ロヒンギャー料理

下記リンク先動画はロヒンギャー料理を映したもの。
元々はベンガルの民で、移住・定着したのがアラカン地方を中心とする主にミャンマー南西部。出自といい居住地域といい、料理が美味しくないはずがない。
難民化して日々の糧にも困窮している人たちが多い現状だが、そうした人たちがこういう素敵な料理を安心して腹いっぱい食べられる日が、遠からずやって来ることを祈らずにはいられない。

Rohingya food مأكولات روهينغيا (Youtube)

チュールー 2

Malji Ka Kamra

Malji Ka Kamraという宿がある。この街の中ではかなりアップマーケットな宿泊施設だ。20世紀に入ってから建てられたため洋風建築ではあるが、かなり変わった形状の建物であること、商人の館ではなくビカネール藩の迎賓館とした建築された背景などもあり、泊まってみたかったのだが、数日間に渡って予約で一杯だった。

最近は、少し高めのホテルは予約サイトでブッキングするのがごく当たり前になっているため、ここに到着する前、幾度か複数のインドの予約サイトでチェックしていた。日付を前後すると「空室あり」となるため、てっきりグループか何かの予約でも入っているのだろうと想像していた。

ところが食事をしようと、ここに着いてみると、驚いたことに「今日は宿泊のお客さんはひとりもいないのですよ。」とのこと。やはり基本は電話、メールなどで宿自体に確認するべきであると反省。

元々が迎賓館であったため、後世になって、ホテルに転用するにはお誂えむきといった具合であったようだ。洋館というには、かなり奇怪な姿をしているこの建物だが、グラウンドフロアーのダイニングホールは、ホラー映画向きというか、いかにも何か出そうなムードがいい感じだ。

昼間でも薄暗いダイニングホール
食事はとても美味である。

芝生の庭から眺めた建物全景の姿は印象的で、何か強い引力を感じて目まいがするほどだ。もしかしたら本日、本当は空室なのに全室満室というのは、あの世からの御一行様で一杯だったということなのかもしれない。それならば、彼らの邪魔をしなくて良かったというところだろうか。

翌日には中庭に面したテラスで食事をしてみたが、やはりここも妖気でムンムン。注文したバターチキンの汁が血糊みたいに見えてきた・・・。

しかし、こうして眺めてみると、昼間でも強烈な妖気に引っ張られる感じがする。どんな夜になるのか、ぜひ投宿してみたいものだ。

アルスィーサル2

シェカワティーの食事でやや不便なところは、手頃な安飯屋がほとんどないところだ。町角のサモーサーのスタンドを除けば、デリーやジャイプルなどから訪れるインド人観光客向けのホテルに付設されたレストランとなり、アップマーケットで仰々しく、注文してから時間もかかるので面倒くさい。
地元の人たちの間で中間層がほとんどなく、外食文化が存在し得ない経済水準なので、仕方のないことではある。

ラーニー・サティー寺院

ムクンドガルを後にして、ジュンジュヌーに向かう。ここで最初に訪れたのはラーニー・サティー寺院。サティー寺院としてはインド最大。
未亡人が亡くなった夫に殉じて火葬の燃え盛る日の中に見を投げるサティーの因習に繋がる寺院である。

比較的最近では、1987年にシェカワティ地方のスィーカル地区でサティーを実行した例があり、痛ましい事件として大きなニュースになったようだ。

Roop Kanwar’s sati greeted with shock across India, Deorala became a place of worship (India Today)

寺院内のカンティーンの食事は、メニュー毎に価格は決まっているが、寄進とプラサードという建前になっている。

ターリー定期券

バスでローハルガルを後にして、スィーカルに到着。バススタンドに面した新築のホテル内にあるレストランに入る。
なんと、ここでは「ターリー定期券」なるものが設定されている。ひと月3500Rs支払えば、何回来ていくら食べてもOKというシステム。ここのターリーは簡素だが味はよかった。この町に単身赴任していて、住居がごく近いというような一定の条件が揃っている人にとっては、なかなか魅力的かもしれない。

「ターリー定期券」月3,500Rs