コロニアル鉄道

 イギリス時代の面影を残すクラシックな鉄道は、ダージリンやシムラーのトイトレインくらいかと思ったら、マハーラーシュトラにもあった。綿花を栽培する地方のルートであるムルティジャープルからヤヴァタマール間を毎日一往復するシャクンタラ・エクスプレスがそれだ。
 どんなものかと簡略版時刻表「TRAINS AT A GLANCE」をめくってみたが、「エクスプレス」なのに出ていない。小さな支線や各駅停車まで詳しく記載されている「INDIAN BRADSHAW」を開いてみると、全行程112キロ(下記リンク先の記事中には189キロとあるが)の狭軌を走る二等客車のみの鈍行列車であることがわかった。
 インドの鉄道草創期には「藩有」も含めた私鉄路線は少なくなかったが、ここは現在もなお民間の所有であるだけではなく、オーナーは植民地時代から引き続いてイギリスの会社だというのは驚きだ。実際の運行はインド国鉄が請け負っている。
 1994年にディーゼル機関車と交代するまでの1923年から70年ほどの間、マンチェスター製の蒸気機関車が列車を引っ張っていたのだという。
 特に鉄道に興味があるわけではないが、建物や街並み同様、英領時代の面影を今に伝えるものに大いに関心がある。近々廃線となる可能性もあるらしいので、今のうちにぜひ利用してみたい。
 コロニアル風といえば、インド国鉄そのものがそうした雰囲気に満ちていると言えなくもない。今でも各地の主要駅で、英領時代に建てられた立派な駅舎が利用されているが、客車もエアコンクラス導入以前からある従来型ものは、我々の目から見るとデリーの鉄道博物館に保存されている大昔のものと、車内の基本的な造りはあまり変わらないように見える。
 だがどこもかしこも着実に近代化が進む中、インドの鉄道も急速にアップデートされているため、そうした面影を感じることのできる時間はそう長く残されていないようだ。
A railway ride into history (BBC NEWS)

ドアの無い村

 今でも日本の田舎では「カギをかける習慣がない」というところは珍しくないが、インド北部U.P.州のアヨーディヤ近くにあるスィーマヒ・カリラート村では「家屋にドアを付ける習慣がない」というのだからビックリしてしまう。
 プライバシーを守るためにカーテンをかけるのみというのは、数百年前にこの土地にいた聖者が「家を建てる際、最初にいくつかのレンガを寺に寄進すること、そして住まいにドアを作らないこと」を人々に命じたのがはじまりだという。
 インドの家といえば、ありとあらゆる窓に鉄格子がはまっており、家の中でもあらゆるところにカギ、といったイメージを抱く人は多いだろう。75軒しかない小さな村とはいえ、U.P.州は隣のビハール州とともに犯罪多発地域だ。コソ泥だけではなく盗賊も出没するのだから、あまりに無防備すぎるのではないかという気がする。極貧のため守るべき財産もない状態にあり、結果として扉さえ必要としないことはありえるかもしれないが、地域の不文律として敢えて家屋を開け放しておくとは恐れ入る。
 
 だが信じられないことに百年あまり犯罪が起きていないというのだ。警察にも1906年以来事件の記録さえないという。聖者のご加護かあるいは盗むものさえ見当たらない寒村なのかよくわからないが、一切を放棄するかのような家屋のありかた、そして「ドアを作らない」というしきたりの裏にある生活哲学のようなものが、犯罪を未然に防いでいるのかもしれない。ともあれ「ドア無し村」の存在がニュースで取り上げられることにより、ヨソからやってくる犯罪者たちに狙われるようなことがなければ良いのだが。
 ドアの無い生活には興味を引かれるが、私にはどうにも真似ることはできないだろう。防犯上の理由だけではなく、U.P.の夏はクーラー無しでは耐えられないほど暑く冬の寒さもまた厳しいからだ。
 場所によっては理不尽にも思えるこんな哲学めいたしきたりが残るインド。機会があればこのスィーマヒ・カリラート村を訪れて、人々の話を聞いてみたいものだ。だがこんなところにいきなりヨソ者が訪れたら、非常に警戒されてしまうのだろう。泥棒が少ないところはたいていヨソ者の出入りも非常に少ないものであるから。 
Doorless village has no crime (BBC NEWS)

国境線を誰が引く?

 インドでもパキスタンでもそうだが、アメリカなど第三国で出版されたニュース雑誌等に両国北部国境地帯の地図が掲載されている場合、「当国政府の主張する国境線を示すものではない」といった意味の但し書きがスタンプで押されているのを目にすることがある。当局により、係争地帯に関する部分についてはかなり厳しいチェックが行われているようだ。
 係争地帯とは言うまでもなくカシミール地方のことであるが、インドとパキスタン双方が同地方への主権を主張しており、事実上統治の及ぶ限界となっているLOC(Line of Control)は両国の停戦ラインに過ぎない。つまりインドにはインドなりのカシミール地方の形と大きさがあり、パキスタンや中国にもまた彼らなりの同地方の描きかたがあることになる。
 そのためインドで出版された地図中には、中国へと通じるカラコルムハイウェイ沿いのギルギットやフンザといった世界に広く知られるパキスタンの観光名所が非現実的にも「インドの町」となってしまうのと同様、逆にパキスタンで刷られた地図によればスリナガルがパキスタン領というおかしな具合になってしまうのだ。インドのJ&K州には、もうひとつの隣国、中国との間にも係争地帯がある。つまり中印紛争(1959年〜1962年)以降、中国占領下にあるアクサイチンの存在だ。
 中国との間には他にも東部で国境問題を抱えているのだが、このJ&K州にかかわる表記の問題から、デリー高等裁判所は中国製の地球儀の玩具輸入禁止を命じることとなったのだろう。中国で印刷される南アジアの地図では、インドの国土は頭頂部のカシミール地方を削った形で描かれる。ここにはインドともパキスタンとも異なる着色をしたうえで、この地域をほぼ南北に分断するLOCを境に、「インド実効支配地域」「パキスタン実効支配地域」と表記されるのだ。単にオモチャとはいえど、インドの将来を担う子供たちに間違った地図を刷り込むわけにはいかないのだろう。
 しかし思えばデリーが、イスラマーバードが、あるいは北京が何を主張しようと、誰もが必要とするのは生活の安定と平和だ。関係国「中央」の強固な意志のもとで、住民たちの思いを無視した不毛な駆け引きが続くカシミール。辺境に住む人々にとって、「民主主義」とはただ絵に描いた餅に過ぎないのかもしれない。
デリー最高裁 中国製地球儀玩具輸入禁止を命じる(パキスタン・DAWN紙)

ヒマラヤの禁煙国

 本日11月17日、インドのご近所ヒマラヤの王国ブータンは世界初の「禁煙国家」となった。20ある行政区のうち18ですでに禁じられていたとのことだが、この日をもって全国に禁令が施行されることになったのである。タバコの販売はもちろん、屋外で吸うのもダメである。外国人が個人消費用に持ち込んだものを自室でたしなむ分には構わないようだが。
 ちかごろどこに行っても喫煙者は肩身が狭い。周囲に迷惑をかけないようマナーを守るのは当然のことだし、間違いなく健康に悪いのはわかっているが、庶民のささやかな楽しみを奪わなくたって・・・とスモーカーたちに肩入れしたくなるのは自分自身が元喫煙者だったからだ。2年ほど前に頑張ってやめたのだが誘惑にとても弱いタチなので、飲みにいったりして周囲で喫煙していると、いつの間にか自分もタバコを手にしていることもしばしば。非喫煙者と言うにはまだまだ半人前なのである。
 そんな調子なので、そばに喫煙者がいると迷惑というのはよく理解できるし、喫煙者の気持ちもよくわかる気がする。
 あまり産業らしいものがなく、インドからの物資が日々大量に流入しているブータン。「さあ今日から禁止です」なんて言われたって、喫煙者たちが「はい、わかりました」なんて従うはずもない。そうした品物に紛れて密輸されたゴールドフレークやフォースクエアみたいなインド製の短い安タバコを手にして、「禁制品になってからずいぶん値上がりしてねぇ」なんてボヤいてたりするのだろうか。
 それにしてもこのブータン、世界に先駆けて「完全禁煙化」とは、ずいぶん思い切ったことをするものである。もともと喫煙率は低かったそうだし、国内のタバコ産業がそれほど育っておらず、ほとんど輸入に頼っていたのではないか、つまり貴重な外貨の節約のためなのかな?と想像してみたりもするが、実際のところ禁煙化の背景にはどんな理由があっただろうか?
ブータンでタバコ販売禁止( BBC NEWS)

Hollywood@Bollywood

 近年、ボリウッド映画を見ていてずいぶん変わってきたなと思うことがある。機材や技術進歩のためもあってか映像がずいぶんキレイになった。国内市場で外国映画と競合する部分が増えてきたという理由もあるだろう。あまりに荒唐無稽なストーリーや雑な構成もずいぶん減ってきた。今も昔も音楽とダンスに満ちて華やかだが、インド映画としての個性が薄くなった、あるいは洗練されてきたという言い方もできるだろうか。
 90年代から衛星放送を通じて多くの欧米映画(特にハリウッド映画)に日常的に接するようになってきたという環境の変化、そして経済成長や情報化が進んだ結果、当然のことだと思う。
 そんな中、ボリウッドのハリウッド化(?)が進んだため、性や暴力の描写がより具体的で露骨な表現が増えてきた。いまやかつてのように「親子そろって安心して観ていられる」映画ばかりとは言えない。
 もちろん昔からすべて「インド映画=健全」であったというわけではない。多くはマイナーで粗悪だが毎年相当数の成人映画も製作されているからだ。
 もっともその類の映画ではなくても、倫理基準の違いから指定を受けて上映される外国映画が珍しくないお国柄、よく調べてみたわけではないが、そう滅茶苦茶なものはないはず。
 インディア・トゥデイ誌(11月8日号)に、ここ5年ほどの間にネット上で北米を発信地とするインド系のアダルトサイト、同じくその地域でポルノに出演するインド(系)の人たちが増えていることが取り上げられていた。モデルや女優は海外生まれのNRI(Non-Resident Indian)やPOI( Person of Indian Origin)だけではなく、インド生まれの移住者たちも少なくないという。
 それらを利用あるいは作品等を購入する主な顧客が地元の人々なのか、あるいは南アジア地域に住む男性たちをターゲットにしているのかよくわからないが、ともかくインド社会へ与える影響が懸念されているそうだ。

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