年間生産高およそ1千万トンのうち、じつに52パーセントをインド産が占めているというからその圧倒的な規模がうかがえよう。しかも千種類にもおよぶ異なったタイプのマンゴーがあるとされ、このうち商業的に栽培されるのは20種類前後だという。
     しかし保管方法や輸送手段が未熟であることから、せっかく実ったおいしいマンゴーの約3割が腐敗し廃棄される運命にあるという。
     「そんなもったいない!」と誰もが思うことだろう。だがこれほど美味な果実が大量に出荷されているにもかかわらず、わが国の植物検疫の関係で、国内でインド産マンゴーは加工品を除いて、手に入れることができないというのも実に残念なことだ。
     現在、フィリピン、タイ、メキシコなどの国ぐにから日本にマンゴーが輸入されているが、インド産はまだこのカテゴリーに含まれていない。日印の政府間では、マンゴー輸入にかかる交渉が10年以上続いているものの、いまだ明確な結論は出ていない。
     日本の市場に価格の安いインド産が豊富に入ってくるようになれば、美味にしてバラエティ豊富、しかも安いと三拍子揃ったマンゴーは輸入青果売り場の主役となることだろう。
     そろそろ真打登場か? 世界に冠たるインド産マンゴーの来日を期待したい。

  • 印度風味的中華料理!?

     チョプスィー、マンチュリアン、少々ノビ気味のチョウメン、大きくてカチカチのスプリングロール…。これらが不味いとは言うわけではない。美味しいものだって多々あるが、インドの「CHINESE FOOD」はどうしてこうもヨソの国の中華料理と違うか考えてみた。
     まず食材の問題がある。インドでは菜食主義者が多く、肉食をする人でも食べるのはマトンかチキンくらい。ごく一部の場所を除いて中華料理でおなじみの「豚肉」は出てこない。乾燥具材の干しシイタケ、キクラゲ、貝柱の類も見当たらない。
     調味料にしてみてもそうだ。インドは東アジア〜東南アジアのような、アミノ酸が生む「旨味」の食文化圏ではない。南中国の沿海地方にあるような海鮮醤は言うまでもなく、ちゃんとしたオイスターソースの類さえインドでは珍しい。ダシに重きを置かないので、スープを飲んでみても何か物足りない感じがする。
     在来の調理法との違いも大きい。炒め物ひとつ取っても、強い火力でジャジャッと加熱して素材の歯ごたえを生かす中華料理的手法は、しっかり芯まで火を通すインド料理に慣れた人びとの舌にはあまり受け入れられないのかもしれない。蒸す・湯がくという料理法も見当たらない。麺を食べる伝統がないので、煮崩れる寸前まで茹でて(煮込んで?)しまうこともしばしば。 
     麺といえば、ヌードル・スープを頼むとマギーのインスタント麺をレシピ通りに作ったものが出てくることもある。日本のおとなり韓国でも、食堂で「ラーミョン(ラーメン)」を注文すると、厨房の人がインスタントラーメンの袋をバリバリと破っていたりするので、まあ、あまりインドばかり責めるわけにはいかないだろう。
     具材を含め、インド化した独自の中華料理が生まれた原因には、インドに中国人がほとんどいないことが大きい。本物の中国人が作る中華を味わったことがないので、「こんなもんじゃないかな」と想像して作るしかない。(そのかわりチベット料理はインド各地で食べられる。)
     ともあれ世界三大料理のひとつ「中華料理」にはユニバーサルな人気がある。食に対して保守的なインドでは、客層は限定されているが、高級レストランから安食堂まで、それらしきものに出会うことができる。
     これが和食だったらどうだろうか。南アジアの人たちが日本で普通の食堂に入ると、汁気の少ないおかずとご飯という組み合わせに難儀するようだ。彼らの国ではごはんの上に汁物をかけて食べるのが普通。よほど好奇心が強いか、日本通の人でないと、なかなか受け入れてくれないような気がする。
     仕方なく彼らがテーブルの上に置かれているケチャップやマヨネーズをかけてなんとか口に運んでいる姿を目にした食堂の人が「向こうの人はこういうのが好きだね」と巨大なケチャップ瓶を常備する…そんな善意から勘違いが生じることもある。
     地域によって人の顔立ちや言葉が違うように食べるものだって違う。おなじ「中華料理」だって本場中国、日本、東南アジア、インド…それぞれ独自の個性を持っているのは面白い。
     大海原をはさんだ隣国マレーシアには、地元のカレーと中華式の麺が合体した「ラクサ」が、あるいは中国には存在しない南洋華僑料理「肉骨茶」のようなご当地中華がある。これは巨大な華僑人口ゆえのこと。中国人の影響なしにCHINESEが急普及したインドにも、そろそろ何か面白い料理が出現してもおかしくないはずだ。