昨日配信されたインディア・トゥデイ電子版の最新号。表紙にもなっている特集記事は日用品等の価格急騰。昨今の燃料価格高騰により、ガソリンやプロパンガスも上がっているが、牛乳のようにあまり価格に変化のないものもあれば、トマト、ナスなどの野菜類などのように昨年比で2倍、3倍くらいになってしまっているものも多いようだ。円安、ウクライナ危機、原油価格高などにより、様々なモノの価格がどんどん上がっている日本もさることながら、このような状態にあるインドの市民への生活への圧迫感は相当なものだろう。


昨日配信されたインディア・トゥデイ電子版の最新号。表紙にもなっている特集記事は日用品等の価格急騰。昨今の燃料価格高騰により、ガソリンやプロパンガスも上がっているが、牛乳のようにあまり価格に変化のないものもあれば、トマト、ナスなどの野菜類などのように昨年比で2倍、3倍くらいになってしまっているものも多いようだ。円安、ウクライナ危機、原油価格高などにより、様々なモノの価格がどんどん上がっている日本もさることながら、このような状態にあるインドの市民への生活への圧迫感は相当なものだろう。

カナダを訪問する機会があったらぜひ訪問してみたいと思うのが、カルカッタから移住した華人が経営する中華料理屋。
カルカッタからカナダへの移住はルートが出来上がっているためたいへん多く、「華人流出」の主な行き先はカナダなのだ。その中でもトロントとその周辺が主流。ちょうどカルカッタ華人(客家人と広東人でほぼすべて)の先祖の大半が今の広東省の梅県が出自であるように、地縁血縁を頼って移住するケースが多いためらしい。
そんなわけで、カナダ、とりわけトロント(やその周辺)に行くと、カルカッタの旧中華街や郊外のテーングラー地区で食べられるような「客家印度中華料理」や「広東印度中華料理」といったものにありつくことが出来るという。
揚げ物や点心類を除けば、おかずものはグレイビーを含むアイテムが多い(カレー類のようにご飯にかけて食べるため)とか、インドアイテムもレパートリーに含まれるなどといった特徴がある。
とはいえ、一般的なカナダ人は客家料理、広東料理の区別はつかない(日本人ですらよくわからない)だろうし、ましてやカナダ移住前に香港にいようが、インドにいようが、まったく関心はないはずなので、そうした背景は「知る人ぞ知る」違いでしかないのかもしれない。
それでもこうしたインドからの華人移民たちは、親族や同郷の仲間たちと集まると、インドの映画音楽をかけて踊ったり、祝い事の際にはミターイーを配ったりという具合と聞くので、何か接触できる機会があると勉強になりそうだ。
トロント近郊のヴォーン市にある「Royal Jade Restaurant」は、そうしたカルカッタ起源の華人たちが営むレストランのひとつ。今も親族が経営する店がカルカッタにあるという。どちらもぜひ味わってみたいものだ。
コールカーターでは、華人系企業が生産するチリソースをはじめとするソース類の販売で、ホットな競争が繰り広げられているらしい。日本のメディアで、ときどきインドの華人を取り上げる際には、いつも紋切り型の「衰退する華人コミュニティ」が言われるが、これは以前からの報道から孫引きしたような記事ばかり書いているから。
今の華人の若い世代は、高学歴でカナダ、米国などへの留学経験を持つ人たちも少なくなく、斬新なアイデアで家業に貢献していく。そんな中でシンガポールのNGOと組んで旧中華街のヘリテージの復興などにも力を入れており、彼らの上の世代とはぜんぜん違うオープンさと大胆さがある。
近年始めた「ドラゴンボートレース」に、カルカッタの中国領事館からも支援も取り付けるなんていうのも、とにかく中華人民共和国と距離を置くという姿勢を貫いてきた古い世代には想像すらできないことだろう。
いまどきのコールカーター華人の若者たちはすごい。
リンク先は、そうした若い人たちに関する記事ではないが、こうした若い世代の台頭で活気のあるコールカーターの中華食品業界における「ソース戦争」のトビック。
The Sauce Wars: Competing for the most-authentic tag (The Telegraph online)


こちらは面白い中国料理史本。シンガポール、マレーシアなどの「海南鶏飯」は、海南島出身の移民者が創始者と推定されるものの、中国の海南島には似たものはあるものの、ここで「海南鶏飯」と称されているのと同じものはないのだそうだ。
また、マレー華人の朝の街角の国民食みたいになっている「肉骨茶(バクッテー)」は、どうやら1930年代に始まったらしいのだとか。伝統とは後に創作されるものであり、「名物」もまた後付けで由来が云々されていくことがよくわかる。
世界の他の地域の華人料理についての記述はもちろん、本場中国での各地の料理が互いに共振しあって相互に影響を与えて形作られていく過程について描かれているのも興味深かった。やはりそこにはまとまった数での移住など、人的要因が大きく作用しているようだ。
600ページ近いボリュームを持つ本書は、大変興味深く、世界に分布した中国料理や現地化したアイテムなどを考えるにあたり、とても示唆に富むものであるが、インドの中国料理に係る記述がわずか5ページしかないことだけは残念である。
書名:中国料理の世界史
著者:岩間一宏
出版社:慶應義塾大学出版会
ISBN-10 : 4766427645
ISBN-13 : 978-4766427646
リンク先の記事は、プネーで140年を超える歴史を誇るパールスィーのレストランとのこと。プネーにはムンバイ同様に、ユダヤ人コミュニティとパールスィーコミュニティが大いに繁栄した。
前者はインド独立とともに多くは国外に流出して衰退したが、後者は独立運動への貢献も大きく、イギリスが去ってからも愛国的なコミュニティと認識されている。
「イラーニー」として、外来の起源は強く意識されているが、植民地体制下で生活様式もビジネスも白人寄りのところにいたこと、ともに商業民族で経済的に成功した者の中から数々の慈善家も輩出したという点で似通っているのだが、現在はずいぶん異なる存在感となっている。
パールスィーのレストランは洒落た印象があるが、100年を優に超える老舗も多い。植民地時代を彷彿させる店内もきれいに整えてあり、提供される食事のバリエーションの広さとデザート類の豊富さも楽しいものだ。
Have You Been To This 141-Year-Old Parsi Restaurant In Pune? (whats hot)
パールスィーの甘物、ラヴォーだそうだ。キールみたいだが水分少なくハルワーみたいに仕上げるらしい。
スイーツでも料理でもそうだが、彼らの先祖の地イラン風のアイテムもあれば、定住したインドから採用したアイテム、そしてイギリスから取り入れたものなど、いろいろあるのが楽しい。イスラーム化が進んだイランからインドに来て定住してインド化、そして植民地体制の中でライフスタイルが西洋化したパールスィーの生き方そのものを象徴しているかのようだ。
それでいて、外国起源ということで不利な扱いを受けることなく、インドで愛国的かつ模範的なコミュニティーとして認知されているのは、まさに彼らの最初の移民グループとされた一団が彼らを受け入れることになった地の王に対して忠誠を約束した「ミルクと砂糖の誓い」が今なお受け継がれていることを示すかのようでもある。


ドラゴンフルーツ。こちらは白玉(中身が真っ赤な「赤玉」もある)だが、安定したあっさり、さっぱり感が心地よい。美味しいかと言えば、味わいはあんまりないように思うが、爽快感があり、食べていて気持ちが良い。濃厚な味わいと陶酔感を呼ぶドリアンの対極にあるように思う。これらが同時に店先に並ぶベトナムは、フルーツ環境としては、ライチーとマンゴーがマーケットにふんだんに供給される雨季入り前の酷暑期のインドに匹敵する幸福感があるに違いない。
ドリアンといえば、インドでもたしか南西沿岸地域で輸出用作物として栽培が始まるといえ報道を目にしたのはかなり前のこと。その後どうなったのだろう。ゴアでは野生種が自生しているというが、インドでは食べ物と認識されてこなかったのでマーケットに並ぶことはなかった。
また、スリランカでも山間部にはドリアンが自生だか栽培されているのか知らないが、沿道でイガイガの実を売る姿をチラホラ見かけたことはあるが、町のバーザールでは発見できなかった。南アジアもドリアンが生育できる環境のところがあるが、食文化の中にドリアンが占める位置はない。
しかしながらタイでもシンガポールでも現地在住のインド系の人たちがドリアンを楽しむ姿があるので、何かきっかけがあれば、定着していく余地はあるかもしれない。
今はカシミールやヒマーチャルの特産品となっているリンゴにしてみても、地場の固有種ではなく、外来で定着した果物。ドリアンは特有の香りと陶酔感があり、味わいの中に明らかに洋酒が仕込んであると思われる部分、そして卵黄を使っているとしか思えないコクがある。
これらについて、ヒンドゥーの人たちの中で厳格な人たちが「ピュアル・ヴェジ」と認めるかどうか。そもそも私自身は、この目でドリアン畑を見たことがないので、ドリアンは人工物に違いないという確信めいたものがある。
熟練のパティシエが卵黄、砂糖、ブランデーなどを使って丹念に創り上げていくのだ。ツナギに何を使っているのかは秘伝で、果実を口にしたときのムラのある繊維感とこれまた微妙な歯触りを出すには長年の経験が必要。だからドリアンは当たり外れが大きいのだ。
よって、ドリアンは言うまでもなく、「ノン・ヴェジ」だと信じている。

和菓子が苦手である。
甘いものは大好きなのだが、洋菓子やインド菓子にあるクリーミー感、ジューシー感がないから、という部分もあるが、「アンコ」がダメなのだ。なぜダメかと言えば、食感はやはり豆なので、レンズ豆やチャナ豆をすり潰したものと舌触りやベースにある匂いは似ている。それがおかずとして塩味がついているのではなくて「甘い」というのが、どうもいけない。
饅頭などに入っているアレが、塩味でバター風味でも利いていれば、それなりに旨そうな気がするが、そういうものは「博多通りもん」のようなごく一部の「和風テイストを取り入れた洋菓子」にしかない。あと、お汁粉、ぜんざいといったものも、これまたいけない。餅まで入るからには、きちんとした食事であるかのような佇まいながらも、おやつであるため、これまた甘い。インド料理のダル(レンズ豆)の汁をスパイスや塩ではなく、砂糖を放り込んで作ったかのようであり、なんというエキセントリックさか!その「合わない感覚」について、上手な例えは思いつかないが、「ワカメと大根の味噌汁が甘い甘いおやつになった」みたいな感じと言えば、気持ちが伝わるだろうか。
そんなわけで、どうも和菓子、とりわけアンコは苦手ながらも、いつだかもらった和菓子で秀逸なものがあった。東京都内のある和菓子屋のオリジナルとのことだが、「カフェオレ大福」なるものがあり、コーヒーペースト餡と生クリームがフィリングとして詰めてあり、お茶受けにサイコーなのだ。食感は和菓子よりも洋菓子に近い。あまりに素晴らしいため、自分でも幾度か買いに行ったことがある。こちらも和菓子というよりも先述の「博多通りもん」のように、軸足を洋菓子に非常に近いところに置いたコンセプトの菓子と言えるだろう。
先日、こんな変わり種大福が売られているのを見つけた。イチゴミルク大福、オレンジヨーグルト大福、マスカット大福、メロン大福etc.。もしかすると、「カフェオレ大福」に迫るヒット作ではないか?と買い込んでみたのだが、食してみると、フルーツ風味を付けたアンコの大福であった。

先に挙げたような稀有な例外はあっても、やはり和菓子、アンコを侮ってはならないことがよくわかった。これは切っても切れない仲のようで、アンコ抜きの大福なぞ、期待してはいけないものだったのである。

インド国営放送による「The Hidden Kitchens of North-East」というプログラムがある。国営だけに、日々、多言語・多文化のインド各地のニュースが様々な言語で画面で飛び交うが、民放ではあまり扱わないテーマも取り上げるのもそれらしいところだ。
これまで同局の「Wah Kya Taste Hai」のシリーズで、インド国内各地各種料理について、カシミール料理、パールスイー料理やチベット料理なども含めたさまざまなものを取り上げていたし、少し前にはラダック料理に関するシリーズものもあり、なかなか興味深く、お腹も鳴る。
「Wah Kya Taste Hai」にしても「THE Hidden Kitchens of North-East」にしても、放送後はYoutubeに上がっているため、これらタイトルを入れて検索すると、これまで放送された分が多数出てくる。観てみると楽しいことだろう。ただし言語はヒンデイー語のみである。
このリンク先は「The Hidden Kitchens of North-East」のエピソードの第1回目。
The Hidden Kitchens of North-East : Ep #01
デリーのガーンディーナガルにある「1ルピーのランチ屋」。ラールキラーやチャーンドニー・チョウクから見てヤムナー河の対岸にある地域。東デリーから国会議員に選出されたBJP所属のゴータム・ガンビールが救貧事業として始めたものだ。
まだ40歳にもならない若い政治家だが、それ以前に元「クリケットのインド代表選手」として、インドで彼のことを知らない人はいない。コルカタ・ナイトライダース及びデリー・デアデビルスで大活躍した超有名選手であったからだ。
1ルピーでトークンを買い、カウンター手前で消毒液を入れた容器の中に放り込んだら食事を受け取れる。リポーターの男性によると「家で食べるような内容」で、悪くはないようだ。しかもお代わり自由!いくら食べても1ルピーだ。定休日の月曜日を除いた火曜日から日曜日まで、正午から午後2時までやっているとのこと。
ゴータム・ガンビール議員による自らの選挙区への恩返しというか働きかけなようなものなのだろう。「売名行為」と言う人もいるかと思うが、影響力も財力もある人がこうしたアクションを起こすのはよいことだ。NGOがこのような施設を運営する例は多いが、議員個人による実施例ということもあり注目したい。
Gautam Gambhir ने शुरू की 1 Rs UNLIMITED Thali (Delhi Street Food)
ムンバイの引き売りドーサ屋さん。100Rsのピッツァ・ドーサとのことで変わっている。。売り物もそうだが、コンロを搭載して鉄板で焼き上げるにもかかわらず、四輪の移動式露店ではなく、二輪の自転車で営業というのも個性的。
「これで四半世紀やっている」と言っているが、材料を入れた金属缶のフタがまな板になるというコンパクトさからわかるように、ミニマムな装備でマキシマムな実力を発揮しているようだ。インドのストリート・フードのプロフェッショナル。
Mumbai Man Selling Dosa on his Cycle (FacebookのStreet Food Recipes)


ダールやジャガイモなど、インド各地で見られる食材も多様されること、ターメリックも使用されるので、視覚的にはインド料理のように見える。
特徴的なのは、竹葉を折って作った風雅な皿、料理に使われている油の量が少ないこと、味付けに豆や魚を発酵させたものが使われていることなどだ。乳製品はほとんど、あるいはあんまり使用されていないのではないかと思われる。
食してみると、インドらしからぬ味覚で、東南アジア的、あるいは東アジア的ともいえる臭みのある食事は、日本人の私にとっては親しみをおぼえる味だが、地域外からやってきたインド人や西洋人は苦手かもしれない。
インドのように見える部分があるが、味わいはずいぶん異なるというのは、まさにマニプルという土地を象徴しているかのようでもある。