カシミールはどこの国?

印中関係が好転している近年、両国間でビジネスや観光等の目的での行き来が盛んになるとともに、ふたつの大国の間を結ぶフライトも増えてきている。
それでも長らく敵対してきた関係もあり、国力・軍事力ともに上回るアジア最大の国を前に、インドにおける中国に対する不信感や猜疑心はまだまだ強い。
南アジアのインド周辺国への中国の影響力の伸張、インドとの国境地域における軍の動静など、インド側の神経を逆撫でするような動きがしばしば見られる。
このほど、在デリーの中国大使館で発行される一部のヴィザについて、問題が生じているようだ。
どういうわけか、カシミールの人々に対してのみ、旅券に対してではなく別紙にてヴィザを発給しているというものだ。
India protests issue of separate Chinese visa to Kashmiris (indian express.com)
Row over China Kashmir visa move (BBC NEWS South Asia)
上記の記事中には、不幸にして、こうした形で出された査証を手にした人たちは、インド出国の際にひどく揉めたり、飛行機に乗れなかったりということが起きているとも書かれている。
中国行きの飛行機への搭乗を妨げられた人にしてみれば『中国大使館は、カシミール人にだけ、なぜこんな余計なことをするのだ』ということになるし、インド政府にとっては『カシミールをインド固有の領土と認めないというスタンスだ』ということになるのだろう。
カシミールは、パーキスターンとの間で帰属をめぐり係争している地帯とはいえ、姑息な形で『内政干渉』してくる国に対して信頼感を醸成できるとは思えない。
ましてやそれが国力・軍事力で自国よりも勝る大国だ。やはり中国という国は、常に警戒心を抱いて用心深く付き合うべき隣人、決して心を許してはいけない危険な相手であることは間違いないようだ。

チープなパフォーマンス

しばらく前に、インドのメディアで大臣や高級官僚等による海外を出張の頻度や旅費関係の支出等についてまとめた記事をいくつか目にした記憶がある。
『小さな政府』を志向し、国や自治体の支出を削減しよう、民間でできることはなるべく民間で行なうなどといった風潮は、国や地域を問わず、世界共通の風潮となっている。
個人的には、そういう視点も必要かとは思うものの、人々の働きかたの多様化を尊重するというおためごかしのために、働く人々の立場、つまり正社員であったり、期限付きの非常勤であったり、はてまた外部からの派遣であったりなどと、雇用関係等が様々な人たちが同じ職場で働く、あるいは同じ仕事をするのに賃金か大きく違ってくるといったことが当たり前になっていることについては決して肯定的に受け止めることはできない。
また、働く人々の立場が寸断された形になっているがゆえに、『労働者』として力を合わせて経営側と渡り合うことが難しくなっていること、さらには世界的な不況という背景も加わり、一般的に今の労使関係が大幅に雇用者側に有利になってしまっていることは大きな問題だと思う。
冒頭に書いたとおり、インドでも公金の使い方について、いろいろな方面で議論がなされているようだ。政治家や高級官僚が移動する際の旅費や公用車云々についても、様々な話がある。
コングレス首脳は、そうした動きを逆手に取って、自らの『クリーンさ』をアピールしようと図っているように見える。
一昨日、コングレス総裁のソーニアー・ガーンディーは、デリーから飛行機のエコノミークラスでムンバイー入りしたと伝えられた。
Sonia Gandhi flies economy class (ZEENEWS.COM)
息子のラーフルは、昨日シャターブディー急行でデリーからルディヤナーに向かったとのことだ。
Rahul travels by Shatabdi (ZEENEWS.COM)
確かに本人分の運賃は安く上がるのかもしれないが、こんな大物たちが公用でミドルクラスの人々と同じ乗り物を利用するなどということは、警備にかかる手間ヒマに労力、周囲の混乱その他の影響等を含めた『社会的コスト』を考えると、あまり現実的ではないように思う。
今の時代、無辜の市民が非情なテロリストの仕掛けたテロの犠牲になるということは珍しいことではなくなっている。有力な政治家が、エコノミーな交通機関を利用することにより、かえって市民が多大な不利益を蒙るようでは本末転倒だ。
昨日のZEE NEWSでは、ラーフルが乗車したシャターブディー急行の車内の映像も流れていたが、車両内の乗客全員がコングレスの動員による『仕込み』なのではないかと疑いたくなった。あるいはインド国鉄が、身元が絶対に確かな人々だけをその車両に配置したのではないか?とも。
民主主義の制度の下で、各選挙区から選ばれた代議士たちには、人々の代表としての責任と義務があるわけで、それをまっとうするために様々な便宜が図られているわけで、『支配層の特権』ではなく、本来ならばちゃんと合理性のあるものであるはずなのだ。問題は、それが理念に適った用い方をされているかどうかということ。
こうした現象は、政治不信の裏返しということもできるが、『無駄撲滅』といわんばかりに、必要なはずであるからこそ講じられている便宜を放棄して、関係各署その他に無理な負担を強いての『清廉さのアピール』は、チープなパフォーマンスにしか見えない。
同じような類のことは日本でもしばしば行なわれているので、インドのことばかり非難するつもりはない。ただ思うのは、どうも政治家のアピールというものは信用できないなぁ・・・といったところだろうか。有権者としては、ひたすら『選球眼』を磨いていくしかない。

先達なき道

やはり実績ほどモノを言うものはないということなのだろう。今年5月にLTTE最高指導者を殺害することにより、1983年から長期に渡り続いた内戦の終結を高らかに宣言したスリランカがパーキスターンに教えうるものは少なくないらしい。
Sri Lanka to train Pakistani army (BBC South Asia)
スリランカは、パーキスターン軍に対する訓練を与えることを打診されているのだとか。上記の記事中には、スリランカのすでに同様のトレーニングを米国、インド、バーングラーデーシュおよびフィリピン対して実施しているとのことだ。
パーキスターンにおいて、バルーチスターンで長く反政府武装組織による活動は続いてきた。だがそれとは比較にならない大きな問題が、近年イスラーム原理主義過激派武装組織の著しい台頭だ。近年は、大規模なテロ事件をはじめとする様々な挑発や破壊行為、こうした組織による特定地域の実行支配とその拡張、本来の行政機構とりわけ警察や軍との緊張等々、気になるニュースが日々伝えられるようになっている。
彼らの存在は、不安定な同国の政治基盤をゆるがすものとなりかねない。2008年2月の総選挙後にはおそらく国政を担うことになると思われたベーナズィール・ブットー氏がその前年2007年12月の遊説後に暗殺されたことは記憶に新しい。そのわずか2ヵ月ほど前に帰国する前後から、彼女を好ましく思わない組織から幾度も脅迫を受けていたことは周知のとおりである。
またパーキスターンを本拠地とする組織による、隣国インドへの度重なるテロ事件は外交上の大きな障害になっている。これらの組織を取り締まるべき政府の当事者能力の問題もさることながら、今後パーキスターンそのものが、自国ならびにインド以外の第三国対するテロ実行犯の出撃基地となるのではないかという、さらに大きな危惧もある。 加えて、近い将来に事実上の核保有国が、こうした勢力を含む原理主義的なスタンスを取る勢力に乗っ取られたらどうするのかという悪夢さえも決して否定できるものではない。
こうした事態に至るまでに長い伏線があった。パーキスターンの歴代政権が、軍政・民政両時期を通じて対アフガニスタン工作ならびに内政の運営においても、こうした勢力を温存しつつ利用してきた過去のツケであるといえる。かつては時の政権に都合よく操られてきた勢力も今では力を充分蓄えており、政府そのものと競合するところにまで成り上がってしまった。
そうした中、パーキスターン軍が、国内の騒擾を鎮圧した先達としてのスリランカから学べるものは少なくないのかもしれない。だがスリランカにしてみても、長らく政府と対峙してきた武装組織が壊滅し、その首領も死亡したとはいえ、そもそも長く続いた武装闘争の原因としての、政府に対するタミル系の人々の反感との土壌となっている部分が解消されたわけでもなく、根本的な解決に至ったと評価することはできない。
腕力で捻じ伏せた相手がそのまま黙って服従するのか、あるいは彼らの胸の中で大きな渦を巻く怒りの奔流がふたたび堰を切って立ち上がるまで、束の間の『空白期間』に過ぎないのか、まだよくわからない。
スリランカのタミル人たちによる分離活動は、当初複数の勢力が並立する形であったものが、次第にLTTEという組織に集約されるようになった。その中でも最高指導者であった故プラバーカラン議長の存在は突出していた。そのため昨年後半からのスリランカ政府軍による大攻勢と『LTTE首都』キリノッチ陥落、北東海岸地域に背走する残党を掃討、親玉のプラバーカラン殺害による『反乱終結』という構図は明解であるように見える。
パーキスターンの不安定要因のひとつとなっているイスラーム武装組織の場合、LTTEのようにひとつの核からなるものではない。そうしたグループないしは運動が多極的であり、特定の指導者を叩いてみたところで、それが終わるものではない。これは民族の枠組みの中に限定される運動ではなく、彼らの理想、教条、行動に感化される可能性のある人たちが住んでいるところならば、どこにでも広がり得るという特徴もある。
攻撃の矛先が向くのも、居住国の政府はもとより、彼らが自分たちの運動に敵対的な立場を取る国ならばどこでも攻撃対象となり得る、極めてユニバーサルなリスクだ。アフガニスタン、パーキスターンに続き、同様の窮地に陥る国が今後出てくるかもしれない。
8月5日、米軍の空爆により、パーキスターンのタリバーン運動の指導者、ベートゥッラー・メヘスードの死亡を伝えるニュースが流れていたが、このほど彼の直近の部下であったズルフィカール・メヘスードがその地位を継いだことが確認されている。死亡した旧指導者は、まだ34歳という年齢であったが、彼を継いだズルフィカールは28歳とさらに若い。『向こう見ず』という評もある彼は、今後どんなプランを練っているのか。
彼らと対峙するパーキスターンが模範とすべき前例は存在しない。彼ら自身が事例を積み上げていくことになる。先達なき道を歩んでいかなくてはならないことから、この国の指導者たちの知恵が試されるところだ。同時に、周辺国を含めた国際社会は、パーキスターンに対して、どういう形で協力の手を差し伸べることができるのかという意味でも、まさに世界全体の英知が問われているといっても過言ではないだろう。
昨年11月に起きたムンバイーのテロ事件は、決して印パ二国間の問題であると割り切れるものではなく、次の10年には他の国々にも降りかかってくるかもしれない脅威の前触れかもしれない。パーキスターンの現状から、私たちが学ぶべきこと、試みるべきことは多いに違いない。さりとて誰が何をすれば良いのか誰にもよくわからないのが現状だ。
手本とすべき先達がなく、頼りになる道しるべさえもない危険なルートに踏み込むパーキスターンを独りで歩ませるのは、果たして賢明なことなのだろうか。

ニッポンは選挙真っ盛り

インドとはまったく関係のない話で恐縮である。今月末に投票日を控えたニッポンの総選挙をめぐり、政権交代を睨んだ様々なニュースが過熱気味だが、最近各政党から最近リリースされた宣伝ビデオがなかなか興味深い。
そうした作品の中でも特に面白かったのが自民党によるこのビデオである。

自民党を追い落とそうかという勢いに見えるものの、根拠のない口約束ばかりが耳に付く民主党への強烈な当て擦りで、思わず噴出してしまった。
是が非でも与党の座を得たいがためにシャカリキになるのはわかるが、政権を担うようになってからのヴィジョンが感じられないと揶揄する次のビデオも『うむ、そのとおり』とうなづいてしまう。

リーダーたちの『ブレ』を皮肉るこの作品もなかなか良かった。

どの作品も良く出来ているのだが、当の自民党にしてみても他党に対してこうしたネガティヴ・キャンペーンを繰り広げることができるほど立派な行ないをしてきたのか?と多くの人々が感じることだろう。それならば今後のことは政権交代してもらってから考えようかと。
ところで民主党からはこんなアニメがリリースされているが、あまりインパクトは感じられない。私は自民党支持者ではないが、少なくともこの部分では民主党を打ち負かしているようである。

宗教団体を母体とする政党としては、公明党からこうしたものが出ている。

アニメではないが、圧巻なのは幸福実現党の『北朝鮮の核ミサイル着弾』かもしれない。なかなかリアルで怖いドラマだが、果たして国家予算が日本の滋賀県ほどでしかない国が核を持ったからといって、それほどまでに大きな脅威であるかどうかははなはだ疑問だ。

共産党は相変わらず生真面目だが、そういう地味さがゆえに、庶民にとって厳しい時代にありながらも、いまひとつ人気の伸びに欠けるのだろうか。

自民党が政権を死守するのか、それとも前評判どおりに民主党が大きく票を伸ばして政権交代を実現するのか。国民による審判が下されるのは今度の日曜日である。

ジャスワント・スィン 著作とBJP除名

財務大臣、外務大臣、国防大臣といった要職を歴任したラージプート出身で軍歴も持つ大物政治家、ジャスワント・スィンがBJPから除名処分を受けたというニュースが流れたのは一昨日のこと。
ヒンドゥー右翼政党にありながらも世俗的なスタンスで知られ、BJP幹部の中ではRSSでのキャリアを持たない異色の存在でもあった。
71歳のご老公が党を追われることになった原因は、つい先日発刊となった彼の著書Jinnah India-Partition Independenceにおける隣国パーキスターン建国の父、ジンナーに関する記述だという。
Jinnah : India-Partition Independence
この件についてはいろいろ報道されているところだが、まだその本自体を読んでいないので何ともいえないが、要は党として看過できない内容が書かれているということになっている。
2005年に同党のL.K.アードヴァーニーがパーキスターンを訪れた際、現地でのジンナーに対する言及も大きな騒動を引き起こしたことを思い出される。
Advani salutes ‘secular’ Jinnah (2005年6月4日 The Telegraph)
BJPのリーダーたちにとって、祖国を分離へと導いた立役者であったジンナーに対する肯定的な姿勢はまさに禁じ手ということになるにしても、あまりに短い時間でこうした動きになるのは、彼を追い落とすために、こうした機会がめぐってくるのをじっと待って雌伏していた勢力が党内にあったのかもしれない。
ところでジャスワント・スィンは、自身のウェブサイトを運営しており、今回の顛末について彼なりの意見等が表明されるのかもしれない。
なお、このサイト上には彼に対するリクエストや意見等のメッセージを送ることができる機能も付いており、それに対して『本人から3日以内に返事がもらえる』ということになっている。
BJP内部でどういう動きがあったのか、彼がどういう立場で政治活動を続けていくのか、今後メディア等による続報や分析などが伝えられることだろう。今後の成り行きを見守りたい。
Jaswant Singh