浄土へ渡った僧侶たち

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 JR紀勢本線那智駅近くにある補陀洛山寺を訪れた。このお寺は「補陀洛渡海」で知られる。行者たちは、南海の果てにあるとされる観音菩薩の住む山「補陀洛山」を目指し航海していた。この行法は穂平安時代からおよそ千年もの間つづいていたそうだ。
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 当時使われていた船の復元が、境内で見ることができる。四方に鳥居がついているのは、神仏混交の地・熊野らしいところだ。
 船にはひと月分の食料や水を積まれたが、外に出れないように小さな船室の扉は釘付けされた。船旅に出た僧侶は、生きてこの世に戻ることはなかった。間違いなく浄土へと至る旅ではあるが、まさに捨て身の荒行である。
 井上靖の小説『補陀洛渡海記』で描かれているように、誰もが信仰のもとに死をも恐れずに浄土へと旅たったというわけでもないのかもしれない。
 「補陀洛」とは観音浄土を意味するサンスクリット語「ポタラカ」の音訳。かつてダライラマ法王が起居していたチベットのラサにある宮殿の名前「ポタラ」とも同意であるとか。 
 伝説では、補陀洛山は南インドにあるとされる。昔の人びととって地理的には遠く離れていても、観音信仰によって馴染み深い憧れの聖地となっていたのだろう。
 補陀洛山寺近くの海岸から船出した僧侶たちが、心の中に描いていた浄土=インドのイメージとはどんなものだったのだろうか。

エアインディア 格安市場に参入

ガルフトラベラーサウスウェスト航空など、コスト削減を徹底し、低価格運賃を提供する新しい航空会社が各地で注目を集める中、エアインディアも2005年から子会社(社名未定)を設立。湾岸諸国と東南アジア方面への格安フライト運行開始を発表した。従来より25%ほど安くなる見込みだ。
デリーとムンバイから出発するということで、国際線との乗り継ぎも良いことだろう。これで「ガルフの国へインド経由でお安く」という時代がやってくるのか。ちかごろ石油だけではなく観光にも力を入れつつあるこの地域。これを契機にアラビア観光ブームが日本にも訪れるのではないか、と予感。

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寄港地から格安フライトはいかが?

Air Asia
 妙チクリンな料金でキャンペーンを打っている航空会社があるとは聞いていたが、いくらなんでもこんなに安いとは!
 タイやマレーシアを中心に、空のネットワークを広げているエア・アジア。限られた座席数とはいえ、バンコク―ナコンラチャシマー間をたった9バーツ(1バーツ=約3円)で乗せてくれるオドロキのキャンペーンを打ち出している。バンコク市内を走るエアコンバス並みの料金で、そんな遠くまで連れて行ってくれるとは!
 それ以外に、マレーシアのクアラルンプルからペナンまで、9.99リンギット(1リンギット=約30円)というチケットもある。どちらも空港税や保険その他500円ほどプラスアルファになるが、それにしても驚愕の安さだ。
 日本で働いている私としては、目下、お金よりも時間が欲しくてたまらないが、インド帰りに、バンコクやクアラルンプルに立ち寄る人は少なくないだろう。この超格安の便を利用された方があれば、ぜひお話をうかがいたいものだ。
 それにしてもいまだ割高なインド国内の空の便。価格競争の波がやってくるのはいつの日のことだろうか?

「圧力鍋」と「造反有理」

cooker bomb
 「インドからネパールへの圧力鍋の持ち込みはご法度」という決まりがあることをご存知だろうか。たかが圧力鍋とあなどってはいけない。取り締まりはかなり厳しく、禁を破ったものは警察に拘束されることもある。
 禁止の理由は治安対策。「鍋が危険物?」と首をかしげる向きもあるかもしれないが、大量の火薬と組み合わせることで、圧力鍋は強力な時限爆弾に簡単に変身する。これらは、ネパール各地で頻発しているマオイスト(毛沢東主義者)のテロに頻用されているのだ。
 調理器具の販売業者にとってはとんだトバッチリ。高地で煮炊きするために持ち込んだ道具に難クセつけられて困惑する外国の登山隊もあるようだ。
 圧力鍋はガスコンロとともに、インド・ネパール主婦たちの家事の負担を軽減してきた。家庭でも食堂でも、あの「シューシュー」という音が聞こえてくると、条件反射的に「さあ、ご飯だ!」とお腹がグウと鳴る。アットホームな温もりを感じさせる生活音のひとつである。
 家族団らん、あるいは仲間たちとの食卓に並ぶ、おいしい料理を作ってくれるはずの調理具が、こともあろうか、多数の人々の命を殺めるとは想像するだけでも恐ろしい。
 いまや世界のほとんどの国で、「共産主義」や「革命」というボキャブラリーが歴史的用語となってしまった感もあるが、ヒマラヤ山脈の一角ではいまでも現実味を持って受け止められている。
 マオイストの活動に加わる人びとの中には、少数民族と女性が多い。被抑圧者たちの切羽詰った状況が団結力を生み、暴力によって恐怖を煽り、服従させることによって勢力を拡大する。「政権は銃口から生まれる」という毛沢東の人民戦争論を忠実に実践しているのだ。
 狭いながらも民族ゴッタ煮状態のネパールは、現在、内側から相当な圧力がかかっている。今後、うまく蒸気を逃がすことができるのか、それとも破裂してしまうのか予測がつきかねる。
 隣国インドでも、規模は小さいがナクサライトのような左翼過激派を抱えている。地続きで相互に人びとの往来が盛んな両国。国境をはさんだインド側でも過激思想や違法な武器の蔓延といった心配もある。
 ネパールで事業、あるいは投資を行うインド人たちが、マオイストの強請りや攻撃の対象になっているため、状況次第では両国の関係にもヒビが入りかねない。今後の成り行きが気になるところだ。
 政府が治安対策を強化したところで、反乱を生む土壌は変わらないだろう。なにしろ毛沢東語録によると世の中は「造反有理」なのだから。


▼関連リンク
・圧力鍋爆弾テロ:
Army claim 18 Maoist killed
Violence in Nepal escalates
Youth shot dead, bomb blasts rock valley
・日本人の日記から:
ポカラ空港「圧力鍋持ち込み」でモメる(Osaka Alpine Club)

インドの新しい顔

マンモーハン・スィン新首相 / photo by rediff.com
 すったもんだの末、ようやくインドの新しい首相が決まった。インドの新しい顔となったマンモーハン・スィン氏は、1990年代初めに国民会議派=ナラシマ・ラオ政権で財務大臣を担当。91年の経済危機を乗り越えて、その後の成長へと続く改革の道を切り拓いた。当時のラオ首相の最大の功績は、彼をこのポストに起用したことだとまで言われる。
 1932年、現在パキスタン領内にあるパンジャーブ州西部生まれ。パンジャーブ大学、オックスフォード大学、ケンブリッジ両大学で学んだ後、国内いくつかの大学で教えた経済学者であるとともに、中央銀行総裁をしていたこともある。
 パキスタンのムシャラフ大統領(インドのデリー生まれ)とともに、南アジアの両大国のリーダーの生まれ故郷は、そろって国境の反対側ということになる。このふたつの国の血のつながりの濃さを象徴しているようだ。
 マンモーハン・スィン氏はインドで初めてのスィク教徒(非ヒンドゥー教徒としても最初)の首相でもある。彼によって「名前の綴りにRが含まれる人物は首相になれない」という謎めいたジンクスは破られた。
 過去のインド首相で、自身がこれほど経済に明るい人物がいただろうか。どこから見ても異色な新リーダー。会議派政府を閣外協力する左派との関係の舵取りが難しいと思われるが、今後の手腕に多くの人びとが期待しているに違いない。