ポリオ・ワクチン

 日本では、ポリオ・ワクチンの集団接種が春と秋に行われている。ちょうど今月、全国各地の保健所には予防接種を受ける赤ん坊たちが集まっているはずである。私たちは、ただ「そういうことになっているから」と、子どもたちに接種を受けさせるが、いまだ地球上にはポリオを脅威とする国ぐにがある。
 一般的に恐ろしい病気として認識されているポリオだが、実はそれほど致死性は高くない。また不顕性感染(感染していても特に症状が出ない)で済んでしまうケースが全体のおよそ95%だという。自覚症状がなくても、便からウイルスが排泄されるので他の人へ感染する原因になる。
 残り5%のケースは、中枢神経系症状などの特徴的な病状もない不全型の発病が多く、1〜2%ほどの確率で、非麻痺型の無菌性髄膜炎になる場合がある。
 しかし怖いのは、発生率1%未満ながら、弛緩性の麻痺が生じるケースだ。生命の危険があるだけではなく、生涯にわたる後遺症を残すことが非常に多い。しかも幼いころに麻痺型ポリオにかかった場合、中年期にさしかかるとかなり高い確率で筋肉の能力が低下するポリオ後症候群の発生があるという。
 インドはポリオの最多発国だけあり、その後遺症をひきずっている(と思われる)人を目にすることは珍しくない。
 2002年の調べによると、世界1900人のポリオ患者中、なんと1600人はインドで発生したという。しかも驚くべきことに1350人はU.P.州の住民。その中、1161人はムスリムであったという。州内でもとりわけムザッファルナガル、ムラーダーバード、バダーユーン、バレーリーといつた西部で多発している。どういうわけか、広いインドの中でもずいぶん狭い地域、しかも特定のコミュニティに集中しているのは数字だけ見ると非常に不可解なことであろう。

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ヴィーラッパンの謎

 警官隊との「エンカウンター」による大盗賊の最期というセンセーショナルなニュースが全インドを駆け巡った。彼の遺体は検死の後に公開され、左額に生々しい銃創を受けた顔写真が各メディアに掲載(インドは倫理基準が違うのでこれは仕方ない)された。時間の経過とともに今回の大捕り物の顛末が次第に明らかになってきている。
 当局はここしばらくの間、ヴィーラッパンの潜伏地に近い村(町?)に土木作業員、食堂のお兄ちゃん、行商人、バスの車掌等々に扮したスパイを放ち動向を探っていたのだという。
 ヴィーラッパンは体調を崩しており治療(喘息とも眼の疾患という説も)を必要としており、医療関係者にコンタクトをとっていた。しかし約束の場所に現れた救急車を運転するのは変装した警察官とは露知らず、たどりついたのは運命の「エンカウンター」の場所。気がつけばヴィーラッパンはすでに特捜隊に取り囲まれていた。
 警察による投降の呼びかけにもかかわらず発砲してきたため、一斉射撃を受けて蜂の巣状態になった救急車の中で一味は絶命していた・・・という具合らしい。
 ここでまず頭に浮かんだのは救急車の運転手に扮していた警官はどうなったのか?悪党ともども銃弾の犠牲になってしまったのだろうか?
 Deccan Heraldの記事によれば、なんと彼は「銃弾の飛び交う下をかいくぐって脱出した」のだという。他紙には「最初からそういう具合に打ち合わせてあった」とも書かれていたが本当だろうか?
 そのあたりはともかく、手の込んだ演出といい派手なエンディングといい、一昔前のインドの勧善懲悪アクション映画みたいだ。

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伝説の大盗賊の最期

伝説の大盗賊であり義賊ヴィーラッパン死す
 ビッグニュースが飛び込んできた。10月18日(月)夜、タミルナードゥとカルナータカの州境で警察隊との銃撃戦があり、かの有名な大盗賊ヴィーラッパンが三人の手下たちとともに死亡した。
 深い森の中に潜伏し、南インド各地(タミルナードゥ、カルナータカ、ケララ)に出没していた彼は、一説には2千頭にも及ぶといわれる象の密猟、白檀の違法伐採、これらの密売と密輸にかかわった。
しかし何よりも彼の悪名を轟かせたのが100件にも及ぶと言われる殺人、そして身代金目的で超有名人を誘拐する大胆さだろう。
 ここ数年の間にもカンナダ語映画俳優のラージ・クマール、元カルナータカ州大臣のナーガッパーの誘拐(後者は事件発生3か月後に死体で発見された)などの大事件を引き起こした。
 またタミル民族主義過激派やスリランカのLTTEとのつながりも指摘されるなど、文字通りインドで一番危険な男であったようだ。
 1990年に1万5千人を投入して行われた大捜索の際にはシッポもつかませなかった彼だが、近年はタミルナードゥとカルナータカ両州の警察の特捜隊、中央から派遣された警察予備隊が協力して行方を追っていた。また中央政府によりヴィーラッパンの逮捕につながる情報には百十万ドルの懸賞金がかけられていた。
 最盛期には100人を超える部下を抱えていたとされるヴィーラッパンだが、追手が迫るにつれて小規模のグループで行動せざるを得なくなり、近ごろでは6〜7名程度で移動するようになっていたという。
 そしてついに昨日の夜、伝説的存在にまでなった大悪党が57才とも62才ともいわれる人生に壮絶な終止符を打ったのである。
 遺体は彼の妻に引き取られることになるのだという。人というのはわからないものだが、記憶に長く刻まれるこの凶悪犯にも、優しい家庭人としてのもうひとつの顔があったのだろうか…。


悪漢ヴィーラッパンついに倒れる (Hindustan Times)
ヴィーラッパン 遺体は妻のもとへ (rediff.com)
インドの「大盗賊」を射殺、貧困層に施しで一部人気も (CNN)
インドの大物「盗賊」銃撃戦の末射殺 (日刊スポーツ)

ラマダーンはじまる

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先週末(10月15日、ところによっては16日から)からイスラム世界はラマダーン入り。インドでムスリムはマイノリティとはいえ、世界最大級のイスラム人口を抱えていることも事実。ラマダーン明けのイードのお祭りも楽しみ!
東京時間のラマダーン時刻表(イスラミックセンタージャパン)

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築地本願寺 インドな休日

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 10月17日(日)に、東京の築地本願寺でナマステ・インディア2004が開催された。
屋内と屋外でのプログラムが同時進行、講演や映画に関するトークショー、バラタ・ナティヤムやゴティプアといった伝統舞踊、民俗画のワールリー・ペインティング等の披露がなされていたが、今回最も注目を浴びていたのは、ラージャスターンのジョードプルから招かれた舞踊の一座であった。
 楽器を奏でる男たちのカラフルなターバンと舞台で踊る女性たちのカラフルなミラーワークの施された衣装といった格好は、舞台に上がる前から来場者たちの熱い視線を集めていた。彼らの演目が始まるとスピード感のあるリズムと激しい動きが会場にいた人々のほとんどが釘付けになっており、「今度、インドに行ってみようか」という声が漏れ聞こえてくるかのようでもあった。
 いつものことながらインドから招かれた出演者たちは、自分たちが出演するとき以外は一般の来場者たちと同じように会場内をのんびり見物しているので、気兼ねなく声をかけることができる。
 例年どおり露店で衣類や書籍、音楽CDに映画DVDといったアイテムが販売されるとともに、都内や近郊のインドレストランによる出店があり、来場者たちはプログラムを見物するとともに、買い物や食事を楽しめるようになっている。今年もまた好天に恵まれたこともあって相当な人出があったようだ。
イベント開催にかかわる人々の顔ぶれは以前とあまり変わらないようだが、例年よりもずいぶんインド人の来場者が増えているように感じた。
 このイベントは今年はや12回目を迎えるため、知名度が上がってきたこともあるかもしれないし、インド人の在住者が増えてきている証かもしれない。
 同じ東京近辺に暮らしていても普段なかなか接点のない地元の人々と在日のインドの人たちが、年に一度こうして集い相互に知己を得る機会があるということは実に喜ばしい。