J&K州新政権発足

昨年12月に州議会選挙が実施されたJ&K州だが、単独で全87議席の過半数を抑えることができた党はなく、水面下で連立を模索する工作が続いていたが、前回よりも議席を減らして政権から陥落することとなったJKN(Jammu & Kashmir National Conference )とは対象的に今回は議席数を伸ばしたPDP(Jammu & Kashmir Peoples Democratic Party)が、とりわけ地域色が非常に強いこの州ながらも、前回の2008年の選挙時以上に大きな躍進を見せた「外来勢力」のBJPと組むという、「火中の栗を拾う」かのような決断をした結果、PDP+BJPという、先行き不透明な連立政権が発足することとなった。

J-K to have BJP-PDP govt as Mehbooba Mufti, Amit Shah finalise CMP (financialexpress.com)

今回の主要各党の議席数を過去の選挙結果とともに眺めてみると、ここしばらく同州の政権を担ってきたJKNの退潮ぶりが際立っている。

また、今回の選挙で主な政党が抑えた地域を俯瞰してみると、ジャンムー、カシミール、ラダックという異なる民族、宗教、文化が行政区分において一括りにされている州らしく、あまりに明解すぎるほどはっきりと分かれていることが一目瞭然だ。

カシミール地域では、地場政党のJKNからPDPへと支持政党が移行したこと、ラダック地域ではやはりコングレスが強いことはさておき、BJPの急伸ぶりはジャンムー地域に限られる。同床異夢で連立したPDPとBJPのもとに、州内での地域間対立の火種とともに、蚊帳の外に置かれたラダック地域の不満が伸長するのではないかという懸念を抱えていると言えるのではなかろうか。

そうした不安定要素に加えて、杞憂かもしれないが、ちょっと不吉なものを予感させるようなものもある。

Jammu and Kashmir torture hubs shed horror Cargo: Makeover for Sringar’s dreadful interrogation centres (Mail Online India)

80年代末から90年代にかけて、カシミールで反政府運動、分離活動が燃え上がってきた時期、治安当局による凄惨な拷問がなされていた3つのスポットのうちのひとつが、PDP党首メヘブーバー・ムフティの父親であり、先代の党首でもあるムフティ・モハンマド・サイードの現在の邸宅となっていることだ。

カシミールの人々の庶民感覚があれば、そのような忌まわしい場所を邸宅にすることはないであろうし、それを理由とする扇動や攻撃が充分に予想されるものでもある。

(ラージコート2は後日掲載します。)

自国内の「無国籍者」に他国籍を買うクウェート

インドとは関係のない話で恐縮であるが、こんなニュースが目に付いた。

無国籍住民に大量の外国籍を買うクウェートの真意 (ニューズウィーク)

クウェートにて、昔からその土地に住み着いていたベドウィンの子孫にコモロ連合の国籍を買い与えており、コモロ連合はすでにそうした人々に対してパスポートを発行しており、こうした措置に対して人権団体が反発しているとのこと。

確かに、記事中にあるとおり、無国籍であった人々の立場に公的な位置づけがなされることにより、それに応じた行政サービスを含めた措置が可能となるという面はあるのだろう。

しかしながらその結果として、彼らが代々居住してきた(国境のこちら側と外側とを行き来しながら暮らしていたにしても)土地の市民ではないということが明確となることにより、つまり「外国人」となることにより、クウェート国内で暮らしていくには、当局の発行する在留資格が与えられることにより可能となるわけである。

当然のことながら、クウェートで「自国民」と同じ権利を有することにはならず、様々な不利益が容易に想像できる。また、在留資格が延長できなかったり、失効するようなことがあったりすれば、「外国人」である以上、国外に退去しなくてはならなくなる。

そうした人々に対して、まず在留資格を与える時点で選別がなされるということも可能となり、無事に在留資格が与えられたにしても、個々に対して恣意的な対応や措置、つまり国外への退去強制という手段がなされるのであろうし、それを実行できるようにするというのがこうした政策の意図であろう、というのがこの記事の意味するところであるが、まさにそれ以外の目的は考えにくい。

そのコモロ連合とはどのような国かといえば、アフリカ東部のマダガスカル近くにある島嶼部から成る小国で、概要についてはこちらをご参照願いたい。

コモロ連合基礎データ(外務省)

海洋交易を通じてアラブ世界との交流が盛んであった地域だけに、住民の大半がイスラーム教徒であり、アラブ系住民も多い国ではある。

クウェートに居住しながらも、こうした国の籍を与えられた人々に対して、「本国」から必要な庇護が与えられるとは考えにくく、仮に住み慣れた国での在留が認められず、縁もゆかりもない「本国への送還」となった場合、大変な苦難が待ち受けていることは言うまでもない。

これはクウェート国内に居住する無国籍の人々に対する地位保証の措置ではなく、明らかに金満国家による棄民政策である。

Uberタクシー運転手によるレイプ事件

インドでも無線タクシーのサービスが定着して久しい。Meru、Mega Cabs、Easy Cabsなど利用してみるたびに、従来型のタクシーとはドライバーの態度、運転の安全性、明朗な会計等々、ずいぶん違うものだと感じ、価格差以上のお得感があると思っているのは私だけではないだろう。

そうした新手の無線タクシー各社と比較してさえも、Uber社のタクシーは他とは一線を画したビジネスモデルを展開し、利便性、目新しさと安心感などから消費者たちからは好意的に迎えられていたはずであった。このユニークなサービスに関する解説を加えるメディアは、世界で急速に事業を展開して高い評価を受けつつも、各国で既存の業界等との軋轢をうむUber社については、多少の疑義は抱きつつも、概ね好意的に捉えていたはずであった。

世界中に旋風を巻き起こすUber社とは?(INDIA GO)

最低料金は30ルピー、Uberがインドで低価格タクシー「UberGo」を開始(gaika.net)

10 little-known facts about Uber (The Times of India)

とりわけ同社による低価格タクシー、Uber Goというサービスの導入には大きな期待が持たれていたはずだ。

Uber Go launched in India, claims to be cheaper than an autorickshaw (indiatoday Tech)

ところが、すでに各メディアで報じられているが、12月5日にあってはならない事件が発生したことにより、こうした評価が地に堕ちることとなった。

Delhi Woman Raped, Allegedly by Uber Cab Driver (NDTV)

すでに現在、犯人のシヴクマール・ヤーダヴは逮捕されているが、彼は数年前に同様の性犯罪を起こして逮捕・服役した経歴があることが明るみに出ている。昨日のインドのテレビのニュース番組では、「2時間ほどのインタビューで誰でも運転手になることができる」などという話も出ており、同社に対する社会の信用が失墜することは免れないだろう。この事件を受けて、同社のデリーにおける営業は停止処分を受けている。

It’s the end of the road for Uber in Delhi (rediff NEWS)

とりわけ人が主体となるサービス業において、まさにそこで働く人こそが最大の人的資源であり、やはり「人材」というものが大切である。

しかしながら従来からのタクシーにおける一般的な運転手やサービスの質は残念ながら相当低いものであるため、このような事件があっても、やはり長期的にはUberの優位は揺るがないのではなかろうかと思われるのは皮肉なことである。

先述のインドのテレビニュースでは、このUberのドライバーによる事件に関して国会で取り上げられた議論の様子も放送されていた。しかしながら従来型のタクシーがUberのサービスよりも安心なのかといえば、まったくもっとそうではないのがインドのタクシー業界の現状だ。

人口大国であり、数々の優秀な人材を抱える国ではあるものの、必要とされるレベルの人材が社会のすべての分野に広く揃っているわけではないところが、この国の大きな課題のひとつどあるともいえるだろう。

インドの華人コミュニティ

TAIPEI TIMESのウェブ版に、中印紛争以降のインドで迫害や不利益を受けてきた中華系コミュニティに関する記事が掲載されている。

FEATURE: India’s fading Chinese community reflects on war past (TAIPEI TIMES)

彼らが紛争勃発後に、敵性国民としてどのような扱いを受けてきたかについては、上記リンク先にあらましが書かれているので、あらためて説明するまでもないだろう。

彼らのコミュニティは、コールカーターに集中しているが、紛争以前にはムンバイーにも小さなコミュニティは存在していただけでなく、その他の主要都市にもいくばくかの華人人口があったようであり、現在もまだ残っている人たちがあるようだ。

北東地域もその例外ではなく、アッサムにもかなりの数の華人たちの姿があったようだ。紛争勃発当時はまだアッサムの一部であった現在メガーラヤ州の州都シローンで、今でも商いを営む中華系の家族があることからも容易に想像がつくだろう。

近く、インド人作家のリター・チョードリーによる、アッサム地方に暮らした華人たちに焦点を当てた歴史小説が出版される予定だ。

Makam by Rita Chowdhury

この本は、今年の春あたりに出る予定であり、私自身もそのころすでに予約しているものの、どういう理由なのか知らないが、かなり遅れているようだ。大変興味深い内容であるに違いないので、とても楽しみにしている。まぁ、気長に待つことにしようと思っている。

インドのチベット人

以前、MAJNU KA TILLAと題して書いてみたデリーのマジヌー・カー・ティッラーだが、この地はasahi.comの連載:地球を食べるの記事でも取り上げられているのを見つけた。

(地球を食べる)望郷の味チベット料理 (asahi.com)

中国による「チベット解放」後にインドに難民として逃れてきたチベット人たちに、インド政府は相応の待遇を持って迎えてきたと言える。その中で経済的に成功した者も少なくないが、彼らはあくまでも異国インドに難民として仮住まいをしている立場にしか過ぎない。

しかしながら、すでに三世代目、四世代目に入ってしまっており、国籍は持っていないものの生まれも育ちもインドで、祖国チベットを訪れたことさえない、事実上の「チベット系インド人」化してしまっている現在、彼ら自身がこれからどうしていくのか、またインド政府も将来的に彼らに対してどのような対応をしていかなければならないのか、真剣に取り組まなくてはならないだろう。

現在のダライラマも未来永劫に彼らとともにこの世におられる訳ではない。インド中に散らばるチベット人たちを結ぶ大きな求心力が失われたとき、彼らのコミュニティはどうなっていくのだろうか。

インドをはじめとする在外チベット人コミュニティをまとめあげる存在の代替わりは、それがたとえ次に転生するダライラマであっても、俗人の中から選ばれた人物がその役割を担うことになっても、相当な混乱が生じることは間違いない。中国当局による工作の可能性はもちろんのこと、彼ら自身の中にも野心を抱く者たちの存在があり、激しいさや当てが繰り広げられることは避けられない。

また、現在のチベットの情勢が変わる見込みもないわけだが、万が一、将来何か思いもよらないことが起きて、彼らが帰還することが可能になったとしても、すでに数世代に渡り生活基盤を築き上げ、それなりに安定した生活を営む現在インド在住のチベット人たちの果たして何割が戻ろうと決心することだろうか。

遠くない近未来には、彼らインド在住のチベット人たちがインドに帰化することを求めなくてはならず、そしてインド政府もそれを受け容れなくてはらない日がやってくることは想像に難くない。