その名も「インド」

インド
日経ビジネス人文庫から書き下ろしとして出版された「インド」という本がある。「目覚めた経済大国」という月並みなサブタイトルが付いているものの、日本経済新聞のデリー駐在記者による現地報告というだけあり、とかく注目されがちなITのみならず、インドの様々な分野の産業にスポットライトを当てて、左派勢力の閣外協力によりかなり厳しいかじ取りを続ける連立政権の経済運営と今後の課題を幅広く探っている。
内容は一般向けの入門書だが、記述内容が知識のはぎ合わせになることなく、政治経済、産業各界が相互にどういう風に作用して今のインドのアウトラインが成り立っているのか理解しやすく上手にまとめてある。また社会の各要所を占めるキーパーソンについてのわかりやすい記述とともに、経済という視点から眺めたインドの現況を手っ取り早く理解するために実に便利な一冊であろう。この類の本はフレッシュさが命。比較的最近出版された本なので、大手企業参入が進む小売業界、ルピー高といった旬なトピックも盛り込まれているのもいい。

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インド算術大流行り

巷ではインド式数学がブームなのだそうだ。大手書店で『頭が良くなるインド式計算ドリル』『脳をきたえる インド数学ドリル』『インド式計算練習帳―脳力がみるみるアップする』『インド式秒算術』等といった書籍がズラリと並ぶ様は壮観だ。
数字が不得手な私はパラパラめくってみただけで頭が痛くなりそうだが、やはり昨今インドがIT産業で注目されていることに加えて、子供たちが学校で学ぶ二桁の掛け算のことなどが広く知られるようになったことで、算数はインドに学べ!という風潮になっているのだろう。図書類はもちろんのこと、GoogleやYahooでキーワードを「インド 算数 数学」と入れて検索をかけてみると、すさまじい数のインド算術サイトが引っかかってくる。
そんな中、横浜市でインド料理店を経営する方による「インド人シェフのブログ」にインド算数の教科書の紹介記事がある。小学校1年生用のものだそうだ。計算表は2の段から始まって20の段まであり、それぞれ×1から×20までズラリと書かれている。10の段から「九×九」の世界で育った私にとっては未知の世界だ。しかも各表の半分は二桁同士の掛け算で、ペンか電卓なしにはとても解けそうにない。たとえば18の段はこんな風にスゴイ。頭の柔らかい子供時代に暗記してしまえばどうということもないのだろうか?
「インド式」であろうがなかろうが、こうした「算数ブーム」をきっかけに数というものに関心を持つきっかけになるといいのだと思う。子供時代に苦手意識を持つのも大好きになるのも、ごく些細なはずみによるものであることが多いのではないだろうか。他者よりできる、できないは二の次で、興味を持ったことについてはひたすら打ち込んだりするのが人というもの。テニスにサッカー、釣りに登山、写真に料理、どんな趣味や楽しみだって、自分が抜きんでて優れているから好き…というものではないだろう。他人との比較ではなく、自分自身がそれと親しむことが心地よく楽しいのである。
こんな本が市中にあふれている今、「数字はイヤだ」なんて食わず嫌いするのではなく、どれか一冊手にして頭の中をグルグル回転させてみると何かささやかな発見があるかもしれない。

いま何が起きているのか?

プールヴァーンチャル・プラハリー
プールヴァーンチャル・プラハリーपूर्वांचल प्रहरीというヒンディー語紙がある。アッサム州都グワーハーティーを本拠地とする会社が出している新聞で、他に英字新聞も出している。
Times of Indiaのような英文全国紙やデーニク・ジャーグランのようなヒンディー語による広域紙と違い、かなり地元密着型の新聞であるため地元ニュース満載なのがうれしい。しかもごく狭い地域で販売されるようなタブロイド版で印刷の質も悪いローカル紙よりも紙面が多くて各々のニュース記事の精度も高い(?)と思われるのもありがたいし、地元アッサム語あるいは同様に広範囲で使われているベンガル語ではなく、ヒンディーで書かれているのもうれしい。インド北東部の進歩的ヒンディー紙を謳うだけあり、本拠地のアッサム州外でもメガラーヤ州、トリプラ州その他でも売られている。
手が空いているときには何か読むものがないと落ち着かない。それに訪れた先で今何が起きているのか常々興味のあるところだ。そんなわけで、朝食のときに広げて読むことのできる新聞が見当たらない土地ではどうも消化不良気味になってしまう気がするし、逆にこのような地元紙があると食もどんどん進むのである。
近郊の広場でのメーラーの開催が書かれていれば、『行ってみようか』ということにもなるなど観光にも役立つこともあるが、数日間紙面を眺め続ければその土地で今何が問題になっているのかについておおよその輪郭を掴むことができるのがいい。

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オススメの一冊 『インドカレー伝』(Curry a biography)

インドカレー伝
昨年末に出版された『インドカレー伝』という本がある。タイトルだけ眺めると料理のハウツーものか何かみたいに見えるが、手にとって読んでみるとこれが実に中身の濃いインドと欧州の食文化交流史なのであった。
イギリスがインドの食習慣に残したものといえば、紅茶、朝食のオムレツとトーストの他にはあまりないものとばかり思っていたが、実はイギリス人向けの『インド料理』やアングロ・インディアンの家庭で作っていたものがインドの人々の食習慣の中に根付いたものが少なくないらしい。たとえば『チキンティッカ・マサラ』はその典型で、出てきたチキンティッカがパサついていると突き返したお客がいたことから、厨房の料理人がキャンベルのトマトスープ缶とクリームを混ぜてそれにかけて出してみたことがはじまりなのだと書かれている。
もちろんヨーロッパ人たちがインドの食世界にもたらした影響は、チキンティッカ・マサラ単品のみではない。15世紀にイタリアのジェノヴァ出身のコロンブスがアメリカ大陸を『発見』したことにより、トウガラシがヨーロッパに持ち込まれることになったが、この植物をインドに持ち込んだのはポルトガル人であるとされる。ポルトガル王の資金援助を受けた1498年にヴァスコ・ダ・ガマ率いる三隻の船がマラバール海岸のカリカットにて同国のインド到来の第一歩を記すことになる。トウガラシがいつインドに導入されたか正確な時期はわかっていないようだが『ヴァスコ・ダ・ガマのインド上陸の30年後にはゴア周辺で少なくとも三種類のトウガラシ属の植物が栽培されていた』とある。この時期以降、このあたらしい香辛料はインド亜大陸全土に広がっていくことになるのだから、これだけでも欧州人たちがインドの食事に与えた影響は相当インパクトの大きなものである。
トウガラシのみならず、ジャガイモ、キャベツ、カリフラワー、トマト、インゲン等々、ヨーロッパ人たちによりインドに初めて持ち込まれた野菜類は多いらしい。するとそれ以前は一体何を食べていたの?という疑問も沸いてくるが、これらの野菜がインドに根付いてこそ『菜食文化』がインドで本格的に花開くようになったという面もあると著者は分析している。

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デジタル雑誌に思う

デジタル雑誌
このほどニューズウィーク日本語版Digitalのダウンロード販売が開始された。これをFujisan.co.jpが取り扱っている。
表紙と広告を含めた記載内容すべてが市販されている号そのままのレイアウトでパソコン画面上に再現されるものである。表紙から裏表紙までが全部デジタル化されているため、ウェブサイトと違って紙媒体のメディアの記事をすべて目にすることができるのだ。
同サイトでは他にもダカーポベースボール・マガジンWan等々のデジタル版が販売されている。もちろん定期購読申し込みのみならず、一冊ずつ単品での注文もできる。
私は冒頭のニューズウィーク日本語版を含めて何か個別の雑誌の定期購読を検討しているわけではないのだが、海外在住の人々にとって是が非でも目を通しておきたい日本の雑誌があれば、発行日に即、すでに発刊されているものを単品で購入する場合は注文後即座に、そして確実に手に入るという点で紙媒体を凌駕するメリットがあるだろう。
現在、ニューズウィーク日本語版を買うと、同じ号のデジタル版が無料でダウンロードできるようになっているが、ここで取り扱っている電子雑誌類の中にはいくつか無料の見本誌が用意されているので使い勝手を試されてはいかがだろう。
これらデジタル雑誌は一見PDFファイルに似ているが、記事内にある参照URLサイトのアドレスをクリックするとそのまま飛ぶことができる、いくつか音声および動画プログラムが埋め込まれている部分ではマウス操作によりインタビュー内容や映画の予告編などのビデオが動き出すようになっていたりするなどデジタル雑誌ならではの工夫がなされている。また雑誌によっては音声付で発売されているものもある。
Fujisan.co.jpで取り扱うデジタル雑誌をダウンロードしたり読んだりするためには、専用のFujisan Readerというプラットフォームが必要となり、まずはこれを所定の手順を踏んでダウンロードしてパソコンにインストールすることになる。
電子媒体であるがゆえにコピー対策は万全なようだ。その反面、利用者にとってはやや使いづらい部分もある。ダウンロードしたパソコンでしか読むことができないため、最初からモバイルPCにダウンロードしなくては屋外に持ち運ぶことができないし、自宅でダウンロードしたデジタル雑誌を出先のパソコンで参照するなどといったこともできない。本来手軽に持ち運びできるはずの雑誌ながらも、デジタル版だと読む場所が限られてしまうのだ。
また複数の見本誌をダウンロードしてみて気がついたのだが、版元によっては記事を印刷することができない(Print Screenも不可)なものがあることについても不便に感じる人は少なくないではないだろうか。例えば記事中で取り上げられていたスポットや店などを訪れる際、文章や地図をプリントアウトしてカバンの中に放り込んでおきたいことだってあるはず。
それに紙媒体の場合に必要となってくる大規模な印刷設備、大量の用紙、流通システムその他が不要なので、デジタル雑誌にかかるコストは相当安くなっているのではないかと思う。それでも印刷物とデジタル版の競合を避けるためか、同一誌ならば紙・デジタルともに価格が同じであることもちょっと解せない気がする。
このデジタル雑誌は利用者のスタンスから眺めると不利な部分も少なくないものの、保管スペースが不要という点では大いに魅力的だ。とかく週刊誌類はあっという間に溜まってしまうものだ。何か気になる特集記事や興味深い時事問題を扱った号のみ保存することにしていても、積もり積もればかなり邪魔になってくるし、それらを適当に放っておくと散逸してしまいどこにあるのか探すのが大変!なんてこともある。やや読みづらく取り回しが悪くても、パソコンの中に規則正しく保管できるということは大いに助かる。蛇足ながら通常の雑誌と違い誌面が劣化しないのもいい。
IT大国インドでも、いつかこうした共通企画(メディアごとの規格でもいいが)のもとで、各メディアからデジタル化された週刊誌や新聞を出してくれないものかと思う。いつでもどこでもインド中の『今読みたい』メディアを自宅にいながらにしてダウンロードして読めるといいし、それらが必要に応じ発行時期で検索してバックナンバーを購入することができるといい。もちろんそれぞれのウェブサイトでもおおよその内容は把握できるとはいえ、『実物』のボリュームはそれらと大違いだ。近未来のインドのメディアのありかたに大きく期待したい。せめてインディア・トゥデイやフロント・ラインといった大手週刊誌からでもこうした流れが始まってくれないものかと願っている。