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カテゴリー: greater india

  • バングラデシュ横断計画 西ベンガル州都コールカーター発、トリプラー州都アガルタラー行き直行バス運行へ

    遠からず、西ベンガル州都コールカーターとトリプラー州都アガルタラーとを結ぶ直行バスが運行されることになるようだ。隣国バングラデシュを囲む位置にある北東州だが、とりわけ「本土」から見てバングラデシュの向こうに位置するトリプラー州へのアクセスがバングラデシュを横切る形で可能となることによるメリットは大きい。

    これは同時に、本来ならばひとつづきの経済圏であったはずのインド東部地域にバングラデシュという他の国が成立してしまっていることの不条理さの裏返しでもある。

    バングラデシュにおいても、過密すぎる人口とは裏腹に少なすぎる就業機会、乏しいインフラなどから、隣接する地域と断ち切られた形で存在する自国について、「もし印パ分離がなかったら」と思う人たちも決して少なくはないようだ。2014年おけるインドの1人当たりGDPが1,165ドルであるのに対して、バングラデシュは625ドルと、およそ半分でしかない。

    パキスタンとともにインドから分離して英国からの独立を果たした東パキスタン(現在のバングラデシュ)だが、その後に高揚したベンガル人としてのナショナリズムにインディラー・ガーンディー政権下のインドがバングラデシュ成立を強力に後押しした。

    いわばインドの傀儡とも表現できる形でスタートしたバングラデシュだが、その後は決してデリーの意向になびくことなく、独自の国体とナショナリズムを固持して歴史を刻んできた。

    アッサムからの水運、物流は長いこと断ち切られ、歴史や言語、文化や習慣を共有する西ベンガル地域に第一次産品を大量に供給し、それと反対に工業製品の供給を受けるという分離以前には存在していた地域内の分業の機能を国境が阻害する。雇用機会やベターな賃金を求めて向こう側に出る人たちは、同じベンガル人ながらも不法移民ということになる。

    これとは逆に、インド側にしてみても地域の真ん中に、あまり友好的とは言えない国が存在することにより、当然のことながらこのエリアにかかる国防費などの負担を抱えることとなる。独立以来、インド北東部が不安定であることの背景に、その地域の特色ある民族構成以外に、ベンガル北部の頼りないまでに細い回廊地域のみを経て到達できるという、地理的な要因もあるようだ。

    イデオロギーによる国家の分断の悲劇は、固定された格差、域内経済の振興への足かせなどとともに今なお継続中である。コールカーターから、ひとつづきのはずのベンガル地域の北東端にあたる地域への直通バスが話題になること自体が、現状の理不尽さそのものである。

    Direct Bus Between Agartala-Kolkata via Bangladesh (Northeast Today)

  • ロヒンギャー難民(続き)

    つい先日、「ロヒンギャー難民」と題して書いた内容の続きである。

    ミャンマー国内に70万~80万人ほどが暮らすとされるロヒンギャーの人たちは、ベンガル語のチッタゴン方言を母語とする集団ということになっているが、英領時代に現在のバングラデシュを含む当時のインドとビルマ(現ミャンマー)が合邦していた時期に、農業その他の生業のため移住した人たちの子孫が多くを占めるとされる。

    軍政期に隣国バングラデシュに大量に流出した時期もあったことを記憶している方も多いだろう。そのロヒンギャーの人たちが今もなお、とりわけ国際社会復帰を果たした「民主化後」のミャンマーから国外に難民として流出しているのは皮肉なことである。

    対ムスリム感情の悪化もさることながら、同国での市民権を与えられない宙ぶらりんの立場が常に彼らを危機に晒し続けているともいえる。幾世代にも渡り、ミャンマーで暮らしていながらも、ミャンマー政府による「不法移民」という位置づけがなされている。

    しかしながら、北海道の倍程度という国土に1億5千万人以上が住んでいるというバングラデシュ国内における人口圧力から察すると、ミャンマーと隣接するチッタゴン地域をはじめとするエリアから、ミャンマーに相当な規模の越境者たちが、バングラデシュの前身である東パキスタン、はてまた1971年のパキスタンからバングラデシュ独立後もミャンマーに相当規模の移住者があってもまったく不思議ではないという推測も可能だ。このあたりの事情について私はよく知らないし、この類のデータがミャンマー政府から公表されているのかどうかはよく知らないため、私自身の勝手な想像に過ぎない。

    しかしながら、同じくバングラデシュと国境を接するインドの西ベンガル、アッサム州、トリプラ州をはじめとする東部地域に、雇用や農耕地等、要は稼ぎ口を求めてやってくる不法移民は後を絶たず、これが常に大きな社会問題、政治経済問題になっていること、ベンガル人移民が押し寄せる波は、バングラデシュ国内でもチッタゴン丘陵地域で、チャクマーと総称されるモンゴロイド系住民が居住する地域でも様々な軋轢を生んでいることなどから思えば、このような流入が相当規模あるとしても決して不思議ではない。まさにそれがゆえに、ミャンマー政府はヤカイン州周辺に定着しているベンガル系の人々をロヒンギャーと呼び、不法移民と位置付けているのかもしれない。

    果たして、ミャンマー政府が言うところの不法移民(が多く含まれる)ことが事実であったとした場合、このあたりの発信力の弱さで、同国政府は実際の「悪業」以上に大きく損をしている部分があるようにも思える。さりとて、ミャンマーないしは、その前身のビルマ成立以前から居住しているロヒンギャーの人たちに市民権を与えることなく、幾世代にも渡り「違法に定住した外国人」扱いしていること、彼らが難民として周辺の国々に流出していることなどをはじめとする著しい人権侵害に対する非難から逃れることはできないのだが。

  • ロヒンギャー難民

    最近もまたミャンマーからのロヒンギャー難民たちに関する記事がメディアに頻繁に取り上げられるようになっている。

    【ルポ ミャンマー逃れる少数民族】 漂流ロヒンギャ、苦難の道 迫害逃れ、過酷な船旅 (47 NEWS)

    昨年、ロヒンギャー問題で知られるヤカイン州のスィットウェを訪れたことがあるが、かつて英領時代には、この街の中心部でおそらくマジョリティを占めて、商業や交易の中心を担ったと思われるベンガル系ムスリムの人たちのタウンシップがある。そこには同じくベンガル系のヒンドゥーの人々も居住していた。

    スィットウェへ3 (indo.to)

    滞在中にヒンドゥーの人たちの家で結婚式があるとのことで、「ぜひお出でください」と呼ばれていたのだが、その街区はバリケードで封鎖されていて、訪問することはできなかった。
    その数日前に、たまたま警官たちのローテーションの隙間であったのか、たまたま入ることが出来て、幾つかの寺院その他を訪れるとともに、訪問先の方々からいろいろお話をうかがうことができたのだが。

    実のところ、その結婚式には日程が合わず出席はできないものの、同じ方々からもう少し話を聞いてみたいという思いがあり、足を向けてみたのであるが、バリケードの手前で、「ここから先はロヒンギャー地域だぞ。誰に何の用事だ?」と警官たちに詰問されることとなった。

    うっかり先方の住所や名前を口にしては、訪れることになっていた人たちに迷惑が及んではいけないと思い、「いや、向こう側に出る近道かな?と思って・・・」などと言いながら踵を返した次第。通りの反対側から進入を試みてみたが、同じ結果となった。゛

    ロヒンギャーとは、一般的に先祖がベンガル地方から移住したムスリムで、現在のミャンマーでは国籍を認められず「不法移民」と定義されている人たちということになっているようだが、ベンガルを出自とするヒンドゥーもまた同様の扱いを受けているように見受けられた。

    そのロヒンギャーの人たちだが、母語であるベンガル語の方言以外にも、インド系ムスリムの教養のひとつとして、ウルドゥー語を理解すること、またヒンドゥーの人たちも父祖の地である広義のヒンドゥスターンの言葉としてヒンディーを理解することはこのときの訪問で判った。もちろん個人により理解の度合いに大きな差があり、まったくそれらを理解しない人たちもいるのだが。とりわけ若い世代にその傾向が強いようだ。

    アメリカをはじめとする先進主要国から経済制裁を受けていた軍政時代には、ミャンマー国内の人権事情について、各国政府から様々な批判がなされていたが、民政移管に伴い制裁が解除されてからは、そうしたものがトーンダウンするどころか、まさに「見て見ぬふり」という具合になっているように見受けられる。ここ数年間に渡り大盛況のミャンマーブームだが、同国政府の不興を買って、自国企業の投資その他の経済活動に支障が出ることに対する懸念があるがゆえのことと思われる。

  • M7.9の強い地震発生 ネパール

    本日4月25日、ネパールで現地時間午前11時41分にM7.9の強い地震が発生。震源地は首都カトマンズ北西81kmの地点であるとされる。すでに多数のメディアで報じられており、首都カトマンズでの建物の損壊等の様子が一部伝えられている。現在も余震が続いている模様。被害の全容が明らかになるにはまだ時間がかかるものと思われるが、今回の地震か甚大な被害を発生させていることが懸念される。
    また、すでにシーズンが始まっているエベレスト近辺でも地震によるものと思われる大規模な雪崩が発生しているという情報もあり、登山方面での被害も同様に心配されるところだ。現在、日本のアルピニスト野口健氏が、いわゆる「エベレスト街道」を移動中の様子がFacebookに綴られているが、この時期にネパールのヒマラヤ地域に滞在している登山関係者は多数あることだろう。
    今後の報道等に注目していきたい。

    RECENT EARTHQUAKES IN NEPAL (Facebook)

    Nepal Battered by 7.9 Earthquake, Tremors Across Northern India (NDTV)

    Live Updates: Massive Earthquake in Nepal Causes Tremors Across India (NDTV)

    Strong earthquake rocks Nepal, damages Kathmandu (BBC NEWS)

  • パーキスターン 女性による女性のためのオートリクシャー

    パーキスターンのラーホール初の女性による女性のためのオートリクシャーのサービスが開始された。同地で環境NPOを運営する女性が始めた事業で、現在操業している車両はまだ1台のみ。

    Lahore gets first women-only auto-rickshaw to beat ‘male pests’ (DAWN)

    女性のエンパワーメントを目指すという目的もあるとのことで、これからの発展を期待したい。しかしながら、同国の中ではリベラルな都会ラーホールとはいえ、女性がこの分野に進出するのはインドよりもハードルが高いといえるだろう。

    もちろん女性運転手によるサービスであるがゆえに、女性利用客からの需要は高いことと思われるが、こうしたサービスを始めることよりも、むしろ今後継続していくこと、そしてこの事業を拡大していることについて、さらに大きな困難が待ち受けているのかもしれない。この「Pink Rickshaw」の今後の展開について、続報をウォッチングしていきたいと思う。

    ラーホール初のこの事例は、パーキスターン初というわけではないようだ。DAWNにこういう記事もある。

    Wajiha, the rickshaw driver (DAWN)

    上記リンク中にあるように、ラーホールのPink Rickshawのような前向きなものではなく、身体が不自由になった父に代わって、わずか11歳の娘が運転するという悲しい話である。せめて何か危険な目に遭わないようにと祈るしかないのがもどかしい。

  • W杯アジア二次予選 アフガニスタン代表

    サッカーのワールドカップのアジア二次予選の組み合わせが決定した。

    日本、シリアなどと同組…サッカーW杯2次予選 (YOMIURI ONLINE)

    非常に有利なグループ(日本・シリア・アフガニスタン・カンボジア・シンガポール)に入ったとメディアで取り上げられているが、そのとおりだろう。また、個人的には組み合わせはともかく、アフガニスタンと一緒のグループに入ったことについて興味深く感じている。

    2011年にアジアカップ一次リーグでシリアと対戦して、2-1と日本が苦戦した相手シリアはともかく、まったくノーマークのアフガニスタンに注目したい。FIFAランキングのシリア126位と同じく、アフガニスタンの135位はどちらも苦しい国情のためもあり、国際試合の機会が希薄であることからくるもので、実力を反映したものとは言えない。

    南アジアで開催された国際大会やアフガニスタン国内リーグなどをネット中継で観戦したことがあるが、南アジアサッカー連盟加盟の8か国(アフガニスタン、インド、スリランカ、ネパール、パーキスターン、バーングラーデーシュ、ブータン、モルジヴ)の中で、アフガニスタンは一線を画す存在だ。

    南アジア選手権においては、2011年大会に大躍進を見せて準優勝、続く2013年大会では見事優勝している。この大会の決勝戦で対戦したのは、2011年大会と同じくインド代表であったが、2-0でこれを下した。ちなみにこのときのインド代表には、日本で生まれ育った日系インド人(父親がインド人、母親は日本人)のMFプレーヤー、和泉新(いずみあらた)選手が出場していた。アルビレックス新潟のサテライト(シンガポールのSリーグ加盟)でプレーしていた選手だが、日本のアマチュアチームを経て、インドのIリーグの名門イーストベンガルに加入後、同じくIリーグのマヒンドラ・ユナイテッドFC、そして現在はプネーFCでプレーしている。

    さて、長年国内リーグを安定的に運営してきたインドをはじめとする国々が出場する大会で、これまでサッカーのインフラもなく、復興に向けてゆっくりと歩みを重ねつつある国の代表が制するというのは尋常ではないが、実はそれには訳がある。

    アフガニスタン国内を横断するトップリーグ「ローシャン・アフガン・プレミアリーグ」は2012年に始まったばかり。それでいながら、報酬を得てプレーする「プロ」選手も少なくない。現状はよく判らないが、少なくとも発足当時、選手たちは年契約ではなく、試合ごとに「日払い」で報酬を受け取るというのが普通であったようだ。もちろん勝敗や個々の活躍ぶりによって受け取る額は変動したのだろう。

    しかしながら、国内リーグの惨状とは裏腹に、海外のクラブにて活躍中で、母国の代表に招集される選手たちの存在と彼らのポテンシャルの傑出した高さがあるのがアフガニスタン代表の特異なところだ。代表選手たちの半数ほどは欧州を中心とする様々な国々のクラブでプレーしており、国外生まれの者も少なくない。

    よって、スタメンで出てくる主力は海外仕込みの選手たちとなるであろうことから、日本が相手にする相手の大半は、本格的なサッカー環境とはほど遠いところで育った「アフガンの地場産の選手たち」ではなく、外国の2部や3部のクラブに所属とはいえ、紛れもない「本場仕込みのプレーヤーたち」であることを念頭に置く必要があり、他の南アジアサッカー連盟に加盟している国々の代表とは格が違うのは当然ということになる。

    地域では突出しているとはいえ、日本代表が圧倒されるケースは想像しにくいが、「意外にいいサッカーをする!」と評価される可能性があるアフガニスタン代表だ。国内が安定して成長が見込めるようになると、今後さらに急伸していく可能性もある。

    アジア二次予選では、ホーム&アウェイ方式で二試合ずつ、合計8試合行われることになるが、情勢が緊迫しているシリアもさることながら、果たして首都カーブル(「カブール」という表記がメディア等で見られるが、ペルシャ文字で「کابل」と綴るので、「カーブル」が適切)で今年9月8日に予定されているゲームが実現できるのか、第三国での開催となるのかについても注目したい。

    安全確保が最優先であるのは当然だが、関係者たちの努力により、カーブルでのアフガニスタン代表のホームゲームが開催されるとなれば、アフガニスタンサッカー界にとって歴史的な快挙となるだけではなく、アフガニスタンのサッカーファン、とりわけ元気な子どもたちへの大きな贈り物にもなる。また、長く続いた内戦でズタズタになった国で、異なる民族の人々が声をひとつにして「私たちの代表」を応援できるということは素晴らしいことだ。

    スポーツが平和のためにできることはいろいろある。勝ち負けだけではない「絆」や「共感」を持つことができることもまた、スポーツの国際大会の大きな意義のひとつだろう。アフガニスタンのサッカーファンにとっては、今や世界的な強豪国の一角となった日本を迎え撃つ「ワールドカップ予選試合」をホームで実現することは、日本がこの二次予選、そして最終予選を制して6度目の本大会に出場する以上に大きな意味のあることだ。勝敗はともかく、これを実現するということは、人々の心に届く、真に勇気ある国際平和貢献となることは言うまでもない。

    はなはだ残念なことであるが、シリアにしても、アフガニスタンにしても、こうした大きなイベントは反政府勢力にとって格好のターゲットとなり得ることは間違いない。スポーツに政治を持ち込むことなく、誰もが心ひとつにして自国代表を力いっぱい声援できる環境を造ることは、思想や主義主張を越えて、FIFAや日本とアフガニスタンサッカー協会関係者たちはもちろんのこと、アフガニスタンの行政、治安当局や反政府勢力等々にかかわるすべて大人たちひとりひとりに課せられた責任でもあるとともに、私たち日本人もまた実現に向けて世論を後押ししていくべきだろう。

    アフガニスタンで、後世に語り継がれる「伝説の試合」が現実のものとなることを期待したい。

  • ニュース雑誌 Northeast Today

    インド北東地域の通称「セブン・シスターズ」。アッサム州、アルナーチャル・プラデーシュ州、トリプラー州、ナガランド州、マニプル州、ミゾラム州、メガーラヤ州のことだが、「充分にインドらしさがある」アッサム州とそれ以外の州では様相が大きく異なる。

    地理的には隣接していながらも、民族的にも文化的にも差異が非常に大きく、それぞれ別々の国であるかのようだ。ヒンドゥー教や仏教に取り込まれることがなかった地域さえある。
    北東地域を総括する共通項といえば、「どれもインド共和国に所属している」ということくらいではないだろうか。

    そんな民族のモザイクのような魅力に溢れる北東地域だが、アッサム州を除けば巷にこの地域の情報があまり多くないのは、同州以外は経済的に重要な地位を占めていないという事情はもちろんのこと、人口が少なく、地元マスメディアのインフラが貧弱であることなどがあるだろう。情報発信力が弱いだけではなく、記事の質や信憑性といった面でも、アッサム州を除く北東地域以外とは比較にならないといって間違いない。

    そんな中で、北東インド地域を包括する月刊ニュース雑誌Northeast Todayはなかなか重宝する。アッサム州の州都グワーハティーをベースとするメディアだが、ヨソではあまり話題にもならない「セブン・シスターズ」各地のニュースを精力的に取り上げている。

    興味深いことは他にもある。誌面で取り上げられる中央政界のニュース、対中国その他の国際関係の記事などが、北東地域の視点から書かれていることだ。

    近年は、MAGZTERで定期購読もすることができるようになっているのだから、インド世界も狭くなったと言えるかもしれない。月刊誌であることから、トピックのフレッシュさの面で不利になることは少なくないため、同誌のウェブサイトのほうも併せてチェックしていくといいだろう。

  • 植民地末期ビルマでの暮らしの回顧録 Every Common Bush

    植民地末期ビルマでの暮らしの回顧録 Every Common Bush

    著者である主人公の女性、パトリシア自身の英領ビルマでの生活の回顧録。彼女は1923年にラングーンで生まれて、日本軍の侵攻により1942年にインドに脱出するまで、ビルマで暮らしている。

    彼女の先祖は、1840年代に軍人として赴任した初代(1857年のインド大反乱の際、アラーハーバードで死亡)とその妻、彼らに伴われて渡ってきた二代目となる子供たちがインドに根を下ろした。インドに暮らしてきた家族がビルマに移住したのは主人公の親の代であったようだ。主人公は本国から離れてアジアに移住した家系の五代目であり、植民地で暮らす最後の世代となる。

    彼女の父親は自動車整備工。やがて企業して自らの自動車販売会社を持つようになり、順風満帆な生活を送るが、いつしか事業が不振に陥ってしまう。仕事に行き詰った結果、行政関係の仕事に就くが、独立運動とともに社会不安が高まる中、身の危険を感じて運輸関係の民間企業に転職。

    第二次大戦開始による暗雲はアジアにも着実に影響を及ぼし、日本による真珠湾攻撃のニュースはビルマに暮らす主人公やその家族たちの生活にも暗い影を落とすようになる。

    父は、勤務する運送会社がビルマから中国に至る「援蒋ルート」で軍需物資を運搬するという危険な業務に従事するようになるとともに、子供たちはビルマ中部のシャン高原にあるヒルステーション、メイミョーに疎開。

    1942年、ラングーンに侵攻した日本軍はまもなくビルマ中部以北にも進撃を続ける中、まだ任務から離れることができない父親よりも一足早くインドに脱出。飛行機でチッタゴン、船でカルカッタ、そして鉄道でデヘラドゥーンへと向かい、主人公はしばらく看護婦として勤務することになる。

    すでにビルマから外に出るフライトが無くなってしまった父親は、仲間たちとビルマからインド北東部を経て逃れる決断をしなくてはならなくなってしまう。

    道中、命を落とす仲間たちも出る中、なんとかインドにたどり着くことができた父は家族と再会。家族はボンベイを経て、バンガロールに落ち着くこととなった。

    作品の前半から中盤にかけては、主人公のどかな子供時代と家の中での出来事、彼ら家族を取り巻く人々の平穏な日常と在緬イギリス人たちや地元の人々の様子が描かれている。幼い子供だった主人公が成長していくとともに、植民地ビルマで暮らしていた様々な人たちとの付き合いも深まり、家や学校の外の社会に対する観察力が深まっていく。青春時代を迎えた主人公が、第二次世界大戦の戦況やビルマの独立運動の盛り上がりなどに対して、冷静に観察していた様子がうかがえる。

    植民地在住のイギリス人とはいえ、ワーキングクラス出身で、5世代に渡ってインド・ビルマに在住。決して特権階級などではない主人公たちは、当時のラングーンの社会各層との繋がりは深く、そうした中で巧く世渡りをしていくたくましさを持っていたようだ。家庭内での英語以外に、ビルマ語やヒンドゥスターニー語(現在よりもインド系の人口が占める割合が高かった)をごく当たり前に使用する多言語・多文化環境にあったようだ。

    バンガロールに落ち着いたあたりでストーリーは終わる。その後まもなくインドは独立を迎えることになるが、パトリシアとその家族たちはその後どうなったのだろうか、と少々気になるが、おそらく他の多くの英領インド在住のイギリス人たちがそうであったように、英国に「移住」あるいは第三国に転出し、その後は大過なく暮らしていたがゆえに、こうした本を出版することになったのだろう。

    植民地末期の生活史として貴重な一冊であるが、amazonから手軽なkindle版が出ているので、多少なりとも関心があればご一読をお勧めしたい。

  • 池袋西口の「リトル・ダッカ」な日曜日

    4月19日(日)に東京の池袋西口公園にて、「第16回カレーフェスティバル & バングラデシュボイシャキ メラ」が開催される。

    いくつかのカレー屋さん、ハラール食材屋さんがあることを除けば、バングラデシュはともかく南アジアとの繋がりはほとんどない池袋ではあるが、この西口公園だけは、長年恒例の行事となったこのイベントとともに、2005年にカレダ・ズィア首相(当時)来日時に贈られたショヒード・ミナールのレプリカが置かれていることからも、ずいぶんバングラデシュと縁の深い公園となっている。

    当日、こうしたイベントが開かれていることを知らずに通りかかった人たちは、この一角だけに着飾ったベンガル人たちがワンサカと溢れていることに驚くことだろう。日本で生まれの「二世」たちの姿も少なくなく、単なる一時滞在ではない、日本にしっかりと根を下ろして暮らしているベンガル人たちが多いことも感じることができる。

    さて、この機会に春の喜びを在日バングラデシュの方々とともに、みんなで分かち合おう!

    第16回カレーフェスティバル & バングラデシュボイシャキ メラ (Japan Bangladesh Society)

  • ナガランド 暴徒による性犯罪者のリンチ殺害事件の背景

    2月24日にナガランド最大の街であるディマープルで起きたナガ女性に対する暴行事件で逮捕された男性が収監される刑務所が暴徒に襲われ、この男性が外の往来に引きずり出されて殺害されるという凄惨な事件が3月6日に発生した。

    Indian ‘rapist’ who was lynched by mob who broke into prison and beat him to death had ‘offered his victim £50 to keep quiet about the attack’, she claims (MailOnline)

    メディアが掲げるヘッドラインを目にする限りでは、インドで近年増加している性犯罪に対して業を煮やした市民たちの怒りが社会の秩序と正義を求めて暴発という具合に読めるだろう。もちろんそれには間違いないのだが、もうひとつの側面がある。

    文化も人種も異なる「抑圧者」インドに長年虐げられてきたとされる鬱積とベンガルやアッサムからの移民流入に対する不満の爆発で、こちらは前述の社会秩序や正義とは大きくベクトルが異なるコミュナルなものとなる。

    今回の事件については、ディマープルでしばらく続いていた市民による抗議活動の延長線上にある。

    Protest against Feb 24 rape rattles Dimapur city (Nagaland Post)

    レイプ事件を起こした犯人はアッサム州出身のムスリム男性(2月24日の事件発生後以降しばらくはそのように伝えられていた)であった。そして被害者は地元のナガ女性。ディマープルは、ナガランドの最大都市でありながらも、州内のその他の土地と異なり、アッサム州に隣接する平地にあり、人口の相当部分がナガランド州外の平地から来た日々とであるため、まったくナガランドらしくない普遍的な「インドの街」に見える。
    そんなディマープルの刑務所に押し掛けた数千人とも言われる群衆の大半は地元ナガランドの人々であったようだ。

    ナガランド州首相は、この事件の背景にコミュナルな対立の構図があることを否定しているが、同州内のいくつかの有力な在野政治団体がこの機を利用しないことはないだろう・・・というよりも、そうした組織がこれを絶好の機会とみて、市民による抗議活動の中に活動家を合流させて扇動し、数の力に任せてこの事件を起こしたと捉えるほうが正しいことと思われる。この事件は、現在それなりの安定を手に入れたナガランド州をふたたび不安定な状況へと陥れる導火線となり得るかもしれないため、今後の進展から目を離すことができない。

    また、2月24日にこの事件が起きた際の報道では、犯人の男性は「アッサム出身のムスリム」ということになっていた。また3月6日のこの事件を受けて、アッサム州首相は、おそらくこの事件がナガランドの野党勢力中の政治団体による反ベンガル人、反アッサム人のシンボルとして利用されていることを念頭に置いて、デリーの中央政府に対する治安強化を促す発言をしている。

    殺害された性犯罪者について、いつしかナガランドポストのような地元メディア、そして全国をカバーする大手メディアでもこの男性をアッサム人ではなく「バングラデシュからの不法移民であることが疑われる者」と報じるようになっている。「外国人による犯罪」とすることにより、国内でのコミュナルな色あいを薄めようという当局の意思が反映されているのか、報道機関による自制ということなのかもしれない。あるいは隣国から不法に移住したがゆえに、逮捕された際に自らのアイデンティティーを偽っていたことが後になってから判明したということなのかもしれないが。

    Centre concerned as tensions run high in Nagaland (The Hindu)

    北東インドでコミュナルな色合いの濃い流血事件が起きると、その背景には奥深い闇が横たわっていることが多々ある。

  • バーングラーデーシュの2タカ硬貨は日本製

    すでに1年ほど前の話になるが、日本の独立行政法人造幣局がバーングラーデーシュの2タカ硬貨を製造することとなっている。

    バングラデシュ中央銀行から2タカ貨幣の製造を受注(独立行政法人造幣局)

    バングラデシュ2タカ貨幣製造受注に関する契約調印式(独立行政法人造幣局)

    他にもニュージーランド、スリランカ、カンボジアブルネイミャンマーオマーンなどの記念硬貨の製造を受注している。また、独立行政法人印刷局はインドネシア政府証券印刷造幣公社との間で技術協力等に関する覚書を交わしている。

    独立行政法人国立印刷局とインドネシア政府証券印刷造幣公社との間で技術協力等に関する覚書を締結 (独立行政法人国立印刷局)

    日本の紙幣の印刷に使われているのは株式会社小森コーポレーションの印刷機だが、インド中央銀行に紙幣製造一貫プラントを1996年に納入開始している。

    日本の貨幣製造技術が国外でも高く評価されているがゆえのことであり、人々が日々手にするお金に日本の「技」が生きているということは喜ばしく思う。

  • インドの華人コミュニティ

    TAIPEI TIMESのウェブ版に、中印紛争以降のインドで迫害や不利益を受けてきた中華系コミュニティに関する記事が掲載されている。

    FEATURE: India’s fading Chinese community reflects on war past (TAIPEI TIMES)

    彼らが紛争勃発後に、敵性国民としてどのような扱いを受けてきたかについては、上記リンク先にあらましが書かれているので、あらためて説明するまでもないだろう。

    彼らのコミュニティは、コールカーターに集中しているが、紛争以前にはムンバイーにも小さなコミュニティは存在していただけでなく、その他の主要都市にもいくばくかの華人人口があったようであり、現在もまだ残っている人たちがあるようだ。

    北東地域もその例外ではなく、アッサムにもかなりの数の華人たちの姿があったようだ。紛争勃発当時はまだアッサムの一部であった現在メガーラヤ州の州都シローンで、今でも商いを営む中華系の家族があることからも容易に想像がつくだろう。

    近く、インド人作家のリター・チョードリーによる、アッサム地方に暮らした華人たちに焦点を当てた歴史小説が出版される予定だ。

    Makam by Rita Chowdhury

    この本は、今年の春あたりに出る予定であり、私自身もそのころすでに予約しているものの、どういう理由なのか知らないが、かなり遅れているようだ。大変興味深い内容であるに違いないので、とても楽しみにしている。まぁ、気長に待つことにしようと思っている。