ダージリンの夕暮れどき

日没後のダージリン、坂の街の一番上の部分にある広場、チョーラースターに行くと、大きな特設ステージでパフォーマンスが行われており、多くの観衆を集めていた。

出番を待つ美しい民族衣装を着た若い女性たち

美しい民族衣装をまとった若い女性たちが次々に前に出て、観衆たちに挨拶をしている。かなりプロフェッショナルな感じの演出で、てっきりミスコンが開かれているものと思ったが、実は政治集会であったのでビックリ。GJM(Gorkha Janmukti Morcha ゴールカー解放戦線)の学生部、GJVM(Gorkha Janmukti Vidyarthi Morchaゴールカー解放学生戦線)によるものであった。

主催団体であるGorkha Janmukti Vidyarthi Morchaの名前が書かれたステージ

最初に女子学生たちが、続いて男子学生たちがステージ中央にひとりずつ進んでは、英語、ネパール語等で挨拶をしていく。モンゴロイド系の風貌が多いが、中にはアーリア系の顔立ちの者もいる。ステージ脇では、出演者たちのクラスメートらしき若者たちがはやし立てている。BGMでは、ネパールの民族的愛唱歌「レーシャム・フィーリーリー」のインストルメンタルが流れている。

政治集会にしては、スマートで垢抜けた演出だ。西ベンガル州からの「ゴールカーランド分離活動」は、1980年代から90年代初頭にかけてはかなり暴力的で多くの流血の惨事を生んできた。現在、この運動を継承しているのが2007年に結成されたGJMであるが、党創建当初は公共料金不払い運動やバンドで積極的に働きかけていたが、近ごろはこういうソフト路線も織り交ぜて、ネパール系社会の中で従来は「あまり政治的ではない」層の歓心も得ることにより、とりわけ若い世代を中心に、より幅広く支持層を広げていこうとしているようだ。

確かに、スィリグリーあたりからダージリンに到着すると、地元の人々の顔立ちや言葉も違い、「ゴールカーランドに来た」という感じがする。そうは言っても現在までのところは西ベンガル州の一部であるがゆえに、州政府与党のトリナムール・コングレスの旗や党首で現在の州首相のマムター・バナルジーのポスターを見かけたりもするが、どうも場違いな気がするのは私だけではないだろう。

インド北東部専門ニュース雑誌 Northeast Today

インド国内にありながらも、周縁地域といった位置づけで、アッサム州以外は人口が少なく、経済面でも他地域に比して相対的に重要度が高くないこと、地域全体で政情不安が長く続いてきたこと、民族的にもこの国の主流とは異なるモンゴロイド系の人々が多く暮らす北東部がインドの主要メディアに取り上げられる機会はあまり多くない。

そんなわけで、インド国内にあっても往々にして何が起きているのか、何が問題なのかが広く知られることのあまりない北東地域。もちろん他地域の人々からの関心が高くないということもあるが、北東地域のメディアの情報発信力の貧弱さもまたひとつの要因ではないかと思う。

各州都にそれなりにポピュラーなメディアが存在しているとはいえ、往々にして影響力は州内に限られているようだ。また紙媒体の新聞・ニュース雑誌の流通範囲の関係もあり、地域外からコンスタントに北東部の時事ニュースをコンスタントに入手したくても、なかなか容易ではなかったりする。

そうした現況下、比較的役に立つと思われるのが、ニュース雑誌Northeast Todayのウェブサイトだ。

このNortheast Todayについては、嬉しいことにiPadやアンドロイド等のタブレットPCなどを通じてインドの雑誌を購入できるmagzterにて、紙媒体で流通しているものと同一の誌面の電子版を購入することができる。残念ながら週刊ではなく、月刊なので情報量や鮮度はいまひとつということになるが、インド北東部の動向に触れるためのひとつの有力なオプションといえる。

Northeast Today 12月号

死刑執行 生け捕りされたテロリスト

本日、2012年11月21日、アジマル・カサーブが処刑された。2008年11月26日に発生した未曾有の大規模テロの実行犯の中で唯一生け捕りにされた人物だ。刑が執行されたマハーラーシュトラ州のプネー市の刑務所敷地内に埋葬されたという。

仲間10名とともに、乗っ取ったインドの漁船でムンバイーに上陸し、ムンバイーCST駅、タージマハル・ホテル、トライデント・ホテル、ユダヤ教施設のナリーマン・ハウスその他を攻撃した。この事件により、170人を越える死者と240名の負傷者を出すことになった。

アジマル自身は、仲間1名とともにムンバイーCST駅で銃の乱射して多数の死傷者を出した後に、そこから少し離れたカーマ病院襲撃の後に警官たちによって取り押さえられている。

事件の全貌が明らかになったのは、当然のことながらアジマルが生きたまま捕らえられたことによるものが大きい。

26/11 villain Ajmal Kasab hanged, had asked authorities to inform his mother (Hindustan Times)

カサーブ自身の生い立ちと事件に至るまでの経過については、こういう本(Kasab: The Face of 26/11)がある。パーキスターンのテロ組織によるリクルートや訓練等に関する記述もあり、なかなか読み応えのある一冊なので、この事件について多少なりともご関心があれば、ぜひお勧めしたい。

個人的には、死刑という制度の存在に賛同できないが、アジマルという人物に限っては、これを執行しなくてはならないだろうと、常々考えていた。本日の処刑に至るまで、様々な政治的な動きが背景にあり、それがゆえにあれほどの大事件を起こしながらも逮捕後4年近く彼は生きていたのだが、まかり間違えば減刑という結果にもなりかねないところであった。決して人の死を喜ぶわけではないが、あれほどの悲劇を生み、少なくとも報道されていた中では反省の色ひとつない人物が生きながらえてよいはずがない。

だが同時に思うのは、身体的にはまったく健康で、元気な25歳の若者が、なぜ敢えて自らの死に繋がる道を歩むことになったのかということだ。テロ実施に至るまでの時間の中で、中途で引き返す機会は幾度もあったはず。実際、彼と同時期にテロ組織に加わった中での脱落者は少なくなかったようだし、時たま与えられる帰省のための休暇から、組織に戻らなかった者もあったようだ。訓練地に出向く中で逃亡した者もあれば、母国パーキスターンを後にして、戻らぬ旅に出航したカラーチー近郊へ向かう列車で途中下車して姿をくらませた者もあったという。

カサーブを処刑したからといって世の中が変わるわけでもない。彼を送り出したテロ組織はパーキスターンで、相変わらず活動しているし、そうした若者たちのリクルートが可能で、組織の活動を容認する土壌にも何ら変化がない。

インドにしてみても、同様のテロ計画があったところで、それを防ぐ手立てがあるとはいえず、この類の攻撃を受ける理由が解消したわけでもない。

アジマルの処刑は、4年前のあの事件にひとつの区切りを付けるための象徴的な出来事にはなるだろう。だが、同様の事件が、いつどこで起きても不思議ではないということに、大きなジレンマがある。

肉食は危ない ? !

「肉を食べると嘘つきになり、約束を守らない不正直者となり、窃盗や性犯罪を犯すことになる」などと言われたらビックリするだろう。

Meat makes you immoral, says textbook (THE HINDU)

India textbook says meat-eaters lie and commit sex crimes (BBC NEWS INDIA)

インドの小学校の保健の授業で使用されるテキストにそんな記述があるということで話題になっている。

どの教科書を採用するかについては、各学校の裁量によるものであるとのことなので、この内容の教科書がすべての小学校で使用されているわけではないようだが、この図書を発行しているS. CHAND社は国内最大級の教科書会社なので、その影響は決して小さくないだろう。

また「肉食=不道徳で犯罪につながる」という記述は、インド社会に馴染みのない国々では奇異なものに聞こえることから、こんな風に扱われたりすることは想像に難くない。

Textbook: Meat Eaters Steal, Fight, Commit Sex Crimes (TYT NETWORK)

確かに今でも保守的なヒンドゥーの年配者には、「酒を飲むようになると、タバコも吸うようになるし、肉を食べてみるようになる。すると女や賭博にも手を出すようになってしまう・・・」などという物言いをする人は少なくないので、厳格なヒンドゥーのモラル上においては、確かにその教科書に書かれているとされる内容は誤りではないということになるだろう。たとえそれが科学的には何の裏付けもないものであるとしても。

経済や社会のグローバル化とともに、伝統的なモラルや価値観が失われつつある今の時代に警鐘を鳴らしていると好意的に捉えることも可能かもしれないし、中央政界で与党への返り咲きを目論むサフラン勢力の差し金ということもあるかもしれない。

ただし、こうした記述で問題なのは、科学的な根拠の有無という点よりも、菜食を美徳と尊ぶ文化以外のコミュニティへの配慮がまったく無いことだろう。祝祭時に家畜を屠り、盛大に祝うムスリムその他の肉食文化の全面的な否定であり、多文化・多民族が共生するインドにおいて、コミュニティ間の不協和を増長するだけである。マジョリティの文化の唯我独尊的な美化と子供たちへの刷り込みは、どうもいただけない。

シヴ・セーナー創設者 バール・タークレー死去

バール・タークレー 享年86歳

マラーティー至上主義を掲げる政党シヴ・セーナーを創設したバール・タークレーが亡くなった。享年86歳。

南インド系、グジャラーティー、北インド系等々、商都ムンバイーを中心とするマハーラーシュトラ州内の様々な分野で生業を営む人々を攻撃してきたシヴ・セーナーについて、偏狭なナショナリズムと捉える向きも少なくないが、そうした「マハーラーシュトラ州を蚕食する外来の人々」への不満を抱く一定の層の人々の気持ちを代弁してきたとも言える。

右もあれば左もあり、どちらも単純に右翼、左翼と割り切れるものではなく、中身は様々であるのは、多民族・多文化国家インドが世界最大の民主主義国家であることの証でもある。

90年代には、シヴ・セーナーがマハーラーシュトラ州政権を担ったこともある。「ボンベイをムンバイーへ」改名したのはこの時期のことだ。もちろん彼らの「仕業」ないしは「業績」である。

このところバール・タークレーの健康状態がかなり危険な状態にあるとの報道がなされていた。また同党の実権が息子のウッダヴ・タークレーに移譲される際に生じたお家騒動の中で、ウッダヴの従兄弟であり、バール・タークレーの甥でもありながら、シヴ・セーナーを離脱して自身の政党、MNS(マハーラーシュトラ再建党)を組織したラージ・タークレーが足繁く「本家」に足を向けるようになったことについても、バール・タークレーの最期が迫っているのか、あるいは本家との和解が進行中か?といった調子で、様々な憶測がなされていたところだ。

シヴ・セーナーの実権は、2004年以降、バール・タークレーの息子のウッダヴに任されているとはいえ、先代のカリスマ性には遠く及ばず、年老いた父親による「院政」が続いていたとしては言い過ぎかもしれないが、近年は衰弱したバール・タークレーが政治集会に顔を見せることはほとんどなかったとはいえ、録音したスピーチが流されるのが常であったとのこと。やはりウッダヴの魅力に欠けるものが多いことは否定できない。現在52歳のウッダヴは健康面での問題を抱えており、メディアに登場する彼の姿は憔悴しきっているように見える。

それとは反対に輝きを放っているのは、古巣を飛び出して組織したMNSを率いるラージ・タークレーだ。シヴ・セーナーとMNSの思想やスタンスに根本的な違いはなく、文字通り本家と分家である。

メディアによるインタビューへの応対の受け答えもシャープで、才気煥発といった印象を与えるとともに、声色も伯父のバール・タークレーを彷彿させるラージと、年齢50代前半にして衰えたイメージのウッダヴと、どちらにより大きな魅力を感じるかということについては疑問の余地はない。後ろ盾であったバール・タークレーを失ったウッダヴとは裏腹に、ラージにとっては本家のお株を奪う好機到来だ。

ラージ・タークレーについては、これまで幾度も言及しているが、昨年8月にもラージ・タークレー ヒンディーで答える1ならびにラージ・タークレー ヒンディーで答える2で取り上げている。

国政を左右する人物ではないが、インドにおける地域主義・民族主義を考えるうえで非常に重要な役割を担う政治家だ。「マラーティー主義」の本流を担うのは、ウッダヴとラージのどちらになるのか、今後目が離せない。