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カテゴリー: food & drink

  • ラージパトナガルのアフガンレストラン

    ラージパトナガルのアフガンレストラン

    「インド在住のアフガニスタン人」というと、どのような人々を想像されるだろうか。少なくとも南デリーのラージパトナガルにおいては、アフガニスタン人ミドルクラスが多く、 「西洋人ではない白人」や「インド人みたいにも見えるが、あまり耳にしない美しい響きの言葉を話している人たち」がいたら、アフガニスタン人である可能性が高い。

    南デリーのラージパトナガル

    この地域には、そうしたお客相手のアフガン料理屋がいくつもある。アップマーケットな店なので用意される料理は豪華なものが多い。そんな中にあるMazaarというレストランを訪れたのだが、一部のインド人客、アフリカ方面からと思われるムスリムの家族連れを除けば、ほぼアフガニスタン人客。大きなケバーブ類やプラオなどが次々に運ばれていた。ワンポーションが多いため、数人連れで来ると、より楽しめることだろう。座敷もあり、お客たちは敷いてあるカーペートの上で車座になって食べている。このレストランのメニューはこちらになる。チキンの煮物とご飯のセットもよかったがSheer Yakhというアフガン式のアイスクリームが飛び切り良かった。

    MAZAAR RESTAURANT

    働いているスタッフもアフガニスタン人の若者たちだ。国際色豊かなラージパトナガルの中でもひときわ異色な店のひとつだろう。界隈にはアフガニスタン人が経営する日用品屋、両替屋、旅行代理店等々いろいろあり、看板等がダリー語でも表記されている。仕事の関係でデリーとカーブルなどアフガニスタンの主要都市との往来もけっこうあるのだろう。

    かつてはエアインディア及び複数のアフガニスタンの航空会社がデリー・カーブル間を直行していたのだが、ターリバーン政権復活以降は運休しているため、エアインディア等でドバイに飛び、そこからアフガニスタンのカーム航空でカーブルに入るというのが一般的であるようだ。

  • 久しぶりのニザームッディーンのダルガー

    久しぶりのニザームッディーンのダルガー

    久しぶりにニザームッディーンのダルガーに参拝。金曜日なのでたいへんな人出である。

    猫の親子がいた。ニザームッディーンのダルガーに暮らしているため、人々のおこぼれに預かれるし、可愛がってもらえる。彼らにとって「ファイブスター」の環境。うまいとこ潜り込んだものだ。

    ダルガー参拝後は門前町のビリヤーニー横丁で「モラダバーディー・ビリヤーニー」とやらを。

    「モラダバーディー」のビリヤーニーが概してこういう具合なのかは知らないが、大変好感の持てる味わいである。言ってみれば「お茶漬けのようなビリヤーニー」だ。味付け(スパイスも塩分も)はとてもマイルドですっきり。脂肪分もかなり控え目。あたかも肉の出汁で食べさせるといった感じ。シンガポールやマレーシアの「海南鶏飯」を彷彿させるようなあっさり感だ。

    遅い昼食を済ませてから時間が経っておらず、まだ腹が減っていないので「1/4」サイズでチキンのビリヤーニーを頼んだのだが、あまりに良い感じなので、同じサイズでマトンも頼もうかと迷う。あるいは近隣で同様に「モラダバーディー」の店も味わって見るのもよいかと思ったのだが、すでに満腹で断念。

    モラダバード式のビリヤーニーについて検索してみると、こういう新聞記事があったので、やはり元来あっさりした特徴があるのかもしれない。

    Biryani, Moradabadi style (THE HINDU)

    ニザームッディーンのダルガー界隈にはカリームの支店もあるため、立ち寄る際にはそこで食べていたため、すべての店が「モラダバード式」であることを名乗るビリヤーニー横丁で食べてみるのは初めてだ。複数の店が同じ場所で、単品の同じ料理でしのぎを削っているわけなので、とびきりおいしくないはずがないのだ。これまで何十年間ここを素通りしていたのか?と思うと、全く持って不覚である。

    ニザームッディーンのビリヤーニー横丁は串焼き横丁でもある。良い香りに溢れている。同様に大皿から取り分けるハルワーも有名だ。お越しの際にはぜひご賞味を。

  • 地上最強の菓子

    地上最強の菓子

    地上最強の庶民のお菓子といえば、オールシーズンで、この温かいグラーブジャムーン、冬季はガージャル(ニンジン)のハルワーだと思う。どちらもと深い味わいと高めのカロリー。心も身体も元気にしてくれる。

  • デリーの定宿近く新規開店の食事処

    デリーの定宿近く新規開店の食事処

    デリーの常宿の隣にこういう店が新規開業。営業時間は正午から午前1時までとのこと。ここは使えそうだ。ノンヴエジというのも良い。

    私が訪問した際には開店したばかり。新築できれいだし・・・と思った。

    出てきた「シークケバーブ」はボッロボロ、メニューにある「ルーマーリー・ローティー」に期待したら、薄焼きのタワ・ローティー。

    こりゃあ前途多難・・・

    働いている若者たちはとても感じが良いので、これから上達していくことに期待したい。

  • 大麻バブル

    大麻バブル

    前回に続いて今回もしばしタイの話題を。

    6月に大麻が解禁となったタイだが、街を歩いているといろんなものが目に入ってくる。コンビニの飲料類の棚にもカナビス入りドリンクとやらがあるし、カフェでもカナビス入りの飲み物、コーヒー自販機にも大麻入り、クッキーその他のお菓子にも「カナビス入ってます」etc.のバブル状態。

     

    ブームみたいだけど、あまりに多いので早晩淘汰されていくことだろう。

    不眠症その他の治療を謳うクリニックも大麻の効能にフォーカスしたものがあり、こうした健康関係での需要も高いのか、これから創出していく方向なのか知らないが。

    また、観葉植物?として、こんなかわいい感じの鉢植えも売られている。

    観光客の多いエリアの路上では乾燥大麻の露店もちらほら。これらはおそらく解禁以前はアンダーグラウンドであった人たちが「地上に出てきた」感じなのかなぁと思ったりもする。

     

  • 銘菓ドリアン

    銘菓ドリアン

    デリーでの話が続いていいたが、しばしタイの話題に。

    ホテルから道はさんだ向こうに軽トラのドリアン売りが登場。こういうときに庭や屋外にオープンスペースがある宿は大いに助かる。

    「銘菓」としたのは、私はこれは熟練したパティシエが創ったお菓子だと信じているからだ。卵やバターがふんだんに使われており、洋酒も薫るのが何よりの証拠。しかも食べたら少し酔って気持ちよくなる!ドリアン畑見たって信じるわけがない。これが果物であるというプロパガンダは!

    きっと畑では、殻だけ育てて収穫、どこかに秘密のキッチンで中身をそっと仕込んでいるに違いない。黄色い果肉・・・いやムースの製法は創業家のみが知る門外不出の秘伝。たぶん彼らがこの世のすべてのドリアンを一手に握っているのだ。

    ドリアン創業家には、製法の情報公開をお願いしたい。

    いやーそれにしても美味しい!一個まるごとひとりで平らげて、ドリアンで腹パンの夢見心地。

  • インドのSUBWAY

    インド独自の具材のこともあるが、やはり特徴的なのはヴェジタリアン専用カウンター、ノンヴエジ専用カウンターに分かれていること。スタッフもそのようにヴェジ専門とノンヴエジ専門となっているようだ。社会規範としてそうなっているだけに、きちんと対応している。

  • エジプトの医学生

    オールドデリーのレストラン「アル・ジャワーハル」で一緒になった医学生としばらく話をした。エジプトの医科大生で、インドにひと月の研修で来ているとのこと。アフリカやロシアなど各国から同じような立場で来ている学生が多くて楽しいそうだ。たしかにインドの上のクラスの大学は国際的な学びの中心という性格も強いので、こういう短期プログラムもあるのだろう。

    デリーについては「カイロの下町みたいで親近感がわく」とか「誰も僕のことを外国人と思わないので気楽」とも。たしかにアラビア人はインド人の大海に入るとまずわからない。しゃべるとコテコテのアラビア訛りの英語なので、すぐに外国人とわかるのだが。

    コロナの時代とはいえ、こんな具合に外国のキャンパスで過ごしたり、休日に街巡りなどする経験自体も、若い彼にとって貴重な財産となることだろう。インドの食事もエジプト人の彼にはとてもよく合うとのこと。そんなわけで、こうしたイスラーム系料理の有名店にはよく足を運ぶそうだ。

  • シールマール

    シールマール

    オールドデリーのシールマールの店。高ければ高いほど素晴らしいものになる。一人で来ていると食べきれない。常温でも15日間保存できると言われると心が動くのだが、最近体重増加中なので腹周りの贅肉さんと相談中。

  • 雨季の野菜たち

    雨季の野菜たち

    雨季のインドの野菜は宝石のように美しい。とてもぴちぴちしていて魅力的。これらで料理したらどんなにおいしいものが出来上がることかと想像してしまう。

    そんな野菜を撮っていたら、手いっぱいの品物を手にしたサブズィーワーリー(野菜売りの女性)が商品のダニヤーを手にして「私も撮りなさい。ほら、こっち」と、いろんなポーズを取りながらずんずん迫ってきた。

    ずんずん迫ってくるのはたいてい男性たちなので珍しい。ごくあたりまえの野菜を喜々として撮影している私にいろいろ質問を投げかけてくるので、こちらがタジタジになる。たまに「公式通りでない人」がいるものである。

    露店を後にするときも明るい笑顔で見送ってくれた。

     

  • ようやく久々のインドへ

    ようやく久々のインドへ

    好調となっている国内線とは裏腹に今も減便が続く国際線。成田空港の国際線ターミナルは今も閑散とした状態。空港内の店などもひところよりは営業しているところが増えたとはいえ、まだまだ「コロナ禍」といった風情だ。

    これまた久しぶりのエアインディアにちょこっと搭乗してみただけで、「今年2月に民営化して以降、こうなっている」などと、おこがましいことを言うつもりはない。それでも大変気になったことがいくつかある。

    ・年配で貫禄あるパイロットはどこへ行ったのか?

    ・くたびれた感じの客室乗務員のオジサンはどうしたのか?

    ・声が大きくて押し出しの強い客室乗務員のおばちゃんはどうしているのか?

    たまたま東京・デリー便だけ、フレッシュなスタッフが揃ったというのならばよいのたが、これまで労組が強くて、職員たちが長く勤めやすかったため、民間航空会社のフライトのパイロットやアテンダントの「親世代」みたいな人たちがモソモソと働いていたことを思うと、まるで別のフライトであるかのようだった。

    ゲートに集合するパイロットはまだ若くて精悍な感じの人たちだったし、客室乗務員は男性はイケメンマッチョ、女性は美形のモデルさんみたいで、映画やドラマにそのまんま出演できそうな感じ。応対もとても丁寧。こういう人たちは新たに採用されたのか、それとも同じTATA経営のVISTARAからの横滑りなのか?

    ひさびさのエアインディア搭乗ということで、経験豊富な中高年だらけで一種の「安心感」みたいな雰囲気を当然のごとく期待していたが、少なくとも私が利用した東京・デリー往復便は、ごく当たり前の民間航空のフライトであった。

    しかも出発が30分遅れたのはいいとして、到着は定刻よりも1時間半早まったので、てっきりデリーではなく、どこか別の空港に不時着するのか?とすら思ったくらいだ。東京・デリーの移動がこんなに速かったのは初めて。

    これはコロナ禍による減便のため、成田のサテライトを出てから滑走路までが驚くほどすぐだったり、到着するデリーでも着陸待ちで旋回させられることがあまりない?ためかもしれない。そんなこんなで、あれやこれやと回想しているうちに、アッという間にデリーに着いてしまった。

    デリーに到着

    ごく当たり前であるがごとく、コロナ前同様に混雑している空港からはプリペイドタクシーで市内へ。車窓から見える風景はまるで2019年のコロナ前の眺め。誰もマスクしている人は見当たらない。まるでコロナなんて無かったかのようだ。一時はロックダウンが実施されたり、デルタ株が流行した時期にはおびただしい死者が出たりと大変だったはずなのに。立ち直りの早さはインドらしいところだ。

    パハールガンジにあるいつもの宿に着いた想像していたよりも西洋人客がいるし、界隈にもそうした姿がある。家族連れもある。しかし誰もほぼマスクはしていない。日本以外の多くの国々ではそういうところが多いだろう。ぜひ見習いたいものだ。

    とりあえずAirtelのSIM購入。有効期間1ヶ月のプリペイドだが、利用期間の更新も可能。ネットは毎日1.5GB使えるとのこと。つまりひと月で45GBも利用できる。しかも国内電話は無料。

    コロナ前以来のインドに来てとても興奮するが、パッと見た感じは以前と特に変わった様子もないので、まるでコロナ前にタイムマシーンでやってきたかのような気さえしてくる。

  • ジョージアのタンドゥール

    ジョージアのタンドゥール

    ジョージアに滞在中の方のFB上で幾度もタンドゥールやそれで焼かれたパンの類の写真を見かけた。ググッてみると、やはりジョージアでは伝統的にこうした窯の利用が多いらしい。なんとなく欧州文化圏のような気がしていたが、同時に中央アジアとも接している地域でもある。文化圏を信仰面のみで区別することはナンセンスだということを感じる。

    生活文化に信仰が与える影響には、食のタブーであったり、祝祭等の内容やサイクルであったり、通過儀礼等々があったりするが、信仰を同じくする国々などへの心理的距離の近さ、それとは裏返しに信仰が異なる場合の距離感の遠さなどいろいろあるかもしれないが、それ以外の自然環境であったり、それぞれの信仰が浸透する前から地域で引き継がれている伝統であったり、信仰や人種を超えて地域で共有してきた文化や習慣といったものの深みは当然あるはず。

    タンドゥールが伝播した北限がどこなのかは知らないが、ジョージアのような「タンドゥール文化圏」の北周縁部の人たちが、その文化圏の南端とも言えるインドのパンジャーブ地方を訪れたならば、自分たちのものとは少し異なるけれども似たような用途で用いられるその土窯を見て、多少のエキゾ感はあっても、懐かしい思いにかられるのではないかと思う。その意味では正教徒である彼らが自国の食文化の延長線上にあるものをペーシャーワルであったり、オールドデリーであったりといったイスラーム教徒の料理屋の店先で目にすることになる。

    同時にタンドゥール文化圏外、例えばタミルナードゥ州の人たちがジョージアを訪問することがあったら、自分が暮らすバンガロールやマイソールなりの街で見かけるムグライやパンジャーブ料理店などで目にするタンドゥールと同じようなものがあり、ジョージアでもイスラーム文化圏起源であると思われるタイプのパンが焼かれているのを見て、母国インドが中央アジアを経て、このジョージアにまで食文化でゆるく繋がっている部分があることを感じ、主に米食の自分たちにとってアウェイ感のある北西インドのイスラーム系料理に対して、ますますの距離間を感じてしまうなどということもあるのかもしれない。

    人間が政治的な意図で引いた国境、民族や宗教を背景にする文化圏、急峻な山岳その他厳しい地形等条件などによる地理的な障害など、世界を区分するボーダーというものは重層的に存在しているが、その中にはこうした食文化の繋がりないしは断絶をベースにした食をベースにしたボーダーラインのようなものも存在する。もちろんその境界とは目に見えてきっぱりと区分されているわけではなく、ゆるく重なり合っていたり、融合しあっていたりするものだ。

    それだけではない。ときにはスペイン系の食文化が大きく飛んでラテンアメリカにも広がっていたり、中国起源の麺料理の影響がイタリアに飛んでいたり、その他の中華料理の手法なども東南アジアで華人移民たちを通じて伝播していたりなど、いきなり飛び地が存在していることもあるなど、食文化というものは文化、民族や地域を越えて縦横にクロスオーバーすることもある非常にダイナミックなものである。

    He Dives Into Ovens to Bake Bread (Youtube)