観光地としてのチャイナタウン








バンコクのチャイナタウンは賑やかながらもぶっきらぼうなイメージがあったのだが、今はずいぶん様変わりしているようだ。日本の横浜のチャイナタウンのように、その存在自体が観光地的な性格ではなく、中国系市民の生業と生活の場であったこと、そして華人の結社同士の抗争があったり、いかがわしい仕事をしている者も少なくなかったりしたことから、あまり柄が良くないイメージがあったことも否定できない。
そして2019年の現在、総じて品が良くなったというわけではないのだが、チャイナタウンを西洋人の家族連れが闊歩していたり、中国大陸や台湾からやってきた中国語を話す老若男女が歩き回っていたりする。

いかにも外国人向けの小物

キレイなカフェ

持ち帰りの洋菓子屋

メニューはタイ・英・中で併記

中華菓子屋もタイ・英併記

タイ人には説明不要のローカルスイーツは英・中のみで併記

美味しそうなローストダック

フレッシュジュース屋

けっこう英語が出来る店員を配置する店も増えている。

外国人を意識した土産物屋、小洒落たカフェが沢山見られるようになった。当然のことながら商品や価格の表示はタイ語に加えて英語と中国語でも書かれているケースが増えた。中華街なので中国語による表記が多いのは当たり前ではないかと思われる方もあるかもしれないが、90年代前半くらいまでのチャイナタウンでは、店の屋号くらいしか漢字での表記はなかったのだ。中華料理の店でも、メニューは通常タイ語でしか書かれていなかったのだ。
世界中で大ヒットしているタピオカドリンクの店には各国からやってきた観光客たちが群がっている。元々、タイのデザートだったが、台湾で茶色の大粒にしてアイスミルクティーなどの中に入れて提供するようになってから人気に火が付いたようだ。
タピオカドリンクの店

こちらは中華街の門。ヤワラーのホアランポーン駅側にある。観光地としての価値を大いに意識してのものだ。元々はなかったものなのだが。

観光客が増えたからというわけではないかとは思うが、信号機が増えたのも良い。昔はそんなものはほとんどなかったし、クルマはやたらと飛ばしているので、道路を渡るのにひと苦労であったのだから。

義肉骨茶

肉骨茶(豚リブの薬膳煮込み)といえば、マレーシアやシンガポールが有名だが、バンコクも負けていない。
「義肉骨茶(イーバクッテー)」というこの店のことは、まったく知らなかったが、看板が目に入る前に、かぐわしい香りに引っぱられてしまった。よほどの自信がなければ、ほぼ単品で勝負する肉骨茶の店は出せない。物凄い吸引力に脱帽。

骨付き肉ばかりがスープの中にゴロゴロしているマレー半島(シンガポールを含む)の肉骨茶と異なり、白菜がたっぷり使われているのがこの店のスタイルだ。しかもモツまで入っている。これがバンコク式なのか、それとも「義肉骨茶」独自のものなのかは判らない。タイ語が出来れば、いろいろ話を聞き出せたことだろう。
味のほうはというと、やはりヘビー級王者クラスの強烈な旨さのパンチにノックダウンされてしまった。バンコクを再訪する際、ここは外せない。

ヤワラートで至極の肉骨茶(バクテー)をどうぞ(激旨!タイ食堂)

バンコク チャイナタウンの大乗仏教寺院と道教寺院

バンコクの中華街で特徴的なものといえば、大乗仏教寺院、道教その他の華人の宗教施設の存在なども挙げられるだろう。タイのテラワダ仏教寺院と造りも異なり、どこか故郷に帰ってきたような思いさえする。中国や台湾からやってきた人たちが訪れたならば、なおさらのことそういう気がすることだろう。
救急車などのレスキュー活動を展開する「華僑報徳善堂」「泰国報徳善堂」などで知られる「善堂」は、明の時代の中国大陸に発した仏教系の結社。
「呂帝廟」は道教の神様を祀る中国寺院だ。
近年、中国大陸からやってくる観光客が急増しており、金払いの良い上客ともなっていることもあってか、こうした寺院の近くに中国からやってきた見物客を乗せたバスが停車していることも多いようだ。
異国に根を下ろす華人文化に触れることは、ちょうど私たちが南米に定着した日系人たちの姿を目にするのに近いものがあるのかもしれない。
おそらくガイドたちはチャイナタウンの歴史や華人たちのルーツなどに加えて、タイ華人しか知らないディープなウンチクなどもチラリと披露しているのではなかろうか。
中国語が出来たら、ガイドさんたちの説明にぜひ聞き耳立ててみたいものだ。












〈以上、甘露寺〉









〈以上、華僑報徳善堂〉






〈以上、呂帝廟〉

パフラット

タクシーでパフラットのグルドワラーまで向かう。
グルドワラーではスィク男性にランガルへの参加を勧められた。しかしこちらは短パンであるので失礼かと気が引けることに加えて、せっかくタイに来たのでタイらしいものを差し置いてランガルというのも・・・という罰当たりな思いもあった。栄養補給や味わうことが目的ではなく、万民の平等を旨とするスィク教において、出自の違う人たちと共食を実施するという精神的な行為であるため、そんな風に考えてはいけない。

パフラットでインド人の店ばかり集中しているブロック
マーラーは造花であった。
ミターイーの店
インド人ばかりのエリアに忽然と中国寺院が現れたりする。
ごくごくタイトなインド人エリアを出ると、普通のバンコクの下町となる。
このあたりのムードは20年前、30年前とあまり大差ない。

パフラット市場の混雑ぶりは相変わらずだが、運河の水際はきれいに整備されていた。パフラットのグルドワラーからスタートして、チャイナタウンを経由してホアランポーン駅まで散歩してみよう。

運河は見違えるようにきれいに整備されていた。
運河の両側は快適な遊歩道になっていてビックリ。
パフラットではインド人エリアを出てからも、インド人経営の店が散在している。

パフラット市場の一角。画像が暗くて判りにくいが、1Fは店で上階は住居となっている。

ノルタルジーのバンコク

昔は通り沿いにこういう建物が多かった。
こういう建物は今でも見かける。

行き交う人々の装いがカッコよくなり、街並みもモダンになって久しいバンコクだが、昔ながらの眺めを探すのは、そう難しいことではない。
けれども、街中で外食やショッピングのシーンで、「昔風」を装う店も多くなってきている。日本で言えば、私たちがノスタルジーを感じる「昭和風」と通じるものがある。
過去の追憶を愉しむというのは、社会が成熟してきた証でもあるだろう。目まぐるしく変わっていく時代の流れの中で、ちょっと立ち止まって「あったね、こういうのが!」という想いに浸ってみたいという気持ちは、きっと私たちと同じだ。

「昔、屋台で食べた料理」をコンセプトにする店。屋台を引く自転車がイメージキャラクター的な存在になっている。

ドンムアン空港にある王室系のみやげもの屋だが、昔の雑貨屋風にデザインされている。