バンコクの中華街で特徴的なものといえば、大乗仏教寺院、道教その他の華人の宗教施設の存在なども挙げられるだろう。タイのテラワダ仏教寺院と造りも異なり、どこか故郷に帰ってきたような思いさえする。中国や台湾からやってきた人たちが訪れたならば、なおさらのことそういう気がすることだろう。
救急車などのレスキュー活動を展開する「華僑報徳善堂」「泰国報徳善堂」などで知られる「善堂」は、明の時代の中国大陸に発した仏教系の結社。
「呂帝廟」は道教の神様を祀る中国寺院だ。
近年、中国大陸からやってくる観光客が急増しており、金払いの良い上客ともなっていることもあってか、こうした寺院の近くに中国からやってきた見物客を乗せたバスが停車していることも多いようだ。
異国に根を下ろす華人文化に触れることは、ちょうど私たちが南米に定着した日系人たちの姿を目にするのに近いものがあるのかもしれない。
おそらくガイドたちはチャイナタウンの歴史や華人たちのルーツなどに加えて、タイ華人しか知らないディープなウンチクなどもチラリと披露しているのではなかろうか。
中国語が出来たら、ガイドさんたちの説明にぜひ聞き耳立ててみたいものだ。
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パフラット
タクシーでパフラットのグルドワラーまで向かう。
グルドワラーではスィク男性にランガルへの参加を勧められた。しかしこちらは短パンであるので失礼かと気が引けることに加えて、せっかくタイに来たのでタイらしいものを差し置いてランガルというのも・・・という罰当たりな思いもあった。栄養補給や味わうことが目的ではなく、万民の平等を旨とするスィク教において、出自の違う人たちと共食を実施するという精神的な行為であるため、そんな風に考えてはいけない。






パフラット市場の混雑ぶりは相変わらずだが、運河の水際はきれいに整備されていた。パフラットのグルドワラーからスタートして、チャイナタウンを経由してホアランポーン駅まで散歩してみよう。




ノルタルジーのバンコク


行き交う人々の装いがカッコよくなり、街並みもモダンになって久しいバンコクだが、昔ながらの眺めを探すのは、そう難しいことではない。
けれども、街中で外食やショッピングのシーンで、「昔風」を装う店も多くなってきている。日本で言えば、私たちがノスタルジーを感じる「昭和風」と通じるものがある。
過去の追憶を愉しむというのは、社会が成熟してきた証でもあるだろう。目まぐるしく変わっていく時代の流れの中で、ちょっと立ち止まって「あったね、こういうのが!」という想いに浸ってみたいという気持ちは、きっと私たちと同じだ。


タイの軽食
ドリアンの幸せ
宿の向かいの露店で、切身のドリアンを買う。宿入口のところに置いてあるベンチに座って食す。
行き交う人々を眺めつつ、ドリアンを歯で、そして舌で巻き取っていると、恍惚となってしまってちょっと危ない。
そう、実はドリアンは酔う。
酒の酔いは、そこにいる自分を増幅させる。みんなで飲むとみんな増幅されるから場が盛り上がる。ドリアンは違う。食べると自分自身が飛んでしまうのだ。
飛んでしまうといっても遠くに行ってしまうわけではなく、ちょっと幸せな気分で浮き上がる感じか。けっしておしゃべりになる類の酔いではないので、みんなでドリアンを食べると、みんな呆けた顔で静かになり、場が盛り上がることはない。
それでもみんな幸せな気分になっている。これがドリアン。





































