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カテゴリー: food & drink

  • ドリアンの幸せ

    ドリアンの幸せ

    宿の向かいの露店で、切身のドリアンを買う。宿入口のところに置いてあるベンチに座って食す。
    行き交う人々を眺めつつ、ドリアンを歯で、そして舌で巻き取っていると、恍惚となってしまってちょっと危ない。

    そう、実はドリアンは酔う。

    酒の酔いは、そこにいる自分を増幅させる。みんなで飲むとみんな増幅されるから場が盛り上がる。ドリアンは違う。食べると自分自身が飛んでしまうのだ。

    飛んでしまうといっても遠くに行ってしまうわけではなく、ちょっと幸せな気分で浮き上がる感じか。けっしておしゃべりになる類の酔いではないので、みんなでドリアンを食べると、みんな呆けた顔で静かになり、場が盛り上がることはない。

    それでもみんな幸せな気分になっている。これがドリアン。

  • フカヒレスープ

    フカヒレスープ

    良いものなのか、そうではないのかはよくわからない。フードコート内の店なので、そんなに良いものではないのだろう。細切れになった不定形のフカヒレでもあるが、フカヒレとしての味わい自体は同じようなものだろう。
    値段は250B。フカヒレスープとしては安いが、スープとしてはまったく安くない。
    このブースには店の名前の後にYaowaratとある。バンコクの中華街にある店がここに出しているのだろう。
    充分美味しかった。ごちそうさま!

  • ドリアンライス

    ドリアンライス

    バンコクにて、MBKのフードコートで超絶デザートに出会った。
    もち米の上にドリアン載せて甘い汁をかけたもの。
    もち米に合うのはマンゴーだと思っていたのだが、こちらはさらに素晴らしい!

  • ノックスクートの機内食

    ノックスクートの機内食

    機内でビール120バーツとチキンカレーライス200バーツを注文して合計320バーツ。2,000円払うとお釣りは210バーツ。つまり機内では2,000円で530バーツの計算なので1バーツは3.77円となる。LCC機内で何か頼むととても高いのが常ではあるが、出てきたものは、おそらくお湯で戻したフリーズドライライスとタイカレー。不味くはないのだが、いかんせん量はとても少なく、米は戻しが足りずパリパリであった。まったくもって食べないほうがいいレベルと言える。
    自前の飲物、食事は機内持ち込み禁止ということになっているが、カバンか上着のポケットにナッツとビールを忍ばせて搭乗したほうが良いだろう。
    機内に映画やドラマ等の視聴サービスはないため、スマホに何かお気に入りの作品を入れておくと、退屈しのぎに良いかと思う。

  • 24 Seven

    24 Seven


    現在、デリー、ハリヤーナー州、パンジャーブ州、UP州で展開するコンビニ、24 Seven
    ビールはノンアルコールしかないし、置いてある品物は日本とはまったく異なるとはいえ、店内のレイアウトや弁当の置きかたなど、なんだか懐かしい。いろいろ報じられているのでご存知の方は多いと思うが、日本のセブンイレブンの協力のもとで、店舗の運営、設備、オペレーション体制など総合的に研究した上での開業。
    既存の同業者も複数あり、今後インドにコンピニ文化が定着していくのは、そう遠い先のことではないのだろう。

    【小売】インドのTwenty Four Seven社、セブンイレブンの形式を活用し拡大図る (インド進出支援ポータル)

    24 SEVEN (24 SEVENホームページ)

  • ダマン2 飲酒ツーリズム

    ダマン2 飲酒ツーリズム

    海洋性気候で高温多湿のダマン。暑さでフッと気が遠くなりそうなのでバーに入ると、冷たく冷えたびーるが迎えてくれた。この時期、ふんだんに酒類があるダマンだったからよかったものの、うっかりグジャラート州海岸の町を訪れたら逃げ場がないことを実感。

    現在インド首相のモーディー氏の御膝元だけあり、制度を整えて外資誘致に積極的なグジャラート州だが、禁酒州なので自国社員の飲みニュケーション上の障害、そして福利厚生上の問題から二の足を踏む日系企業は少なくないと聞く。飲む、飲まないは個人の問題だが、州法で一律禁止とするのは人権にかかわる由々しき問題だと私は考えている。

    禁酒のグジャラート州から中央政府直轄地ダマンに入った途端、酒屋やバーが沢山目につく。中央政府直轄地という扱いは旧仏領ポンディチェリーも同様で、ゴアも1987年に州に昇格するまでは、この扱いであった。

    英国以外の旧外国領であった地域について、背景となる法制度、文化習慣、教育など他の地域と異なるため、近隣州に編入するのではなく、中央政府が現地の特性を考慮したうえで柔軟な対応をしつつ面倒を見るというもの。

    1950年代にインドに返還されたポンディチェリー、1961年クリスマスに大規模な軍事作戦でゴアとともに奪還したダマンとディーウ。さすがにインド復帰後優に半世紀以上経過しているので、もういい加減こうした経過措置を外しても良いようなものだが、こうした措置がこれほど長く続くと独自の行政区としてのアイデンティティー、積み上げてきた歴史も出来上がってしまうので、近隣州への統合は今後もないだろう。

    そのダマンとディーウだが、1990年代以降、主にインド国内の保養地、とりわけ隣接するグジャラート州とマハーラーシュトラ州からの観光客を大きく引きつけて、それ以前はほとんど無に近かった観光業が振興した。負うところの大半は、税率が極端に低く、結果として安価な酒である。つまり飲酒ツーリズムだ。ダマンの繁華街の食堂、レストランの大半は飲み屋でもある状態の背景には、このようなことがある。そうした店がだいたい朝9時くらいにオープンするわけだが、「朝から酒場が開いている町」というのは、インドでは希少である。

    飲酒について、日本からは考えられないほど制約の多いインドでは考えられない環境だ。
    そのため週末にはグジャラート州からやってくる男性たちによる「飲み会」が朝食の時間帯から展開するのが特徴的だ。「一人飲み」の姿も多く、観光シーズンのピークには、訪れる家族連れも少なくないとはいえ、あまりファミリー向けの訪問先ではないように思える。
    けっこうキレイで快適なホテルであっても、いわゆる「バー」ないしは「パーミット・ルーム」があると「家族連れ向きではない」と言われてしまう。

    そんな呑み助天国でありながらも、風俗店が軒を並べるような環境ではないため、とても健全な雰囲気であるのはダマンとディーウの大きな特徴だろうか。しかしながら、やはりこういう場所なので、実は売春も盛んであるとは聞く。

    ダマンの繁華街。朝から晩まで酒を提供する店が多い。

    隣州で禁酒のグジャラートと異なり、酒の販売が出来るダマンとはいえ、生活文化や倫理観はグジャラート州と大きく変わるはずはない。ダマンっ子は日がな飲んだくれているわけではなく、朝から飲んでいるのは、近隣州からの訪問者たちなのだ。
    ダマンの飲み屋街といってもささやかな規模で、少し外れると普通の住宅地となる。そういうところには飲み屋はないし、酒屋も滅多に見かけない。

  • ダマン1   グジャラート州から越境

    ダマン1 グジャラート州から越境

    ヴァーピー駅にて下車。ここからオートでダマンへと向かう。途中、グジャラート州との境になっている町にゲートがある。そこまでがグジャラート州で、そこから先はユニオン・テリトリー(連邦直轄地)のダマンとなる。

    グジャラート州は禁酒州だが、ダマンに入るといきなり酒屋やバーがあり、あたかも飲酒運転を奨励しているかのように見えるし、グジャラート州への密輸を奨めているかのようにも感じられてしまう。

    グジャラート州から入った途端、境界のダマン側にはバーや酒屋がある。

    グジャラート州とダマンの間には、いくつも往来できるポイントがあるのだが、ここのように街中のゲートが境目になっていて、うっかりしていると気が付かないような場所もあれば、川に架かる橋が境になっていて、視覚的にもそうと判りやいすいところもある。

    ここのように、ひと続きになっている市街地の中にゲートがあるような場所では、普段は静かに家で飲んでいて、仲間たちとおおっぴらに飲んで騒ぎたくなったら、ひょいと境を越えた先でしこたま飲んで、酒臭い息を吐きながら再びボーダーを越えて帰宅というような人は多いことだろう。

  • ダーンディー・ビーチ 「塩の行進」の海岸

    ダーンディー・ビーチ 「塩の行進」の海岸

    1930年にガーンディーが支持者たちを率いて、アーメダーバードのサーバルマティ河のほとりにある彼のアーシュラムから、ここダーンディーの海岸まで25日間かけて実施した「塩の行進」。

    到着翌日にはこの海岸で象徴的に塩を作ってみせることにより、人々に英国による専売の不当さをアピールするとともに、国民自ら塩を作り出そうと世間に訴えた。
    この行進は、ガーンディーの非暴力不服従運動、スワーデーシー(国産品)運動の全国的な展開へと繋がる大きな契機となった。

    ナウサリーに駅からオートでダーンディーの海岸まで往復してみた。街から出ると道の両側が大きな並木が続くインドらしい街道風景が続く。こうした眺めも交通量増加に対応するための道路幅拡張の工事、自家用車でのエアコンの普及などにより、かなり減ってきている。

    このあたりの海岸の土壌ってどこも黒いのは鉄分が多いためだろうか。これがずっと南に下り、コンカン地方になると土壌が赤くなる。このあたりとは地質自体も異なるものと思われる。

    辺りは平坦で何の危険もないと思われるのに、なぜ「セルフィー禁止」の看板が・・・?
  • ナウサリー

    ナウサリー

    スーラトの駅売店でサモーサーとチャーイで軽食。ここから急行でひと駅先にあるのがナウサリー。時間にしてわずか15分で到着してしまう。列車はプラットフォームにゆっくりと進入してきた。

    発車してほどなくナウサリーに到着。この駅構内にも出店している全国規模で鉄道駅に展開する書店A.H.Wheeler & Co.は、19世紀後半の創立。南インドであればHiggin Bothamsが優勢なのかもしれないが。これもまた植民地時代から続く書店で、南インドではよく駅にも出店している。ただしそちらは駅書店専門というわけではなく、ちゃんとした書店のチェーンなのだ。

    A.H.Wheeler & Co.

    ナウサリー駅構内の壁に描かれた鉄道愛を感じさせる絵があった。ガーンディーが率いた「塩の行進」で、人々がダーンディー・ビーチに向かう姿を取り上げたものもあった。

    「塩の行進」が題材の絵

    駅舎から出ると、すぐにジャムーンを売る露店が目についた。みずみずしく、多少の苦みのある芳醇な果実が爽やかで大変美味だ。他のフルーツよりも繊細で、買ったらすぐに食べないとシワシワに干からびてしまったり、薄い皮が破れてグジャグジャになってしまったりする。

    ジャムーン

    駅前の安いダーバー(簡易食堂)を見かけたが、開店したばかりなので店内も食器もピカピカで気持ちが良いので入ってみる。料理もけっこう美味しかった。賑わっている鉄道駅正面付近という立地の場合、年季入ってくると「標準化現象」のため、汚くて不味くなるのが定石。価格以上に清潔にしたり、美味しくしたりする手間は、店側にとってはとても効率の悪い、割に合わないことなので、周囲の同ランクの店合わせるようになってくるわけだ。宿も同じことで、この「標準化現象」は、決してインドに限ったことではない。

    開店したばかりのShiv Restaurant
    シンプルなターリーだが大変旨かった。今のうちだけだろう。

    ここもまたスーラトと同様にパールスィーゆかりの街のひとつ。ジャームシェード・バーグは、彼らの結婚式でよく利用される施設だ。

    街中を散歩していると、パールスィーの偉人、ダーダーバーイー・ナオロジーの像があった。彼はこの街の生まれなのだ。

    ナオロジーの像
    パールスィーゆかりの建物は多い。
    こちらはパールスィーとは関係ないが、建物の一部に昔ながらの美しい意匠が残る。
  • スーラト5  ご当地スイーツ

    スーラト5  ご当地スイーツ

    スーラトといえばガーリー(という菓子)が名物のひとつ。店で「バーダム・ピスタ・ケーサル・ガーリー」を買ってみた。ガーリーはघारी(Ghari)と書く。

    文字どおりアーモンド、ピスタチオ、サフランのガーリー。大変美味だが油脂分が多くて、もちろんとても甘い。ベースとなっているのはミルクと豆の粉。ギーで練って固めてあり濃厚なため、また大きめのミカンくらいのサイズがあるため、すでに大きめの夕飯で腹いっぱいだと、ちょっとヘビーだ。

    こういう菓子を食べる機会が日常的にあると、インドでよく見かける突き出た腹がスイカみたいに大きなオジサンとか、背中の肉が四段くらいになっているオバサンとかになってしまうのだろう。

    このスーラトのガーリーについて、作り方のレシピが紹介されている動画がある。これをご覧になると、だいたいどういう味わいか想像できることだろう。

    スーラトを訪問されたら、ぜひ一度試してみることをお勧めする。

    Surti Ghari (Dry Fruits Flavour) Recipe – सुरति घारी रेसिपी – Priya R – Magic of Indian Rasoi(Youtube)

    સુરતી ઘારી બનાવવાની રીત Ghari recipe || सुरति घारी रेसिपी || Surti Ghari Recipe || festival recipe(Youtube)

    〈完〉

  • 部族の村とハート(4) ハートの眺めあれこれ

    部族の村とハート(4) ハートの眺めあれこれ

    通常のインドのマーケットと異なり、品物をドカッと積んで量り売りするのではなく、小さな山にして並べている。先住民の人たちの間で度量衡の感覚がないため、「ひと山でいくら」とするのがわかり易いためとのこと。
    稀にハカリでキロ売りしている人もいるが、それは近年出てきた「新しいやり方」とのことで、まだまだ一般的ではないそうだ。








    部族の女性たちのアンクレットが面白い。ニッケルコインを溶かして作るのだそうです。まだ子供のうちからはめるそうで、当然成長していくと外れなくなる。

    テラコッタの鍋、かまど、炊飯用の釜などを売る部族の女性たち。今のようにアルミやステンレスの厨房用品が出回るまでは、すべてこうした調理器具であったとのこと。そして皿も木の葉を編んだものが使われていたとのことで、身の回りのものすべてが「すぐに、あるいはやがて土に還る」ものであったそうだ。


    こちらは、マフア(という名前の木の花)の蒸留酒を作るための道具。

    謎の干物状のものはタバコとのこと。

    特大のカゴは穀類の貯蔵のために使われる。




    村から何十キロも歩いてハートに到着したおばちゃんたち。こうした部族の人たちは20kmとか30km以上離れたところからも徒歩で荷物を持って来ているとのこと。強靭な肉体を持つ人たちだ。

    この地域の部族の人たちのハートで特徴的なことのひとつに、チャープラーと呼ばれる赤アリとその卵が食用にされることがある。どこのハートに出かけても、葉っぱの皿の上に山盛りになっているのを目にすることができる。


    またドークラー(ロストワックス鋳造)の神や動物の像も地域の特産品のひとつだ。

    2000年11月にマディヤ・プラデーシュ州から分離したチャッティースガル州だが、その南部に位置するバスタル地方は、隣接するオリッサ州西部とともに、部族の人々が占める割合が高く、独自のカラーが強い地域だ。
    〈完〉

  • 部族の村とハート(1) ドゥルワー族の村

    部族の村とハート(1) ドゥルワー族の村

    この日は地元で長年、主に部族の村やハート(定期市)に関するガイドをしているAさんに案内を依頼した。

    朝9時にホテルを出発してマルヴィーパダル(Mavlipadar)村に行く。ここにはドゥルワー(Dhulva)族の村で、Aさんの昔からの家族同然の付き合いだという人の家に立ち寄る。

    家の外壁は石積みであることが多い。

    Aさんはムスリムでジャグダルプルの育ちだが、いろいろな部族の言葉で会話することができ、訪れる先の村やハートに品物を出している人たちの中にも彼の知己が多い。彼の父親の仕事の関係で、さまざまなアーディワースィーの人たちとの交流が幼少時から多かったことが背景にあるそうだ。

    この地域の部族民たちの言葉はいろいろあるのだが、その中で優勢で広く通用するゴンディー語の挨拶「ジョーハール(Johar)」というのを覚えた。「こんにちは」「さようなら」「ありがとう」など、いろいろ使えて便利なようだ。

    その「家族同然」という人は、Aさんよりも一世代上の人なのだが、彼は夫と子のある女性と恋に落ちて、そのまま結婚することなく所帯を持ったとのこと。そういうケースはここの先住民の中では珍しいことではなく、それで色眼鏡で見られたり人付き合いに支障をきたしたりということもないそうだ。男女の関係についてはオープンであり、男女間の上下もないとのこと。そういう社会がインドのヒンドゥー教徒の大海に囲まれた中にあるというのは興味深い。

    当人はせっせとカゴを作っていたが実にうまいもので、見ている前でどんどん仕上げていく。ハートで売ると、ひとつ30Rsの収入となるのだそうだ。家の前は畑になっており野菜を栽培しているが自家消費用。現金収入はとても少ないが、かといって生活に困ることはないらしい。

    器用にカゴを編み上げていく。
    カゴを作るための下準備
    家の前は畑

    村の中ではサゴヤシが生えている家があり、上のほうに樹液を取るための壺がかかっている。採取してから数時間で発酵して弱い酒ができるのだそうだ。これもまたハートでよく売られている。この酒をサルフィーと呼ぶ。

    ここの部族の村で不思議なのは乳製品を摂取する習慣がないとのこと。それでチャーイもブラックティーとなる。理由は動物の乳は、牛でもヤギでも、それぞれ牛やヤギの赤ん坊が飲むべきもので人間が飲むものではないという考えとのことだそうだ。

    〈続く〉