Rann of Kutch 4

ザイナーバード周辺には食事できるところはどこにもないため、宿では一日三食付いている。宿泊客たちが集まってくると、彼はふんぞり返った姿勢で眼光鋭く彼らを見据えて言い放つのである。
『私が宿の主だ。皆の衆、遠路はるばる来てくれたことを歓迎する。今日は充分に楽しんだか?明日の朝と昼のサファリについても個々の希望に従って取り計るぞ。よって遠慮なく申し出るがいい』
まるで土地の支配者が客人に謁見しているかのようなムードであった。
元宮殿であったり、植民地時代の建築であったりといった、ヘリテージな建物を利用したホテルでもない限り、特に宿泊施設に感想を抱くことはないのだが、ザイナーバードで滞在した宿はなかなか面白かった。
東屋
この地方の民家風に造ってあるコテージや敷地中央にある東屋もなかなか雰囲気が良いとはいえ、特筆すべきほどではない。だがとても印象的だったのは宿の主人であるDさんである。
ちょっと演技じみているくらいに横柄かつ尊大な感じがするこの人物は、40代前半くらいだろうか。ザイナーバード周辺の領主の子孫であるとのことだが、実に映画に悪役で出てくるよう悪徳タークルみたいである。あるいは、映画SHOLAYアムジャド・カーン演じていたところ盗賊ガッバル・スィンによく似た風貌と雰囲気の持ち主で、宿泊客に対しても、初対面では慇懃無礼な印象を受ける。
田舎の人には違いないが、なかなか洒落者でもあり、センスもなかなかのもの。昨日はチベット風の前合わせのエンジ色のガウン。翌日は、ずいぶん派手な地場製のコットンのショールをまとっていた。
粗野かつ傲慢に感じられる振る舞いから、最初は好ましい印象を受けなかったのだが、実はこちらが想像していたような人物ではないことが次第にわかってきた。威張った態度に見えるが、客たちのサファリにも同行しているし、食事やお茶の席にも必ず同席していろいろ会話を交わしており、宿泊客すべてに親しく声をかけて、意見や感想を聞き出す努力を重ねている。尊大に見えるものの、彼なりにいろいろ細やかに気を使っているのであった。
彼は父祖伝来の地であるザイナーバードに単身赴任状態なのだという。子供の教育の関係から、奥さんと息子ふたりはアーメダーバードで暮らしており、半月に一度彼らがここを訪れるためにやってくるのが一番の楽しみであるという。
彼自身は、うるさい都会での暮らしは向かないと言うが、この宿泊施設の運営以外に、もうひとつ彼がここで行なっている仕事がある。彼は近くにある孤児院アーカーシュ・ガンガーの運営者でもあるのだ。
宿泊施設に関しては、仕事をほとんど一人で切り盛りするのが彼の毎日であるようだ。食事の準備と掃除以外は、すべてDさんが取り仕切っており、客のひとりひとりに対する目配りが行き届いており、豪胆そうな見た目とは裏腹に責任感が強く、非常に几帳面な彼の性格がうかがわれる。
その反面、不便なこともある。宿で彼が少しでも不在にしていると、スタッフは何も決めることができないのだ。宿泊費(三食とサファリ付き)の料金交渉、誰がどのクルマに乗って何を見に行くサファリに行くのかといった基本的なアレンジさえも、D氏のみが扱っているため、どのスタッフも『旦那がいないと私たち何もわかりません』となってしまうのだ。
またDさん以外は英語を話すスタッフがいないということについて、西洋人たちからは不満の声を聞いた。『鳥に詳しいエキスパートのガイドが付くと聞いていたのに、 英語ができない人だったから、何を見に行ったのかわからない。私たちは鳥に関して素人だから、ちゃんと説明できる人がいないと困る』というものであった。
ゆえにDさんは、西洋人たちが乗るジープには可能な限り同乗しているようなのだが。 宿泊施設の造り、ロケーションやサファリの内容は良いのだが、Dさんがあらゆる事柄すべてを取り仕切るワンマンなシステムについては大いに考え直す必要があると思うのだ。
しかし硬派で不器用ながらも、日々一生懸命に頑張っているDさんの人柄が気に入って、バードウォッチングのために幾度もこの場所を利用しているというリピーターも少なくない。名物オヤジで客が集まるという稀有な宿泊施設になっているのが面白かった。私もまたいつかここを再訪してみたいと思う。
コテージ入口
室内
<完>

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