大樹のたもとに宿る神性

大きな樹木のもとに人々は集い、やがて木の根本を基壇で囲い、祠も出来上がる。

そうなる頃にはあたりでは市が立つようになり、さらに多くの人々の営みが繰り返されるようになる。

面白いのは、そのすぐ脇にも大きな樹木があるのだが、こちらは基壇までは築かれたものの祠を持つには至らず、ごみ捨て場のようにすらなっている。

樹木であっても、それぞれが持つ徳性のようなものには、持って生まれた器の大小があるように思われてならない。

酒屋

宿泊先の「ホテル・ガンガー・サーガル」にはホテルのグラウンド・フロアーのバーに併設された酒屋があったので、これを買ってみた。カルナータカ州産のブランデーとのこと。

他に誰も客がおらず暇そうな時間帯だったので、いろいろ話を聞いてみると、ひとつ興味深いものがあった。ウイスキーのM’cdowellに「糖尿病患者用」というのがあるのだそうだ。いろいろもっとらしい話をしていたので「ホンマかいな?」と思って聞いていたが、その後ネットで調べてみると、さきほどの話とはかなりニュアンスが異なり、名前どおりダイエット使用のウイスキーらしい。それはそれで変な話だが。もともとウイスキキーはもともと糖質はほとんど含まないはず。アルコールのカロリーをオフにするには、度数を下げるのか?それだとウイスキーにならないし、仮に「低アルコールウイスキー」なるものであったとして、それで「濃いめの水割り」を作ったら、通常のウイスキーで普通の水割りで飲むのと変わらないのでは?

ふと窓の外に目をやると、このあたりからゴアを含むコーンカン地方まで続くラテライトの大地。気泡がたくさん入ったラテライト質の岩石もよく建築に使われるなど、印象的だ。

ラテライト質の赤い大地
建材として使われるラテライト質の岩石

ウドゥピの海岸風景

ウドゥピの海岸地域の地形

ウドゥピの地図を見ると、こんな長い砂州かがある。ケーララだけでなく、カルナータカの沿岸地域にもバックウォーターを形成している地域はけっこうあるのだが、これほど長い砂州の眺めはどうなっているのか?と思うと、やはりいてもたってもいられず、オートで出かける。

街の側から渡れる橋は2箇所あり、北側のほうから越えたのだが、そのあたりは大きな漁港になったおり、無数に停泊している漁船の姿が壮観。

砂州にはもちろん良質な砂のビーチが延々と連なっている。外海のほうはきれいな海水、バックウォーターとなっている部分はちょっと淀んだ感じ。

外海
バックウォーター

福岡県の志賀島の海の中道みたいなロケーションなのですが、かなり背の高いヤシの木が視界を遮るため、道路を走る分には両側が水際の細長い砂州にいるという感じはあまりしない。ドローンでも持って行って上空から撮ると実に素敵な眺めが撮影できそうだ。

砂州にはまばらに民家、商店、宿などが点在。北端から南端まで走ってみようかと思ってスタートしたものの、その後の景観はかわり映えしないので、適当なところで折り返してもらった。

街に近いにも関わらず、人口密度は低くてビーチもきれいだし、とても魅力的。こういうところに点在する小さな宿に滞在してのんびり過ごしてみると良さそうだ。ウドゥピは実に好感が持てる。

トリスールでパリクラマー

トリスールの街の中心にほぼ四角形の大きな土地があり、その中心に名刹ワダッカムナータン寺院及びこれに従属するいくつかのお寺が集まっている。

この四角い土地を「ラウンド」と呼ばれる環状道路事情が囲んでおり、その東西南北をそれぞれ「ラウンド・イースト」「ラウンド・サウス」「ラウンド・ウェスト」「ラウンド・ノース」と称している。道路は一方通行で時計回りに交通が流れている。ちょうどロータリーがとびきり巨大になったイメージだ。

これにより街を代表する大寺院の周りでパリクラマー、つまり仏教やヒンドゥー教寺院などで普遍的に見られる「時計回りに巡拝」することになるわけなので、特別な意味が加わる。例えは大げさかもしれないが、カイラス山周辺を五体投地しながらぐるりと巡礼するイメージだ。

朝から晩まで、そして深夜から未明は交通量はたいへん減るとはいえ、毎日どれほど多くの人たちがワダッカムナータン寺院の周囲をパリクラマー(巡拝)していることになるのだろうか。

ここを観光客として訪問する我々も例外ではない。街の造りの関係上、一度や二度は意識せずともパリクラマーを行っていることになり、トリスールの街が功徳を積むことに貢献しているのだ。私も徒歩でこれを実施してみることにした。

宿の共用スペース

あまりの大音響にコップの水の表面が揺れる。

宿近くのカトリック聖堂敷地内の特設会場でミサが開かれているのだか、賛美歌のボリュームが凄まじいのだ。終わるまでは仕方ない。

それはそうと、本日の宿の最上階は共用スペースになっている。こういう共用スペースがあると滞在が楽しくなる。

西洋人はいないけど、宿の人をまじえて一人旅のインド人の女の子と話ができて楽しかった。ビハールのパトナー出身だがチェンナイでIT企業に勤め、クリスマスから年始にかけて休みを取ってしばらくコーチンに滞在とのこと。

昔は・・・といってもどのくらい遡るかによるが、80年代から90年代前半くらいだと、宿で一人旅の若いインド人と会うことはほとんどなかったし、しかも女性というのは皆無だった。

ものすごくお喋りでずんずん前に出てくる人だ。たぶん頭の回転も早くてすごく仕事もデキそうな感じ。こういう若い人たちが今のインドを引っ張っているのだろう、きっと。

民家をそのまま宿に転用してある。