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カテゴリー: food & drink

  • コールカーターのスフィヤー・レストランのネハーリー

    コールカーターのナコーダー・マスジッド向かいにスーフィヤーというエコノミーな食堂がある。
    いつだか夜が明ける少し前から散歩していたときに見つけたのだが、ネハーリーが非常に旨かったので、この街を訪れたら必ず行ってみることにしている。
    ネットで記事をみかけたが、見かけはボロいものの、なかなかの有名店らしい。
    開店時間は朝4時。ずいぶん早いが、マスジッドに参拝する人がついでに立ち寄ったりもしているのだろう。

    Calcutta Winters – Breakfast With Nihari At Sufia (Sumit Surai)

  • ノンヴェジ・ドーサ

    南インドのドーサの類といえば、典型なベジタリアン食で、肉を入れるなど邪道の極みなのだろうと思っていた。
    数年前、オリッサ州南部の丘陵地で、部族の人たちのマーケットを見に行くときに泊まった宿の食堂で、「キーマ・ドーサ」、「チキンエッグドーサ」といった変わったものがあり、これらがなかなか旨かった。
    ふと、そんなことを思い出して、検索してみると、最近はけっこうあるらしい、ノンヴェジドーサが。

    Chicken Masala Dosa Recipe (bhavaniskitchen.com)

  • バティンダー

    バティンダー

    バティンダーで片足のサイクルリクシャー引きに出会った。肉体的なハンデがあることには座席に着くまで気がつかなかった。平坦な土地が幸いしているとはいえ、緩やかな上り坂くらいはある。それでもものともせず、「降りて歩かなくては」という私の心配をヨソに、グイグイ進んでいく。降りてから少し話をしたが、このタフガイは、爽やかなナイスガイでもあった。

    ゴーヴィンドガル・キラー

    ゴーヴィンドガル・キラーに着いた。ここはずいぶん大きな城塞だ。中に入る際に、なぜか人々は寺院にでも入るかのように、足塵を拝するような動作をしているので不思議に思ったが、入ってみてから理由がわかった。

    こちらのグルドワラーでランガルが実施されている。
    スペースも人数もささやかなランガル

    中にはふたつのグルドワラーがあり、城壁の上にあるほうは神殿があるだけだが、もうひとつのほうではランガルが実施されていた。こんな小さなグルドワラーでも実施されていること、ちゃんとボランティアの人たちが、かいがいしく働いていることに感心する。

    近隣在住のスィク教徒家族
    こちらは州内のやや離れたところから来たご一行
    キラー内にあるもうひとつのグルドワラー。ここには祭壇しかない。

    せっかくなのでランガルに参加させていただく。薄いダルとこれまた素朴なローティーと水という簡素なものだが、毎日こうして参拝者たちに提供されているわけであり、調理する人、配る人、食器を洗う人とすべてボランティアで支えられている。スィクの人たちの奉仕精神には頭が下がる。フォートの中にはこれといって残っていなかった。いくつかの車輪がついた大砲が屋内展示されていたこと、巨大な城壁を内側から見た程度だ。

    ゴーヴィンドガル・キラーの内部はこんな感じ。

    その後、「バティンダーの銀座」ドービー・バーザールへ。小さな町の割にはかなり消費力の高い購買層が厚いことが見て取れる。装身具、貴金属、ブランド衣類等はもちろんのこと、サムソンやソニーのアウトレットが出店していたりする。通りから派生する小路にも、値段の張る商品を扱う店が軒を連ねており、グジャラート州のサウラーシュトラ地方を彷彿させるものがある。

    小さな町に似つかわしくない華やかな商店街

    緑の革命で成功した農業中心であること、外国からの送金が多いことなどもあるが、やはりパンジャービーの勤勉さ、とりわけスィク人口が多く、モラルや規律といった部分も合わせて他者への影響も強いということなどもあるのかもしれない。

    ドービー・バーザールをまっすぐ進むと、やがて鉄道駅に出た。深夜を回った時間帯ならば、長距離急行列車でパティヤーラーまで2時間半くらいで行けるようだが、昼間には鈍行列車しか走っていない。それならばバスで戻ったほうがいい。

    町の外れのほうには、グルドワラー・ピール・ハッジ・ラッタンという、名前だけ聞いたらムスリムの聖者廟みたいで、面白い逸話を持つグルドワラーがある。ピール・ハッジ・ラッタンの聖者廟と
    隣接しているがゆえに、こう呼ばれるようになり、その背景にはいろいろな逸話もあるのだが、ヒンドゥー、スィクとともにムスリムたちが隣り合わせて仲よくやってきた過去を象徴しているとも言える。

    グルドワラー・パール・ハッジ・ラッタンのゲート
    グルドワラー・ピール・ハッジ・ラッタン
  • パンジャーブは水路の賜物

    パンジャーブは水路の賜物


    「緑の革命」で内外によく知られるパンジャーブ州は、インドの穀倉地帯。社会的インフラ、所得や教育水準などの観点から、インドにおける先進州のひとつでもあり、各種商工業も盛んだが、やはり農産物からの収益が豊かな経済を支える最も大きな柱。



    農業の成功を可能にしているのが、州内に張り巡らされた大小の水路。パンジャーブ州の農業の隆盛を可能にしたのは、効率的な灌漑施設の普及だ。

  • サダル・ストリートの「ホテルチェーン」

    コールカーターのサダル・ストリート。英領期に元々は欧州人地区。20世紀に入ってしばらくするとユダヤ人地区、ベトナム戦争時には赤線地帯、それ以降は安旅行者地区と、変遷を続けてきた。

    近ごろはかなりキレイな宿も出てきており、スィク資本でムンバイーを本拠地に、いくつかのホテルを展開するBAWAグループがホテルを開いたりしたのにはちょっと驚いたが、サダル・ストリートの地元資本?によるホテルグループもいくつか宿泊施設を展開している。

    オーナーがムスリムのそのグループが運営するHotel Golden Appleが開業して間もないあたりで利用してみたことがあったが、とってもスタイリッシュな内装と施設にビックリした。ウロ覚えだが、2010年か2011年あたりではなかっただろうか。おまけに料金が確か1,200Rsとずいぶんお得なことにも感心したものだ。現在の料金は、2,500Rsくらいからのようだ。

    ただし、スタッフの態度はやはり界隈の安宿と同じで、部屋に置いてあるルームサービスのメニューが「ブルースカイカフェ」のものであるのには笑えた。注文すると出前しに来るのだろう。
    元々が安宿のオヤジとその取り巻きがやっている?と思うので、手入れもせず、すぐに汚くなって、周囲のボロ宿と同化してしまう「標準化現象」を見せてくれるのではないか?と予想していたが、案外そうでもないらしい。

    大都市の割には、カルカッタは中級クラスのホテル料金が安めなので、2,500Rsとか3,000Rsくらいのレンジならば、もっといい地区がある。わざわざサダル・ストリートに宿泊する必要はないように思うのだが、まあ、何かと便利な地区ではある。

  • Taj Mahal Tea

    Taj Mahal Tea

    Brooke BondのTaj Mahalティーバッグ。日本の南アジア系食材屋でも置いているほどポピュラーなティーバッグだが、本来はブルックボンドのインド市場専用ブランド。たくさん入っていて安く、インドの庶民の味方だ。
    うっかりティーバッグを3分くらいカップの中に入れたままにしていると、たちまち「紅茶のスープ」といった具合の濃縮茶というか紅茶エキスとなってしまうのは、アッサムの安価なダスト(ティー)を使用しているからだ。(一般的にアッサム茶は短時間で色も味も大変濃く出る)

    あまりに濃いためか、少しトロみがついたようにも感じられるくらいだ。それほど濃い。真っ黒な「紅茶スープ」といった風情で、からっぽのお腹に流し込むと、喫煙したときのように、てきめんに「シャキッとする」効果がある。たぶん胃にはあまり良くないのだろう。よって、ミルクは必須だ。

    しかしながら、これが美味しいかといえば、まったくそんなことはない。正直なところ、ただの紅茶として飲むのには非常に不味いので、私は決して買わない。ただし、紅茶入りのクッキーなど、製菓用に使用するならば、まあ使えるのではないかとも思ったりもする。

  • マジヌー・カー・ティーラーで食事

    マジヌー・カー・ティーラーで食事

    チベット関係グッズ、ダライラマ関係グッズ、坊さんの人形など、面白いものが目に付くのだが、モノが増えるのは困るし、縁起物は不要になって捨てるとバチでも当たりそうなので、とにかく買わないことにしている。

    書籍は増えてきたら、電子化してしまうという逃げ道があるため、この限りではない。せっかく来たのでチベット料理も食べておこう。昼過ぎから夕方前までの中途半端な時間帯は、どこの食堂もガラガラなのが常だが、いつ来てもDolma Houseは、ほぼ満席だ。たぶんここがトップクラスで美味いのだろうと、入ってしまうので、他の店のことはまったく知らない。

    まだ暑い外から店内に入り、まずはコーラを注文

    水牛のシャプタ(焼豚みたいなもの。豚じゃないけど)とギャトゥクを注文。どちらも大変美味だ。インドの中華は往々にしてひどいものであるため、中華料理の影響を強く受けたチベット料理を、インドで食べられる「正統中華料理」と言い換えてもいいくらいだ。

    水牛のシャプタ
    ギャトゥク

    このあたりには宿も多く、ATMや両替所にも事欠かないので、いつかこの界隈に投宿するのも悪くないな、と思う。ただし問題は、夜と朝方。つまり狭い路上と数多い野犬だ。しかもさらに細い路地に入ったところにある宿だと、人がひとりやっと通れるような幅の道では、昼間でも野犬のすぐ脇を行くのはいい気がしない。

    野犬さえいなければ、日没後と日の出前の街中はずいぶん歩きやすくなるのだが・・・。

  • グルガオンの中華レストラン「如家」

    グルガオンの中華レストラン「如家」

    グルガオンの中華料理屋「如家」

    グルガオンにある中華料理屋(大陸から来た中国人が作る)に行ってみた。厨房から聞こえてくるパワフルでリズミカルな中華鍋捌きの音が食欲をそそる。ご存知のとおり、インド人が作るインド中華は、本場の中華料理とまったく別物だが、中国人コックによるちゃんとした中華料理は、「調理する音まで違う」ことをつくづく感じる。

    メニューの一部

    注文してみた料理

    かなり繁盛している店のようだが、ここで主たるものは宿泊施設で、そこのグラウンドフロアーに併設されているのが「如家」というレストラン。厨房で忙しく働くのは大陸からやってきた本場中国の料理人で、フロアーで注文取ったり、料理を運んだりするのはインド人スタッフ。果たしてチャレンジ精神旺盛な中国人商売人がデリーまで進出してきたのか、それとも目先の効くインド人が中国人料理人を招聘して開いたのかはよくわからない。

    しかし、どちらであったとしても、インドで本物の中華料理を楽しめるということが素晴らしい。だが、この場所への行き方についての詳しい記述はやめておく。なぜならば、9月末でグルガオンの店は閉めてしまい、10月15日前後からラージパトナガル2で営業を開始するからだ。

    ラージパトナガル2へ移転のお知らせ
    ホテルごと移転するようだ。

    ラージパトナガル2といえば、秀逸なアフガニスタン料理屋が多く、ここに中華料理屋「如家」が参入するとすれば、食道楽には大変嬉しいことになる。

    さて、「如家」はグルガオンのDLF Phase 1にあったのだが、これがラージパトナガル2に移転してしまうからといって、このエリアから本格中華料理の火が消えてしまうというわけではないようだ。「印度小四川火鍋」という、名前がそのまま示すとおりの火鍋専門店は、同じくグルガオンのPhase 2にあり、引き続き営業を続けるとのこと。最寄りのメトロ駅は、イエロー・ラインのSikanderpurあるいはMG Roadである。

    こちらは引き続きグルガオンで営業

    印度小四川火鍋 (Indian Xiao Sichuan)
    J/23, DLF Phase-2, Opposite Sahara Mall, Gurgaon
    電話(携帯)70655 85704

  • ルアンパバーン街歩き 1

    ルアンパバーン街歩き 1

    利用した宿には朝食がついていたが、クロワッサン、フルーツ・サラダ、コーヒーあるいは紅茶というシンプルなもの。だがクロワッサンは美味しかった。

    旧仏領のインドシナ地域では、植民地時代からの伝統で、バゲット作りは盛んだ。それらをフランス式に食べるのではなく、屋台で土地の作法で肉や野菜を調理したものをはさんで売っていたりする。だがそれ以外のパン類については、おそらくこうした観光地での製造が、近年になって盛んになったものと思われる。

    バゲットなどのパンを売るベーカリー

    ルアンパバーンのサッカリン通りには、3 NAGASというレストランがある。洒落たコロニアルな建物はもとより、1952年式のレトロなシトロエンが店の前に置いてあることから、大変目を引く存在なのだが、これを経営しているのは、Accor Hotelsというフランス資本のホテルグループだ。

    ルアンパバーンには、他にもちょっとお洒落なレストランやカフェがあるのだが、こうした国際チェーンはもちろんのこと、タイなど近隣国の外食産業も参画しているのではなかろうか。

    例えば、いくら旧仏領といっても、国際的に通用するような旨いコーヒー、美しいケーキ類がその当時から存在したわけではなく、やはりこうしたものを伝えたのは、観光化が進むにつれて参入した国外資本(個人による開業を含む)が道を切り拓いてきたはずで、元々この地にはなかった新しい文化を導入することになった。

    外来の外食産業がリードすることにより、地場の業者も優れた感覚やサービスの手法を取り入れていく。観光業振興におけるひとつの成功例である。

    そんな具合で、観光客が多く滞在するエリアでの外食はけっこう値段も高いので、バックパッカーをはじめとする安旅行者たちは、どこで食事をしているのかといえば、もっと質素な店になる。

    ナイトマーケットが開かれるエリア界隈では、ビュッフェ方式の屋台が店開きする。「何でも盛り切りで1万5千キープ」などと書かれており、大皿を手にして、自分でいろいろ盛り付けている西洋人たちの姿がある。

    夕刻近くなると、屋台を切り盛りする人たちが、こうした料理をポリバケツに入れて、大八車で運んでくる。一見、生ゴミを運んでいるのか(失礼!)と思ってしまうが、それらを大皿に盛りつけて、賑やかな宴が始まるのだ。こうした需要を見つけて行動する地元飲食業者たちのフットワークの軽さに感心する。

    ここでも中国人観光客がとても多いため、漢字の看板もよく見かける。グループでやってくる人たちが多く、客単価も高いようで、なかなかの上客だろう。

    このような造りのホテルも少なくなく、コロニアル建築を改修したものであったり、まったく新築のコロニアル風建築であったりもする。いずれにしても快適に滞在できそうで、好感度抜群だ。

    〈続く〉

  • 托鉢の街角

    托鉢の街角

    托鉢の僧侶たちの行列を待ち受ける人々

    街の人々が総出でお坊さんたちを迎えている、という印象を受ける。

    毎朝繰り返される仏門と在家のコミュニケーション。ゆっくりと歩む僧侶たちは、沿道のひとりひとりにお布施の機会を与える。

    同時に、施すものを何ひとつ持たず、仏門にいる僧侶たちの姿を拝みにきた貧しい者には、托鉢中の僧侶たちから施しが与えられる。

    誰でも、短期間であっても、僧籍に身を置くことが普通の南方上座部仏教であるからこその、人々の参画意識もあるかもしれない。

    かつて自分がそうしていたことがあり、こうしている今も、身内の誰か、学生時代の仲間の誰かが袈裟をまとってお寺にいるとあれば、お寺を通じた「同窓」意識みたいなものがあるのかもしれないと想像したりする。僕らが持ち合わせていないもうひとつの人付き合いのチャンネルを持っているということになる。

    話は全然違うが、かつてタイその他のこうした南方上座部仏教国で、王家の跡目争いに負けた人物、政争に破れて身の安全を確保できる居場所を失った人などが、最後の避難場所として、しばしば逃げ込む先は仏門であった。

    生涯、還俗しない限り、元居た社会に影響力を及ぼすことはできないが、命を狙われることも(概ね)なかった。もはやその人物は、俗世にあらず、仏道に精進する僧侶であるからだ。

    俗世間と同じ空間で、次元の異なるもうひとつの世界があるのは、悪くない。

    この国に限ったことではないが、仏門の裾野の広さが、 社会で居場所を失った人、失業や貧困に苦しむ人を救う社会のセーフティネットとして機能している部分もあり、そうした仏門を支える社会の姿勢もある。

    世の中って、うまく出来ているものだなぁと感心したりもする。

  • ルアンパバーンの朝市

    ルアンパバーンの朝市

    旧王宮の裏手、マーケットと住宅街の境目にある狭い路地で開かれているマーケット。スペースはないのだが、たくさんの人たちが商っている。

    穀物、野菜、肉類その他のごく普通の食材以外に、サルノコシカケ、サワガニ、大きな川魚、タガメなども売られている。

    様々な種類の米

    赤米
    タケノコ
    野菜なのだろうが名前はよくわからない。
    ウナギ?アナゴ?のように見える。
    サルノコシカケ
    サワガニ
    川魚各種
    タガメ

    その中で、とりわけ目を引いたのは、ハチである。日本のようにスズメバチである。幼虫、丸ごとの巣、サナギなど、様々な状態のものがある。日本でも「ハチノコ」といえば、ミツバチ、アシナガバチの他にも、スズメバチなどが食用とされる地域があるが、直にこうして見かけるのは初めてなので、ギョッとしてしまう。怖ろしい・・・。

    マーケットで商う女性たちは、これらを運んできただけだが、これを捕獲する人たちは大変な危険を冒しているわけである。それにしても、幼虫にしてもこのスズメバチ、実に大きくて迫力があった。

    ハチの巣
    ハチノコ
    ハチのサナギ
    成虫となる寸前のハチのサナギ
    こちらはほぼ成虫
  • パフラットで昼食

    パフラットで昼食

    インド人が集住している商業地区。マレー半島やシンガポールと異なり、このあたりに住んでいる人たちは北インド系の人々が中心。それを象徴するかのように、スィク教徒の姿が目立つとともに、規模の大きなグルドワラーがあり、こうした人々の資金力の豊かさを思う。

    グルドワラー内部

    北インド系のコミュニティーといっても、出自は必ずしもインドとは限らず、ネパール系の人々もあり、ミャンマーから渡ってきたインド系、ネパール系の人々も少なくない。

    グルドワラーのすぐ隣には、INDIA EMPORIUMという、インド関係商品の店が多く入っているモールがある。サーリーやシャルワール・カミーズといった衣類、神像、神具等に加えて、様々な雑貨類も販売されている。

    周囲にはインド系の人々が経営する食堂、ミターイーの店、インド映画DVDを扱う店なども多く、ちょっとした「インド空間」が広がる。

    ここでは、ごく普通にヒンディー語が飛び交っているが、そのいっぽうで、見た目はタイ人の血は入っていない生粋のパンジャービーに見える年配男性同士の会話がタイ語(これが母語となっているのだろう)だったりして、タイ生まれの人たちについては、すっかり言語環境は現地化している様子も窺える。これは性別や年齢層を問わずに言えることのようだ。

    そんな具合でも、話しかけてみると、きれいで流暢なヒンディー語で返事が返ってくる。パフラットのインド人が多いエリアの周囲は、当然のことながらタイ人ばかりの空間であるのだが、タイ生まれのインド系の人々の存在に加えて、常にインド、ネパール、ミャンマーからの人々の流入も盛んであるため、こうしたインドらしい環境が、その活力とともに維持されていくのだろう。

    「もうずいぶん前に嫁に来たけど、私が生まれ育ったのはインドのパンジャーブなのよ」と話してくれる女性店主もいたりするが、インドや周辺国からここにやってくるのは男性が圧倒的に多いとはいえ、結婚のためインド本国からタイに渡る女性も少なくないそうで、家庭の中の「インドらしさ」も次世代に引き継がれることになるようだ。

    先述のINDIA EMPORIUMに中華料理屋が入っているのは場違いな感じがするが、せっかくバンコクに来たからには、こういうものを食べるとココロも身体も満足する。