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カテゴリー: food & drink

  • サダル・ストリートの新しいホテル

    サダル・ストリートの新しいホテル

    昔から何も変わらないように見えるコールカーターの安宿街サダル・ストリートだが、近年はちょっと小綺麗な宿もポツポツと出てきている。だが残念なのは、新築時の心地よささが持続しないことだ。もちろんそれがゆえに安宿ということになるのだろう。

    安宿街といっても、フェアローン・ホテルのようなユニークなヘリテージ・ホテル、あるいはリットン・ホテルの如き昔ながらの中級ホテルがあったりするのだが、そうした『ちゃんとしたホテル』が新規参入することはなかった。少なくとも一昨年、ムンバイーを本拠地とするBAWAグループによるBAWA WALSONが進出してくるまでは。

    パークストリートのすぐ北側という好立地で、移動のチケットの手配その他の用事のため何かと便利で悪くないのだが、やはり安宿街の代名詞『サダル・ストリート』という名前が好ましくなかったのだろう。

    それでも近年は、隣国バーングラーデーシュからやってくる人たちが大勢いることに加えて、インドの北東州からの訪問客の姿も目立つようになってきて、さらには1人あるいは友人と少人数でフラリとこの街を訪れるインドの他の地域の若年層の人々の利用も増えているなど、この通りに宿泊する人々の中で西欧人を中心とした先進国からの旅行者が占める割合はかなり低下しているようだ。

    バーングラーデーシュからの旅行者、インド各地からの訪問客はどちらも経済力はピンキリのようだが、かなりゆとりのありそうな人でも、あまり場所には頓着しないのは、やはり自分たちの『地元』ではないからだろう。

    BAWA WALSONは、それなりに繁盛しているようだ。同ホテルは『通常料金』として6,000Rsだの7,000Rsだのといった金額を掲げているものの、時期にもよるが電話あるいはネットで問い合わせると、実際は2,200~2,800Rs程度で宿泊させている。他の大都市に較べて、コールカーターのホテル代はかなり低目であるということもあるが、このクラスのホテルがこうした料金で利用できるのはかなりバーゲンであるといえる。 このあたりの話については、昨年の今ごろ書いたサダル・ストリート変遷をご参照願いたい。

    新規参入したBAWA WALSONの正面には、昨年10月に開業したGolden Apple Boutique Hotelがある。BAWA WALSONよりも少し安い1,995Rsという金額で、室内もなかなかスタイリッシュでカッコいいホテルだ。

    なかなかいい感じのベッド
    ソファのあたりが気に入った。どっかり座ってくつろぐのも良し、日記などしたためてみるにも良し。向かって右側はバスルーム。
    廊下は狭いものの、なかなかキレイに仕上げてある。

    しかし、どこかからコピーしてきたようなトレードマークといい、パチンコ屋の入口みたいなエントランスといい、開業してから日が浅いにもかかわらず、いかにも仕事をするのが、嫌で嫌でたまりませんといった風情の従業員たちといい、どうも品がないなあと思いきや、ホテルのカードをもらうと、6年ほど前に鮮度が命!1 エコノミーなホテルは新しいほうがいいと題して取り上げてみたAshreen Guest Houseの系列であった。

    どこかで目にしたようなリンゴのトレードマーク。エントランスはパチンコ屋風である。

    名前は忘れたが、ムスリムのオーナーがAshreen Guest Houseを筆頭に、Hotel Aafreen、Afridi International Guest Houseという計3つの安宿を運営している。エコノミーな割にはキレイにしているとのことで、安旅行者の間で評判はまずまずらしい。

    今回は、やや上のクラスを狙って奮発してみたようだが、器は悪くないものの、ちょっと背伸びしすぎている気がする。数年すると順調にボロ宿化してきて、オープン当時に利用した人が再訪するとガッカリすることと予想している。

    サービスのつもりかもしれないが、宿泊しているフロアーでは天井に付いているスピーカーから大音響で音楽が流れていてうるさい。部屋にタオルを持ってきてくれるようにと、内線で繰り返し頼んでも永遠に運ばれてこない。安宿から格上げしたところなので仕方ないようだ。デスクの上にあるルームサービスのメニューを手にすると、Blue Sky Cafeと書かれていた。外国人バックパッカーがよく出入りしている安食堂から部屋まで宅配というシステムであるところもそれらしい。

    ともあれ、安宿街のサダル・ストリートにも、アップグレード化という新たな傾向が出現していることは冒頭で述べたとおりである。

  • コールカーターの老舗洋菓子店

    コールカーターの老舗洋菓子店

    NAHOUM & SONS

    創業1902年から数えて今年で110年目となるナフーム(Nahoum & Sons) は、1911年にデリーに遷都されるまで、英国によるインド統治の中心地であったコールカーターでも、現存する最古の洋菓子屋であるとされる。

    店の名前が示すとおりユダヤ系の商店で、経営者は三代目のディヴィッド・ナフーム氏。ずいぶん前には彼が店に出ているところを見かけた記憶があるのだが、今や90代という高齢のため、滅多に店に顔を出すことはないらしい。

    昨年の今ごろ、『コールカーターのダヴィデの星1234』で取り上げてみたとおり、今や見る影もないものの、コールカーターはユダヤ系コミュニティが繁栄した場所でもある。

    この街きっての老舗洋菓子屋といっても、決して敷居の高いものではなく、ここを訪れる旅行者誰もが一度は足を踏み入れる(そして煩い客引きにつきまとわれる)ニューマーケット内の雑然とした一角にある。

    Nahoum & Sons Private Limited

    F-20, New Market

    Kolkata – 700087

    店内の様子

    市内の他の場所からニューマーケットに移転してきたのは1916年だというから、このロケーションですでに96年が経過していることになる。室内の様子もショーウィンドウも時代がかっていて、なかなかいい感じだ。創業時から少し遡った19世紀のコールカーター在住欧州人向け商店の中はこんな感じであったのではないだろうか。

    朝は10時開店だが、店の一部は朝7時くらいから開けており、そこでは香ばしい匂いが立ち上る焼きたての食パンを販売している。ベーカリーとしてもかなり評判がいいらしい。

    メインの洋菓子類については、ケーキ、ドライケーキ、ペストリー、クッキー、メレンゲの類で、他の洋菓子屋に陳列されているものと大差ないのだが、いろいろ買い込んで試してみると、見た目は似ていても、味わいは標準的なレベルを大きく凌駕している。さすがは110年もの歳月を経た老舗だけのことはあり、どれも美味であった。

    時代がかった棚もいい感じ。

    果たしてナフームに陳列されている菓子類で、創業当時から同じレシピで作っているものがあるのかどうかは不明。冷蔵庫のなかった時代のことだが、今のナフームのショーウィンドウにも冷蔵装置は付いていないので、たぶん同じようなものを作っていたのではないかと思う。

    静かに目を閉じて食してみれば、あなたも20世紀初頭の味わいが体験できるに違いない。

    見た目は他店のものと同様でも、さすがは老舗の味わい。
  • インドの食事

    インドの食事

    2009年に出た『インドカレー紀行』という本がある。

    南インド史研究の第一人者の辛島昇氏が著した書籍である。タイトルからわかるとおり、一般向けに書かれたものだが、インド各地の料理と文化的・歴史的背景、古来インド固有のものではなかった食材の伝播と定着に関する過程等も含めてわかりやすく解説してある。食事から見たインド文化誌といった具合だ。本文中にいくつも散りばめられているレシピもぜひ試してみたくなる。

    カラー版 インドカレー紀行

    カラー版 インド・カレー紀行 (岩波ジュニア新書)

    辛島昇著

    大村次郷写真

    出版社: 岩波書店

    ISBN : 4005006299

    2006年に日本語訳が発行された『インドカレー伝』(リジー・コリンガム著/東郷えりか訳)と重なる部分もあるのだが、特に代表的な料理を論じている関係上、自然とそうなってしまうのだろう。

    『インドカレー紀行』によると、インド料理の本が数多く出版されるようになったのはここ40年くらいのことであるという。早い時期から全国的に普及していた北インドの料理はさておき、その他はごく当たり前の日常食として地方ごとの家庭で伝えられてきたものであり、特定の地域の料理がそれと関係のない地域で食されるということがあまりなかったためらしい。インド国内における一種の『グローバル化』現象のひとつということになるのだろう。おそらく娯楽としての外食産業の普及という点もこれに寄与しているのではなかろうか。

    ともかく、人々の間で地元以外の料理についての関心が高まり、ローカルなレシピであったものが『インドの料理』というナショナルレベルに持ち上がることとなり、そこから今でいうところの『インド料理』という捉え方が出てきたという指摘には思わず頷いてしまう。

    歴史の中で、各地で生じた様々な食文化の混淆、新たな食材と料理法の導入の結果、生み出されてきたのがインド料理の豊かなレパートリーである。その末裔に当たるのがイギリス経由で入ってきて日本で定着した『カレーライス』ということになる。

    かつてなく各地の味を楽しむことができるようになっており、加えてレディーメイドの調合スパイスや食材、レトルト食品なども広く流通してきている昨今、とりわけファストフード等の普及により、特に若年層の好みの味覚は確実に変わりつつあるだろう。そうした中で、新たな味覚が創造されつつあるのもしれないが、同時に各家庭あるいは地域ごとの味のバラエティが少しずつ収斂されて『標準化』されつつあるのではないかとも思われる。

    この『インドカレー紀行』について、今後続編の計画があるのかどうかは知らないが、個人的には『インド菓子紀行』が出てくれると大変嬉しい。ラスグッラーとゴアのベビンカは取り上げられていたが、本来の食事同様にバラエティ豊かで味わい深く、それ以上にカラフルなインドの甘味の世界だ。『インド菓子文化』をカラー画像入りでを包括的に取り上げた本が出れば『本邦初』の快挙となることだろう。

  • 日本の技をおみやげに

    日本の技をおみやげに

    食品サンプルの出来栄えは、日本製品の右に出るものはないだろう。発祥は80年ほど前のことという。レストランや食堂のショーケースに並ぶ本物そっくりのそれらを目にしていたく感激し、東京都台東区の合羽橋あたりで買い求める外国人は少なくないようだ。

    これらは外国へのみやげにいいかもしれないが、製作を体験できる教室を開いている業者もある。在日の外国人の方を誘って出かけてみると喜ばれるかもしれない。

    サンプルFAN FUN FAN (大和サンプル製作所)

    料金等は以下を参照のこと

    食品サンプル体験(大和サンプル製作所)

    実は最近妻が子供と一緒にサンプル作りにトライしている。手前ミソながら、初めての割にはまずまずの仕上がりなのではなかろうか。私も今度試してみようと思う。

    素人が初めてトライした割にはまずまずの出来かも?

     

  • レストラン流行るもシェフは人材難

    先日、日本の新聞社のウェブサイトにこんな記事が掲載されていた。

    求む、英国カレー調理人 移民規制で不足し国民食ピンチ (asahi.com)

    移民規制の厳格化によりヴィザの取得が難しくなったことで、インドをはじめとする南アジア系料理店でシェフを招聘するのが困難になっているとのことだ。こうした傾向は今に始まったものではなく、2004年にはインディペンデント紙が以下の記事を掲載している。

    The big heat: crisis in the UK curry industry (The Independent)

    また2004年にもBBCのこうした記事があり、2000年代を通じてのことのようである。

    Britain’s curry house crisis (BBC NEWS South Asia)

    チキンティッカー・マサーラーは英国の国民食・・・なのかどうかはさておき、人々の間で定着したお気に入りのひとつではあるようであり、インド料理そのものがイギリスにおける人気の外食となっているなど、需要は大きいにもかかわらず、シェフが人材難であることを原因に店をたたむ例が後を絶たないとは皮肉なものだ。

    通常、イギリスでU.K. Asianといえば南アジア系を指すように、インド系をはじめとするこの地域にルーツを持つ人々が多数居住しているとはいえ、地元にいるインド系コミュニティの中からシェフを調達するのはこれまた容易ではないようだ。

    そもそも思い切って外国に移住する勇気を持ち合わせている人々は得てして上昇志向が強いもの。単身でしばらく稼いだ後に帰国する人たちはともかく、家族を伴って来た人たちともなれば、往々にして息子や娘の教育には力を注ぐようだ。親と同じ苦労はさせたくないと。

    そういう点では日本にそうした具合にやってきている中国人料理人たちも同様だ。子供たちは中国あるいは日本で大学まで行かせて『もっと割のいい仕事』に就くことができるようにと頑張らせるのが常だ。日本のバブル期以降、日本の移住し条件を満たして帰化した中国出身者は多く、その中に飲食業に関わる人たちも相当数あるのだが、彼らの子供の世代で、厨房で包丁を握ることを仕事にする人はごくごく少ないだろう。このあたりの事情はU.K. Asianたちの間でも同様らしい。

    ところでチキンティッカー・マサーラー、イギリス人たちの好みに合うというのは単なる偶然ではないようだ。もともとこの料理の起源がインド在住のイギリス人家庭発祥(調理人はインド人)という説がある。その真偽はともかくとしても、主にパンジャーブ地方のアングロ・インディアン(インド在住のイギリス人のこと。時代が下るとやがて英印混血の人々のことを指すようになった)たちが好んだアイテムであったらしく、元々彼らの舌によく合うものであったため、イギリス本国で受け入れられるのは必至であったのだろう。

  • 虫屋台

    虫屋台

    久しぶりにバンコクのカオサン通りに来てみた。

    特にここで何か用事があるわけではない。だが一時滞在の外国人という流動的かつ季節や時勢によって大きく増減するお客を相手に、これまた多くはこの場所において一時滞在的なタイ人その他の商売人たちが、様々な工夫を凝らした仕事をしているのを見物するのが楽しい。

    もちろん昔からずっと同じ場所にて家族で商っている人たちもあるのだが、そうした人たちは少数派である。そもそもカオサン通りは1980年代以前までは米穀類の問屋街であり、目と鼻の先には王宮その他バンコクの観光名所が目白押しというロケーションに目を付けた現地女性が、外国人向けの民宿を始めたのがそもそもの始まりであったという。その後は次から次へと安宿、飲食店、旅行代理店その他の旅行者向けの商売をする人たちがこの通りを占めるようになった。

    バンコクの繁華街どこでもそうだが、カオサンもとりわけ流行り廃りは早い。いつ訪れても雰囲気は同じようでも、お店はずいぶん入れ替わっていることに気がつく。視界を遮るものが多く、雑然としているためそうとは気付かなかったりするのだが、いつの間にかビルが丸ごと建て替わっていたりもする。

    カオサンに高級な感じのリゾートホテルが出来ていた。泊まるならば、このホテル余りのバンコクではけっこういいところが安く出ていたりするので、市内のまともなところに宿泊したほうがいいと思うのだが。とりあえず何でも手近に揃うというメリットがあるので、利用する人は案外少なくないのかもしれない。

    昨年の同時期に見かけたアップル製品の専門店は姿を消していた。iPhone, iPad, iPhone, そしてアップルのノートパソコン等が展示されていて、店内ににはそこそこ人が入っていたものの、やはりバックパッカーのゾーンにアップル製品は高価格過ぎたのだろうか。

    カオサンでは昔からタトゥー屋はあったが、それらがずいぶん増えていることに改めて気付かされる。いろいろなデザインのサンプルを手にして、旅行者たちに手当たり次第に声をかける男たちがいる。それほどタトゥーが西洋人の若者たちの間で一般化しているということだろうか。もちろん日本人の間でもそうした傾向はあるのだが。

    何の屋台かと思えば昆虫専門

    食べ物や飲み物等の様々な屋台が出ているカオサン通りだが、夕方になると昆虫専門屋台も出ている。飼育用ではなくすべて食用で、すでに調理済みだ。タイでもイサーン(東北)地方ではもともと昆虫を食用とする例は多いが、もちろんここでは好奇心旺盛な外国人たちが顧客である。

    イナゴ
    タガメ、甲虫、何かの幼虫

    タガメ、何かの幼虫、甲虫、イナゴなどいろいろあるが、すべて素揚げになっている。極め付きはサソリである。けっこう大きなサソリが他の虫と同じように揚げてあり、黒々テカテカと光っている。写真を撮りに寄ってくる人も多く注目度は抜群。

    サソリの姿揚げ

    見た目はグロテスクだが、調理しているのはタイ人なので、試してみると案外美味なのではないかと思う。だが私自身は、昆虫を口にすることに対してとても抵抗感があるのでやめておく。

    いい商売になるかどうかはさておき、西洋人のバックパッカーたちの中で、これらをトライする人は少なくない。仲間や彼女の前で豪胆なところを見せてやろうといった気負った感じの若い男性が多いようだ。あるいは酔った勢いでといったところだろうか。もちろんこれらを「旨いから食べたい」という動機を持つ者はまずいないので、当然そういう具合になる。

    サソリを食べて「醤油の味しかしないなあ」などと仲間に言う者、ビールを片手にイナゴをつまむ者・・・。だが1, 2回ほど齧ってみれば、それで満足してしまい、習慣的にこれら好んで食すリピーターはほぼ皆無だと思う。カオサン通り彼らの顧客はタイでの定住者ではなく一時滞在者なので、次から次へと新たにこの場所にやってくるため、商機は無尽蔵である。

    ある意味『コロンブスの卵』のようなものかもしれない。こうした屋台が外国人たち相手に売れるはずがないと思うのがごく当たり前のところだ。だが近ごろは食に対してオープンな人たちが増えているのか、あるいは単に客層が好奇心に溢れる若い世代が大半であるためかもしれない。屋台のお兄さんは『案外売れているぞ』と手応えを感じているのではなかろうか。

    かといってこれが大当たりすることもなさそうなので、お客が飽きてきたらさっさと違う品物を売り始めるに違いない。カオサン通りに出入りする商売人たちは、様々なアイデアと機知でいろいろ試行錯誤している。彼らのフットワークの軽さが面白い。

  • コールカーターの「魯迅路」と「中山路」1

    コールカーターの「魯迅路」と「中山路」1

     

    ふと目が覚めると外はまだ暗い。早朝のコールカーターは、昼間の喧騒とクルマの多さがまるでウソのようにガラガラだ。人々は一体どこからやってきて、どこに帰っていくのだろうか?とさえ思う。 

    ともあれ早起きは三文の得なのかどうか知らないが、ともあれコールカーターの朝といえば、まずは中華朝市に向かうのが私の習慣になっている。 

    本当は日曜日が最も露店が多いし、休日のため華人たちの人出もやや多くて良いのだが、平日であってもなかなか楽しい。肉まん、シュウマイ、蒸し餃子、中華風スープなど本格的な中華軽食が待っていてくれるのはこの地域を置いて他にない。この朝市を簡単に紹介する以下のようなビデオがある。

    Kolkata Chinatown Breakfast (Youtube) 

    とりあえずタクシーをつかまえて朝市に向かう。地下鉄ならばセントラル駅北口に出て、目の前のNew C.I.T. Rd.(少し西に進むと通りの名がIndia Exchange Plaxe Extn.に変わる) を少し西に向かったところにある。この通りは別名Lu Shun Saraniと言う。 

    Lu Shunとは、中国のピンイン式の表記ならばLu Xun即ち20世紀初頭の中国の作家、鲁迅のことである。この「鲁迅路」のすぐ南にはSun Yat Sen St.がある。これまた中国に因んだ名前だ。Sun Yat Senとは孫逸仙こと孫中山、言うまでもなく孫文のことである。そのためSun Yat Sen St.とは、中国や台湾の街で言うところの「中山路」となる。いかにも「中華街」らしい。ここからしばらく西に進むと、Old China Bazar Rd.という通りも見受けられる。かつてこのあたりに華人たちが多数居住した名残だろう。 

    今でも華人たちによる食堂、靴屋、美容室、ドライクリーニング屋などといった、いかも華人的な商売の店が少なくない。加えて建築資材や塗料その他の店や小規模な会社のオフィス、中国寺院、同郷会館といったものが点在している。このエリアはムスリム地区に隣接しており、元々中国人たちの下で働くムスリムの人たちが多かったこともあり、旧来から出入りは多かったはずだが、「ここが旧中華街である」と言われなければ、ワーキングクラスのイスラーム教徒たちが多い地域だとしか思わないはず。 

    路地を歩きながらよくよく眺めてみると、苔むした中華風の雰囲気を漂わせるボロ屋を出入りする彼らは多いが、華人の姿はごくごく少ない。ゆえに「旧中華街」と表現するのが適当だ。それでも最近はコールカーターの外から来たインド人観光客がグループや家族連れなどが、わざわざ早起きしてこの朝市を訪れ、シュウマイその他のスナックをつまむというケースが増えてきているのだとか。 

    <続く>

  • スパイスジャーナル

    スパイスジャーナルというスパイス専門のバイリンガル季刊誌がある。A5判で30ページほどの冊子だが、現在出ているのは第3号で、次号は2011年1月下旬に発行予定であるとのことだ。価格は300円。 

    ページをめくってみると、インドでよく使われているスパイス類についての解説、料理レシピ、インドからのレポート等々が並んでいる。 

    『あれ?』と目に留まったのは、豚の角煮の写真である。Kakuni Masala (Okinawa Style)と書かれている。沖縄スタイルと書かれているとおり、ラフテーのことであるようだ。だが材料の項目では調味料として、醤油や泡盛に加えてクミン、カルダモン等々のスパイス類が挙げられている。 いつもマメに手料理を作っている私は、早速ブタのバラ肉を手に入れて調理にとりかかってみることにした。 

    レシピ通りに作ってみたKakuni Masalaは、家族にもなかなか評判。醤油が入っていること、かなり長く煮込むことなどから、スパイスの新鮮な香りはかなり失われてしまうものの、そのいっぽうで味とコクが格段に深まることがわかった。 

    ふと思い出したのが、数年前にメガーラヤ州都のシローンで食べた大きなブツ切りの豚の角煮カレー(のようなもの)だ。地元のカーシー族は豚肉をよく食するようだ。その店は、華人が経営する中華料理屋であった。モンゴロイド系のカーシー族が多い中で目立たないが、華人はけっこう在住している。その店のオリジナル料理なのかどうかはよく知らないが、なかなか美味で、豚肉を使っての中華・インドのハイブリッド料理もなかなかイケルことを知ったのはそのときだ。

    単にスパイスとインド料理の紹介に留まらず、日本の食環境の中での新たな味の提案というのはあまり見かけない気がする。次号で紹介される料理は何かな?と期待しているところである。

    購読申込みは同誌ウェブサイトから。

  • 日本式の食事処 2

    そんな『和食圏外』のインドで、しかも都市圏から遠く離れていながらも健闘している和食レストランがある。ダラムサラのマクロードガンジにあるルンタ・レストランだ。 ルンタ・ハウスという建物の中にある。 

    NGOルンタ・プロジェクトが、現地のチベット難民たちによるNGO組織であるグチュムスの会とともに、難民に対する職業訓練施設を兼ねて運営しているものだ。ルンタ・レストランは彼らの活動のための収益部門のひとつである。 

    そんな訳で通常のレストランとは性格が異なるのだが、ここはずいぶん繁盛している。日本人旅行者その他の滞在者による利用とともに、ロンリープラネットにも紹介されているため西洋人客が非常に多いことも特徴だ。またインド人観光客の姿も散見される。 

    パッと見た感じでは、店内に日本式食堂という雰囲気はあまりないが、奥の方には座敷風になっているコーナーがあってくつろげる。 マクロードガンジに多いツーリスト向けのレストランやカフェの中のひとつだが、店内が広くてキビキビしたスタッフの応対が良いことに加えて、普通ならば日本国外ではかなり高い値段の付く日本式の料理を、バックパッカー向けの食堂の価格で提供していることが人気の理由だろう。 

    お好み焼きが50Rs, かき揚げ丼は60Rs, 日替わりの定食(巻き寿司の日もあり!)は120Rsといった具合だ。日本国外で『和食』を謳うレストランの中で格段に安い。他にもうどんや日本風のカレーライスもあり、どれも男性客にとっても充分な分量が出てくる。パンやデザートといった洋風のアイテムもある。ピュア・ヴェジのアイテムもあるので、菜食主義のお客も安心だ。 味のほうは、質実剛健というか、男の手料理というか、ちょっとごっつい感じはするものの、私たちが普通に作って食べている家庭料理といった印象だ。 

    日本人観光客や滞在者が多いとはいえ、『和食圏外』の国で、しかも都市圏から遠いこと、また値段の面でも格安であることから、NGOの収益部門であることも併せて、通常の和食レストランとは異なる型破りな存在である。 運営母体であるNGOの活動はもちろんのこと、ルンタ・レストランの今後ますますの繁盛を期待したい。

     <完>

  • 日本式の食事処 1

    海外にある日本式の食堂、和食レストランといえば、主に日本人在住者や訪問客が多いところ、あるいは現地で日本食に関心の高いエリアという、言うまでもなく大きなマーケットが成立する場所に出店している。それらは往々にして大都市である。 

    裾野の広がりがグローバルな中華料理やファストフードの類と異なり、まだまだ日本の『民族食』的な色彩が強いため。縁もゆかりもないところにいきなり出店というケースはあまりない。『日本ブランド』は、世界中どこに行っても評判の高いクルマや家電製品などとは違い、食の分野ではマイノリティだ。現地にそれなりの『和食文化』的なインフラが存在していることが不可欠だ。 

    多くは個人事業主による出店で、日本人がオーナーであることが多いが、同様にかつて日本に留学した経験があったり、働いた経験があったりするなど、日本とのゆかりの深い現地の人が開業した店も数多い。また日本人と現地の人による共同経営(日本人とその配偶者である地元の人という組み合わせを含む)もよくみかけるところだ。 

    特に日本企業が多く進出しているところでは、接待などで使われるような高級店も少なくないが、日系企業オフィス近隣でランチや仕事帰りに一杯引っかけるのに利用してもらうような店、単身赴任者を主に相手にしているような大衆食堂と居酒屋を兼ねたような店も多い。 

    大衆食堂風とはいえ、途上国においては現地の気楽なお店に比べるとずいぶん高いため安食堂とはいえない。主な顧客層といえばたいていは日本人客ということになる。 

    これらとは別に、近年は日本の外食チェーンの海外進出も盛んになってきており、和食では大戸屋がタイ、台湾、香港、インドネシア、シンガポールにいくつも出店している。居酒屋の和民はアジアの複数の国々で展開している。 

    また『和食』と表現していいのかどうかわからないが、日本発の食としてのラーメンを味千ラーメンが中国、韓国、東南アジア、北米、オセアニアに進出しているし、餃子の王将が海外展開するのは、本場中国の大連だ。 

    日本式カレーのCoCo壱番屋もアジア5か国とハワイに店を出している。海外でも日本国内と同じルーを使用しているという。なんと6年後あたりを目途にインドへの進出を画策しているようだ。日本のカレーがインド上陸となれば、日本国内での話題作りにはなるかもしれないが、これについてはレシピそのものを根本から見直さなくてはならないだろう。

    和食ないしは日本式の食事関連以外にも、イタリアンのサイゼリヤ、ステーキが中心のペッパーランチも積極的に海外に進出している。 

    こうした日系の外食チェーンの主戦場は東アジアと東南アジアの大都市だ。各国・地域の消費文化の中心地でもある。もともと味覚、食材、調理法などで共通するものが少なくなく、親しみやすいこと、サブカルチャーやファッションその他の面でも日本の影響が濃く見られることなどからも、和食ならびに日本食以外の分野についても『日本ブランド』がそれなりの浸透力を持つことができる。

    そのため地場資本の外食チェーンでも『和食』アイテムを取り上げるところが増えてきており、現地レベルの庶民的な価格で日本食らしきものを食べることができるようにもなりつつある。 

    ただし食事の分野において日本のネームヴァリューがまったく通じないところも少なくない。欧米においても都市在住者以外では日本食といっても『中華料理と違うのかい?』とまったくイメージさえ沸かない人は少なくない。また同じ『アジア』の中でもヒマラヤの西側の国々となると一気に『和食圏外』となる。とりわけ中東あたりまで来ると、刺身や寿司の類を『奇食』ととらえる人さえ少なくない。 

    インドやスリランカあたりで大都市には和食レストランがいくつかあるが、いかんせん『圏外』であるため、東アジアや東南アジアでの和食に比べると、食材の供給の問題もあるがコストバリュー、ヴァリエーションともに著しく低くなってしまうのは致しかたない。 

    <続く>

  • ああドリアン

    ミャンマー産ドリアン
    フルーツというよりも熟練した生菓子の職人が丹精込めて鶏卵に生クリームを加えて、しっとりとした薄い外皮で包んで仕上げたかのよう。ドリアンという果物はなぜこれほどまでに人工的かつ動物性の味わいなのか?
    口の中に含むと広がるキャラメルソースのような香り。濃厚でしっとりとした陶酔感のある甘み。これほど上質で高級感のある食感の果物を他に知らない。
    だが当たりとハズレで旨さの差異も大きい。充分熟しているかどうかというだけでなく、たとえ完熟であってもちょっと水っぽかったり、逆にコテコテなのに香りも甘みもいまひとつで、レシチンを舐めているような期待外れの個体もある。
    それだけにいいモノに当たったときの幸福感といったらない。
    マレーシア産ドリアン
    ヤンゴンの街角で見かけたドリアン売り。種類の異なる地元ミャンマー産、マレーシア産、タイ産を並べていた。価格はミャンマー産から順に高くなっていくが、その分重量も同様に大きくなっていく。
    ちょっと立ち止まって店先で品定めする人たち。持ち帰って家族と楽しむ様子が目に浮かぶようだ。ゴツゴツとした姿のドリアンの数だけ、幸せな団欒のひとときがあるようでちょっと微笑ましい。
    南インドにも野生のドリアンが自生しているところはあるようだが、普通食用にはされないようで、人知れず朽ちていくのは残念。何かちょっとしたきっかけがあればブレークするのではないかと想像している。
    果肉のちょっとした『ガス臭さ』では、インドの街角で普遍的に見かけるジャックフルーツにも通じるところがあるだけに、彼らもドリアンを愛でる素養は充分持ち合わせていると思うのだが。
    タイ産ドリアン

  • 自宅でティッカー、広場でケバーブ

    ティッカー、シーシュケバーブ、ナーンその他、タンドゥーリー料理は好きでも、たいていの人はそれを自分で調理したことはなく、レストランで注文したものを食べているだけだろう。もちろん私もそうである。オーブンの一種であるとはいえ、明らかに構造が違うため家庭用オーブンでは同じものを作ることはできない。
    ゆえに、当然のごとく、それを売りにする店で食べるものと思っていた。だが意外なところに『ポータブル・タンドゥール』を製造しているメーカーがあった。
    ポータブルタンドール (山文製陶)
    日本国内にあるインド料理屋の多くで日本製のタンドゥールが使われているが、まさか手軽に移動できるタイプのものがあるとは知らなかった。上記リンク先で表示されるものの中で、『20リットルペール缶サイズ』というのがそれである。
    もっとも『ポータブル』といったところで、重量は15キロあるので、そうそう気楽に持ち運びできるわけではない。『両手が抱えてクルマに乗せることができる』といった程度に考えたほうがいいだろう。価格は3万円と手ごろだ。
    他に50リットル、100リットル、120リットル、200リットルと、いろいろなサイズがある。屋外イベントで用いることを想定しているようだ。
    本格的なタンドゥールを製造しており、日本国内のインド料理屋さんが使う和製タンドゥールの中に、同社の製品を見かけることもあるのだろう。
    インド製の小型タンドゥールを日本で輸入販売している業者もある。重量は倍以上になるが、素人の感覚ではあるが、窯としてはこのくらいの重さがあったほうがいいのかもしれない。
    ポータブル・タンドゥール窯(有限会社エイシアン・クロス)
    製造元はGolden Tandoorsという本格的なタンドゥール製造販売メーカーなので、大きなものから小さなものまでいろいろ取り揃えている。
    自宅でタンドゥールを使って料理するかどうかはともかく、仲間たちとキャンプやバーベキューに出かけるときなど、持参すると喜ばれるのではないかと思う。