バンディプルへ

空調の効いた車内

ポカラ方面行きの「マイクロ」に乗り、ドゥムレーで降りてバンディプルを訪問したのだが、こうしたバス移動がずいぶん快適になっていることに感心する。クッションは効いているし、リクライニングはないものの、背もたれに多少の傾斜は付いているし。昔々のオンボロバスと違って、これなら子連れ旅行も楽勝だ。

2019年のネパールの定番ルートはずいぶん良くなっている。道路もとても良くなっていて・・・といっても、比較対象が1980年代後半の話なので、進化していて当然のことではあるのだが。

当時、ポカラとカトマンズを結んでいた「ラグジャリーなバス」とやらがあった。たしか「スイスバス」と呼ばれていたもので、とても窓が大きくて眺望の良い車両だった。ただし道路が悪かったので、ポカラを早朝に出てカトマンズの夕方遅くに到着するような感じだったように記憶している。

もっとも今は、この幹線道路が渋滞したりするので、複数車線化しなければ、移動速度は頭打ちかと思うが。この日も事故による渋滞がひどかった。

マナカマナーのケーブルカー乗り場の前にニセ日本企業のMINISOが出店しているのでビックリした。中国企業だが、名目上の登記を東京で行っており、「日本企業」を名乗っているとはいえ、置いてあるモノは良い品が多いため、個人的にはかなり好感と信頼感を抱いている。

MINISOの店舗

内容は新型コロナ感染症が流行する前のものです。

新築のネワール建築風物件

世界遺産指定されているバクタプルに滞在して、伝統的な建築が豊かに残されている街並みを楽しんでいると、こうした新築のネワール建築風物件が、かしこに見られるのもまた面白い。

バクタプルがユネスコの世界遺産登録されている関係上、建物の改築や新築等にはいろいろ条件が課されているところからくるのだろう。伝統建築とは違う工法や素材で建てられていても、ちゃんと周囲と調和する建物に仕上げてあるのが良い。こうした努力は街並み保存には不可欠だ。

この薄型ビルもまたそんな中のひとつ。もう少し頑張ってほしかった気もしなくもないが、まあ及第点なのだろうか。これもまたネワール建築を模した今どきのネパールの建造物建築作業進行中。こうしたエクストラな仕様にかかる費用は、果たして行政から支出されているのかどうかは知らない。そうであったとして、原資には外国人が支払うバクタプル市街地入域料も貢献しているだろうか、それともこうした費用は住民の自己負担なのだろうか?

ヘリテージ地域に踏み込むだけで、日本円にして約1,500円ってどうなのか?と、料金徴収されるときには思った(観光ヴィザと同様に10歳以下の子供は無料。)のだが、こういうのを見かけると、「いい仕事してますね」と、応援したくなったりもする。

新築のネワール建築風物件

内容は新型コロナ感染症が流行する前のものです。

カトマンズ・バクタプル間を結ぶトロリーバス

カトマンズからバクタプルまで中国の援助で建設されたトロリーバスが運行されていたことを思い出した。

カトマンズのカンティ・パトを南下してトリプラー・マールグと交差するあたりから出て、バクタプルの南側、道幅が拡張される前で細い道に過ぎなかったアルニコー・ハイウェイ沿いのスーリヤー・ビナクまでを結んでいた。都市化が進んだ現在と違い、カトマンズとバクタプル間の道路の左右に田園風景が広がっていたことを記憶している。

2001年末にカトマンズからバクタプルまでを結ぶ運行は終了。2003年からは、カトマンズからバクタプル行きの通過点となるコテーシュワルまでの運行となり、2009年にはトロリーバスの営業自体が終了となっている。

トロリーバスなるものに乗車したのは、カトマンズが初めてだったので、その後中国を訪問した際、上海や北京などで利用して、そのネットワークの広さと、スケジュールの過密さには大変驚いたものだ。当時の中国はずいぶん貧しかったとはいえ、大都市における公共交通機関ネットワークの充実ぶりは見事なものであった。

KATHMANDU TROLLEY BUSES IN 1979 (Youtube)

NEPAL KATHMANDU TROLLEYBUSES 1998

内容は新型コロナ感染症が流行する前のものです。

キールティプル

11世紀から続くキールティプルの町はリングロードを外れて坂を上っていった先の丘の上にある。途中に大学のキャンパスがあり、そこで学生たちが降りていく。このあたりから見えるキールティプルの斜面に複数階の家屋が貼り付いている眺めは、ありし日の九龍城を連想させるものがある。

在りし日の九龍城を思わせるものがある。

丘の頂上を中心に広がる町並みのようだ。その頂上部分にあるヒンドゥー寺院からの眺めは素晴らしい。首都圏なのに田舎の雰囲気が味わえるし、それでいて眼下に広がる首都の風景が楽しめる。

カトマンズ首都圏の眺め

バクタプル、カトマンズ、パータン、キールティプルとひと続きになったのは、人口増加、宅地化の進行のためだろう。今やカトマンズ首都圏は巨大都市化しつつある。

「キールティプル(कीर्तिपुर)」か「キルティープル(किर्तीपुर)」か。町中での表記に妙な揺れがある。宿の人によると前者が正しいとのこと。

「キールティプル」か?
それとも「キルティープル」か?

坂を下っていくと、まったくつまらないゴミゴミした市街地となるが、頂上付近には伝統的なネワールの町並みが残っていて、ここもまた魅力的なスポットである。

キールティプルは坂の町

内容は新型コロナ感染症が流行する前のものです。

遠いところ

パータンの王宮広場で休憩していると話しかけてきた女の子。ヒンディーで返すと、けっこう上手いヒンディーでいろいろ話してくる。なかなかおしゃべりだ。

「テレビ番組で覚えた」と言うが、まだ小学校低学年くらいだろう。

家族のことを尋ねると、「毎日お母さんは夜8時くらいにならないと帰ってこない」のだとか。家にはお姉さんがいて、食事その他しろいろやってくれているそうだが、「お父さんは?」と質問すると、「他の女の人と出て行ってしまい、帰ってこない」そうで、悪いことを聞いてしまった。

どこに住んでいるのかと問うと、「とっても遠いところ」と言うが、どこかと思えばここから少し進んだ先にあるバススタンドやラリトプル・モールのあたりらしい。

そんな「距離感」が子供らしくて笑いを誘う。

内容は新型コロナ感染症が流行する前のものです。