東京五輪特集

インディア・トゥデイ2021年7月21日号

こちらはインディア・トゥデイ7月21号。今号の特集は、今月23日に開幕する東京五輪出場のインド人選手たち。

私たちにとっては「こんな時期に正気の沙汰ではないオリンピック」だが、ベストを尽くしてこの大会まで自身のコンディションを上げてきた選手たちには罪はない。出場選手たちが最高のパフォーマンスを発揮できるように祈るとともに、1年の延期というたいへん厳しい試練を乗り越えてきたアスリートたちを心から応援したい。

もちろん応援できるのは、テレビ画面その他のメディアを通じてのみ、ということになるが。せっかく日本で開催されるにも関わらず、地元との交流がほとんどないのは、もちろん仕方ないとはいえ当然残念。

次に開催される五輪は、このようなケチがつくことなく、誰もが気持ちよく楽しめる、そして選手たちが地元と交流も行なうことができる、本来の平和の祭典であることを信じたい。

金メダルをインドにもたらすか? 東京五輪出場のヴィカース・クリシャン

インドから3度目の五輪出場となるヴィカース・クリシャン・ヤーダヴ。インドのボクシング界の至宝と呼ばれ、メダルへの期待が大きい選手。インドの男子ボクシングといえば、ハリヤーナー州のビワーニー地区が有名だが、やはりこの人もそこで強くなったそうだ。

特徴的なのは、「明日のジョー」みたいな具合で頭角を現すボクサーが多いインドで、この人の出身は中流家庭で物質的な不足はなく、経済的に恵まれた環境に育ったらしい。裕福な男子が早いうちから高いレベルのトレーニングを積んで、世界レベルで闘うというエリートコースがすでにインドのボクシング界でも出来上がりつつあるのかもしれない。

ヴィカースが、東京五輪でもっとも良い色のメダルを得て表彰台の頂点に立ち、ジャナガナマナが流れる様子をテレビで観たいものだ。

 

スシール・クマールの転落

先月、インドの有名レスラー、スシール・クマールの逮捕のニュースが流れたときは、心底びっくりするとともに、ともに警官の息子という共通点、兄弟子、弟弟子という先輩・後輩の関係にある23歳の若いレスラーを殺害したとあって、よほど深い確執というか、怨恨があったのかと暗い気持ちになった。

だが、「THE WEEK」の最新号によると、実はそんなものではなくて、ともに対立し合うギャングに所属していて、そのギャング組織同士の抗争によるもので、銃器を使用しての殺害であったとのことで、本当に驚いた。

インド政府から国民的な大活躍をしたスポーツ選手に与えられる「ケール・ラトナ」、加えてアルジュナ賞、パドマ・シュリーといったインドで一流の表彰を受け、今は後進の指導に当たるだけではなく、学生スポーツの振興に当たる団体のトップも務めているというのに、そんな彼がギャングの一味で、その抗争で殺人まで犯したとは!

国外的には、レスリングで北京五輪の銅メダリスト、ロンドン五輪での銀メダリストと言ったほうがわかりやすいかもしれないが、一流のレスラーであり、オリンピアンであり、これまたインドでもトップクラスのアスリート出身の名士のはずだったのに。

記事を読んだ後、どうしようもなく陰鬱な気分になってしまった。

 

Sushil Kumar’s road to perdition (THE WEEK)

東京五輪で金メダルなるか?ミドル級女子選手、プージャー・ラーニー

プージャー・ラーニー選手

インドの女子ボクシングといえば、これまで各種大会で華々しい成績を挙げてきたフライ級のレジェンド、メアリー・コム選手のおそらく花道となるであろう東京五輪。メアリーの活躍が期待されるところで、ぜひ良い色のメダルを持ち帰って欲しいところだ。同じくメダルが期待されているミドル級のプージャー・ラーニー選手。こちらはインド女子選手ながら重量級というのも頼もしい。

こちらの動画は本日までUAEで開催されていたアジアボクシング連盟のチャンピオンシップの決勝戦の様子。プージャーはウズベキスタン選手に判定勝ちして優勝。女子の分野でもウズベキスタン、カザフスタンというボクシング大国の選手たちが大勢上位入賞している中、そうした強豪を倒して見事優勝してみせるとは大したもの。相手のリードパンチをかいくぐり、距離を詰めてインファイトで勝負するのが彼女のスタイルらしい。良いコンディションを維持して、ぜひとも東京五輪に臨んでもらいたいものだ。

2021 ASBC Finals (W75kg) MAVLUDA MOVLONOVA (UZB) vs POOJA RANI (IND) (YOUTUBE)

この選手についても、先述のメアリー・コム選手と同様、ボクシングという競技を始めたとき、そしてキャリアを続けていくには、いろいろな曲折があったそうだ。ハリヤーナー州のビワーニー地区出身。デリー首都圏に近いエリアではあるとはいえ、保守的な地方の田舎の村の出。「ビワーニー」といえば、国際大会で活躍するボクサーを輩出してきた土地柄だが、それでも女子がこれを目指すとなると、また別の話であることは想像に難くない。

こんなときに五輪?と思うし、そもそも東京への招致活動の段階から「日本でやらなくたって・・・」と思っていたし、それは今でも変わらないのだが、すでに開幕まで本日6月5日時点で、あと48日。実際に始まったらしっかり楽しむつもりでいる。

今どきのインドのトランスジェンダー

インド初の男性のボディビルディングの大会で優勝したトランスジェンダー。デリーで誕生時には女の子だったが、幼い頃から男の子同様の服装と活動が大好きで、彼女ニーラー・パーシャーは、とりわけ思春期以降は自身の身体と心のギャップに苦しんだという。そして性転換して男性となり、ニーラーから「アリアン」と名前も変更。育ったのはデリーだったがムンバイの大学に進学。法学を専攻して弁護士として活躍中の29歳。昨年、12歳年上のラクシュミーと結婚したそうだ。このアリアン、ビデオで見る限りにはトランスジェンダーにはまったく見えず、デリーからハリヤーナー、パンジャーブにかけてよくいる筋肉オタクの若者にしか見えないだろう。

それはともかく、彼は今どきのインドの都会だからこそありえる、幸運な例外であるといえる。ムスリムの裕福なインテリ一家に生まれ、最初に彼の心と身体の乖離に気が付いたのは母方の叔母で、彼の(当時は「彼女」の)母親に助言をしたという。それを受けて母は彼の(彼女の)父親と相談のうえで、当時のニーラー(現在のアリアン)に性転換という道もあるとアドバイス。その後、ニーラーは19歳のときに手術を受けてアリアンとなった。

おそらく彼のような立場の人は、人口大国のインドに決して珍しくはないのだろうが、彼のように境遇に恵まれた例は多くないだろう。

家族の理解とサポート、家庭の経済的な余裕、そして他と違う者にとってもなんとか居場所を見つけることができる隙間がある大都市という環境。ここに彼自身の高い能力と勤勉さが加わり、今の彼がある。

性転換手術を受けて、故郷デリーを離れてムンバイの大学に進学するまで、周囲からずっと「奴はビョーキ」と言われ続けていた彼(彼女)だが、家族はそんな彼(彼女)をしっかりと守り続けていたのだそうだ。

それにしても、性転換をしたことを隠してひっそりと生きるのではなく、敢えて生まれながらに男性のライバルたちを蹴散らしてボディービルという極めて男臭い世界で勝ち上がろうという心意気も大したもの。

たいへんなポジティブなパワーに満ちた人である。これを西欧社会はともかく、日本と較べてもずいぶん保守的なインドでやり遂げて、まだ上を目指しているのだから畏れ入る。

 

India’s First Transman Bodybuilder: Up, Close & Personal With Aryan Pasha | Muscle Mania