タチレク 1

ミャンマー入国

ミャンマー側で10ドル(または500バーツ)の「入国料」を支払いパスポートと引き換えに預かり証を受け取ると入国手続きは完了。事前にヴィザを取得していれば、ここからミャンマー各地に足を伸ばすことも可能だ。許可を取ればチャイントーンまでは行けるようだが、そこからさらに先に行くにはヴィザが必要である。

タチレクの入国管理事務所には「E-Visa」のカウンターもあった。空港からの入国のように、自国等で申請しておいて、ここで入国する時にヴィザを発行してもらうことも可能らしい。

橋を下りたところからタチレクの町だ。何人もの客引きがいるが、どれもトゥクトゥクによる市内観光や移動を斡旋しているようだ。そうした中にひとり、サリームという長身の男性がいた。インド系ムスリムでウルドゥー語が通じる。

しばらく徒歩でタチレクの町を散策してみた。やはり南アジア系の人たちの姿をチラホラ見かける。店で商売を営んでいるヒンドゥーの人たちはネパール系の人たちであることが多く、たいていは普通にヒンディーが通じるようだ。

しばらく歩いた先にティーハウスがあり、幾人かインド系ムスリムたちがいたので、店に入ってしばらく話をしてみることにした。ここは彼らの溜まり場になっているとのことで、たいていは地元在住の人たちではなく、タウンヂーその他のミャンマー各地から商売の都合で来ているとのこと。タイとの国境であることから、いろいろ商機があるそうだ。

私はビルマ語もタイ語もできないが、彼らはけっこう普通にウルドゥー語を操るので、ここにあってはなかなかありがたい存在だ。また、彼らにとっても彼らの父祖の言葉が通じる日本人は珍しいらしく、大変フレンドリーである。

茶店でくつろぐインド系ムスリムの人たち

この中にいたアブドゥルさんは、移民四世とのことだが、それほど世代を経ても、ちゃんとウルドゥー語を話すというのは、ヤンゴン、マンダレー、スィットウェなど他の街でも珍しいことではなく、南アジア系ムスリムのコミュニティが今でも機能していることの証でもあるだろう。

また、ウルドゥー語自体がミャンマーに暮らす南アジア系ムスリムが身につけておきべき教養のひとつであり、彼らのアイデンティティでもあることから、彼ら自身の先祖がこれを母語としなかったベンガル系ムスリムもこれを話す人が多い。加えてヤンゴンのダウンタウンでは珍しくないイラン系ムスリムたちもこの範疇に含まれることは特徴的だ。

そうした背景もあることから、ウルドゥー語を話す外国人がいると「彼も当然ムスリムだろう」ということにもなってしまうため、ミャンマーにおけるウルドゥー語とは、民族的な出自を示すシンボルというだけではなく、宗教上の帰属をも含めた象徴的な意味合いがある。

ティーハウスの向かいにはマスジッドがあったので見学してみる。回族の中国人が建てたものであるとのことで、道路に面した門や本堂の入口などに、漢字でいろいろ書かれている。とてもキレイにメンテナンスされているので、相応の回族人口があるのではないかと思われる。

回族が建てたマスジッド

ちょうど金曜日でもあり、さきほどのティーハウスにいたインド系の人たちに、どこに礼拝に行くのか質問しておけばよかったことに気が付いた。

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メーサイからタチレクへ

メーサイの宿泊先で朝食後にチェックアウトのため荷物をまとめていると、大きなトラックが大通りを駆け抜ける音がしたと思ったら、いつまで経っても騒々しい。トラックでなくて大雨だった。30分ほどで止んだが、周囲の山に低い雲がかかっており、しばらく天気は悪そうだ。

このあたりは丘陵地帯になっており、あまり見通しは良くない。そういう地域であるがゆえに少数民族も多くて独自性があるのだろう。

昔は小さなマーケットのようであったメーサイと、これまたこじんまりとしたタチレクの町の間を流れる細いルアック川(東へしばらく流れるとメコン河と合流)に架かる橋があるだけであったが、今では橋両側に両国の出入国事務所の大きな建物ができている。とりわけタイのものが大変立派だ。

向こうに見えるのはタイ側の出入国管理事務所

イミグレーションは、タイ・ミャンマー人用のカウンターとその他の国の人のカウンターとに分かれている。タイを出国して橋を渡っていると、その橋を渡るクルマが橋の真ん中あたりでタイ側の左側通行、ミャンマー側の右側通行からそれぞれ反対側の車線にスイッチしていくのが面白い。ちょうどそこの部分でタイとミャンマーの間の30分の時差が生じる。

橋の真ん中あたりで、掲げられている旗がタイ国旗からミャンマー国旗に変わる。

橋の上を移動する車両も左側通行(タイ)から右側通行(ミャンマー)にシフト

ミャンマー側のゲート

ミャンマー側に入ると、タイ側と同様に橋の両側にマーケットが広がっているのだが、タイ側よりも概ね建物の背は低く、粗末である。人に尋ねていないのでよくわからないが、こちらではけっこう停電があるのではないかと想像する。

ミヤンマー側のイミグレーションでパスポートを提示すると、ボーダーパスの紙が発行され、パスポートはミャンマーのイミグレーション預かりとなる。帰りに橋の反対側サイドの出国用イミグレーションのほうで返してくれるのだという。

それはいいとして、入国時に500タイバーツあるいは10ドルを徴収するというシステムは軍政時代から変わらない。こういうのはもうちょっとオープンにならないものなのだろうか。

イミグレーションを終えて出たところには、タチレイの町の観光を斡旋する客引きたちが声をかけてくる。

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メーサイ2 サイババ寺院

タイ側の出入国管理事務所

メーサイは、国境での人の行き来と交易で栄える町なので、「町の中心」は、当然のことながらミャンマーへの入口のエリアとなる。画像中央に写っているタイ側の出入国管理事務所の手前には各種雑多な商店や事務所などが連なっているが、ここから離れるに従い、商店等が林立する密度は低くなってくる。ミャンマー側のタチレクでも事情は同じであることから、行政区分どころか所属する国さえも違うのだが、国境にまたがるひとつの町といえる面もある。

タイ側とミャンマー側を繋ぐ橋にかかる国旗は、真ん中でタイのものからミャンマーのものに変わっている。

町を歩いていると、「Aum Sai Ram」と書かれた看板がある路地に思わず吸い込まれてしまう。

Aum Sai Ram

SATYA SAI FOUNDATIONとある。

コンクリートのビル裏手に回っても、特に何も見当たらず、踵を返そうとすると、ビルの窓から声をかけてくる人があり、振り向いてみると、若いインド系の女性の姿があった。
「何かお探しですか?」
彼女の家族が、メーサイにあるサイババ寺院の世話人であった。ビルの並びにある鉄扉に閉ざされた敷地に大きな建物があり、そこにお寺が入っていた。
彼女はカギを開けて室内の電気を点けてくれた。
「ごゆっくりどうぞ。」
遠慮なく参拝させてもらうことにした。

サイババ寺院入口

本堂

帰りに再び彼女に声をかけてからお寺を後にしたが、その際に彼女の母親とも少し話をすることができた。風貌も名前も典型的なパンジャービーであった。時折、この地域に暮らすインド人たちが集まってバジャンを奉納したりしているとのこと。都合が合えば、ぜひ参加したいところだ。

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メーサイ1 到着

メーサイでの滞在先は、昨年開業したばかりの宿。バンコクの大学で建築学を学び、しばらく建築家として首都で仕事をしていた青年が、故郷に戻り実家の敷地内に建てたのがこのゲストハウス。彼は都会的な感じのする30代半ばの男性で、建物はもちろん、インテリアやファニチャー類はすべて自分でデザインしたとのこと。彼の実家は、メーサイで家具工場の経営もしているそうだ。なかなかの「こだわりの宿」のようで面白い。

家族経営のエコノミーなゲストハウスなので、このまま宿泊客の評判が高まって人気の宿となるか、本人や家族が燃え尽きて、場末の宿と成り果てるかは、この経営者本人次第だ。

外はすでに暗くなってくる。タイ各地でチェーン展開するピザ屋に入ってみると、タイ語メニュー以外に中国語のものもあった。英語を差し置いて中文があるくらいなので、それほど中国人訪問者が多いのだろう。カウンターで注文を受ける若い女性は、私と同じ程度の非常に怪しげな中国語で話しかけてくる。やはり中国語は世界を席巻しつつあるのだろう。

食事を終えて、外に出る。あたりに屋台がいくつもあるのだが、路上に置かれた席は空いているのに、若者、主婦その他の年齢や家族構成もバラバラと思われる多様な持ち帰り客が行列を成している豚足ぶっかけご飯屋台があった。一人前で買う者もあれば、10人分ほどまとめて購入するお客もある。

ここの屋台は持ち帰り客で行列だった。

そんな様子から、店主のおばちゃんの愛想や応対はイマイチながらも、味はそこそこ定評があるのだろうと判断して、私も持ち帰ってみることにしたが、宿で食べてみると、これが大変素晴らしいものであり、お代わりを注文しに再度おばちゃんの元に走らないと後悔すると判断したくらいだ。

田舎町の屋台で埋もれてしまうには、非常に惜しい才能ではないかと思う。

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カオサンロード


特に用事はないのだが、近くまで来たついでに立ち寄ってみた。いつもながら盛況だ。
相変わらず沢山のタトゥー屋がある。近年はこうしたものを入れる人がどこの国でも増えているので、かなり儲かっているのだろう。
ノースフェイスのフューズボックスのコピー製品があちこちで売られているが、実に良く出来ている。本物よりもカッコイイ、ひと回り小さなモデルまであったので、ついつい欲しくなってしまったくらいだ。

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