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カテゴリー: travel

  • PATAN MAHAL

    PATAN MAHAL

    こちらはラージャスターン北部、パータンの旧領主の宮殿がホテルに転用されたもの。

    そういうホテルはとりわけラージャスターンやグジャラートには多いが、6,000 Rs強から利用できるというのはなかなか魅力的ではなかろう。ロケーションが辺鄙なところらしく、やはりマイカー時代が到来したこと、インドの人々の間での「旅行ブーム」が「旅行する習慣」として定着したことにより、不便な場所にある中小規模の宮殿や館などが宿泊施設として利益を上げることが可能になったのだろう。

    90年代に入るあたりでは、放置されて荒れ放題だったヘリテージ建築がどんどん活用されるようになっている。おそらくこの物件もそのような具合だったのではなかろうか。

    Patan Mahal – a heritage home (Patan Mahal)

  • そのとき歴史は動いた

    そのとき歴史は動いた

    インド鉄道史の中で有名な苦情の手紙。お腹の不調で駅に置き去りになったオキル・チャンドラー・セーン氏が1902年に鉄道当局宛で書いた内容。当時の列車にはトイレは付いていなかったとのことだ。

    この訴えが鉄道関係各署で共有されることとなり、客車にトイレが設置されるようになったという有名なレターである。もちろん彼以外の多くの人々も動揺の意見を持っていたのではないかと想像されるが、当時は列車にトイレがないというのが常識であったため、「まぁ、そういうもの」と我慢して、行き違い等で長時間停車する駅、何かの理由で駅間で停車した際に手早く済ませていたのかもしれない。

    それにしても「大」のほうであったら、なかなかそうもいかないし、知らない駅でトイレを探したところで先客がいるかもしれない。とてもスリリングであったに違いない。それに女性だとなおさらのこと大変で、列車の移動の際には極力水分を控えたり、乗車する時期についても考慮したりなど、涙ぐましい努力があったのではないかと思う。

    鉄道駅員や列車内の車掌等に文句を言ってもどこかに反映されることはないが、しかるべきところに文書で送ると、きちんとした対応がなされるかもしれないというのは今も昔も同じ。

    Indian Railways History – Interesting Story about Okhil Chandra Sen letter (changestarted.com)

  • ガンター・ガル

    ガンター・ガル

    いわゆる「ガンター・ガル(クロック・タワー)」はインド亜大陸各地の街の中心地などで、19世紀末から20世紀初頭にかけて建てられた。

    近代化の象徴であり、今の時代の時間の観念の草創期であったと言えるだろう。

    インドの伝統的な時間区分は「ペヘル」で、1日は8つのペヘルから構成されている。そして1日の始まりは午前6時からである。

    それがゆえに現在も「正午」、「お昼あたり」のことを「ドー(2)・ペヘル」と言うわけである。

    急速に近代化が進んでいった時代、生活の隅々まで24時間制が浸透するまで、そう時間はかからなかったはず。今もこうした「ガンター・ガル」が各地で健在であるのを目にすることができるのは嬉しい。

    ある方から聞いたのだが、こうした「ガンター・ガル」についてとりまとめた本があることを最近知った。amazon.inで調べてみるとハードカバーで1,600Rsの書籍で、インド全国57の街にある99もの時計塔をとりまとめたものであるそうだ。

    これはぜひ入手してみたいと思っている

    書名 : CLOCK TOWERS OF INDIA

    著者 : Dr. Yatindra Pal Singh

    出版社‏ : ‎ Blue rose publishers

    ISBN-10 : ‎ 9354272568

    ISBN-13‏ : ‎ 978-9354272561

  • 昔々の旅行案内書

    昔々の旅行案内書

    こちらは1921年にカルカッタで発行されたダージリンとヒマラヤ鉄道の案内書復刻版。

    内容が古くなると用をなさなくなるガイドブックも、これほど時代を経ると、当時の町中の有様や習俗を記した歴史的価値も生じてくる。同様の内容で、別の著者による1890年代発行のものもダージリンにて購入したが、その30年間での物事の進展も窺うことができて興味深い。

    後発のヒルステーションにして、カルカッタからデリーへの遷都後にインド夏の首都と称されるようになったシムラー南方にもうひとつのヒルステーション、今も創作活動を続けているアングロ・インディアン作家ラスキン・ボンドの故郷でもあるカサウリーがある。

    前者は行政の中心であり、かつ文民の避暑地であり、平地酷暑季の勤務地あったのに対しで、こちらは主に軍の駐屯地であり、地元のリソースを生かした産業、たとえば良質な水を用いた酒の大きな醸造所があったのと同じように、先発のダージリン南方にあるカルスィヨンも同じような性格があったようだ。

  • ムンバイ空港の設計企業

    ムンバイ空港の設計企業

    中東趣味のムンバイ空港。総体的にやはりアラビア方面への玄関口でもあるわけだが、どこの建築家が受注したものなのだろうか・・・と思いきや、インドを本拠地とする多国籍企業Larsen & Toubroという会社だが、1934年にインドにやってきたデンマーク人による事業が前身となっており、現在の名前の企業として発足したのは1946年というユニークな歴史を持っている。

    ユニークと言えば、それだけではない。デヴィッド・リーン監督の映画「戦場にかける橋」の撮影に使うため、スリランカでこの橋を建設したのもLarsen & Tourbroであったとのことだ。

    映画「戦場にかける橋」から

    The Story of Larsen & Toubro Construction Company (Linkedin)

  • インド国鉄の予約システム

    インド国鉄の予約システム

    今さらながらではあるが、IRCTCの予約システムは大きく進化していて、簡単に予約できるようになっている。もはや他の旅行予約サイトを通じてブッキングする必要はないと言える。検索の際にいちいち予約クラスを指定せず、「すべてのクラス」で検索し、出てきた結果からそれぞれのクラスの空き状況を確認できるようになっている。

    またそのものズバリの駅名を入れなくても近隣の駅を含めた検索をしてくれるし、選択した×××ジャンクション、×××カーント、×××シティーといった同じ街の名前が入っている異なる駅がひっかかってきた場合、「あなたの指定したのは×××シティー駅ですが、これは×××カーント駅です。それでもよいですか?」といった表示が出る。またこちらの指定した区間を直行する列車がない場合、いくつかの乗り継ぎを含めた提案をしてくれるのだ。以前はこんなことはまったくなかった。

    当時のシステムでは、なんとか進んでいっても支払いのところまでたどり着いても、そこでエラーになり、ガックリさせられたものだが、操作の安定性の面からも信頼できるものとなった。

    コロナ禍前の話になるが、鉄道予約の際には、IRCTCのサイトから直接購入するのではなく、Cleartripというインドの旅行予約サイトの鉄道予約システムが秀逸だったので、そちらを利用していた。Cleartripが独自の鉄道予約システムを持っているわけではなく、同社のシステムがIRCTCのシステムと連携して予約できるようになっていたのだが、そちらのほうが、おおもとのシステムから直接購入するよりも安定的かつスムースというのはおかしなものだと思っていた。また、PCサイトからだとインドの携帯電話番号の入力、インドの携帯に送られてくるOTPの入力といった、日本在住者にとっては困ったハードルがあったが、なぜかスマホアプリではそれが求められないので手軽に使えるという利点もあった。

    ・・・と過去形になるのは、Cleartripでは現在鉄道予約の扱いはなくなっており、一時期は取り扱いのあったバス予約もなくなり、そしてホテル予約システム自体は以前から貧弱であったため、後発のmake my tripその他、新興の予約サイトに押されて、もはやオススメできる予約サイトではなくなっているからだ。敢えて民間の旅行予約サイトでインド国鉄をブッキングしたいというのであれば、ixigoの評判が良いようだが、今やIRCTCのシステムがしっかりしているので、その必要はないだろう。

    あと、進化といえば助かるのは、何かあった場合に問い合わせ先のメルアドに質問等を送ると、数時間から半日程度できちんと回答がきたり、ちゃんとした対応をしてもらえることだ。こんなことは当たり前のように思うかもしれないが、以前はメールしてもなしのつぶてということが多く、Skypeでインドのコールセンターにかけないといけなかったからだ。

    ただいくばくかの不満もある。PCで閲覧するウェブサイトもスマホのアプリも、幾度からログインに失敗(なぜか続くことがある)すると、「アクセスが禁じられています」と表示されてしまい、しばらくしてほとぼりが冷めてからでないと、システムが不通になってしまうことだ。どうしてそうなるのか?

    急いでいる場合は困るし、車内で検札がきた際にスマホアプリで見せるつもりがこうなったりするのも困るので、念のためeチケットは印刷しておいたほうが良いかもしれない。

  • 乗り合わせの巡り合わせ

    乗り合わせの巡り合わせ

    成田国際空港

    インドまでのフライトは長い。途中乗り換えが入る場合には、その分の待ち時間も加わるのでさらに長い長いものとなる。その間、たいていは無言の行となり、退屈しのぎに本を開いたり映画を観たりするのだが、その中でときどきウトウトしつつも、退屈極まりない時間であることは間違いない。

    ビールと映画あるいはウイスキーと本で暇つぶし

    そんな中で、たまたま楽しい話を聞ける相手と乗り合わせると、時間が飛ぶように過ぎていく。バンコクで乗り換え便の出発待合室で隣に座った若いインド人女性は千葉に住んで日本語学校に通い始めて10ヶ月とのこと。日本語はなかなかうまい。卒業後は日印間で通訳として働きたいとのこと。千葉ではスーパーでアルバイトしているとのこと。日本で進学するつもりはないそうだ。おそらくインドで大学は出ているのだろう。

    スワンナプーム国際空港

    そして、バンコクからムンバイまでのフライトで隣り合わせた人は、仕事か旅行でのインド行きのように見えたのだが、「結婚式のためにインドに来た」とのこと。てっきりお友達の結婚式に出席するのかと思いきや、ご自身がこれから結婚式を挙げる新婦さんであった。日本でIT企業に長く勤めているインド人の新郎さんは先に実家がある現地入りをしているとのこと。しかもインド舞踊を通じてインドと関わっているとのことでもあり、私にとってまったく接点のない「舞踊のインド」の話もたくさん聞くことができて楽しかった。

    座席でひたすら映画を観ていても、酒を飲んでうたた寝していても、等しく時間は過ぎていく。インドへのフライトの中には、様々な形でインドと関わる方々も乗っているので、このような形で、たまたま乗り合わせて話を聞く機会を持てるとたいへんありがたい。

    何はともあれ、ご結婚おめでとうございます。

    ムンバイへの機内
  • 機内の「スカイチャット」

    機内の「スカイチャット」

    タイ国際航空機内での画像だが、座席のモニターに「スカイチャット」なる機能がある。同乗の人と座席が離れ離れになってしまったような場合、これはなかなか便利かもしれない。

    普段は常時ネット接続環境にあるため、電話でもSNSでも気軽に連絡を取ることができるが、機内ではそうではないため、直接言葉を交わすしか手段がないからだ。

    ただし、これを使ってナンパを試みる者もいそうな気がするし、出張などでわずらわしさを避けるため、わざわざ同行者と離れた座席にしたのに、仕事のことで連絡が入ってわずらわしい思いをするというケースもあるかもしれない。

  • タイのバーガーキング

    タイのバーガーキング


    スワンナプームのターミナルのバーガーキングで「ワッパーチーズ(単品)」を買ったが、単品でなんと338バーツ。なんとなく手持ちのタイバーツで払ってしまったが、調べてみると、本日のレートで1300円でビックリ。

    これはどうやら「空港レート」らしく、タイのバーガーキングのウェブサイトにある価格とは異なる。

    しかしこれまた驚いたのは、市中価格であっても、日本のバーガーキングの価格よりもかなり高いこと。

    同じ「ワッパーチーズ(単品)」でも、日本では690円タイでは855円

    となる。日本における店舗とタイでの店舗ではマーケティング上の位置付けや客層の想定が異なるからなのだろうけれども。

  • MBKでフカヒレ

    MBKでフカヒレ

    バンコク市内にはフカヒレを食べさせる店が多いが、エコノミーに済ませたい私はMBKに行き5Fフードコートでフカヒレスープを注文。廉価な分、折れたものや小型なフカヒレが多いとはいえ、入っている量は多めなのでおすすめ。250Bなので日本円でちょうど千円となる。最初にフードコートの食券としてのカードを買い、そこからそれぞれの店で差し引いてもらう仕組み。使い切るか店を出る前にリファンドしてもらうことが必要。

  • ナームダーリー・サンガト

    ナームダーリー・サンガト

    バンコク中心部のアソークにあるナームダーリー・サンガトへ。

    本国ではマイノリティーながらもタイでは存在感があるナムダーリー。パグリー(ターバン)は白。小さく巻くのでひと目で他のスィクと違う>

    バンコクにおけるナームダーリーの人口について「700人以下。出入りはあるが、たぶん500人前後かな?」というのが関係者のお話。

    タイではバンコクとチェンマイに寺院があるとのこと。参拝後、プラサードをいただく。パンジャーブその他のグルドワラーでいただくものと同じようなものだ。

    ここでチョーキーダールをしているクマールさんは、ネパール系ビルマ人とのこと。祖父の代に英軍が日本と戦闘する際の徴用に応じてグルカ兵として渡ったそうだ。ビルマ情勢も経済も良くないため、ツテを頼り、タイで働くネパール系ビルマ人は多いが、彼もそういう中のひとり。

    献花はやはりキク科の花というのが仏教/ヒンドゥー圏における伝統。タイではさらにお寺奉納等のために「マーラー(花輪)」がしつらえてあるので、インド文化圏のすぐ外縁にあることを感じる。マーラーといえば、「マーラー・ドゥィープ」転じてMaldives(=モルジブ)という国名など、影響下にあった地域の言語基層部に今もしっかりと息づくサンスクリット語彙という遺産。

    インドは偉大なり。

  • スコタイ空港

    スコタイ空港

    今回の旅行直前にこの空港の特徴について知るところとなり、ちょっと興味を引かれていた。ご存知のとおり、空港は国あるいは空港公団所有、公団あるいはそこが委託した企業が運営というのが定番だ。しかしここはバンコクエアウェイズが所有し、同社自身が運営するという変わったものである。

    だがバンコクエアウェイズ自体が単なる航空会社ではなく、バンコクエアウェイズを中核企業とする財閥で、旅行業を中心としたサービス関連事業を行う事業体でもある。

    そんなわけでターミナルビルはビーチのリゾートホテルのロビーのような吹き抜け。お寺のお堂をモチーフにしたような室内空間を持つ、空港らしからぬ待合室になっている。こうした演出は実に巧みなタイ。

    空港敷地内は、スコタイの遺跡を移築したかのように年季の入った仕立ての仏教建造物風のものが散在していてびっくりする。おそらく最初からレプリカを造ったのではなく、譲り受けて移築した「本物」もあることと思われる。

    敷地内にはミニサファリのようなものがあり、シマウマが放牧されている。私は見かけなかったがキリンもいるらしい。

    乗客全員対象に簡単な飲み物とスナックが提供される。

    「空港」と言ってもいろいろあるものだ。朝夕の1便ずつしかない田舎の小空港で、ここまで凝ったものは、他国にもなかなかないのではないかと思う。(遺跡公園風の部分が撮影できていないのは心残り)

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