朝9時の宿の前でオートがやってくるのを待つ。
先日久しぶりにお会いしたジェーティーさんにオートのチャーターを頼んでみたところ、「日本人女性が予約しているのでシェアすることにしては?」と言われたので、そうすることにした。本日向かうのはブジの町から北へ90kmほど進んだところ、Great Rann of Kutch (大カッチ湿原)の周縁部にあたる地域。
カッチ地方には、Great Rann of Kutch(カッチ大湿原)とLittle Rann of Kutch(カッチ小湿原)とがあるが、これらの「大」と「小」はあくまでもこれらふたつの面積の比較上の話であり、どちらも広大な湿原である。湿原とはいっても内陸部や高原などにある湿原と異なり、真水と海水が混じり合うものであることから、モンスーン期にはドロドロの湿地帯、乾季には広大な砂漠状態となるなど、季節によってその姿を大きく変化させる。
ムンバイーのMaghen David Synagogue訪問。1864年にバグダディー・ジューのムンバイーにおけるビジネスの基盤を整えた伝説の人物、David Sassonが建てさせたもの。このエリアは、かつてテキスタイル関係の産業で栄えたエリアで、労働人口を吸収するためのチャールと呼ばれる独特の集合住宅もまだ多く残っている。
この街で現存するシナゴーグはシナゴーグといえ9つほどあるようだが、最も知名度が高いのはムンバイー証券取引所近くのKnesset Eliyahoo Synagogue。これはDavid Sassoonの孫であるJacob Elias Sassoonが1885年に建てたもの。 Maghen David Synagogue、プネーにあり1867年に完成したOhel David Synagogueと併せて、Sir Jacob Sassoon Synagogues and Allied Trustsという基金が運営している。
地元との共存を象徴するものとして、Maghen David Synagogue敷地内にある高校の存在が挙げられるだろう。かつてはユダヤ人子弟のための学校であったようだが、インド独立後から現在にかけて、ユダヤ系の人口が激減しているため、現在ではユダヤ系の基金が運営する「普通の私立学校」となっており、ムスリムを含めた全てのコミュニティの子弟を受け入れている。
値段の割には品物の内容が芳しくなく、値段も割高な中央政府によるCCIC (Central Cottage Industries Corporation of India Ltd.)が運営しているエンポリアムが、「品物を選ぶセンスが良くなり、デザインも品質も優れて、洒落たものを置く」ようになったとしたら、こんな具合になるのだろうか。店内の雰囲気や店員たちの態度も極めてしっかりしており、同店のウェブサイトにある「1905年創立、ボンベイ証券取引所に上場した最初の小売業者」という伝統もダテではなさそうだ。