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カテゴリー: sports

  • Markha Valley Trek  The Day 1

    Markha Valley Trek The Day 1

    前日夕方にレーの旅行代理店で顔合わせをしていたガイドのタシ君と朝8時半にクルマでレーを出発。

    彼はジャンムーの大学で修士号まで取得しており、まだ大学に籍があり勉強を続けながらJ&K州の政府の仕事を求職活動中。出身は「Aryan Valley」の俗称で知られる地域のガルクンという村に実家があるとのこと。複雑な山岳地には、しばしば周囲と隔絶した独特の伝統と性格を持つコミュニティが存在することがある。

    モンゴロイド系の人々が暮らすラダック地域の中で、総じて小柄ながらも、アーリア系の特徴を持ち、元々は独自の信仰や習慣を持っていたが、時代が下ってからチベット仏教化した人々(主にインド側)、更にはムスリム化した人たち(主にパキスタン側)が暮らす地域である。このあたりへは、一昨年クルマで訪れたことがある。

    タシ君もやはりアーリア系の風貌をしている。故郷がチベット仏教徒化した時代以降も、代々、コミュニティ内での結婚がなされているとのこと。そうした伝統があるがゆえに、アーリア系の外観が受け継がれていくこととなったのだろう。彼が在籍するジャンムーの大学には、このアリアンバレー出身の同郷会があるそうだ。ラダック人であるという大まかなアイデンティティのさらに深いところには、モンゴロイド系が主体のラダック人の中での明らかなマイノリティであるアーリア系コミュニティ(ドロクパと呼ばれる)への帰属意識があるようだ。

    Facebook等のSNS普及により、彼らと同じルーツを持ち、ラダック語ではない彼ら自身の母語を話すパキスタン側の人たちとのネット上での交流も始まっているそうだ。印パ分離以前には普通に行き来があったものの、現在ではそれがままならなくなっている。
    「それがネットの普及によってコンタクトが可能になったわけですから、世界が小さくなったことを感じます」とタシ君は言うが、村ではネット環境がないため、彼のようにインドの大きな街に出ている人たちの間でのみ可能という限定付きのものではあるが。

    彼同様に、地域外の大学に在籍するラダック人学生で、夏休みの時期に帰郷してトレッキングガイドをしているという若者は多い。彼は毎年6月と7月にはラダックに戻り、こうしてガイドをしているとのこと。

    ズィンチェンから出発!



    クルマはズィンチェンに到着し、トレッキングがスタートする。連日の雨により、ルート沿いの川はかなり増水しているようで、音を立てて斜面を流れ落ちていく。

    しばらく登っていくとやがてルムバクに到着。冬季にはスノーレパードを見ることができる名所となっている。ルート沿いにある茶屋でお茶を飲みながら小休止。背後には村の家屋が点在しており、ゴンパもある。このあたりまでは車道に近い村であるためか佇まいはレーの郊外の民家と大差ないように感じられる。

    川の水は氷水のように冷たく、渡る際にしばらく足を浸していると痺れてくるようだ。

    しばらく進んだところの開けた景色の中で昼食。女性の4人連れのトレッカーたちが通過していくのが見えた。凛々しい感じの女性が先頭を歩いており、欧州から来たトレッカーかと思ったが、実は3人連れのスペイン人女性たちの女性ガイドであった。ユルツェの宿泊先に彼らも宿泊していたので判ったのだが、彼女もまたガルクンの出身で、私のガイドのタシ君の縁戚であるそうだ。

    女性の単独トレッカー、女性だけのグループ、もしくはカップルには女性ガイドを付けることができる。レーの町には女性客だけを対象とする女性スタッフによる旅行代理店もあり、なかなか好評のようだ。


    本日の滞在先、ユルツェの村に到着したのは午後2時あたり。この「村」には一軒しかないので、ユルツェに滞在するということは、全員ここの家に泊まることになる。しばらく同宿の人たちと話をしたり、周辺の眺めを楽しんだりする。畑はよく手入れされており、麦以外にいろいろな野菜などが栽培されている。目の前の谷には川が流れているが、その対岸には雪が一部残っている。ちょうど斜面の窪地となっており、そこに残雪があるのだ。谷間を吹き降ろす風が冷たい。

    峠から吹き降ろす風が冷たい


    すこぶる快適なラダックの居間空間

    ラダック式のキッチンは素敵だ

    〈続く〉

  • ISL(Indian Super League)で活躍するスーパースターたち

    昨年から始まったインドのサッカーの事実上のトップリーグのISL(Indian Super League)。「事実上の」と書いたのは、従来から存在しているI –Leagueは、ISLの下位になったわけではなく、どちらもインドサッカー界の頂点に君臨するリーグであるからだ。

    このふたつは開催シーズンが異なる点においては、直接競合する関係にはなっていない。ISLは10月から12月までとシーズンが短く、I –Leagueはそれが終了した12月下旬から5か月程度の期間だ。

    ただし、ISLはAIFF(All India Football Federation)のもとで、インド国内の有力な財閥系企業リライアンス・インダストリーズとStar TVを運営するスター・インディア、そしてアメリカのIMGの出資により発足したもので、I–leagueよりも商業性、エンターテインメント性が高いものとなっている。

    外国人枠が6人となっており、4人まで外国人が加入できるI–leagueに比べて、よりレベルの高いプレーヤーを招聘できる幅が広いだけではなく、実際にはもっと大きな魅力がある。I–leagueにも往年の名プレーヤーたちが在籍したことがあり、日本からも元Jリーガーが参戦したことがあるものの、国際的には無名に近い外国人選手も多かった。

    だがISLにおいては、やはり盛りを過ぎた外国人助っ人が多いとはいえ、その顔ぶれは錚々たるものがある。下記リンク先をご覧いただきたい。

    15 International Footballers To Watch Out For In The Indian Super League (SCOOP WHOOP)

    イタリアのアレッサンドロ・デル・ピエロ、マルコ・マテラッツィ、フランスのニコラス・アネルカ、スペインのルイス・ガルシア等々、たとえ彼らがもはや第一線のスターダムから離脱した選手たちであるとはいえ、サッカーファンならば機会があればぜひとも彼らのプレーを観てみたいと思うことだろう。

    ちなみにブラジルが生んだ世界的なスーパースターであり、日本のJリーグでの鹿島アントラーズでプレーヤーとして、監督としても活躍、後に日本代表監督を務めたジーコもISLのFCゴアで監督として采配を振るっている。

    クラブとしてとりわけ注目したいのは、コールカーターを本拠地とするATLETICO DE KOLKATAだ。名前もクラブのユニフォームもATLETICO MADRIDに酷似しているが、名門クラブを真似たものという訳ではなく、本家ATLETICO MADRIDが経営に参画しており、監督も助っ人たちもスペインから送り込まれた本場仕込みの名実ともにインド版のATLETICOなのである。

    2026年、つまり今から12年後のワールドカップ本大会出場を目指すインドのサッカー界だが、これまで地域的にはサッカー熱の高いところはあったものの、これを国民的なスポーツとして根付かせることができるか、地元インドから埋もれた人材を発掘して世界レベルのプレーヤーに育て上げることができるのかどうか、今後の推移に注目したい。

    しかしながら、経済的に好調な国で巨額の資金を投入してトップリーグを創設したからといって、また世界的な人口大国であるからといって、自国におけるサッカーという競技の強化に成功するかといえば、必ずしもそうとはいえないのは中国の現状を見ればわかるとおり。

    その反面、「東欧のブラジル」と言われるほど、豊富なタレントを輩出したユーゴスラヴィア社会主義連邦共和国が内戦を経て6つの国に分裂した後も、この地域出身の優れた選手は多く、その中の人口わずか430万人程度のクロアチアの代表の安定した強さといえば圧巻だ。

    ともあれ、インドには若年層の人口が非常に厚いという強みもある。ISLの商業的な成功とそれに伴うインドのサッカー人口の拡大と総体的なレベルの底上げについて大いに期待したいものがある。

  • ミゾラム・プレミア・リーグの事故

    一昨日にインドのニュース番組で取り上げられていたが、ミゾラム・プレミア・リーグの試合中の事故により、選手が亡くなるという痛ましい事故があった。

    10月14日にミゾラム州都のアイゾールで行われたミゾラム・プレミア・リーグのゲームの後半戦にて、Beth lehem Vengthlang FCの選手が味方のミドルシュートがゴールポストに当たった跳ね返ったところに詰めてボールをゴールに押し込んで得点を記録。

    この選手、Peter Biaksangzualaは、宙返りで喜びを表現していたのだが、2回転目で頭部から着地したことにより、脊髄を損傷した。彼は直ちにコールカーターの病院に空輸されて治療を受けていた。インド北東部の一州のローカルリーグでプレーしていた彼は、将来はI-Leagueのチームに加わることを夢見ていたとのことだが、5日後の10月19日に集中治療室内で帰らぬ人となってしまった。

    彼への追悼記事がFacebookのMozoram Premier Leagueのコミュニティページにアップロードされている。このような事故が二度と起きることがないよう切に願いたい。

    Indian Mizoram Premier League footballer dies from spinal injuries after somersault goal celebration (Mail Online)

  • ラダック・マラソン

    9月14日(日)にラダック・マラソンが開催される。種目は以下のとおりである。

    •07 KM Race

    •Half Marathon

    •Marathon

    •The Khardungla Challenge

    特筆すべきは上記の中の四つ目のThe Khardungla Challengeで、レーの町から「クルマで通ることが出来る世界最高地の峠とされる海抜5,602m (海抜5,359mとする説もある)を折り返し地点とする往復72kmのスパルタンな長距離レースである。

    マラソンのウェブサイトにあるとおり、第1回目の開催であった一昨年の参加者は1,500名、昨年は2,000名を数えるようになっているとのことで、この大会が次第に盛り上がりを見せているようだ。

    この大会の様子をYoutubeやUstreamのような動画配信サイトで中継してくれるとありがたいのだが、今のところそうした動きはないようだ。もっとも現地の通信環境を思えば、こればかりは仕方ないことかもしれない。

     

  • インドの老夫婦のワールドカップ観戦

    7月13日に三位決定戦、そして続く14日に決勝戦を迎えるブラジルで開催されているワールドカップ。

    下記リンク先の記事に取り上げられているインドのサッカー好きな老夫婦は、これまで幾度となく開催国に足を運んで観戦しており、今度で9大会目だという。

    サッカーW杯観戦に情熱、インド人夫妻9大会目のブラジル(dot.asahi.com)

    記事によると、夫妻は決して裕福とはいえないようだが、それでも四年毎に巡ってくるこの大会のためにコツコツと貯蓄に励んでいるとのこと。

    一般的な人から見ると、失礼ながら経済的な「バランス感覚がない」ということになってしまうのかもしれないが、好きなことにこれほど入れ込むことができるということ、そして夫婦揃って同じ目的のために頑張っていけるということは羨ましくもあり、また素敵なことだと私は思う。

    夫妻はワールドカップでどの試合を観戦したのだろうか。記事には「FIFAが宿泊場所を無料で提供、ブラジルのテレビ局は観戦チケットを用意した」とあるが、ひょっとして7月14日の決勝戦をスタンドから観る幸運に恵まれていたりしたら、これまた嬉しい話である。

  • ミャウー 2

    ミャウー 2

    レセプションが入っている建物
    室内はこんな感じ

    ここでの宿泊は、Shwe Thazing Hotelである。スィットウェにも同じ名前のホテルがあったが、同じオーナーによる所有だという。開業から4年経ったというが、きれいに手入れしてあり、スマートな感じのコテージ形式。一泊55ドルとかなり高めではあるが、短い期間の旅行であり、エアコンは常時使いたいし、日記等を書くためにも停電に対するバックアップ電源を持つところというと、選択肢はかなり限られてくる。

    宿の隣のレンタルサイクルを借りて市内散策に出発。風景はベンガルとよく似ている。もともと地続きであるし、ベンガルのチッタゴンはもともとヤカインに所属すべきであるという主張が一部にあるように、隣接している地域なので気候風土は似通っているのだろう。ヤカイン州のアラカン山脈はヒマラヤの東端にあたる。そして今私がいる部分は、アラカン山脈が終わったその先なので、ヒマラヤから続く山地が終わったその部分にいるということになる。人々の顔立ちにしてもバーングラーデーシュにいてもおかしくないような風貌も少なくない。ただし、ミャウーがベンガルと違うのは、ヒンドゥーたちのお寺がないこと、モスクからアザーンの呼びかけが聞こえてくることはなく、モスクもないことだろうか。やはりここは仏国土なのだ。

    もし英領下の1937年におけるインドからビルマの分離がなく、1947年のインドのイギリスからの独立に伴う印パ分離がなく、よって地域もインドの一部であったとしたら、もとより人口圧力の高いベンガル地域から大量のベンガル人流入があり、またUPやビハールからも同様に沢山の人々が移住して、すっかりインドの一部になってしまっていたことだろう。政治というものは、そして国境というものは人々の間に垣根を作るが、同時にそこに暮らす人々を外からの影響から守る働きもある。

    大量生産の衣類、プラスチック製品があることなどを除けば100年以上前とほとんど同じかもしれない。
    こんな感じの家屋が続く
    村のこどもたちのおやつの時間
    村はずれにヘリパッドがあるのは不思議といえは不思議

    自転車で町はずれ・・・といっても少し走るとすぐに町の外に出てしまうのだが、そこからは村が広がっている。未舗装のダートの両側には竹で作られた家屋が並び、やや豊かと思われる家には柱組を木で作った家だったりする。こういう家屋では雨季を過ごすのは大変困難なことだろう。豪雨に見舞われることもたびたびある。ましてやサイクロンが襲来した場合、このような家屋が持ちこたえることができるとは到底思えない。2007年のナルギスの後、2010年にもヤカインにはサイクロンがやってきてかなりの被害が出たというが、このあたりはどうだったのだろうか?

    町から出ると電線が見当たらない。村には電気は来ていないものと思われるし、水道もないようだ。井戸で水汲みをしてアルミの壺に入れて運んでいる女性たちやそれを手伝う子供たちの姿がある。井戸がない集落では、どこまで汲みに行くのかは知らないが、かなり遠くまで足を延ばしているように見える。流れる川に飛び込んで遊ぶ子供たちの姿もあり、なかなかたくましい。かなり厳しい生活環境のように見えるものの、村の中は和やかな雰囲気である。

    町のマーケットで売られているアルミの水がめ。これで村の女性たちは水汲みに出かける。

    そうした景色を目にしながら自転車のペダルを踏む。昼間の気温はかなり高く、摂氏40度前後くらいだろうか。それでもこの時期のバガンほどの酷暑ではないのは助かる。また少しばかりの気持ちの余裕を持って走りまわることができる。

    ラカイン族の最後の王朝の都(1430~1784)であり、欧州や中東との海運で栄えたとのことだが、コンバウン朝に征服された後に英領となり、ビルマ独立以降は同国の一部を構成することとなった。現在は小さな町となっており、今も数多く残る仏教建築を除けば、栄華の過去を偲ばせるものはほとんど残っていない。王都として繁栄した当時には、欧州系やアラビア系の人たちも少なからず都に暮らしていたというが、今もそうした血筋を引く人たち、あるいは先祖にそういう人がいたという言い伝えのある人たちは残っているのだろうか。

    日本人との縁もないわけではなかったらしい。江戸時代にキリシタンとして迫害された日本人も王宮の警備に雇われていたという。東洋のベニスとも称されたりもした水運の町であったとのこと。今はそういう面影は感じられないのだが、いくつか残っている運河では小さな船や竹を組んだ筏が行き来しているのを目にすることができる。

    筏の往来

    旧王宮には、石垣と建物がかつて存在していた部分の基部の石しか目にすることはできず、王宮は木造であったとのことだが、往時を想像するには大変なイマジネーションの豊かさが必要となる。

    王宮跡

    王宮で写真を撮っていると、突然砂嵐のような具合になってきた。突風とともに砂塵が巻き上がり、とても目を開けてはいられない。強い雨が来る前触れだろうと、そそくさと王宮跡を出る。どこもすごい突風で、店先の日除けは落ちるし、何か風で吹っ飛んだりしていたりで、ちょっと注意が必要だ。

    しばらく走っても収まらないので、英語で看板を出しているゲストハウスの隣の食堂に入り、ヌードルスープとコーヒーを注文する。しばらくの間は風と砂塵がひどく、店の中にいても目が痛くなりそうなくらいだ。食事を終えるあたりで強風がようやく静まると、外では雷が鳴り始めた。少し雨もパラついてきた。幸い、ひどい降りにはならなかったので、店を出て再び走り回ることにした。

    夕方4時から王宮跡のすぐ東側にあるグラウンドでサッカーの公式戦(?)が行われていた。地元のチームの試合のようだが、いくつものバナーが掲げられており、ずいぶんたくさんの観客が集まっている。娯楽らしい娯楽がなさそうなので、こうした機会を楽しみにしているのだろう。

    サッカーの公式戦
    見物する人たちの姿が沢山!
    出場者たちは裸足かソックス履きのみであった。

    不思議なのはラインが引かれていないことだ。どこまでがピッチなのか、どこまでがペナルティエリアなのか、ハーフウェイラインはどこまでか、とにかくこれらすべてが審判の目分量ということになる・・・と思ったら、よく見るとラインは地面を掘ってあった。躓きそうな感じなのであまり良くないと思うが。

    ラインの代わりに溝が掘られていた・・・。

    また、誰もがシューズを履かずにプレーしているのにも驚いた。ソックスを履いているものはソックスのままで、ソックスを持たないものは短パンの下には何も身に着けていない。これでも公式戦らしく、ちゃんと大会本部席があるし、スコアも記録しているようだ。当然、それらしい恰好をした主審やラインズマンたちが判定している。それでも競技をしたいという気持ちを大いに買いたい。

    内容については云々するようなものは特にないし、やがてこういうところからも優れた選手が出てくる日が来るのかどうかは知らないが、だんだんとレベルが上がって来る日も来るだろう。やはりこれも現状が低すぎるだけに、将来の伸びしろは大きいということになるのではないだろうか。

    ただ残念なのはコトバが通じないため、どういう大会なのか、どういうチームなのか、なぜ裸足なのかその他いろいろ質問したいことはあるのだが、尋ねることができる相手がいないことだ。英語が通じそうな人は見当たらないし、適当に尋ねてもやはり通じない。

    民家の庭先のジャックフルーツの木。これが一本あるとありがたい。
    とにかく暑いので、夕方のビールで生き返る感じ。

    〈続く〉

     

  • 今年秋からミャンマー国際航空がヤンゴン・関空便を運航開始

    先日、ミャンマー国際航空が関空に就航予定と題して取り上げてみた、ミャンマー国際航空(MAI)の関空への乗り入れだが、以下の記事のとおりの内容で決定したようだ。

    関西国際空港:ミャンマー・ヤンゴンへ週3便 今秋就航 (毎日新聞)

    ところで好景気に沸くミャンマーの様子を垣間見るようなこんな記事もある。

    Myanmar citizens flying abroad this Thingyan (THE NATION)

    近隣国のタイ、マレーシア、中国などから休暇でミャンマーを訪れる人々は増えているが、同様にミャンマーの富裕層やこのところ拡大しつつあるミドルクラスの人々が周辺国に観光に出かける例も増えているようだ。

    本日からミャンマーは同国の正月休暇となっているが、来年のこの時期にはヤンゴンからの直行便を利用して関空に降り立つミャンマー人観光客の姿も少なからずあることだろう。

    バンコクやクアラルンプルに較べると距離感があったヤンゴンの街が、ANAに続いてMAI直行便を就航(前者は成田便、後者は関空便)させることにより、ずいぶん近くなるのは喜ばしいことである。

    予断となるが、ミャンマー国際航空関係で、こういうニュースもある。

    香川)ウー投手、祖国のミャンマー国際航空と契約 (朝日新聞)

    四国アイランドリーグplusでプレーしているゾー・ゾー・ウー投手は、ミャンマー代表チームのエースだそうだが、上記リンク先記事には野球人口50人とある。ミャンマーの野球界発展のために今後ますますの活躍を期待したい。

  • マジューリー島4

    マジューリー島4

    ガラムールのマーケット近くのサッカーグラウンドで、インド軍のアッサム連隊のサッカー部とマジューリー島のチームの対戦があるとのことを宿の人から聞いた。新聞にも出ていたそうだ。地元で例年開催されるサッカーのトーナメントの決勝戦であるとのことだ。

    グラウンドに出向いてみると、すでにゲームは開始されていて、前半戦の中盤であった。入場料は10ルピー。沢山の人々が詰めかけていた。会場入口周辺は、駐輪されているバイクと自転車で一杯だ。会場警備はボランティアではなく、兵士たちが詰めていた。しかも持っているのは機関銃。いくらなんでも警備としては過剰過ぎる装備ではある。

    インド東北部ではサッカーが盛んである。このようにして楽しんでいる姿を見るのは嬉しい。会場には貴賓席まであったから、地元政府のおエライさんとか、もしかすると地元政治家くらいは来ているかもしれない。優勝チームには立派なトロフィーが準備されている。

    試合内容は正直なところまったく面白くなかった。正直なところ、このレベルであれば私が出場しても大活躍できる程度である。しかしここに詰めかけている人々を見物するのは楽しいし、サッカーが好きで人々が集まっているというのも嬉しい。

    夕方になり宿に戻る。貧しいながらも落ち着いた感じで、争いごともあまりなさそうな島である。宿の人が「外国とか、インド国内でもテロがあったり、騒動があったりしているけど、どうしてそんなことになるのか、この田舎に暮らしていると想像もできない。いや、この州内でもいろいろあるんだけれども、ここにいる分にはまったく関係ないね。」と言う。金銭的には豊かでなくても、ここに暮らしている満足度は案外低くはないのかもしれない。安心感のありそうな島である。

    〈完〉

     

  • SAFF CHAMPIONSHIP NEPAL 2013

    隔年で開催されるSAFF (South Asian Football Federation) Championship。今年の開催国はネパールで、831日から911日にかけてカトマンズで開催された。

    indo.toに掲載する時期を逃してしまっているが、せっかくなので簡単に触れておくことにする。SAFFの公式Youtube Channelにて、各試合のハイライト画像はもちろんのこと、ゲームをフルで観ることもできるようになっているのも幸いであり、南アジアのサッカー事情に多少なりとも関心のある方はぜひ視聴していただきたいと思う。

    A(インド・ネパール・パーキスターン・バーングラーデーシュ)B(アフガニスタン・スリランカ・ブータン・モルジヴ)に分けてのリーグ戦にて1位、2位を占めたチームがそれぞれ決勝トーナメントに進出するわけだが、A組では地元開催のネパールがインドを下すという大健闘を見せて1位通過、2位がインドとなった。インドの初戦はパーキスターンで、サッカーにあってもやはり印パ戦ということを感じさせる激しい試合であった。B組はモルジヴとアフガニスタンがともに21分で同率であったものの、モルジヴが持前の得点力で稼いだ得失点差にて1位、アフガニスタンが2位という形になった。

    地元開催でぜひとも初優勝を狙いたいネパールだが力及ばず、0-1でアフガニスタンの決勝進出を許してしまう。同様に勢いに乗るモルジヴもたびたびインドのゴールを脅かすものの得点に至らず、安定感に勝るインドが1-0で寄り切る形で決勝戦へと進むこととなった。

    決勝戦は、まさにインドで開催された2011年大会と同じく、インド対アフガニスタンというカードとなった。前回、決勝戦の笛を吹いた主審はシンガポール国籍のスィク教徒であったが、インドのほうに肩入れしたい私からしても、不可解なジャッジが重なり、何かウラがあるのではないかと勘繰ってしまうほどであり、インドの優勝にも素直に喜ぶことができなかった。

    今回も内容は互角の好ゲームではあったものの、アフガニスタンが2-0で勝利することにより、前回の雪辱を果たした形となった。

    ここのところ地域の大会で躍進しているアフガニスタン。政情が安定しており、スポーツが振興する環境にあり、それなりに育成面でもシステムが機能しているはずのインドを初めとする他国のありさまを不甲斐ないとするか、国内事情もままならない新興国ながらも活躍しているアフガニスタンを賞賛するかという点について、人それぞれ考え方は違うかもしれない。

    欧米その他(インドのI Leagueを含む)の外国のクラブでプレーしている選手たちがかなりいるという事情はあるため、他国の代表チームと単純に比較できない部分があるのがアフガニスタン代表チームの特徴ともいえる。同国内では昨年からアフガン・プレミアリーグが始まっており、国策としてのサッカーの振興という意図が背後に見える気がする。この世界的なスポーツが国民や地域の心をひとつにまとめるという、平和貢献の役割が期待されているのではなかろうか。

    さて、次回大会は2015年となるが、ふたたびインドが開催国となることが決まっている。前々回に引き続いてなぜ?という気がしなくもないが、やはり国力と企画実行力という点で地域において圧倒的な存在感がある大国の責任ということにもなるのかもしれない。

    さらに先の2017年が行われるのはパーキスターン。開催国となるにあたっては、南アジアの頂点を狙う地域の強国としての台頭を期待したい。

    蛇足ながら、南アジアのサッカーといえば、現在までのところ日本と最もゆかりが深い国はブータン。2008年から行徳浩二氏、松山博明氏、小原一典氏と3代続けて日本人が代表チームの監督に就任している。

    日本で中継されることはもちろん、試合内容が新聞等で報道されることもまずないが、ブータンのサッカーファンたちの間では、「日本のサッカー」に対する関心度はかなり高いのではないかと思われる。

  • ラダック・マラソン2013

    今年9月8日(日)に、Rimo Expeditionsがオーガナイズするラダック・マラソンが開催される。

    コースについては4種類用意されている。

    1. 10km Run

    2. 21km Half Marathon

    3. 42km Marathon

    4. Khardung La Challenge

    言うまでもなく、海抜3,500mを超える地域であるためフルマラソンはおろか、ハーフマラソンあるいは10kmのコースであったとしても、しっかり高度順応してからでないと非常にキツイことと思う。しかしながらレーを出発して急な山道を駆け上り、「world’s highest motorable pass」とされるKhardung La(5602m)を折り返し地点とするKhardung La Challengeを完走することができたならば、一生の思い出になるに違いない。

    今年の大会へのエントリーは8月15日まで延長されているとのことなので、今から(8月10日現在)でも申し込みは間に合う。料金や申込方法についてはこちらをご参照願いたい。

    場所柄、インドの他地域からの参加者はもちろん、外国人の出場者も相当数あるものと思われるものの、昨年の入賞者の名前を見る限りでは、すべてのカテゴリーにおいて地元ラダックの人々が独占したようだ。

    同マラソンのウェブサイトのPhoto Galleryにて、昨年の大会の写真を閲覧することができる。

    私自身はその時期に時間を取ることができないので参加することは叶わないが、うまくタイミングさえ合えば、ぜひともKhardung La Challengeというコースに挑戦してみたいものだと考えている。たとえ完走できずに中途でリタイヤすることになったとしても、ラダックにてこういう機会を他の参加者たちとシェアすることができれば大いに幸せなことだろう。

  • クリケット版『巨人の星』が誕生するまで

    クリケット版『巨人の星』が誕生するまで

    昨年12月からインドの娯楽チャンネルColorsで放映されている「クリケット版巨人の星」である『SURAJ THE RISING STAR』(全26話)は、今月で完結する予定だが、すでに再放送が決まっているようだし、続編の作成も検討されているなど、なかなか好評らしい。

    インド国外からでも、日曜日の午前10時から10時半(インド時間)でColorsのチャンネルを視聴できる環境を用意できれば観ることができたかもしれないが、果たしてiPadやアンドロイドのアプリでこのチャンネルを閲覧できるアプリがあるのかどうかよく知らない。

    ただしYoutubeあたりで番組名を入れて検索すれば、放送日時もクリップの長さもまちまちな一連の動画にアクセスすることはできるので、まあどんな感じのアニメなのかは知り得ることができるだろう。

    さて、本日取り上げてみることにした本は、このアニメ番組の仕掛人であり、チーフプロデューサーでもある日本人著者の手による一冊。この作品の着想からそれをカタチにしていき、ついに世に出すまでのプロセスを熱く語っている。

    書名 : 飛雄馬、インドの星になれ! インド版アニメ『巨人の星』誕生秘話

    著者 : 古賀義章

    出版社 : 講談社

    ISBN-10: 4062181738

    ISBN-13: 978-4062181730

    通常の単行本以外にKindle版も用意されている。

    2010年4月の着想から2年8か月かけて放送までこぎ着けたとのことだが、その道のりは決して平坦なものではなく、まさに山あり谷ありであったことが読み取れる。

    これを実現させた著者の古賀氏は、『巨人の星』の主人公の星飛雄馬と同じか、それ以上の熱血漢であるようだ。スポ根アニメへの関心の有無にかかわらず、ぜひご一読をお勧めいたしたい。

  • アフガニスタンのプレミア・リーグ

    プレミア・リーグといっても、我らが香川がプレーするマンチェスター・ユナイテッドが所属するイングランドのプレミア・リーグのことではない。

    今年9月から10月までという短いシーズンではあるが、アフガニスタンで8チームで構成されるローシャン・アフガン・プレミア・リーグがスタートした。2006年から首都のカーブルの13のクラブから成るカーブル・プレミア・リーグが存在しているのだが、今後はローシャン・アフガン・プレミア・リーグが同国のトップリーグということになる。現在までのリーグの順位表はこちら

    Premier league football launched in Afghanistan (BBC NEWS MIDDLE EAST)

    Roshan Afghan Premier League a hit with fans (BBC NEWS MIDDLE EAST)

    また同リーグの公式Youtubeページでは、これまでに行われた試合の模様を視聴することができる。

    アフガニスタンの民間放送局のリアリティーショーの番組がきっかけとなり、急造されたチームから構成されるリーグであることから、正直なところ見るに堪えない試合をやっているのではないかという予想が見事に裏切られた。ほぼ「サッカー不毛の地」と思われている国としては、実に意外なまでにレベルが高いのである。

    私にとって、昨年12月にインドのデリーで開催されたSAFF Championshipで決勝戦にまで駒を進めて惜しくもインドに敗れたアフガニスタン代表の躍進ぶりは記憶に新しい。欧州や北米のリーグでプレーする在外アフガニスタン選手たちが含まれていたとはいえ、この国の人たちのサッカーにおけるポテンシャルの高さを目の当たりにして非常に驚かされた。

    国情が安定し、国民的なスポーツとして定着していけば、間違いなく南アジア地域を代表する勢力に浮上することは間違いないだろう。現状では、試合に出場するごとに10米ドル相当を受け取るという薄給の選手たちだが、サッカー観戦がエンターテインメントとして定着していけば、待遇面も向上していくことになるだろう。

    わずか8チームとはいえ、本拠地は全国に分散している。地域を挙げて国全体を巻き込んで、人々の心を繋いでいくよう期待したいものだ。