スンダルバンへ 1


スンダルバン国立公園を見物するツアーに参加してみた。コールカーター市内のプリヤー・シネマ前から朝8時集合である。スンダルバンは世界最大のマングローブのジャングルだが、インド側に三分の一、バングラーデーシュ側に全体の三分の二という形に分け合っており、どちらも世界遺産に登録されている。また野生のトラがもっとも多数残されているエリアであるとも言われる。2004年のセンサスによれば、スンダルバンのトラ保護区に棲息しているトラは245匹であったのだとか。
極端な低地に広がる地味豊かな土地である。スンダルバンという地名の由来であるとされるスンダリーという木以外にも、各種さまざまなマングローブの木で覆われているこの湿地では、シカ、ワイルドボアー、サルなどといった哺乳類に加えて、ワニ、大型のトカゲ類、各種ヘビ、海ガメ等の爬虫類、大型の鳥類から小さくて可愛いキングフィッシャーまで色々な鳥類、そして魚や甲殻類の宝庫でもあるとされる。
この地域の農業や漁業による産物以外に盛んな産業として、野生の蜂の巣から採取したハチミツが挙げられる。ときにメディア等により写真入りで伝えられるとおり、リスクを覚悟で後頭部に人の顔の形のお面を被った(通常、トラは背後から襲うとされる)人々が森の奥に分け入って採集するのだ。
他の景勝地や遺跡などと違い、地元での足がないとどうにもならないので、ツアーに参加することにした。参加費用には、コールカーターから宿泊先までのバスとボート、滞在中の観光行程中のボートによる移動手段、食事と部屋代、宿泊先で夕方に催される舞踊や演劇といったショーの類の料金等が含まれている。
私が利用したツアーは、国立公園内に立地する宿泊施設の主催によるもので、一泊二日のものと二泊三日のものとがある。前者ではあまりに短すぎるので、後者に参加することにした。料金は、ツアーの期間がどちらかによって違うのはもちろんのこと、利用する部屋のタイプによってもかなり大きな開きがある。
スンダルバンツアーに参加しても、ベンガル・タイガーを実際に目にする機会はあまりないという。また平地に暮らす人たちが普段目にしない雪山や清流を目にするような旅行ではない。観光地としてはどちらかといえばかなり地味なものだと思う。
出発場所には、主催者であるスンダルバン・タイガー・キャンプという宿泊施設の専用バスに加えて、おそらくチャーターした大型バスも停まっていた。果たして今日のツアーに何人参加するのかと尋ねてみると、しかも総勢54人という大人数であることがわかった。スンダルバンを訪れる観光客の大半は11月から2月にかけてやってくるという。今はちょうどピークの時期である。
参加者の大半が西洋人をはじめとする外国人ではないかと予想していたのだが、意外にもツアーバスの中で出会った人々のほとんどがインド人であった。しかも地元西ベンガル在住ないしは他地域に暮らしていても出身がベンガルである人々が大半。加えてデリーやUPから来た人たちが少々といった具合だ。また海外在住のインド人たちの姿もけっこうあった。アメリカで夫婦ともに大学で教鞭を取っているという中年カップル、アメリカ人と結婚して同国に暮らすインド人女性等々。
インドに暮らしている人たちにしても、海外から一時帰国している人たちにしても、たいていが家族連れで参加しており、単身での参加者はいない。いずれにしても、知性も経済力も高そうな人たちが多い。バスの中での会話のほとんどは英語であったが、カルカッタ在住だが、ちょっと庶民的な雰囲気でやたらと人なつっこい大家族(総勢15名!)だけは、あまり英語ができないようで、主にベンガル語で周囲とにぎやかに会話していた。
いずれにしても、バスの座席に座る人たちは、周囲の座席の人々とよく会話しているし、トイレその他のためにバスがしばらく停車すると、車外に出て他の乗客たちといろいろ声を交わしている。今日から三日間ともに過ごす相手が何者なのか、アンテナを大きく張り出させて互いに探り合っている感じだ。
他の外国人の参加者は、カルカッタでの友人の結婚式に参列するついでに来てみたというアメリカ人の三人連れ、そして同じくアメリカから来た新婚カップルの計5人であった。どちらもニューヨーク在住だそうだ。

海抜91cmの国土からの移住計画

地球温暖化に関わる様々なニュースを目にする昨今だが、インドのすぐ南の島国から気になる記事を見かけた。タイトルもズバリ『モルジブの新国土構想』である。
Plan for new Maldives homeland (BBC South Asia)
1000以上の島々から成るこの国の『最高地』はわずか海抜2m、国土の標高の『平均』はたったの海抜91cm。すでに20世紀にはこの海域で20cmほど海面が上昇したとされている。今世紀には海面が60?上昇すると言われている。
Wikipedia内にモルジブ首都のマーレを俯瞰する大きな画像が収録されている。水際まで迫る大小の建物や施設、背景のコバルトブルーと近代的なビルのコントラストが映える。だがこれを見てわかるとおり、海面すれすれのごく薄い陸地の上に街が構成されていることがわかる。
国土が海洋に面した極端な低地であるモルジブは、国民の将来を見据えて移住のための代替地を探しはじめたようだ。文化的に近いインドかスリランカで代替地を探しているとか。
現在の人口30万人を数えるモルジブ人たちは、将来『環境難民』となることが危惧されているという。
代替地・・・といってもそう簡単に新たな国土が見つかるものだろうか。候補とされる近隣国にしても、30万人を抱える国家がそっくりそのまま移動して存続していける、人々が居住可能なスペースがどこかに余っているはずはなく、その地域の自国民や産業等を犠牲にしてまでモルジブのために提供してくれることもないだろうから、現実的なアイデアとは思えない。
さりとて今のモルジブに人々が未来永劫暮らしていけるとも考えられないので、モルジブ政府が近隣国を含めた各国政府や国際機関等を通じて外交努力を続けていくしかないのだろう。
同様にツバル、キリバスといった南太平洋の島々から成る国々も同様の問題を抱えており、10年ほど前にツバルは自国が海面上昇により居住不可能となった場合のために近隣のオーストラリアとニュージーランドに自国民移住受け入れを打診した結果、前者は拒否したものの後者は前向きの姿勢を見せた。またキリバスについても国土が海中に没することを前提としたうえで、定住地で自活していくための職業訓練も含めた国外移住支援の要請を先進各国に依頼している。
もちろん温暖化により危機的状況にあるのはここに挙げてみた国々に限ったことではなく、他の多くの島嶼からなる国家はもちろんのこと、海岸に面したデルタ地帯や低地はすべからくそのリスクに直面している。もちろん日本とてその例外ではない。
だが将来国土のほぼすべてが水没し、国家そのものが滅びてしまうほどの極端な状況に置かれている国については、そのほとんどが経済規模が小さなことに加えて、国際的な発言力も大きくない。これらの国々の人々は、今後の自国政府による自助努力の成果について楽観的にはなれないだろう。
これらを遠く離れた南の島国の問題としてではなく、『私たちの問題』として捉えられるかどうか、彼らの未来はこの地球の各地に暮らす私たちみんなの意識のありかたにかかっていると言って間違いないだろう。
冒頭のBBCの記事では読者、主にモルジブの人々からのコメントや意見等を募集している。

牛のげっぷ問題

地球温暖化の懸念が高まる中、それを生じさせる原因を少しでも削減しようという試みがなされており、それ自体がビジネスにもなっている昨今。『悪役』をあぶり出す動きもまた盛んである。
温暖化の元凶とは、おおまかにいえば工業化と都市化に集約されるものとばかり思っていた私だが、生き物の活動による影響もかなりあるらしいことを知ったのは、次の記事を目にした本日のことだ。
牛のげっぷを9割削減 出光と北大、天然素材発見(asahi.com)
なんでも、げっぷに含まれるメタンの温室効果は二酸化炭素の21倍もあるのだという。大型動物がゆえに1頭あたりが発生させるメタンの量も多いために問題視されるのだろう。記事によれば、日本国内の牛440万頭から年間32万3000トンのメタンが発生しており、これは二酸化炭素換算で678万トンに相当するという。これは日本国内の温室効果ガス年間排出量の0.5%に相当するというからバカにならない。
牛1頭あたりの排出量1.54トンを、1億8千万頭いるとされるインドの牛たちに、体格は違えどもそのまま当てはめてみれば、2億8千万トン近い数字が出てくる。つまり先述の日本における温室効果ガス排出量二酸化炭素換算の値のおよそ2割!にまでなってしまう。インドの温室効果ガス排出量は日本よりも少なく11億トン弱程度のはずなので、この中に占める割合は25%にも及ぶことになる。でもよくよく考えてみるまでもなく、インドの温室効果ガス排出量の四分の一が牛のげっぷだなんて、これはきっと何かの間違いだと思うのだが・・・。
記事中にある『牛のゲップを9割抑える天然素材』として、カシューナッツの殻に含まれる成分と、ある酵母菌に含まれる界面活性剤が用いられるといい、2011年度には商品化することを目指しているとのことだ。
温暖化対策に有効とされるバイオ燃料の需要により、穀物をはじめとして様々な農産物とその加工品の値段がグンと上がったように、世界の『牛げっぷ対策』でインド特産のカシューナッツの価格が高騰することもあるかもしれない。すると、これを原料とする(ココナツから醸造するものもあるが)フェニーの小売価格が暴騰し、ゴアの庶民の手に届かなくなった・・・なんていう話も後日出てくるのだろうか。

トラも大変 村人も大変

先日、ZEE NEWSを見ていたら、スンダルバンのトラ保護区近くの村に侵入したトラが捕獲され、これを安全な場所に逃がしたという映像が流れていた。
YoutubeでもCNNが流した同じコンテンツを見ることができる。 侵入した村で、そこに暮らす人々による反撃を受けて負傷したトラは妊娠中。追われてヤシの木の上に避難していたところを、担当官たちが麻酔銃などを使って捕獲、そしてケガの治療をしたうえでトラ保護区内まで船で運搬し、マングローブの森林地帯で解放したものだ。
上記リンクのビデオは映像が終わってしまっているが、拘束を解かれたトラは河の中に停泊した船からビヨーンとジャンプして水中に飛び込み、河岸まで泳ぎついた後、泥地を跳ねながら彼方へと消えていった。
スンダルバンとは、世界最大級のマングローブ森林地帯で、そこに育まれた豊かな大自然と貴重な生態系、トラやカワイルカなどをはじめとする希少な生き物たちで知られる。ユネスコの世界遺産に指定されている。インドとバングラーデーシュにまたがる広大な地域であるが、前者側では『Sundarbans National Park』として1982年に、後者側では『The Sundarban』として1997年に登録されている。つまりひとつの広大な地域『スンダルバン』が、国境を境に別々の遺産となっている。
ラージャスターン同様、スンダルバンでも密漁によるトラの頭数の減少が心配されている。また本来開発が制限されている地域でありながらも、他地域からの人々の入植や伐採などにより、トラが生息できる環境がだんだん狭まってきていることから、彼らの行動圏と人間の生活圏の重なる部分が増えてきていることも大きな懸念材料だ。
スンダルバンで村人が『トラに襲われて死亡』といった事件はしばしばメディアで報じられるところだ。通常、トラは獲物の背後から奇襲することが多いという習性を踏まえたうえで、後頭部にお面をかぶったり、農業や養蜂などで作業をする場所の近くに囮の人形を置いたりして対策を講じているようだ。それでもやはりトラの行動エリアと重なる地域で寝食することのリスクを取り除くことができるわけではない。この大型肉食獣は、本来の『食物連鎖』では私たちヒトよりも上位にある動物であり、他の逃げ足の速い草食動物を狙うよりも、丸腰で単独で歩いている人間を狙うほうが簡単であることは言うまでもない。
西ベンガル政府には、Department of Sundarban Affairsという部局があり、スンダルバン担当大臣までいる重要な部署でもある。バングラーデーシュ政府には、そのものズバリ『スンダルバン省』なるものはないようだが、いずれの国も私たち人類が共有すべき貴重な『世界遺産』としてのスンダルバンをしっかり守っていって欲しいものだ。
しかしながら、ここにもまた人々の生活があり、行政にしてみても財政的な制約があることなどから、保護といってもそう簡単なことではあるまい。豊かな自然を破壊するのは人間だけではなく、ときにその大自然自身もスンダルバンを傷つけることがある。昨年11月にこの土地を襲ったサイクロンは、スンダルバンの大自然にも相当なダメージを与えたようだ。
ともあれ、WHTour.orgのサイトで、インド側バングラーデーシュ側ともに360度画像でちょこっと垣間見てみるのも楽しいし、Digital GrinBangladesh – In search of Man-eaterで、最近のスンダルバンの画像を眺めながら、広大なデルタ地帯に広がる深いマングローブの森林に想いを馳せてみるのもいいだろう。

Bangladesh River Journey

BBC World Serviceによるこのプログラムは、もともと『Climate Change : Taking the Temperature』という特集の中で、地球温暖化による社会への影響を探る試みのなかのひとつとして、バングラーデーシュのデルタ地帯の水際で生活する人々を例にとって2週間に渡ってリポートするものであった。だが先週のバングラーデーシュを襲ったサイクロンと時期が重なり、その被害に関する報道とジョイントした内容になっている。
悠久を思わせる大河の眺めとは裏腹にグローバルな規模で進行中の深刻な気候の変化。ここに取り上げられた写真と文章を見ながら、何か身近なところでできることはないか考えてみるのはどうだろうかと考えさせられるとともに、今回のサイクロンの被害については、本日まで各メディアを通じて耳にしている数字よりも大きな被害となりそうで、たいへん気にかかるところだ。
それでも、バングラーデーシュの豊かな自然、とりわけ水際のとても美しい景色を想うと、いますぐ私もそこに出かけてみたくなる。おりしも乾季のシーズンでもある。バングラーデーシュ側でもインドの西ベンガル州側でもいいのだが、世界最大のマングローブの森、スンダルバンを訪れてみたいなあ、とボンヤリ思う。
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