ヤンゴン駅発バゴー行きの7UPという急行列車に乗りこんだ。ここを出て2時間あまりで到着する最初の駅がバゴーである。モン族の王朝の古都で英領時代にペグーと呼ばれていた。
アッパークラスの車両では通路左側に一列、右側に二列の大型な座席が並んでいる。リクライニングもついていてなかなか快適だ。この列車はバゴーを出てからさらに北上を続け、マンダレイなどにも10数時間かけて走るのだが、そんな長距離でもこれならば寝台でなくとも充分耐えられそうだ。これで空調が付いていると更に良いのだが。


ちょっと見まわしてみて、車両の造りがずいぶんインドのそれに似ているなあと思った。まず気がついたのは前席背面に付いている折り畳みテーブルである。ここに『SUTLEJ』の文字が入っているので、ひょっとしてこの車両はインド製ではないのだろうか。そう気がつくと、天井の扇風機、壁のプレートの合わせ目の細いアルミ板のシーリング、戸の引き手や窓の造 り、つまり外側の鎧戸、内側のガラス戸、そして座席番号を示すプレート等々、どこに目をやってもインド風である。
果たしてトイレに行こうと出入口のほうに行ってみると、トイレのドアを開けるとそこにあったのはまさしくインドの車内風景であった。そして手を洗おうと差し出すとそこには見慣れた蛇口と金属の洗面台。シンクの縁にはインド国鉄のマークまで入っていて、ちょっとビックリ。上に目をやると、そこには『Railcoach Factory, Kapurthala』というプレートがあった。これは紛れもないインド製車両であった。
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デリー発ラーホール行き列車でテロ
デリーからパーキスターンのラーホールに向うサムジョーター・エクスプレスは現在往復週二便運行されているが、日曜日にデリーを出発したこの列車が深夜前後にパーニーパト付近を通過中に二度爆発し炎上。乗客の7割以上がパーキスターン国籍の人々であったとされるが、現在までこの列車に乗り合わせていた人々のうち66名の死亡が確認されている。
タイミングからして、明らかにパーキスターン外相が今月20〜23日の予定でインドを訪れる直前を狙って印パの対話を妨害しようという、両国間の関係改善の流れに揺さぶりをかけようという試みなのだろう。犯行グループが所属すると思われる組織名がふたつばかり挙がっているものの、まだどちらからもテロ実行に関する声明は出ていない。いかなる主義・主張があろうとも、こうして人々を巻き添えにする暴力が正当化されることはないし、一般市民の共感を得ることはあり得ない。
それでも両国の人々にとって相手国への不信感を生じさせ、今後政府間の対話に大きな差し障りを生むことは確かだろう。まさにそれこそが犯人とその背景にあるものの目的であり、現在の両国の対話ムードに冷水を浴びせることができれば大成功といったところであろう。それにしても印パ分離以来すでに60年経とうかというこの時代になってもその悲劇を逆手にとってこうした事件が起きるのは実に悲しいことである。
どの国にあっても、私たち普通の市民にとって一番大切なことは世の中が平和であること、日々の暮らしが安全であることなのだ。血を流すような抗争、身内や自分自身が命を落とすかもしれないような争いなど誰が欲するものだろうか。不幸にもこの事件で犠牲になられた方々の御冥福をお祈りするとともに、無辜の市民を犠牲にする暴力に対して大きな怒りを表明いたしたい。
Samjhauta Express blasts (The Times of India)
暇中楽あり

世界有数の鉄道大国インドでやたらと長距離を走る列車は珍しくない。デリーを夜10時半に出て終点プーリーに翌々日の早朝5時半に着くプルショッタム・エクスプレス、デリーを午後9時前に出て三晩過ごした後に早朝4時にアッサムのディブルーガルに到着するブラフマプトラ・メールのように足かけ4日かかるものなど、さすが大きな国土にワイドな鉄路のネットワークを広げている国だけある。
ヒマな車内で、膝元に広げた活字に目を落としていれば車内の振動で目が疲れて眠くなり、車窓を眺めていても似たような風景が延々と続いているので飽きてしまうものだ。それでも移動する距離が長ければ長いほど、ふと気がつくと周囲の風景が一変していたり、途中から乗り込んでくる人々が手にする新聞の文字、彼らの話すコトバが違ってくること、駅のホームで売られるスナック類が違うものになっていたりすることなどに、この国の大きさを感じたりするものだ。陸路の長旅は退屈だけれども楽しい。
その中でも最も長い距離を行く汽車といえばヒムサーガル・エクスプレス。ジャンムー・ターウィーからカニヤクマリまでの3751キロを73時間半かけて走る。月曜日の深夜近くに出発して木曜日の深夜過ぎつまり金曜日に日付が変わってから到着するため足かけ5日かかることになる。逆方向のカニヤクマリからジャンムー・ターウィーへは金曜日午後2時過ぎに出発して月曜日の午後2時前に着く4日間の汽車旅である。
距離はもちろんのこと、J&K、パンジャーブ、ハリヤナー、デリー、ウッタル・プラデーシュ、マディヤ・プラデーシュ、アーンドラ・プラデーシュ、タミル・ナードゥ、ケーララと九つの州をまたいで亜大陸を縦断する。これほど沿線の景色、気候、人々や風物が大きく様変わりする列車は世界でもあまり例がないはずだ。北インドの酷寒期に空調無しのクラスで起点から終点まで利用するには、冬物から夏物までの衣類を持参する必要がある。
今では時間がもったいないので長距離の移動には飛行機を利用する。そのためこんな長い距離の汽車に乗る機会はなくなった。でも入れかわり立ちかわり乗り込んでくる他の乗客たちとおしゃべりしたり、大きな駅に停車するたびに繰り返される喧騒や物売りの様子を傍観していたりしながら、有り余る暇を無為に過ごす余裕(?)が欲しいものだと時に思う。
メトロが変えるか? 街の風景

先日、ムンバイー・メトロのことについてアップした後、インディア・トゥデイ(10月4日号)に各地で広がるメトロ建設計画について書かれた記事が掲載されていることに気がついた。
それによると、アーメダーバードとコーチン以外にも、バンガロール、ハイデラーバードでもこうしたプランがあり、コルカタでも市街東部にネットワークを広げることが構想されているとある。都市部の過密化が進む中で、交通渋滞の減少およびスピード化というふたつの相反する効果が期待できるうえに、公害と交通と減らすことにも貢献するため、まさに時代の要請にマッチするといったところらしい。
個人的には既存のバス等の交通機関に較べて安全性と質も格段に高く、公共交通機関というもののありかたについて大きな指標となりえることからその存在意義は極めて大きいと考えている。ちょっと想像してみるといい。インドでクルマもバイクといった自前の足を持たず、でも運良く自宅も職場もそれぞれメトロの駅近くにあったとすれば、毎日それで通勤できたならどんなに楽なことだろう。たとえすし詰めの満員だって他の交通機関よりもずっと安心だ。
メトロのネットワークが広がるにつれて、また他の交通機関と競合する部分が多くなるに従い、既存の交通機関のクオリティの向上もある程度期待できるだろう。またコルカタで検討されているように利用者たちの利便を図るため、市民の足として相互補完するためバスとメトロの走行ルートや停留所などの調和や共通チケットやパスといった構想もやがて当たり前のものとなるのかもしれない。
渋滞、長い信号待ち、事故などによる遅れなどもあり、時間的にあまりアテにならない都会の路上交通よりもずっと正確に動くメトロは、ときに細い道を通ったり複雑なルートを取ったりするバスにくらべて、同じ時間かけて進む距離も長い。そのため人々の通勤圏も広がり都市圏をかつては思いもよらなかった遠い郊外へと拡大できる。
人々はそこにマイホーム取得の可能性を感じ、需要をアテこんだデベロッパーが開発を進める。それまで二束三文にしかならなかったような土地の資産価値がグンと上がり・・・といったお決まりのパターンとともに、周辺の小さなタウンシップを呑み込む形で市街地が拡大していくことになる。こうした動向の副産物として、いつしか都心部(デリーに限らず)の旧市街などからより条件の良い地域に流出する人々や店などが出てくるといった、いわゆるドーナツ化現象が起きることもあるのだろうか。
それはともかくこうした動きの中で、インドの街にありがちな極端な過密さも多少緩和される・・・といいのだが。
ただしメトロ建設の問題は、インドのような途上国にとって実に高い買い物であることだ。先述のインディア・トウデイの記事中には、世界中のメトロで経営的に成功しているのは香港と東京くらいと書かれているのだが、果たして本当だろうか。
でも極端な話、車両と人員と運行ルートさえ確定すればすぐにでも開始できるバスのサービス(しかも前者ふたつは往々にして民間業者による請負が多い)に比較して、メトロというものは都市交通機関としては初期投資も維持費もケタ違いに高いことを思えば、あながちウソではないのかもしれない。
こうした夢が描けるのは、もともとのスタート地点が低いため発展の成果が視覚的に認知しやすいこと、地域的にはいろんな問題を抱えつつもマクロな視点から眺めた経済が好調続きであることに尽きるだろう。しかし総人口の6割以上を20代以下の若年層が占めるこの国で、多くの人々が『今日よりも良い明日』を期待できるのは実に喜ばしいことではないだろうか。
ムンバイー・メトロ 来月着工
インドで『メトロ』といえばコルカタとデリー。ここにきてもうひとつのメガ・シティで新たに導入が予定されている。10月からムンバイー・メトロの工事がいよいよ開始されるのだ。コラバからチャールコープまでの38kmを越える長いルートである。
またワルソーワーからガートコーパル、バーンドラーからマーンクルドまでの路線も計画されている。後者は巨大スラムとして内外に知られるダーラーヴィーの目と鼻の先をかすめて走ることになることから、同地区の再開発計画にも弾みをつけることになることだろう。この路線が開通するのはいつになるのかわからないが、『かつてここは世界最大級のスラムであった』と言われてもピンとこないような洒落たコマーシャル・エリアに変貌する日がやがて来るのかもしれない。
ともあれ既存の郊外電車のルートと合わせると、ムンバイーの鉄道交通ネットワークはずいぶん密なものになり、まさにインドきっての商都らしいものとなる。MUMBAI METRO SYSTEMをご参照いただきたい。
メトロといえば、他にも近年成長著しいアーメダーバード、そしてなんとコーチンでも導入の計画がある。
都市部では本格的なマイカー時代が到来しているインドだが、都会の公共交通の分野ではメトロの時代がすぐそこまで迫っているのだろうか。将来にわたり都市交通の質の向上が見込まれることは実に喜ばしい。