スィッドプル

グジャラート州のスィッドプルにあるシーア派ムスリムのダウーディー・ボーハラーのコミュニティーの屋敷町。端正かつ壮麗な街並みに腰を抜かす。建物の多くに建築年が示されており、1900年代から1930年代にかけて、一気にこの街並みができ上がったという不思議。その時期にはどんな爆発的なブーム、好景気がボーハラーのコミュニティーで共有されたのだろうか。スィッドプルのラヒームプラ(Rahimpura)からサイフィープラ(Saifeepura)という地域にかけてこうした景観が広がっている。

それぞれの建物は、非常に大きな造りで、横に長く屋敷が連なっており、コミュニティーの結束の強さを感じさせる。外から大きな南京錠がかかっている世帯が多いが、たいていは地域外で活動しているため、ここに戻ってくるのはせいぜい年に一度程度なのだとか。今でも住んでいるところも少なくはないようで、そうしたところからは開け放したドアや窓の向こうに見える日用品等に生活感が感じられる。

特徴的なのは、シェカワティーのハヴェーリー、チェッティナードのハヴェーリーと同様に特定の商業コミュニティーの人々の邸宅なのだが、それらひとつひとつが独立した屋敷となっているわけではなく、欧米のタウンハウスのような形で展開していることだ。ずっと現地を離れているオーナーたちがテナントに貸し出すことなく、世話人を雇って日々手入れさせていること、定期的に修復なども実施しているがゆえ、現在も美しい街区がそのまま保存されているのだ。フレスコ画で有名なシェカワティーのハヴェーリーで、しばしば邸宅内部を細分化して貸し出したり、一階部分を壁で仕切って店舗として貸したりしていることが多いのとはまったく異なる。

これらの建物内での所有形態がどうなっているのか知らないが、シェカワティーのハヴェーリーに同一のジョイントファミリー内の複数の世帯が共同生活していたように、ここではひとつのタウンハウスのように見える建物がひとつの親族グループにより建築・所有されているのかもしれないが、そこのところはよくわからない。いずれにしても極めて都会的な邸宅の様式と言えるだろう。

これに近い形の「タウンハウス的ハヴェーリー」はビーカーネールにも見られるのだが、陸上交易時代にはビーカーネール自体が大きな稼ぎの場であったのに対して、ボーハラーの人たちがこうした屋敷を建てた時代には、すでに鉄道や道路による大量輸送の時代になっており、館の主たちの多くはインド各地及び東南アジアから中東、アフリカにかけての広大な地域での交易で財を成した人たちだ。家の入口あたりに「ワドナガル・ワーラー」「スーラト・ワーラー」「カルカッタ・ワーラー」などと書いてあるのは、その家族がビジネスで定着した土地を示している。中には「アデン・ワーラー」「シラーズ・ワーラー」など、外国の地名が書かれているものもある。ダウーディー・ボーハラーはインド亜大陸だけでなく、中東やアフリカにも広く展開している世界的な商業コミュニティーである。こうした屋敷群の中では見かけなかったが、日本でも神戸あるいは横浜のようにかなり昔からインド系商人が出入りした土地には、長く現地で事業展開してきたボーハラーの「コウベ・ワーラー」「ヨコハマ・ワーラー」などが存在しているのではなかろうか。

このような形で集合住宅を、20世紀前半になってから建てることにどういう合理性があったのか、ぜひ知りたいところである。建築時期が遅いものになると、1960年代になってからという建物すらあるのだ。

ボーハラーの人々のモスク
ボーハラーのコミュニティーホール

Slice of Europe in Sidhpur Bohra Vad, Gujarat

ルドラ・マハーラヤ
ルドラ・マハーラヤ

蛇足ながら、スィッドプルにあるルドラ・マハーラヤ。かつて存在した壮麗な寺院遺跡だが、入場禁止となっている。今にも倒壊しそうな部分もあるので仕方ないだろう。近く修復の手が入るらしい。修復が完了して見学できるようになったら、ここもまたマストな見先ということになる。

こちらはスィッドプルのバススタンド。周辺各地からのアクセスも良好だ。

ディレーンドラ・シャストリーという「バーバー」

INDIA TVの人気プログラム「アープ・キー・アダーラト(あなたの法廷)」。そのときどきの注目されている人たち、俳優、政治家、財界人その他をスタジオに呼び、裁判の尋問と答弁の形で、様々な質問から本人の回答を引き出すというもの。

このところ話題のバゲーシュワル・ダームのディレーンドラ・シャストリーが出演することが予告されていたが、うっかり見逃した。しかしYouTubeで見ることができた。今という時代に感謝である。

Dhirendra Shastri In Aap Ki Adalat: बागेश्वर धाम सरकार ने कटघरे में किए बड़े खुलासे | Rajat Sharma (INDIA TV)

まだ26歳の「バーバー」。装いもチェック柄の衣装であったり、このところ気に入っているらしい帽子をよく被って現れるなど、世俗的で、とてもヒンドゥーの「聖者」には見えない。相手を手玉に取るセリフ回し(インド人はこういうのが好きだ)や話もうまい。まだ自分を「大人に見せよう」と苦心している様子もうかがえるが、年齢を重ねるにつれて、それらしくなっていくことだろう。

これまでは田舎で周辺地域から信者を集める新興の「バーバー」だったが、このところメディアで日々取り上げられるようになったため、全国の田舎の人たちから注目する存在になるかもしれない。彼は教えが素晴らしいとか、人格が高潔であるなどといったものではなく、まったく反対に「怪しげな奇跡を演出する」「資金の出処や流れが不明」他、インチキくさいバーバーとして耳目を集めている。

マッディヤ・プラデーシュでとても貧しいブラーフマンの家に生まれ、学校はドロップアウト。リクシャーを引いていた時期もあったとされる。そんな若者が数年間で父母や祖父母世代をも含めた信者層を集める存在となり、一気に有名になったため、彼のアーシュラムにはBJPの代議士たちも信者に顔を売るために表敬訪問するようにさえなってきた。頭のキレは良くて話も上手い彼をプロデュースした黒幕がいるのかどうかは知らないが、少なくともどこかから資金やノウハウの援助は受けてきたはず。

スタートアップ企業の将来性を見込んで投資する人たちがいるように「将来のバーバー」に対して先行投資をする人たちがいるはずなのだ。日本でもそうだが、こうした宗教関係団体というものは、会社組織と同じ。販売しているモノが「信仰」という目に見えないものであることを除けば。

この若い「バーバー」の組織は、田舎からそのまま展開して全国を商圏とするテレビショッピングの「ジャパネットたかた」みたいな感じで将来インド全国へと展開していくことになるのだろうか。若年層人口が分厚いインドでは、彼の若さもプラスに作用し得る。若い人たちにとって同世代で勢いがあり、見た目も悪くない「バーバー」が人気を集めることになっても不思議ではないように思われる。

シゲタトラベル移転

デリーのパハールガンジにあるCottage Yes Please内にあったシゲタトラベルだが、今年6月に移転している。現在は以下のホテルのグラウンドフロアーにて営業している。

Cottage Yes Pleaseからパハールガンジのメインストリートに出て、ニューデリー駅方向に5分程度進んだ先、道路右手にある。

Hotel Hari PIORKO

4775,4776,4777,4781 Main Bazar, Tooti Chowk, near 6, Paharganj, New Delhi, Delhi 110055

新しい場所に移ってからも元気に営業中だ。

UP州議会選挙 ムスリム候補者はゼロのBJP

2月から3月にかけて、7つのフェイズで投票が実施されるインドのウッタルプラデーシュ州の州議会選挙の候補者リストが出た。BJPから出馬する候補者たちは総勢105名。候補者の名前からして、ブラーフマン、タークル、カトリーなど、上のカーストの人たちに加えて、ジャートやOBCs(その他後進諸階級)その他いろいろいるようだ。それでも同州で20%を占めるムスリムはひとりも含まれていない。

この州のチーフミニスター、ヨーギー・アーディティャナートはインタビューで「この州は8割の人々のもの」であると言い放つ。つまり「ムスリム以外の人たち」という意味だ。BJPのムスリム候補者ゼロは、今回のUP州議会選に限ったことではないが、典型的な「アイデンティティ・ポリティクス」がここにある。

BJP所属の国会議員で、わずかながらムスリムの代議士もおり、インド国会のラージャ・サバー(上院)議員のサイード・ザファル・イスラーム(BJP所属)はその好例だが、やはり一般に期待されるムスリム議員とは異なる役回りのようだ。

現在州与党のBJPだがゴーラクブルを本拠地とするチーフミニスター、ヨーギー・アーディティャナートは、他の選挙区から出ることになるかもしれないという観測があったが、結局同じところから出るようだ。彼はゴーラクプルにあるゴーラクナート寺院の高僧でもある。

UP Election 2022: Complete List of BJP Candidates (india.com)

ゆるいヒンドゥー主義

バナーラスのヴィシュワナート寺院。モーディー肝いりのこの地域の再開発工事が完成しての式典。こうして上空からの映像を見ると、もともとはたいへん建て込んでいた地域にあった寺院だが、周囲を広く取り壊して見事な空間を創出している。このお寺のシカラが間近に見下ろせる宿に泊まったことがあった(今はどうかしらないが、当時外国人は入れないことになっていたので、そこに宿泊するメリットがあった)が、それらも含めて地ならししたのだろう。

BJP、RSS、VHPのいわゆる「サングパリワール」の中の政治部門としてのBJPが推進する「ヒンドゥトヴァ」は、よく「ヒンドゥー至上主義」と邦訳されるが、こうした言葉では誤解を招くだろう。厳しい戒律、教条主義といったものを連想するであろうはずだからだ。これとは裏腹に、伝統回帰や復古主義ではない新たな(緩くて広い)ヒンドゥー文化の創出。厳格な原理主義とは反対に、ゆるやかに、そして幅広く人々と社会を包み込んでいく。これが実際の「ヒンドゥトヴァ」の姿だ。

うまい例えが思いつかないが、日本でゆる〜く浸透している英米文化、スポーツであったり祝祭であったり、キリスト教の行事などに近いもの、とも言えるのではなかろうか。

ヒンドゥーが本来持っていた差別的構造を否定するとともに、ヒンドゥーを宗教ではなく、インド地域共通の文化として、民族的結合性には弱いものがある多民族・多文化国家を民族国家として統合へと導こうという試みのようで、それ自体は悪くないように思えるこのごろ。北東州でのBJP勢力拡大、そしてラダック地域での支持拡大は、まさにそれを象徴しているようだ。本来は「周辺地域」であった少数民族エリアを次々にメインストリームの中に取り込んでいっている。

元来、洒落者のモーディー。彼の装いをイメージしたアパレルのブランドもあるほどなのだが、近年の彼は(聖者に近い)賢者といったムードでの演出が多くなっている。このあたりも戦略の一環となっているのがこの人の凄さの一面だが、それほど自信を深めているということだろう。

ただし多くの人々を結合させるには、やはり外なる敵と内なる敵との対峙が効果的という面もあるようで、現政権が外の敵としてパキスタン、内なる敵としてムスリムへの対応が冷淡であったり、しばしば苛烈であることがとても気になる。

काशी वो है… (Twitter @narendramodi)

PM Modi inaugurates renovated Kashi Vishwanath Dham Corridor (Youtube)